ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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三章 プリンセスロード編

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 恐ろしいことだ。
 魔力を吸収する魔物が、コアから生み出されていたらしい。
 しかし、コアを破壊した者がいる。
 それはジャスではなく、アディアスから来た青年であった。彼の名前はアル、我と同じく無属性魔法の使い手だ。
 
 素晴らしい!

 アディアスと和平を結んでおいてよかった。
 それに引き換え、ジャスはダメな男よ。やはり平民出身ということもあり、欲が深すぎる。しかも娘のケイトに怖い思いをさせた。あれほど危険なら帰ってこい、そう念を押しておいたのに、まったく……。

「ヴェルハイム様」

 セリーナに声をかけられた。
 我が事前に民衆へと普及しておいた人形のとおり、何とも男心をくすぐる美貌をしている。ロイ様には、もったいないくらいに。
 彼女はトルシェの街を指さして言った。

「あの鐘を鳴らしてもいいですか?」

 いや、と我は首を振ってから続けた。

「その昔は鐘を鳴らし、フィルワームに嫁ぎにいく、と伝えていたそうですが……もう鳴らさなくても……」
「鳴らしてみたいのです」
「ん?」
「はい、というよりもですね、高いところから空間を支配した方が効率がいいのです」

 なるほど、と我は答える。
 そして思い出した。
 アディアスでもっとも権力のあるスピア社、その社長と和平を結ぶ条件として、あの忌々しい資源を提供するというものがあった。その運搬は、目の前にいるセリーナがやってくれるそうだ。しかも我が国の次期国王と結婚してくれるという。
 
 ありがたい。

 あの資源が無ければ、永遠に貴族社会は安泰だ!
 

 
 空を飛んで、トルシェの鐘楼に舞い降りる。
 ロイ様には先にフィルワームに帰ってもらった。鐘を鳴らし嫁ぎに来たと知らせるのに、その伝えられる本人が側にいては、何とも変な話だから。

「大きいな……」

 セリーナとアル、それに我の三人は鐘の前に立つ。
 鐘楼から望むプリンセスロードの先には、煌々たるフィルワームの街並みが栄えている。

「どのようにして鳴らすのですか?」

 セリーナの質問に、風魔法を使います、と我は答えた。
 
「鐘の中にある分銅を振動させるのです」
 
 こくり、とうなずいたセリーナは、スッと手をかざす。
 アディアス人は、道具を使って魔法を使うと聞く。おそらく彼女の腕輪から、風魔法を生み出しているのだろう。よく装飾を見れば、緑色に輝く宝石が埋め込まれている。あれが“魔石”なのだろう。

 いやはや、この道具は危険だ……。

 このような道具がフィルワームに出回ったら、平民でも魔法が使えてしまう。
 となれば、貴族社会の崩壊に繋がりかねない。
 
 絶対に魔石を、この国から消滅せねば!
 
 ゴーン、ゴーン……。
 
 巨大な鐘の音が鳴り響く。
 セリーナは、にっこりと笑うと、さらに両手を広げた。キン、と空気の色が変わっていく。そのように、我には感じた。
 彼女の無属性魔法は空間を支配し、あらゆる物質を異次元に保管したり、移送することができるらしい。

「素晴らしい……」

 彼女たちが武器を持っていないのは、そのためだ。異次元からいつでも武器を取り出せる。
 我には出来ない種類の無属性魔法なので、かなり羨ましい。
 
「いい国ですね、気に入りました……」

 ふと、そう褒め称えるセリーナは、閉じていた瞳をゆっくりと開く。何とも聡明な眼差しで、この美しい世界を見渡している。そして鐘の音が鳴り終わると言った。

「さあ、フィルワームに行きましょう」
 

 
 拍手喝采で、フィルワームの民たちはセリーナを迎えている。
 しかし、兄のアルは来なかった。

『目立つのは好きではない』

 そう言って、トルシェの街に残った。
 我としても、その方が都合がいい。極秘でセリーナにやってもらいたいことがある。そのために、彼女を招いた。ロイ様、つまり次期国王の妻として。

「こちらです、セリーナ様」

 我は次期王女となるべく彼女を、壮大なる宮殿へと案内していく。

「わぁ!」

 少女らしく感嘆の声を漏らしている。何とも、微笑ましい。
 我は得意げになって尋ねた。

「どうですか? 我国の宮殿は?」
「歴史を感じさせますね」
「数千年も前、魔法の力で建てられました」
「え? 道具なしで?」
「はい、賢者と呼ばれる魔法使いたちによって建造されました」
「うふふ……」

 セリーナは、急に笑い出した。ん? 何がおかしい?

「どうされました?」
「いや、皮肉なものですね」
「何が?」
「豊富な資源を民に与えないくせに、このような権力の塊をつくるのですから」
「フィルワームは貴族社会なのです……」

 ですよね、とセリーナは答えると微笑んだ。
 そうだ、我は正しい。 
 平民は魔法を使わず、貴族のために働いていればそれでいいのだ。永遠に……。

「では、さっそく移送しましょうか」
「お願いします」

 我はセリーナを地下へと案内していく。
 王族以外は入れない禁断の場所。まるで闇に吸い込まれそうな洞窟。ぽたんぽたん、と水が滴る音が反響している。

「さあ、いきますよ」

 ボワッ、と手元で火の魔法を使って灯りをとった。
 セリーナの美しい顔が浮かんでいる。何やら考え事をしているようだ。

「独り占めってことですね……」
「ん?」
「ここに資源があることを知った昔のフィルワームの人間たちは、資源を隠すような形で宮殿を建てた」
「……」
「自分たちが王族になって、豊かに暮らすために」
「それが何が?」
「だからあなたは資源そのものを無くせばいい、そう考えたのですね?」

 うむ、と我は答えると、歩き出した。
 資源は奥深くにあって、ずっと我の頭を悩ましているのだ。

「ここです」

 漆黒の宝石が、目の前に現れた。

 魔石……。

 洞窟じゅうの壁面、すべてこれなのだ。
 ああ、こんなものがあっては、いつか平民に渡ってしまう危険がある。一刻も早く、無くさなくてはならない。特に、あの危険な女に渡る前に。
 
 ルイーズ……。
 
 ロイ様に気に入られた道具屋の娘。
 あの女は、この資源のことを魔石と呼んだ。さらに魔導の仕組みに気づき、道具まで作っていた。ああ、なんと恐ろしい。

「セリーナ様、お願いです、これを移送してください」

 我は、深々と頭を下げた。
 これですべてが終わる。そう確信していたからだ。
 わかりました、と答えたセリーナは、すっと右手を伸ばして瞳を閉じる。
  
 空間が支配されていく。

 華奢な手のひらが魔石に触れると、キン、と不思議な音が響いた。
 
「——っ!?」

 洞窟は眩しい光りに包まれる。
 しばらくして我が目を開けると、なんと洞窟に穴が空いていた。見上げれば太陽の光りがさんさんと降り注ぎ、風が吹き、澱んでいた洞窟の空気が、一瞬にして新鮮な外の空気と入れ替わっていく。
 
 ああ、なんて清々しい!

 これで悩みが解消された。新しい世界が始まったような気持ちだ。
 セリーナは、さらさらと風に揺れる髪を指先で触れながら、うふふ、と微笑んでいた。

「世界平和のために使わせていただきます」
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