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第三章 ムカつく婚約者をぶっ倒す私は、そんなに悪役令嬢でしょうか?
1−13
しおりを挟む──アクティオス邸
夕暮れどき、オレンジ色の空のなかに雲がかすんで見えます。
私は手を広げて、自分の家をアルト先輩に紹介しました。
「ここが私の家です」
前世の記憶からすると、まあ、いわゆる中世貴族の家ですね。
しかしながら、周りに建っている豪華絢爛な家々と比べると、私の家は一階建てなので、目劣りしてしまいます。
それでも、アルト先輩は気がついたようですね。
アクティオス男爵家が、本当はものすごい金持ちだと言うことを!
「メルルちゃん、奥にある建物って全部アクティオス家のものかい?」
「はい、あれはうちの工場です」
「すげー! なんだこりゃあぁぁああ!」
語彙力を失ったアルト先輩が目を丸くして見ているのは、いわゆる車をつくる工場です。
私のお家は小さいですが、庭いっぱいに工場地帯が広がっており、その敷地面積は、どこの貴族の家よりも勝っています。
さっそく私は、アルト先輩を工場のなかに案内しました。
天井の高い倉庫には、ピッカピカな新車がずらりと並べられてあります。
どれもアクティオス家が製作した自慢の車ですね。
ブランド名である【アクティ】のシンボルマークがついているのですが、レイガルド王国の国旗に描かれたドラゴンの紋章と、非常によく似ています。
父が考えたのですが、国民のなじみのあるデザインにすることで、新しい魔道具へ警戒心を和らげており、とても良きだと思いました。
「わーいわーい」
アルト先輩は、喜んで走り、夢中になって車を見学しています。
すると、工場のなかを見渡すお兄様が、私に話しかけてきました。
「すごい車の数だな……俺が留学している間に、アクティ工場はここまで発展していたのか……」
「はい! 工場で働く従業員の数は、ゆうに千人を超えています。魔道具製作は今ではすっかり都市リトスを支える立派な産業なのですよ、お兄様」
「で……父上はどこに?」
「おそらく従業員にまじって仕事を……あ、いましたね。おとーさまー!」
ん?
と、車を磨いている男性たちのなかから、ひょっこり顔をあげる男性がいます。
彼こそ、私のお父様アクティオス男爵家当主──ポロン。
ああ、お父様ったら、また汚れた作業着を洗っていませんね、お母様に叱られますよ?
顔に黒い塗料をつけたまま、こちらにやってきました。
「クリス! 帰ってきたのか!」
「父上、今日は泊まっていきます」
「そうかそうか、ゆっくりしていけ」
お父様は、お兄様の肩に触れると笑いました。
そして、私のほうを向いて声をかけます。
「メルル! 遅かったじゃあないか、もう夜だぞ」
「ちょっと、いろいろありまして……」
「ん? 赤ちゃんじゃないか!」
お父様は、イヴに顔を近づけて、まじまじと見つめます。
初めて見るお髭のある顔に、イヴは少しだけびっくりしてしまいました。
「かわいいなぁ!」
「うふふ、名前はイヴです」
「イヴか! いい名前だ! ああ、懐かしいな……いないいない……ばー!」
お父様は、イヴと遊んでくれました。
楽しそうに笑うイヴは、もうすっかりお父様の顔を覚えたみたいですね。
「あの、この赤ちゃんなんですけど……」
「ん? どうした?」
「私が育てていいですか?」
「いいけど、誰の赤ちゃんなんだ?」
私はおくるみをめくって、イヴの背中に生えている白い羽を見せました。
するとお父様は、目を輝かせて驚きます。
「わぁ! 天使じゃあないか!」
「はい、実は赤ちゃんの親は創造神ルギアなのです」
「それはすごい! でも、この子の母親は?」
お父様はそう質問すると、いつになく真剣な顔で私を見つめました。
本当のことを話せ、そう目で訴えているのでしょうね。
「イヴのお母さんは、教会の捨て子窓口にこの子を置いたあと、川に身を投げたそうです。そして、私は光の神ポースからお告げを賜りました。神の子を育てよ、と……その代わりに私は加護を受け、魔法が使えるようになりました」
「……なるほど、ではイヴをアクティオス家の養子として育てようじゃあないか!」
ありがとうございます! と感謝した私は、むぎゅっとお父様に抱きつきます。
イヴは間に挟まれて、きゃっきゃと笑っていました。
ああ、お父様の器の広さに、私は感動してしまいますよ。
「よーし! 今日の仕事はここまでにしてあがろー!」
お父様がそう叫ぶと、従業員はいっせいに「はい」と掛け声をあげました。
まだ日があるうちに仕事が終われるのは、前世の記憶からすると羨ましい限りですね。
なぜなら前世の私は、残業なんて当たり前のブラック企業に勤めていましたから……朝から晩までパソコンをカタカタ、カタカタ……。
はっ! 殺気!?
「メルルさん、帰りが遅いですよ! またアルソスに甘えましたねっ!」
ビクッ!
突然、雷のようなお叱りの声があって、私の背中は強制的に正されます。
背後にいるのは、私のお母様でした。
ちょっと怖いので、とりあえずイヴをしっかり抱いて、お母様から見えなくしておきましょう。
──テミス・アクティオス。
うちのお母様は、三十代のわりに若く見えます。
まるでアイドルみたいに可愛いですから、アルト先輩はびっくりしてしまいました。
「あら? メルルさんのお友達ですか?」
お母様は、じっとアルト先輩を見つめています。
するとお兄様が、スッと会話に入りました。
「お母様、紹介します俺の親友のアルトです」
「はじめまして、アルトです」
ぺこり、とお辞儀をするアルト先輩。
お母様は、ほっぺたに手をあてて、アルト先輩をじっと見つめていました。
はて、何かあるのでしょうか?
「あら? そのお顔、王宮の舞踏会でお見かけしたような……アルトさんのお父様は何をしていらっしゃいます?」
「いつも椅子に座ってます」
「いいえ、そうではなくて職業は?」
「職業でいうと何でしょうね、僕の父上は……」
アルト先輩は、グルグル眼鏡を指先で押し上げてから口を開きます。
しかし突然お兄様は、アルト先輩の口をご自分の大きな手で覆い隠してしまいました。
「モガモガ……ぐるじぃぃぃ」
アルト先輩は、息ができなくて苦しそうです。
何かおかしいですね、ふたりとも。
すると、お父様がお母様の肩を、ぽんと叩きました。
「まぁいいじゃないかそんなことは、クリスが友達を連れてくるなんて初めてのことだ! これはめでたい!」
「うふふ、そうですわねぇ」
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