13 / 14
下
四.不穏な宴
しおりを挟む
一行が通されたのはさほど広くもない一室で、そこに楽器を持った女たちが入り、食事が運び込まれ、宴となった。
遊郭らしい、華やかな席だ。
だが、柚月は違和感を覚えた。
遊女の姿がない。
現れる様子もない。
代わりに幼い禿が二人、雪原の両隣で酌をしている。
双子なのだろう。服装や髪型だけでなく、顔まで同じ。同じ市松人形が並んで置かれているようだ。
禿とは、遊女に仕え、見習いをしている女の子のことで、幼い子では六歳くらいからその勤めをする。
雪原の酌をする禿たちは、さらに幼いようだ。だが自身の役目を分かっているのだろう。すました顔で、しっかり勤めている。
柚月と証の前には酒ではなく、食事が運ばれてきた。
「食べなさい。この見世は食事もおいしいですよ」
そう言って、雪原が柚月に微笑む。
その笑みが、何か隠している。
「いただきま~す!」
証はただただおいしそうに食事をし、音楽や舞を楽しんでいる。
その隣で、柚月は箸が重い。
食事に何か入っているとも思えないが、喉を通しにくい。
だが、雪原が気になる。
時折向けられる笑みが何か孕んでいるようで、まるで監視されている気分だ。
食べないわけにもいない。
柚月は、のそのそと食事を口に運んだ。
部屋の中は、華やかな宴が続いている。
「では、そろそろ」
二人の食事がすむのを待ち、雪原が口を開いた。
それを合図に、一同一斉に下がって行く。
賑やかだった部屋が急に静かになり、ガランとなった。
禿たちの姿もない。
「では、我々もこれで」
清名が証を連れて立ち上がり、柚月も続こうした。
が、雪原は動く気配がない。
柚月は上げかけた腰を、再び下ろした。
雪原は、ゆるりと杯を煽っている。
「柚月はもう少し付き合ってください」
雪原は杯の酒を飲み干すと、空になった朱色の杯を見つめながら、静かに柚月を引き止めた。
「じゃあ、またぁ」
戸惑う柚月を置き去りに、証が元気に手を振っている。
雪原が笑顔で手を振り応えるうちに、証と清名は部屋を出て行った。
二人が去ると、部屋はいよいよシンと静かになった。
いつの間に来ていたのか、部屋の隅に楼主が控えている。
別室の賑わいが、遠い。
それがさらに、この部屋の静けさを引き立てる。
まるでこの部屋だけ、現実から引き離されてしまったようだ。
柚月は、胸に潜む不安を押し殺すように、くっと心に力を入れた。
警戒と緊張から耳が冴える。
体中の感覚が研ぎ澄まされていく。
ふいに雪原が杯を持ち上げ、柚月はすっと近寄ると酌をした。
「不思議な子ですね」
今度は小姓の顔をしている。
「え?」
柚月は聞き返したが雪原は応えず、杯の酒を見つめている。
その表情は硬い。
徳利を置き、一歩下がった柚月の顔からも、表情は消えていた。
ただの護衛として連れてこられたわけではない。
それは柚月も察している。
ほかに客が来る様子もない。
だが、ただ酒に付き合わせるためにとどめられたわけでもないだろう。
これから、何があるというのか。
柚月は探るように雪原の横顔を見つめるが、その表情から読み取れるものはない。
雪原はただじっと、杯の酒を見つめている。
その胸にあるのは、微かな迷いか、罪の意識か。
これから自分がしようとしていることを考えている。
これから、柚月にさせようとしていることを。
やがて、雪原はくっと酒を飲みほした。
酒が苦い。
雪原が杯を置くと、それを合図に楼主が立ち上がった。
どこかに案内するようだ。
雪原も立ち上がる。
柚月は後に続いた。
遊郭らしい、華やかな席だ。
だが、柚月は違和感を覚えた。
遊女の姿がない。
現れる様子もない。
代わりに幼い禿が二人、雪原の両隣で酌をしている。
双子なのだろう。服装や髪型だけでなく、顔まで同じ。同じ市松人形が並んで置かれているようだ。
禿とは、遊女に仕え、見習いをしている女の子のことで、幼い子では六歳くらいからその勤めをする。
雪原の酌をする禿たちは、さらに幼いようだ。だが自身の役目を分かっているのだろう。すました顔で、しっかり勤めている。
柚月と証の前には酒ではなく、食事が運ばれてきた。
「食べなさい。この見世は食事もおいしいですよ」
そう言って、雪原が柚月に微笑む。
その笑みが、何か隠している。
「いただきま~す!」
証はただただおいしそうに食事をし、音楽や舞を楽しんでいる。
その隣で、柚月は箸が重い。
食事に何か入っているとも思えないが、喉を通しにくい。
だが、雪原が気になる。
時折向けられる笑みが何か孕んでいるようで、まるで監視されている気分だ。
食べないわけにもいない。
柚月は、のそのそと食事を口に運んだ。
部屋の中は、華やかな宴が続いている。
「では、そろそろ」
二人の食事がすむのを待ち、雪原が口を開いた。
それを合図に、一同一斉に下がって行く。
賑やかだった部屋が急に静かになり、ガランとなった。
禿たちの姿もない。
「では、我々もこれで」
清名が証を連れて立ち上がり、柚月も続こうした。
が、雪原は動く気配がない。
柚月は上げかけた腰を、再び下ろした。
雪原は、ゆるりと杯を煽っている。
「柚月はもう少し付き合ってください」
雪原は杯の酒を飲み干すと、空になった朱色の杯を見つめながら、静かに柚月を引き止めた。
「じゃあ、またぁ」
戸惑う柚月を置き去りに、証が元気に手を振っている。
雪原が笑顔で手を振り応えるうちに、証と清名は部屋を出て行った。
二人が去ると、部屋はいよいよシンと静かになった。
いつの間に来ていたのか、部屋の隅に楼主が控えている。
別室の賑わいが、遠い。
それがさらに、この部屋の静けさを引き立てる。
まるでこの部屋だけ、現実から引き離されてしまったようだ。
柚月は、胸に潜む不安を押し殺すように、くっと心に力を入れた。
警戒と緊張から耳が冴える。
体中の感覚が研ぎ澄まされていく。
ふいに雪原が杯を持ち上げ、柚月はすっと近寄ると酌をした。
「不思議な子ですね」
今度は小姓の顔をしている。
「え?」
柚月は聞き返したが雪原は応えず、杯の酒を見つめている。
その表情は硬い。
徳利を置き、一歩下がった柚月の顔からも、表情は消えていた。
ただの護衛として連れてこられたわけではない。
それは柚月も察している。
ほかに客が来る様子もない。
だが、ただ酒に付き合わせるためにとどめられたわけでもないだろう。
これから、何があるというのか。
柚月は探るように雪原の横顔を見つめるが、その表情から読み取れるものはない。
雪原はただじっと、杯の酒を見つめている。
その胸にあるのは、微かな迷いか、罪の意識か。
これから自分がしようとしていることを考えている。
これから、柚月にさせようとしていることを。
やがて、雪原はくっと酒を飲みほした。
酒が苦い。
雪原が杯を置くと、それを合図に楼主が立ち上がった。
どこかに案内するようだ。
雪原も立ち上がる。
柚月は後に続いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
一よさく華 -渡り-
八幡トカゲ
ライト文芸
自分を狙った人斬りを小姓にするとか、実力主義が過ぎませんか?
人斬り 柚月一華(ゆづき いちげ)。
動乱の時代を生きぬいた彼が、消えることのない罪と傷を抱えながらも、新たな一歩を踏み出す。
すべてはこの国を、「弱い人が安心して暮らせる、いい国」にするために。
新たな役目は、お小姓様。
陸軍二十一番隊所属宰相付小姓隊士。宰相 雪原麟太郎(ゆきはら りんたろう)は、敵方の人斬りだった柚月を、自身の小姓に据えた。
「学びなさい。自分で判断し、決断し、行動するために」
道を失い、迷う柚月に雪原は力強く言う。
「道は切り開きなさい。自分自身の力で」
小姓としての初仕事は、新調した紋付きの立派な着物を着ての登城。
そこで柚月は、思わぬ人物と再会する。
一つよに咲く華となれ。
※「一よさく華 -幕開け- 」(同作者)のダイジェストを含みます。
長編の「幕開け」編、読むのめんどくせぇなぁって方は、ぜひこちらからお楽しみ下さい。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる