一よさく華 -渡り-

八幡トカゲ

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 翌朝、朝食を知らせに離れに行ったはずの鏡子が、戻らない。
 雪原が様子を見に行くと、鏡子は渡り廊下の手前で立ち尽くしていた。
 その視線の先で、柚月と栗原が立ち合いをしている。

 雪原に気づいた鏡子が、どうしましょうと目で問うと、雪原は鏡子の肩に手を掛けて制した。視線は、二人の立ち合いにくぎ付けになっている。

 狭い庭で、木刀を手に向き合い、互いの様子をうかがっている。
 柚月の方が押されているのか、息が上がっている。一方、栗原は涼しい顔だ。

「まだまだじゃの、若造」

 挑発する元気まである。
 悔しさをにじませた柚月が、突きに転じた。
 速い。
 決して本気ではないだろう。だが、真剣なら確実に相手を仕留めている。そんな速さだ。
 だが、栗原はあっさりかわした。

「イノシシか」
 
 猪突猛進な一撃を、笑っている。

「くそっ!」

 柚月は肩で息をしながら悔しそうにそう漏らすと、すっと正眼に構えた。
 柚月を取り巻く空気が変わった。
 栗原もそれを感じたのだろう。柚月に向き直る。

 次第に柚月の呼吸が整い、カッと強い眼力で栗原を捉えると、恐ろしい速さで胴を狙った。
 栗原は予想していたかのようにかわすと、面を打ち込む。
 その一刀が、見事に柚月の脳天を打った。

「いぃいいいいいいいぃいいいぃ!」

 痛い。とさえはっきり言えないほど痛かったのだろう。柚月は頭を押さえてうずくまった。
 勝負あった。

「修業が足りんのう」

 栗原が高らかに笑う。

「くっっそう」

 柚月は涙目になりながら、その栗原を悔しそうに見上げた。
 雪原に笑みが漏れる。
 いい朝だ。
 そう思った。

***

「ちょっと、城に行かないといけなくて」

 朝食を終えると、雪原はそう苦笑して、栗原の見送りに行けないことを詫びた。
 代わりに、柚月に関所まで送くらせるという。
 栗原はもう抵抗もせず、雪原の気遣いを受け入れた。

「じゃあ、ちょっと行ってきます」

 柚月は、なんの疑いもなく、面倒くさがる様子もない。
 雪原と鏡子、椿はそろって玄関で栗原と柚月を見送った。
 見送りながら、鏡子が、

「栗原様って、柚月さんの…。」

 と言いかけた。
 鏡子は勘づいている。

 たびたびの雪原の気遣い、それに対する栗原の反応。
 柚月は気づいていない。
 だが、あの二人は、きっと本当の—。

 雪原は何も言わず、ただ、含みのある笑みを浮かべた。その脇で、椿も嬉しそうに微笑んでいる。
 椿もまた、知っているのだ。
 二人の関係を。

 鏡子はそれ以上聞かなかった。
 だが、不思議と安堵し、胸が温かくなった。

***

 日はまだ高くない。
 冬の空気は冷たいが、よく晴れて、気持ちのいい朝だ。
 町はすでに起きていて、人々が行きかい、活気がある。

 柚月と栗原が宿場町のあたりまで来ると、大工たちが景気のいい声をかけあいながら、作業をしていた。
 先の戦で被害が出た場所だ。
 だが、復興は着々と進み、何より、活気ある職人たちのおかげで、町全体が元気で明るい。

「よう、ゆづ坊!」

 威勢のいい声に振り返ると、顔なじみの大工の棟梁が手を振っていた。
 その後ろから、棟梁の弟子が顔を出す。

「親方。もうゆづ坊なんて呼べやせんよ。宰相様のお小姓様っスよ」

 そう言いながら、笑っている。

「そうかそうか、そりゃ出世したな」

 棟梁も笑っているが、肩書など、みじんも気にしている様子はない。もとより、権力にこびないたちなのだろう。

「いやいや、やめてください」

 柚月も両手を振って苦笑する。
 そういうところを、棟梁は気に入っている。

「じいさんと散歩か?」

 柚月は一瞬、何のことだろうと思った。が、棟梁は柚月の隣りにいる栗原を見ている。

「ああ、いや。雪原さんの客人ですよ。帰られるから、関所まで見送りに」
「お小姓様のお勤めっスか」

 棟梁の後ろからさっきの弟子が茶化した。
 だが棟梁は気にもとめず、どこか腑に落ちない顔をしている。

「そうかい」
 と漏らすと、、
「籠でも呼んできやしょうか」
 と栗原に声をかけた。
 
「いやいや、お構いなく」

 栗原は両手を振り、苦笑する。
 その姿が、つい先ほどの柚月の姿と重なる。
 棟梁は、ますます腑に落ちないような顔になった。

「じゃあ、また」

 柚月の声に我に返ると、「おう」と応えたが、まだしまりのない顔だ。

「ゆづ坊、家族いたんスね。ずっと家に帰らなかったから、独りなのかと思ってやしたよ。」

 二人の背中を見送りながら、また弟子が言う。
 先の戦の直後、このあたりの復興が始まってすぐに、柚月はケガをした足を引きずりながらやって来た。
 とても力仕事ができるような状態には見えず、皆止めたが、本人は手伝うと言って聞かない。しかも、家にも帰らず、連日泊まり込んでいた。
 帰る家がないのではと、内心、皆心配していたのだ。

「で、ゆづ坊、じいさんとどこ行くんスか?」
「いや、じいさんじゃないらしい。雪原様のお客なんだと」
「え?」

 弟子は驚き、やはり腑に落ちない顔になった。
 その視線の先で、柚月と栗原が肩を並べて歩いてく。
 その後姿。
 弟子は小首をかしげた。

「あんなに似てるのに?」

 よく晴れた冬の午前。冷たく澄んだ空気の中。柚月と栗原は、よく似た背中を並べ、よく似た歩き方で、互いに子供のようにムキになって言いあいながら、だが、どこか楽しげに歩いて行く。
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