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二十.交錯する思い
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翌日、朝から秘書室の手伝いをする柚月に、秘書官たちの視線が注がれた。
誰も何も言わないが、その目は好奇に満ちている。
やはり橋本一人、苦々しい顔で舌打ちをした。
「これも運んじゃっていいんですね?」
柚月は次々に書類の山を運んでいく。
いつも以上に元気だ。
それがまた、秘書官たちの好奇心を刺激する。
「ええ、いつもすみません」
そう言って、秘書官たちが笑顔を見せるのは一瞬。
すぐに好奇の目に変わる。
皆、探るような目で柚月を見つめている。
昨夜の具合が気になって仕方がない。
だが、そんな秘書官たちの様子を、柚月はまるで気にしていない。
というよりも、気づいていない。
頭の中は、別のことでいっぱいだ。
今日届くであろう、蘆からの報告書のことで。
昼過ぎ。
柚月が秘書室から出たところに、雪原が通りかかった。
「おや、柚月。今から行くのですか?」
その声に、秘書官たちの耳が一瞬にして大きくなり、一気に廊下に注意が向く。
皆、手を動かしてはいるが、仕事どころではない。
意識は雪原と柚月の会話に集中している。
「はい。今から出れば、暮れ六つには間に合うので」
雪原は少し考え、羽織を脱ぐと柚月の肩にかけた。
「着ていきなさい。温かくなってきたとはいえ、日が暮れるとまだ冷えます」
「え? でも、それじゃあ、雪原さんが寒くないですか?」
「部屋に戻れば、着るものくらいいくらでもありますよ」
雪原はそう言って微笑むと、柚月に顔を近づけ、声を潜めた。
「柚月が風邪でもひいたら、また鏡子に怒られてしまいますから」
鏡子が怒っている姿が目に浮かぶ。
柚月は思わず、ふふっと笑った。
「じゃあ、お借りします」
柚月は羽織を肩にかけたまま歩き出し、雪原は笑顔で手を振ると、自分の執務室に戻っていった。
秘書室の人間に、二人の会話のすべては聞こえていない。
特に、雪原が声を潜めたあたりからは。
二人がただただ頬を寄せ合い、微笑みあっているように見えている。
誰も何も言ってはいない。
だが、秘書官たちの心の声は同じだ。
――やっぱり、あの二人はそういう仲なのだ。
そんな秘書官たちとは裏腹に、柚月の表情は、一歩踏み出した瞬間から一変している。
これから受け取りに行く物の重み。
その内容がもたらす暗雲に、自然、緊張が高まる。
その柚月の前に、またあの男が現れた。
橋本だ。
「よお、お小姓様」
立ちふさがるように、柚月の前に身を半分出している。
「ご主人様のお部屋にお泊りしたかと思えば、今夜はなじみの遊女の寝屋ですか? 元気がよろしいことで」
橋本は頭一つ分ほど高い位置から、嫌味たっぷりに柚月を見下す。
柚月はギロリと鋭い目で見上げ、橋本を睨みつけた。
この急いでいるときに。
橋本の足止めが、いつも以上に煩わしい。
男の嫉妬に、付き合ってやる気はない。
「ええ、元気があり余っていて、困っています」
柚月は口元に不敵な笑みを浮かべると、橋本の横をすり抜けた。
橋本は、思わぬ反撃に狼狽し、返す言葉もない。ただただ悔しさに歯ぎしりしながら、去っていく柚月の背中を睨みつける。
柚月の背は、あっという間に小さくなっていった。
誰も何も言わないが、その目は好奇に満ちている。
やはり橋本一人、苦々しい顔で舌打ちをした。
「これも運んじゃっていいんですね?」
柚月は次々に書類の山を運んでいく。
いつも以上に元気だ。
それがまた、秘書官たちの好奇心を刺激する。
「ええ、いつもすみません」
そう言って、秘書官たちが笑顔を見せるのは一瞬。
すぐに好奇の目に変わる。
皆、探るような目で柚月を見つめている。
昨夜の具合が気になって仕方がない。
だが、そんな秘書官たちの様子を、柚月はまるで気にしていない。
というよりも、気づいていない。
頭の中は、別のことでいっぱいだ。
今日届くであろう、蘆からの報告書のことで。
昼過ぎ。
柚月が秘書室から出たところに、雪原が通りかかった。
「おや、柚月。今から行くのですか?」
その声に、秘書官たちの耳が一瞬にして大きくなり、一気に廊下に注意が向く。
皆、手を動かしてはいるが、仕事どころではない。
意識は雪原と柚月の会話に集中している。
「はい。今から出れば、暮れ六つには間に合うので」
雪原は少し考え、羽織を脱ぐと柚月の肩にかけた。
「着ていきなさい。温かくなってきたとはいえ、日が暮れるとまだ冷えます」
「え? でも、それじゃあ、雪原さんが寒くないですか?」
「部屋に戻れば、着るものくらいいくらでもありますよ」
雪原はそう言って微笑むと、柚月に顔を近づけ、声を潜めた。
「柚月が風邪でもひいたら、また鏡子に怒られてしまいますから」
鏡子が怒っている姿が目に浮かぶ。
柚月は思わず、ふふっと笑った。
「じゃあ、お借りします」
柚月は羽織を肩にかけたまま歩き出し、雪原は笑顔で手を振ると、自分の執務室に戻っていった。
秘書室の人間に、二人の会話のすべては聞こえていない。
特に、雪原が声を潜めたあたりからは。
二人がただただ頬を寄せ合い、微笑みあっているように見えている。
誰も何も言ってはいない。
だが、秘書官たちの心の声は同じだ。
――やっぱり、あの二人はそういう仲なのだ。
そんな秘書官たちとは裏腹に、柚月の表情は、一歩踏み出した瞬間から一変している。
これから受け取りに行く物の重み。
その内容がもたらす暗雲に、自然、緊張が高まる。
その柚月の前に、またあの男が現れた。
橋本だ。
「よお、お小姓様」
立ちふさがるように、柚月の前に身を半分出している。
「ご主人様のお部屋にお泊りしたかと思えば、今夜はなじみの遊女の寝屋ですか? 元気がよろしいことで」
橋本は頭一つ分ほど高い位置から、嫌味たっぷりに柚月を見下す。
柚月はギロリと鋭い目で見上げ、橋本を睨みつけた。
この急いでいるときに。
橋本の足止めが、いつも以上に煩わしい。
男の嫉妬に、付き合ってやる気はない。
「ええ、元気があり余っていて、困っています」
柚月は口元に不敵な笑みを浮かべると、橋本の横をすり抜けた。
橋本は、思わぬ反撃に狼狽し、返す言葉もない。ただただ悔しさに歯ぎしりしながら、去っていく柚月の背中を睨みつける。
柚月の背は、あっという間に小さくなっていった。
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