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三章 プリンセスロード編
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しおりを挟む街の外は戦場だった。
昆虫の魔物が無数にいて、攻撃をうけた冒険者たち、つまり貴族たちが血を流して倒れている。
私はすぐにかけ寄り、ポーションで回復させていく。足を怪我した人、頭を打った人、息をしていない人もいたけどよかった、心臓はまだわずかに動いていた。
「ありがとう」
そう言って息を吹き返したので、私は笑顔になった。
「うわぁぁ!」
魔物の勢いは止まらない。
私の目の前で、貴族が魔物から攻撃をくらっている。日頃、弱い魔物と戦っているから、このような強い魔物には敵わないのだろう。
ここは危険すぎる。
いっしょに来たレミは大丈夫だろうか……え?
レミは、びくびくと岩場に隠れて見ていた。
「ルイーズ! 気をつけてよぉー!」
そんなこと言われたって、足が震えるほど怖い。
だけど、私が回復に走らないと、このままでは負傷した貴族たちが死んでしまう。
「よし!」
わたしは魔物に気づかれないよう屈みながら歩き、倒れている貴族に近づいては回復させていく。
そうしながら、魔物たちを観察してみた。
祖父が言っていたとおり、昆虫の魔物は残酷で凶暴だ。防御するという概念はなく、身体ごと突撃するように貴族たちへ攻撃をしている。まるで自分の命と引き換えに、人間を殺しているみたい。
「ルイーズさん!」
ふと私は名前を呼ばれ、そちらに振り向く。
ロイだった。
彼は氷魔法を使って、魔物どもをカチコチに凍らせては、粉々に砕いている。
しかし魔力には限界がある。ロイの手から放出している氷の刃が、だんだんと先細り、スッと消えた。私はすぐにエーテルを取り出し、ロイに向かって投げた。
「ロイ! これを飲んで!」
「ありがとう!」
見事に緑の瓶を受け取ったロイは、ぐいっと飲み干した。
彼の身体の奥底から、ふつふつと魔力がみなぎっている。魔力が完全回復したようだ。
私とロイは笑顔をかわし合う。
ほっと安心した。やっと私たちの関係が、友達として成立したような気がする。
だけどそのとき、カマキリの魔物の鎌がロイの背後を狙っていた。あぶないっ!
バババババッ!
無数の青い砲弾が飛んできて、カマキリの魔物に穴を開けていく。
「ウォォォ!」
勇ましい声の方を見ると、大きな岩の上でセリーナが銃を構えていた。
「ロイ様!」
「セリーナさん!」
「背後はわたしにまかせて戦ってください」
「わかった」
ロイと言葉を交わしたセリーナは、うふふ、と笑うと銃を連射する。
魔物どもが、バタバタと倒れた。
何あれ? セリーナはあんな武器を持っていたのか?
おそらく無属性魔法を使って出現させたのだろう。本当に便利な魔法だ。
「ウォォォォォォ!」
戦闘中のセリーナは、なぜか男のように叫ぶ。
日頃の上品なお嬢様っぷりが、まるで嘘みたい。しかし、彼女とロイのコンビはもはや無双で、魔物どもを倒して、倒して、倒しまくっている。
「す、すごい……」
無数にいた魔物が、あと残りわずかになった。
いや、感心している場合ではない。私にもやることがある。
今はこうやってポーションを振りまいて、負傷したみんなを回復してあげることに専念しよう。
「ルイーズ、聖女様みたい!」
ん? 岩場に隠れるレミが声援を送ってくれた。
聖女か……本当にそんな風に見える?
なんだか嬉しいな。
魔法も使えない私だけど、道具を使えば人の役に立てるんだ!
希望が湧いた、その瞬間だった。
ふとセリーナに迫る黒い影を発見。地をはうムカデの魔物が、じわじわと忍び寄っていた。だけど、彼女はそれに気づいていない。ロイの背後を攻撃しようとする魔物に狙いをさだめ、銃を連射している。
「セリーナ! 逃げてー!」
私は大きな声で叫んだ。
ハッとしたセリーナは、やっと魔物を気配を感じて、ぶんっと首を振った。
グォォォォ!
突然、奇声をあげるムカデの魔物は、棘のある大きな口を開ける。ぼたぼた、と体液まで飛び散っていた。
歯を食いしばるセリーナは銃を構え、引き金をひく。
「死ぃねぇぇぇぇーっ!」
カチカチカチ……。
乾いた音が響く。
セリーナの顔色が青く染まる。どうやら銃に入っていた魔力が無くなったようだ。
ムカデの魔物の口からは、ねちゃあーと体液が漏れ出していた。
「セリーナぁぁぁ!」
ロイが叫んだ。
周辺にいる魔物を氷の刃で両断すると、サッと風魔法を使って飛びあがる。どうか、セリーナの危機を救って!
「クソっ!」
セリーナが汚い言葉を吐いた、その瞬間、魔物が彼女を食べようと襲いかかる。
うわぁぁぁ! ロイの叫び声が平原に響く。
ドスッ!
弓矢だ。
ムカデの魔物に弓矢が刺さっていた。
「お兄様っ!」
セリーナが叫びながら顔を向ける。その方向には弓を構える男性がいた。
アルだ。
私の心に衝撃が走る。なんてカッコイイんだろう。
彼は何もない空間から、三本の矢を生み出すと上空に向かって弓を引いた。
ドシュン!
天高く上昇した矢は放物線を描き、私の近くにいたムカデの魔物どもに刺さっている。
危なかった。
ムカデの魔物は土色なので、私の目には見えていなかったのだ。
「ルイーズ、怪我はないか?」
ふわりと浮かびながらアルが近づいてくる。
紫色の髪が風に揺れていた。本当に妖精みたい。
「はい、大丈夫です」
「よかった」
ん? 不思議と私たちは見つめ合ってしまう。
するとアルは手を振って、また空中から何かを生み出した。ポーションの空き瓶だった。
「これに命を救われたよ」
微笑むロイは、そっと私に空き瓶を渡してくる。
私はそれを受け取り、にこっと笑顔で返した。
「これですべての魔物を倒しましたね……」
ロイがそう言って、バリバリッと氷漬けになった魔物を砕く。
私は負傷している貴族たちの回復をしながら、ほっと安心した。昆虫の魔物を一掃できたのだ。
自力で立てるようになった貴族たちは、みんな私に向かって、ありがとう、ありがとう、とお礼を言う。
「……」
なんだか照れる。
私の顔は赤くなってしまった。それをレミが見て、ニヤニヤしている。
「ってかさ~、ジャスたちってどうなったのかな?」
「……うん」
「そうだ! 妖精兄に聞いてみよう」
レミの行動力は本当に助かる。
私からは絶対に聞けないよ……。
ニコニコしながらレミは、アルのところに近づいていった。
「ちょっと妖精兄っ!」
「なに?」
「ジャスたちはどうなったの? いっしょじゃなかったの?」
「……まぁ、いろいろあって」
「まさか死んじゃった?」
「いや、ちゃんと生きてる……俺だけ先に飛んできたのさ」
「なんで?」
「あいつら魔力が底を尽きて、回復することができずに死にかけた……可哀想だがな」
「ふぅん、じゃあ聖女がいても何の役にも立たないね、ざまぁ」
ああ、と答えるアルは微笑みを浮かべていた。
レミは、口を隠してクスクスと笑っている。
そして私は思う。
ジャス、ポーションを持っていけばよかったのに……。
でも、今となってはもう遅い。
私の手作りポーションよりも、聖女の回復魔法を選んだのから。
「やっぱりルイーズのポーションが一番ね!」
レミがそう言ってくれた。
うんうん、とアルもうなずいている。
「魔力に頼ってばかりいるから、あんなひどいことになるんだ……」
ひどいことって? とレミが質問するけど、アルは思い出したくないように首を振った。
「また話すよ……」
「ええええ! 気になるぅ」
レミの人懐っこい性格が出てる。出てしまいすぎている。
私はレミの肩を叩き、また聞こうよ、と言って抑えるよう促す。
と、そのとき、私たちに近づてくる冒険者たちが三人いた。
!?
ジャスたちだった。
ひ、ひどい……。
かなり瀕死の状態だったようだ。装備している鎧や服が、ボロボロに破れたり壊れたりしている。いったい何があったのだろうか。
聖女ケイトは歩き疲れたのだろう。顔色が悪くて老けて見える。
戦士の男は、呆然と私のことを見ていた。
「ルイーズ!」
唐突に、私の名前を叫んだジャスが目の前に来ると、ザザッと地面をえぐるように土下座し、その男らしい顔をあげた。
「ポーションが欲しい!」
「え?」
「魔力を吸い取る魔物がいたんだよ! 結局、聖女なんて魔力が無くなれば役に立たなかった」
「……」
「目が覚めたよ……やっぱり俺にはルイーズが必要だ」
「……」
「結婚しよう! 俺のためにポーションを作ってくれ!」
さらさらと清らかな風が吹き、草花が揺れる平原のなか、私はジャスを見下ろして言った。
「無理です」
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