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エピローグ
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しおりを挟む「社長、お疲れ様です」
「彩人くん、ちょっといいかな」
足早に退社しようと思っていたところを呼び止められ、僕はきょとんとした顔で社長を見つめ返していた。
「あれを見てくれ」
「え?」
僕は社長室の窓から隣の部屋を眺めた。
整然とされた事務室。デスクの上にはパソコンがずらりと並んでいる。まだ退社していない社員さんたちが、カチカチと仕事をしているのだが、なんだかそわそわして落ち着きがない。社長が物憂げな視線を僕に向けると、やおら語り出した。
「みんな彩人くんが事務所を通るの待っているのだ……」
「え?」
「最近、彩人くんは前を向いて歩くだろう?」
「はい」
「みんなと話すようになっただろう?」
「はい」
「それが原因だ」
「……と、いいますと?」
じつは、と話を切り出した社長は、後頭部を掻いた。
「彩人くんに恋人ができたのではないか、と社内ではもっぱら噂になっているのだ」
「はい?」
「すまない、彩人くん。プライベートなことは訊くべきではないのだが、社員たちは推しに恋人がいるかどうかが気になって仕事にならんというのだ」
「なっ、なんですか、推しって僕はアイドルですか?」
「彩人くんは気づいていないかもしれないが、君は人気があるのだよ。男にも、女にもな」
「はあ……」
「やれやれ、男の娘の秘書も困ったもんだな」
「すいません」
「謝ることはない。君は魅力があるということだ」
「あ、ありがとうございます」
「だから、私は彩人くんと仕事ができて毎日が楽しいよ。車内でアニソンも聴けるし、君が商談にいるだけで和やかに契約が進む」
「畏れ入ります」
「もはや、彩人くんは会社の花といっても過言ではない」
「は、はあ……」
「なのでな、恋人がいるかだけ教えてくれないか?」
「……恋人ですか」
恋人、という言葉を聞いて、まず頭に浮かんできた顔にびっくりした。
リュウさん!?
いやいや、それはない。男同士で恋人とかありえない。
それでも、社内で僕の恋愛事情が噂になっていることは決着をつけておきたい。僕は思い切って社長に告げた。
「はい、恋人ができました」
おお、と声をあげた社長は、急に笑顔になると手を叩いた。
「やはりか……まあ、それとなく私から話を流しておこう。彩人くんは今まで通り業務に励んでくれたまえ」
「わかりました」
僕は頭を下げると、踵を返して社長室を出た。
事務所を抜けるとき、社長に言われた通り社員さんたちから注目を浴びた。これまで、まったく意識などしてなかったが、まさか僕が人気者になるとは露ほどにも思わなかった。
『前を向いて歩いてください。魅力あふれる人間になれますから』
というイナリがいった言葉の意味を、ようやく理解できた。
笑顔で手を振る社員さんたちに一礼してから、僕は事務所を出る。ひっそりとした廊下を歩いていると、つい心の声が漏れだした。
「明日から休みだー」
満面の笑みを浮かべ、まるで子どもさながらにスキップして廊下を抜け、外へ出る。
ひんやりとした空気が流れていた。涼しげな風が頬をなで、秋から冬への移ろいを感じさせる。そろそろ、コートを出しておこう。寒いのは苦手だ。足を速めて正門に向かう途中で、フォークリフトを動かす男性社員さんたちから、
「アヤちゃーん、おつかれー」
と声をかけられたので、僕は深く息を吸って、
「みなさーん、お仕事がんばってくださーい!」
と、大きな声援を送った。
背後から、疲れがとれるぜー、癒しだー、という言葉が聞こえてきた。
本当かよ?
と僕は思いながら首を傾げたが、僕の笑顔と声が周りの人に良い影響を与えられるのならば、これからも笑顔は絶やさずにいこうと誓った。
それと、僕自身も癒しが欲しい……。
「さあ行こう、獣人旅館へ」
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