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壱.任務
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柚月がこの末原の「白玉屋」に通い始めて、二か月ほどになる。
柚月一華。もとは、政府に戦を仕掛けた組織「開世隊」の人斬りで、今は陸軍二十一番隊宰相付小姓隊士、つまり、この国の宰相、雪原麟太郎の小姓をしている。
宰相とは将軍を支える身、政府の中で将軍に次ぐ地位にある。
その雪原が、かつての敵である人斬りを小姓に抱えているのだから、この世はおもしろい。
白峯は、雪原の馴染みの遊女だ。雪原は柚月をこの白峯に会わせると、二人に杯を交わさせ、柚月を白峯の客にすると、厳しい顔で柚月に任務を申し渡した。
「十日ごとに、夜見世に来て、手紙を受け取ってください」
「手紙、ですか?」
柚月は思わず聞いた。わざわざこんな手順を踏んで命じられることだ。当然、ただの手紙ではない。
「蘆に密かに調べを入れていましてね。その報告書です」
「蘆に?」
柚月の顔が一気に険しくなった。
蘆とは、都の西隣りの国、都の西の守り「羅山」の監視の役目を負う国だ。
先の戦ではその羅山に敵の侵入を許し、城へ攻め込まれそうになった。「擾瀾隊」の助けもあって事なきを得たが、本来なら蘆は責任を問われても仕方のない立場にある。
だが、敵が侵入したのが関所を越えた都側からだったことから、蘆は御咎めなしとなっている。
「少々、よくない動きが見え隠れしていましてね」
雪原の言葉に、柚月は苦々しそうに拳を握りしめた。
「もし、蘆が謀反でも起こそうものなら、それは、剛夕様の温情への裏切りです」
剛夕とは今の将軍、つまり、蘆に御咎めなしとした人物だ。
柚月は特に剛夕の熱烈な支持者ではない。ただ、人の恩を仇で返す、ということが、許せないらしい。
雪原は、柚月らしい気がした。
「何事も無ければそれでよし。ですが、疑わしきは、放っておくわけにはいきません。大火事になる前に、火種は消しておかなくては」
また、戦になる。
「では、頼みましたよ。お小姓さん」
そう言うと、雪原は穏やかな笑みを見せた。
それから十日おき、柚月は欠かすことなく白峯の元を訪れ、手紙の体の報告書を受け取っている。
そして今日も。
「これを」
白峯は文箱から一通の手紙を取り出し、柚月に渡した。
柚月は手紙をぱっと開き、黙って目を走らせる。その表情に、動きはない。読み終えると、手紙を元に戻して、懐にしまった。
そこへ、見計らったように、禿が食事を運んできた。
柚月は黙ってそれに箸をつける。黙々と食べると、食べ終えるなりすっと立ち上がった。
「では、また十日後に」
そうだけ言うと、白峯の部屋を後にする。
その声に、感情はない。
声だけではない。
この部屋にくる柚月は、いつも、部屋に入ってから出るまで、終始表情を変えることもない。
緊張が張り付いた、面のような顔をしている。
仕事の顔だ。
普段の彼を知る者なら、この青年が柚月だと気づかないかもしれない。
この二か月、柚月と白峯はこの部屋で、十日ごと、同じことを繰り返している。
柚月一華。もとは、政府に戦を仕掛けた組織「開世隊」の人斬りで、今は陸軍二十一番隊宰相付小姓隊士、つまり、この国の宰相、雪原麟太郎の小姓をしている。
宰相とは将軍を支える身、政府の中で将軍に次ぐ地位にある。
その雪原が、かつての敵である人斬りを小姓に抱えているのだから、この世はおもしろい。
白峯は、雪原の馴染みの遊女だ。雪原は柚月をこの白峯に会わせると、二人に杯を交わさせ、柚月を白峯の客にすると、厳しい顔で柚月に任務を申し渡した。
「十日ごとに、夜見世に来て、手紙を受け取ってください」
「手紙、ですか?」
柚月は思わず聞いた。わざわざこんな手順を踏んで命じられることだ。当然、ただの手紙ではない。
「蘆に密かに調べを入れていましてね。その報告書です」
「蘆に?」
柚月の顔が一気に険しくなった。
蘆とは、都の西隣りの国、都の西の守り「羅山」の監視の役目を負う国だ。
先の戦ではその羅山に敵の侵入を許し、城へ攻め込まれそうになった。「擾瀾隊」の助けもあって事なきを得たが、本来なら蘆は責任を問われても仕方のない立場にある。
だが、敵が侵入したのが関所を越えた都側からだったことから、蘆は御咎めなしとなっている。
「少々、よくない動きが見え隠れしていましてね」
雪原の言葉に、柚月は苦々しそうに拳を握りしめた。
「もし、蘆が謀反でも起こそうものなら、それは、剛夕様の温情への裏切りです」
剛夕とは今の将軍、つまり、蘆に御咎めなしとした人物だ。
柚月は特に剛夕の熱烈な支持者ではない。ただ、人の恩を仇で返す、ということが、許せないらしい。
雪原は、柚月らしい気がした。
「何事も無ければそれでよし。ですが、疑わしきは、放っておくわけにはいきません。大火事になる前に、火種は消しておかなくては」
また、戦になる。
「では、頼みましたよ。お小姓さん」
そう言うと、雪原は穏やかな笑みを見せた。
それから十日おき、柚月は欠かすことなく白峯の元を訪れ、手紙の体の報告書を受け取っている。
そして今日も。
「これを」
白峯は文箱から一通の手紙を取り出し、柚月に渡した。
柚月は手紙をぱっと開き、黙って目を走らせる。その表情に、動きはない。読み終えると、手紙を元に戻して、懐にしまった。
そこへ、見計らったように、禿が食事を運んできた。
柚月は黙ってそれに箸をつける。黙々と食べると、食べ終えるなりすっと立ち上がった。
「では、また十日後に」
そうだけ言うと、白峯の部屋を後にする。
その声に、感情はない。
声だけではない。
この部屋にくる柚月は、いつも、部屋に入ってから出るまで、終始表情を変えることもない。
緊張が張り付いた、面のような顔をしている。
仕事の顔だ。
普段の彼を知る者なら、この青年が柚月だと気づかないかもしれない。
この二か月、柚月と白峯はこの部屋で、十日ごと、同じことを繰り返している。
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