一よさく華 -証と朱色の街-【改訂版】

八幡トカゲ

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四.不穏な宴

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 一行が通されたのはさほど広くもない一室で、そこに楽器を持った女たちが入り、食事が運び込まれ、宴となった。

 遊郭らしい、華やかな席だ。
 だが、柚月は違和感を覚えた。

 遊女の姿がない。
 現れる様子もない。
 代わりに幼い禿かむろが二人、雪原の両隣でしゃくをしている。
 双子なのだろう。服装や髪型だけでなく、顔まで同じ。同じ市松人形が並んで置かれているようだ。

 禿かむろとは、遊女に仕え、見習いをしている女の子のことで、幼い子では六歳くらいからその勤めをする。
 雪原の酌をする禿たちは、さらに幼いようだ。だが自身の役目を分かっているのだろう。すました顔で、しっかり勤めている。

 柚月と証の前には酒ではなく、食事が運ばれてきた。

「食べなさい。この見世は食事もおいしいですよ」

 そう言って、雪原が柚月に微笑む。
 その笑みが、何か隠している。

「いただきま~す!」

 証はただただおいしそうに食事をし、音楽や舞を楽しんでいる。
 その隣で、柚月は箸が重い。
 食事に何か入っているとも思えないが、喉を通しにくい。

 だが、雪原が気になる。
 時折向けられる笑みが何かはらんでいるようで、まるで監視されている気分だ。
 食べないわけにもいない。
 柚月は、のそのそと食事を口に運んだ。

 部屋の中は、華やかな宴が続いている。

「では、そろそろ」

 二人の食事がすむのを待ち、雪原が口を開いた。
 それを合図に、一同一斉に下がって行く。
 賑やかだった部屋が急に静かになり、ガランとなった。
 禿たちの姿もない。

「では、我々もこれで」

 清名が証を連れて立ち上がり、柚月も続こうした。
 が、雪原は動く気配がない。
 柚月は上げかけた腰を、再び下ろした。
 雪原は、ゆるりと杯をあおっている。

「柚月はもう少し付き合ってください」

 雪原は杯の酒を飲み干すと、空になった朱色のさかずきを見つめながら、静かに柚月を引き止めた。

「じゃあ、またぁ」

 戸惑う柚月を置き去りに、証が元気に手を振っている。
 雪原が笑顔で手を振り応えるうちに、証と清名は部屋を出て行った。

 二人が去ると、部屋はいよいよシンと静かになった。
 いつの間に来ていたのか、部屋の隅に楼主が控えている。
 別室の賑わいが、遠い。
 それがさらに、この部屋の静けさを引き立てる。

 まるでこの部屋だけ、現実から引き離されてしまったようだ。

 柚月は、胸に潜む不安を押し殺すように、くっと心に力を入れた。
 警戒と緊張から耳が冴える。
 体中の感覚が研ぎ澄まされていく。
 ふいに雪原が杯を持ち上げ、柚月はすっと近寄るとしゃくをした。

「不思議な子ですね」

 今度は小姓の顔をしている。

「え?」

 柚月は聞き返したが雪原は応えず、杯の酒を見つめている。
 その表情は硬い。
 徳利を置き、一歩下がった柚月の顔からも、表情は消えていた。

 ただの護衛として連れてこられたわけではない。
 それは柚月も察している。
 ほかに客が来る様子もない。
 だが、ただ酒に付き合わせるためにとどめられたわけでもないだろう。

 これから、何があるというのか。

 柚月は探るように雪原の横顔を見つめるが、その表情から読み取れるものはない。
 雪原はただじっと、杯の酒を見つめている。
 その胸にあるのは、微かな迷いか、罪の意識か。
 これから自分がしようとしていることを考えている。
 これから、柚月にさせようとしていることを。

 やがて、雪原はくっと酒を飲みほした。
 酒が苦い。

 雪原が杯を置くと、それを合図に楼主が立ち上がった。
 どこかに案内するようだ。
 雪原も立ち上がる。
 柚月は後に続いた。
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