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参.月のような子

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「ほええぇぇぇ…」

 証はぽっかり口を開け、大きな門を見上げた。
 かわいらしいものだ。

「さ、行きましょう」

 雪原はそう言って証の様子に笑みを漏らすと、慣れた様子で門をくぐった。

「僕、末原まつばらに来るの初めてなんですよぉ」

 そう言いながら、証は物珍しそうにきょろきょろとあたりを見渡す。
 格子から手を出し誘う遊女。
 それに群がる男たち。
 客引き。
 にぎやかだが、祭りとは違う独特の雰囲気が街全体を覆ている。

「すごーい。きれいですねぇ」

 証は心がワクワクするままに、声を弾ませた。
 だが、それもつかの間。
 次第にその独特の雰囲気に気圧されたのだろう。好奇心たっぷりの顔に不安が混ざりだし、柚月にぴったりとついて歩くようになった。
 脅えたようにきょろきょろし、見るからにビクビクしている。
 そこに、狙ったように酔っ払いがよろけてきた。

「わぁぁっ!」
 
 証は悲鳴のような声を上げると、とうとう柚月の袖を掴んだ。

 ――やれやれ。

 柚月は一息吐くと、その手をそっと取り、繋いでやった。
 何も言わず、前を向いたまま。
 だが、その手は温かい。

 証は柚月を見上げると、ぱっと笑顔を見せ、甘えるように柚月の肩にすり寄った。
 繋がれた手からは、安心、そして何より、柚月の優しさが伝わってくる。

 その様子をちらりと見た柚月も、おもわずわずかに顔が緩む。
 が、はたと我に返った。

 ――なんで俺、男と手なんかつないでるんだ。

 しかも、こんなにぴったりと寄り添って。
 ぱっと放そうとしたが、証と目が合った。
 証は笑顔に不安を隠し、子犬のような目で見つめてくる。

 この顔。

 反則だ。
 放すに放せない。
 柚月はしかたなく、そのままずっと手を引いてやった。 

 雪原は、そんな柚月の様子を意外に思った。
 証の反応が素直なところだろう。
 仕事としてついてきているとはいえ、随分と落ち着いている。
 いつもの子供のような顔は、いったいどこへ行ってしまったのか。

 ――まさに月のようだな。

 満ちては欠け、欠けては満ち。月は定まりなくその顔を変える。
 柚月もまたそんな月のように、様々な顔を持っているらしい。
 一見、分かりやすいようで、奥が深く、つかみどころがない。

 ――不思議な子だ。

 それもまた、闇に生きる者、人斬りとしての特性か。
 そう考え、雪原の顔が曇る。
 だが、歩みは止めない。
 やがて、格子戸に群がる男たちの横をすり抜け、すっとある見世に入った。
 入り口に、「白玉屋」とある。

「こんな見世に、直接入れるんですね」

 柚月が何気なく口にした言葉に、雪原は驚いた。
 が、そうは見せない。

「詳しいのですね」

 そう言って、ただいつものように、穏やかに微笑んだ。
 確かに、この白玉屋は末原でも有名な大見世で、呼ぶ遊女にもよるが、本来なら直接見世に出向くことはできない。
 一旦茶屋に立ち寄り、そこに気に入った遊女を呼んでもらう必要がある。
 その手順をとばせるのは特別なことだ。
 柚月はそんな遊郭の決まりを、当然のように知っているらしい。

「え? ああ、いや。そういうわけでも、ないんですけど…」

 柚月は曖昧に答え、バツ悪そうに視線を逸らした。
 誤魔化している。
 が、雪原は確信した。

 柚月は遊郭に来たことがあるのだ。
 それも、一度や二度の話ではない。
 この様子。
 通ったことがあるのだろう。

 それをさらに裏付けるように、柚月は出迎えた見世の若い衆に、すっと自分の刀を差しだした。
 その様子がまた、実に慣れている。
 あたふたしている証と対照的だ。

 証も、遊郭では見世に入る時に刀を預ける、ということを、知識としては知っている。
 が、なにぶん初めてのこと。
 頭では分かっていても、実践となるとなかなかすんなりとは出来ないのが自然だ。

 雪原が探るように見つめていると、ふいに柚月が振りむき、目が合った。
 「どうかしましたか?」という目を向けてくる。
 雪原はその目をじっと見つめ、見つめながら改めて思った。

 ――不思議な子だ。

 本当につかみどころがない。
 それだけに、霧のように手をすり抜け、まるで幻であったかのように消えてしまいそうな儚さまである。

 いや、そう感じるのは、遊郭という夢の世界にいるせいか。

 雪原が何も言わずに微笑み返したところに、笑顔のお面をつけたような初老の男が、揉み手をしながら現れた。
 この見世の主、楼主ろうしゅだ。

「よくおいでくださいました、雪原様」

 後ろには妻、内儀ないぎもついてきている。

「ささ、どうぞ」

 そう言うと、楼主と同じような笑顔で案内した。
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