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3匹目:思い出のアップルパイはもういらない 1/6

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雨でも綺麗な庭をご機嫌に歩く。

ぱたぱたと傘を叩く雨音に、猫のチャームがついた柄をくるりと回した。


ジェマお気に入りの湖には東屋も併設されている。そのため、外を歩くのが嫌になるほどの大荒れでなければ、雨の日でも出向いていた。



貴族令嬢たちにも可愛がってもらっている。毎時間逃げ出すほど辛いわけではないが、そもそも歴史もある高級感漂う校内でなんてリラックスできない。なんとなく居心地が悪くて背中がむずむずしてしまう。


少し雨に濡れても外を歩いている方が心地よい。


上品に雨の庭を散歩する令嬢たちに手を振り返し、ジェマは自分の縄張りお気に入りスポットを目指した。




晴れた日の爽やかな景色も美しいが、雨の日の憂い気な景色もまた好きだった。


ふらふらと湖の周りを散歩して、ふと顔を上げると東屋に人影が見えた。くるくる傘を回しているジェマを見て、控えめに手を振っている。



今日はゆっくりしようと思ったのに。

ジェマは少し残念な気持ちになった。けれどあの手の振り方はきっと高位の貴族令嬢だ。うっかり走るとお叱りを受ける可能性があるので、学園に入学してから習得した早歩きを披露する。



するりと足元を通り過ぎて行った風が冷たくて、ぞわりと鳥肌が立った。



深みのある黒髪に縁どられたその肌は、病的なまでに白く見えた。いつ見かけても凛と前を向いている視線が泳いでいる。

東屋に佇んでいたその女子生徒を見て、ジェマはなんだかとても嫌な予感がした。



「ごきげんよう。わたくし、5年生のアンジェリカ・ランプリングと申します。突然お邪魔して申し訳ありませんわ」



彼女がまるでお手本のように美しく頭を下げると、隙無く整えられた黒髪がさらりと肩から滑り落ちた。

それを羨ましいと思う暇もなく、思わずびくりと肩を揺らす。



アンジェリカ・ランプリング公爵令嬢。



本来であれば、ジェマの方から頭を下げなければならない立場である。慌てて挨拶を返し、着席を促した。


アンジェリカが座った後で、ホストのように振舞ってしまったミスに気が付いたが、今日はそれで良かったらしい。ジェマがそわそわと居住まいを正すのを待って、アンジェリカは口を開く。



「……あなたが【幸運の猫ちゃん】で合っているかしら」



感情を読ませないはずの微笑みに、ほんの少し困惑が混ざっているような気がした。嫌な予感が止まらず、けれど黙っているわけにはいかなくて、ジェマは小さな体をさらに小さくして曖昧に答える。



「……そう呼ばれることはありますが、効果は保証できません」

「ええ、存じておりますわ。それで構いません」



そう言われても困る、という気持ちが顔に出ていたのだろう。どこか張り詰めた雰囲気だったアンジェリカは苦笑した。


視線も柔らかくなり――おそらく幼い子どもか子猫を幻視している。ジェマがぷくっと頬を膨らませてみせると、上品に笑われた。




笑いを収めたアンジェリカは、脇に置いていたバスケットを机の上に置いた。爪先まで綺麗に整えらえたほっそりした手が、そっと蓋を開ける。途端にふわりと良い香りが辺りを漂い始めた。



「美味しいスイーツを持ってきたのですけれど、これだけでも――」

「食べます。間違えた。ありがとうございます。じゃなくて、話を聴きましょう。さあお話どうぞ!」



そう答えながら、ジェマはシロップ漬けの果物がキラキラと輝くフルーツタルトに、思わず釘付けになってしまった。


それはマグワイア魔導学園のサロンで数量限定販売されているマグワイアタルト。

流通量が少なく、貴重で高価なマグワイアの果実をふんだんに使用しているそのタルトは、ほとんどが貴族生徒の主催するお茶会で消費されてしまう。


ジェマもサロンに招待されることはあったが、そのほとんどは平民でも気楽に参加できるようグレードを落としたもの。そこまで高価なスイーツが出るようなお茶会ではなかった。

つまりはこのマグワイアタルトは見るのも初めて。



「ふふ。タルトは逃げないから、まずはゆっくり食べてちょうだい」



ふわりと柔らかく微笑んだアンジェリカも初めて見た。

少しびっくりしたあと、ジェマも釣られてにっこり笑った。





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