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しおりを挟む燃えるように灯る獣人旅館は、静かな夜の闇に佇んでいた。
ゆらめく照明の灯りが、柔らかく廊下を照らし、暖色の光りと木造建築が美しく調和している。高級旅館さながらの雰囲気に、思わず心の声が漏れた。
「ふぅ、いい湯だったぁ」
ぽかぽかして心地いい。
温泉からあがった僕は、廊下を歩いていた。
「さて、あとは飯だな」
そろそろ夕食の時刻が近づいていたので、広間に向かう。
浴衣も慣れてきて歩幅は狭いものの、すすっと歩くことができる。
現在、旅館には客の姿はない。まさに、僕の貸切宿。
広間に入ると、リュウが上座で盃を口にしていた。
ゆったりと歩き、僕はリュウの横にあった座布団の上に腰をおろす。
「体調はもういいのですか? リュウさん」
僕の問いに、ああ、と快活に答えたリュウは盃を軽く持ちあげた。
「アヤも飲むか?」
僕は首を振る。
未成年なのでお酒は飲めない、だが、ふと思った。
法律って魔界でも有効か?
それでも、お酒を飲んだこともないし、酔ったら大変なことになりそうなので、丁重に手のひらを掲げた。
「けっこうです」
「ふーん、残念だ……。そういえば、日本国憲法ではお酒は二十歳になってから、なのだろ?」
「はい」
ふんっ、とリュウは鼻で笑った。
「じゃあ、二十歳になったら飲ませてやろう」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
「ああ、魔界の生酒を馳走してやろう」
はい、と微笑みながら僕は答えた。
内心では、そんなにお酒を飲ませたいのか、と疑問を抱く。
しばらくすると、ミミとブーコが膳を運んできた。
美しい懐石料理の登場だ。
色とりどりの逸品料理が小鉢に盛られ、僕の目下にずらりと並べられていく景色は見事なもので、どれから食べようか目移りしてしまう。
本当に楽しい食事だった。
リュウは寡黙な男で、
「うまいな」
という言葉を振ってくるのみ。
僕は微笑みを返しつつたまには、
「はい」
と言ってみせる。
そんなやりとりを繰り返していると、やがて締めのご飯になった。
膳を運んでくるミミとブーコの後に、料理長ガルルもいたので、
「美味しかったです。ガルルさん」
と僕が言うと、料理長らしくガルルは頭をさげた。
「恐縮っす」
「今日のご飯はなんですか?」
「五目ご飯です。キノコには魔界特産のマツタケを使用、とても贅沢な仕上がりっす」
「わぁ、マツタケ」
「アヤ嬢、マツタケは好きっすか?」
「大好きです」
僕はご飯を食べる前に、目を閉じて空気を吸いこむ。
マツタケの独特な香りを楽しんでから、箸をつけて頬張る。
「んん、美味しいぃ」
料理長ガルルは笑いながら頷くと、口を開いた。
「アヤ嬢、獣人旅館のみんなからプレゼントがあるっす」
「えっ?」
すると、ビアベアがのしのしと現れた。
手にはなんと、巨大なホールケーキを持っているではないか。
そのとき背後から、
「大きいですねぇ」
と、お馴染みのお姉さんのような男の声が聞こえた。
「まあ、みんなで食べようってことなんですけどねえ」
振り向くとイナリがいた。
中央のテーブルにケーキを置いたビアベアが額の汗を手でぬぐう。
「落とさないか、ひやひやしたベアー」
ミミとブーコがケーキを見つめている。
いったん、旅館の仕事は休みなのだろう。
「ありがとにゃ、ビアベア」
「力仕事はビアベアが頼りブー」
がはは、と笑うビアベアは、フォークを持ってヨダレを垂らしている。
「おい、早く切ってベアよ。ガルル」
「まてまて、一応、アヤ嬢のために作ったケーキっす。まず、アヤ嬢にケーキを切ってもらわないと」
僕?
口のなかで呟いた僕は、ぽかんとした顔をする。
当然、みんなから注目の的になっていた。
コンコン、とイナリが笑いながら、
「アヤ様、そんなびっくりして、さぞ緊張していることでしょう。ささ、リュウ様も手伝ってあげてください」
と促す。
リュウは驚いて見せた。
「えっ、俺も? 甘いものは苦手なんだが……」
「切るのを手伝うだけです」
「そうか、ところで、どうやって切る?」
「よき業物があります」
そう言ったイナリは、ぱんぱんと手を叩く。
「ティグさん。例の刀を」
よく通るイナリの声が獣人旅館に響く。
すると、広間に一人の男が現れた。
手には刀を持っている。
鞘の色合いが赤黒くて、禍々しい鋭さを感じた。
おもむろに歩いてきたティグという男は、すっと刀をリュウに渡した。
「妖刀だ。よく切れるぜ」
「ありがとう。ティグ」
リュウは立ち上がり、鞘を抜いていく。
鯉口から鈍い光が漏れ出し、妖刀の真の姿を見せた。
鞘をティグに戻したリュウは、刀を正眼に構え、竜騎士さながらの雰囲気を醸しだす。
真剣を握るリュウは、とてもかっこよかった。
それに加えて、初めて真剣を見た僕は、その殺気を帯びた刃の光りに、
「……あ」
と、吐息が漏れ、度肝を抜かれ言葉を失った。
「さあ、アヤ。ケーキを切ってくれ」
「……は、はい」
立ち上がったものの、足がふらついた。
気づくと、伸びてきたリュウの手によって僕は支えられている。
思わず、顔が赤く染まってしまう。
「大丈夫か?」
「……す、すいません」
「さあ、ここの柄を持て」
リュウに促され、柄を持ってみると、ずしりと重かった。
とても僕の力では持てそうにない。
「アヤだけでは無理だな。一緒にやろう」
「はい」
僕とリュウは刀をともに持ってケーキを刀を入れた。
切れ味は抜群で、ほとんどリュウの力だけで刀が滑らかに動いている。
僕は柄に手を添えているだけだ。
やがて、ケーキを切り終わり、リュウは刀をティグに返した。
すぐにケーキを取り分けるのはガルルの仕事だ。
それから、みんなしてケーキを食べた。
甘さ控えめのクリームに、なかにはイチゴが入っていて酸味が口の中で踊る。
ふわふわ食感のスポンジと相まって、ぽっぺた落ちそうなほど美味しかった。
紅茶も出てきた。香り豊かなダージリンが口の中をさっぱりさせる。
ミミとブーコは、いっぱい食べると太っちゃう、といいながらもケーキを食べまくっていた。
ビアベアにケーキが美味しい、と褒められたガルルは、手の甲で鼻を掻いて照れている。
ティグという男はリュウと仲が良く、ケラケラと談笑していた。
聞こえてくる会話は、僕のことが、かわいい、というものだ。
なんだか恥ずかしい……。
本人がすぐ横にいるのに、やめてほしい。
ふと、傍に立つイナリが腰を曲げ、ぼそっと僕の耳もとでささやいた。
「ケーキ入刀、いただきましたよ、アヤ様」
なにそれ? と僕は訊き返す。
「アヤ様は知らないでしょうが。披露宴ではこういう儀式をするのですよ」
「ひろうえん? 何を披露するの?」
「結婚ですよ」
「ふーん、結婚か……ん? 結婚!?」
びっくり仰天している僕に向かって、獣人旅館のみんなが一斉に口を開き、
「おめでとうございます!」
と大きな声を出した。
「えっ? ちょっと待て、僕は結婚してないっ! リュウさん、なんとか言って」
隣に座るリュウは、
「アハハ」
と笑うとつづけた。
「結婚してしまったなあ、俺たち」
「してませんっ!」
僕は大きな声で反論するものの、みんなは楽しそうに笑いながらケーキを食べている。
「んもう、まったく……」
と僕は愚痴りながら、ケーキをぱくりと食べた。
とろける美味さに、僕は自然と笑顔になる。
獣人旅館にいるみんなの笑顔が、花のように咲く。
闇夜を照らす魔界のお宿は、今宵も笑い声であふれていた。
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