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三章 プリンセスロード編
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しおりを挟む「ねぇ、名前は?」
トルシェの街から出てすぐ、あたしは謎の男に質問してみた。
まるで妖精みたいに美しい顔をしている。この人、絶対に外国人だよね。
「アルだ……」
そう囁くように言う。ふぅん、カッコイイ声をしてるじゃない。
「どこの人なの? トルシェの街の人じゃないよね?」
「ああ、俺はアディアスから来た、妹が結婚するから」
「もしかして妹ってロイと結婚する?」
「そうだ」
ふぅん、とあたしは言いながら、ちらっとジャスを見る。予想したとおり、アルのことが気に入らないみたいね。まったく目を合わせない。一方、ラルクは不思議そうにアルを見つめている。
「あんた、武器はどうした? 魔法使いなのか?」
ラルクの質問に、アルはふふっと笑った。
「魔法よりも俺は弓が得意だ」
「はい? 弓なんて持ってないじゃないか……あんた頭おかしいぜ」
あはは、と笑うアルは、頭に指先を触れた。
「ここに入ってる」
!?
あたしは、目を丸くした。
まさかアルという美青年は、パパと同じ無属性魔法の使い手なの?
ちょっと驚きを隠せない。あたしは首を傾けたまま、じっとアルを見つめていた。
「おい、飛ぶぞラルク、ケイト」
突然、そう告げたジャスが風魔法を使った。
ぶわっと舞い上がる彼は、アルを見下ろす。
「俺たちについて来れるか? 飛べたらの話だがな」
「……」
黙ったままのアル。
あたしは自力で風魔法を使い浮かぶ。けど、ラルクは魔法が使えない。だからジャスがラルクに風魔法をかけて吹き飛ばした。なかなかの空中遊泳らしく、ラルクは楽しそうに笑っている。
「あいつ、消えたな」
青い空のなかで、ラルクがそうつぶやいた。
ふっとジャスが鼻で笑う。
「俺の風魔法について来れるわけない」
たしかにジャスがいうとおり、この飛行速度を出し続けるのは、聖女のあたしでもきつい。こんなんじゃ、すぐに魔力が底を尽きちゃうよ。
しかし次の瞬間、ありえないことが起きた。
ギュン!
鳥? かと思ったけど違った。飛行するアルがあたしたちを抜き去っていく。
「な、なんだあいつ!?」
ラルクは驚いて叫ぶ。
あたしも目が飛び出そうなくらいびっくりしちゃって、思わず叫んだ。
「はやーっ!」
それにアルの足についている道具は何?
あそこから風が出ているみたい。渦を巻くように、まっしろな飛行機雲が螺旋を描いている。
「おい、あれを見ろーっ!」
ラルクが叫んだ。
眼下に広がる平原に、魔物の群れがいる。しかしその形状が普通じゃない。ゴブリンでもオークでもない。あれは……。
「蜘蛛? カマキリ?」
虫のような魔物だった。
恐ろしくなったあたしは、ジャスに質問する。
「あれらが向かっているのは、きっと街だよね?」
「たぶんな……早くコアを破壊して街に戻るぞ!」
おお! とラルクは気合いを入れる。
そして、あたしは疑問に思う。
アルって魔物の巣の場所がわかってるの?
「ねぇ、ジャス!」
「ん?」
「この方向であってるの?」
認めたくないようだけど、こくり、とジャスはうなずいた。
あたしは、アルの底知れない魔力というか、真の実力があるような気がしてならない。
「おい! 降りていくぞ!」
指をさすラルクが叫んだ。
まるで鳥のようにアルは滑空すると、地上に舞い降りていった。
「クソッ!」
なんだかイラつているジャスは、風魔法を操り、ラルクとともに大地に降り立つ。あたしも、すぐそばに降りた。
「……」
アルは足に装備していた道具? を外した。
そして、おもむろにそれを放り投げる。すると不思議なことにそれは消えた。まるで空間を切り取って、そのなかにしまいこんだように。
おそらく、彼もまたパパと同じような無属性魔法の使い手に違いない。
そんな彼が見つめている先は、鬱蒼とした深緑の森だった。いかにも魔物が出そうね。
するとジャスが、ぐいぐいと彼に問い詰めていく。もう喧嘩?
「おい、なぜ降りた? 魔物の巣はまだ森の奥だぞ?」
「ここからは歩いたほうがいい」
「あ?」
「空中で浮遊する羽が生えた魔物がいる、そいつらは魔力を吸うから気をつけろ」
「何だと?」
アルが言ったことが本当なら、マジでやばい!
魔力がなくなった魔法使いは役に立たない、ただの人間だよ。そんなのに、あたしはなりたくない。
「危険だから無理しないで引き返せ……」
アルはそう告げると、すたすたと歩いていく。
俺だ……俺だ……。
そうジャスはつぶやいていた。
「コアを破壊するのは俺だ!」
自分に言い聞かせるような叫びだった。
ジャスは風のように走り、アルを追い抜く。
「おいっ、まってー!」
ラルクがその後を追う。
ああ、なんかヤバイことになりそうね。あたしは別に英雄になりたいわけじゃないんだけど……ジャスのことが好きになっちゃた以上、ついて行かないわけにはいかない。
それにパパとの約束もあるもんね。
「ジャスを助けないと……」
森のなかは、まだ昼間なのに暗い。
太陽を遮断している鬱蒼とした木々は、あたしたちを笑うように風に揺れている。
「あいつ消えたな」
きょろきょろ、とまわりを見たラルクは言った。
ふっと鼻で笑うジャスは、腰に装備した剣を握る。
「びびって逃げたか……」
そう言って、ラルクと笑い合うけど、あたしはそうは思わない。
アルって人は身を隠しているだけね。無意味な戦闘は避けたいんじゃないかな。
ぷーん。
「ん?」
虫が飛んでいる。
まるで蚊のようだけど、これが魔力を吸い取る魔物なのかな?
と、思っていたら、ぎゃー!
「でかっ!」
大きな蛾が飛んできた。
ふわふわ、と鱗粉が舞っている。
「——っ!?」
空気が悪い。
なんだかクラクラと目眩がしてきた。
「はっ!」
ジャスが気合いを入れている。
風魔法を使って、周辺の澱んだ空気を換気し、ついでに虫たちも吹き飛ばした。
「ちっ! 厄介な魔物だぜ」
しかし、一匹だけ見逃したようだ。
ジャスの背中に蛾がついている。げっ、気持ち悪い。それは牙をもち、ジャスに噛みついた。
「ぐあっ!」
痛みが走ったようで、ジャスは踊るように振り払う。
すると蛾は何事もなかったように、ひらひらと宙に舞っていく。その優雅な光景が、余計に気に入らなかったみたい。逆上したジャスは剣を抜いた。
「ふんっ!」
ざっくり、蛾はまっぷたつに切れて、ぼたりと地面に落ちる。
ふわふわと鱗粉だけが舞っていた。
「先を急ぐぞ……」
ジャスはそう告げて、すたすたと歩いていく。
ラルクとあたしは彼の後を追った。
グシャ! バキッ! ボワッ!
ジャスの剣撃は火を纏いながら昆虫の魔物を倒していく。
まるで地獄だよ。ゴブリンとかオークなどの魔物が可愛く見えるほど、昆虫の魔物は禍々しくも奇形ね。
マジで、キモい。
ジャスの剣によって、無惨に緑色の血を吹き出しては息の根を止められていった。
「こいつら、ぜんぜん弱いぜー!」
余裕ぶったラルクが、ざくざく魔物を倒している。
あたしは攻撃魔法が使えないため、ラルクとジャスの筋肉を増強させる光魔法をかけてあげたり、魔物の攻撃を受けて怪我をした彼らに、回復魔法もかけていた。おかげで魔力はどんどん減少していく。でも……。
「ありがとう、ケイト」
ジャスから感謝される。
とても光栄ね。好きな人の役に立っている実感が湧く。
がんばれー! ジャス!
しかしそれにしても、飛んでいる小さな虫が邪魔ね。
「もう何のっ!」
あたしは風魔法で虫を吹き飛ばす。
虫たちの狙いは、あたしたちの魔力。でもジャスは火を纏っているから、虫に吸い付かれずにいるようね。一方のラルクは、そもそも魔力がないから、その心配はないため、ガンガン魔物を倒している。
しかし、ラルクに背後にまわっていた蜂の魔物が、チクリと彼の腕を刺した。
ドサッ!
突然、ラルクは倒れて痙攣してる。これはヤバい!
あたしは急いで治療してあげた。腕がぱんぱんに腫れている。毒が全身にまわっているようで、みるみる青く変色していく。
「すぅ——っ!」
あたしは息を大きく吸って、吐いた。
全力の回復魔法で、ラルクを治療する。温かい光が彼を包み、元の体に戻っていった。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
「もうラルク! 気をつけてよね!」
「わりぃ、ありがとうケイト!」
しかし、あたしは気づいた。
もう自分のなかにある魔力が、底を尽きていることを。
だから急いで鞄から緑色の瓶を取り出す。王都で買っておいたエーテルだ。魔力がなくなったら、あたしは聖女でも何でもない、ただの人間になってしまう。それだけは嫌だ。
「いくぞ!」
ジャスは、どんどん森の奥に進んでいく。
そして戦闘を繰り返し、繰り返し、あたしは彼らを治療し、いよいよ魔物の巣らしいエリアまでたどり着いた。よりいっそう暗い闇が広がっている。魔物の力も、数も、増えているように感じる。
ラルクの顔色も、だんだん疲弊しているように見えて、あたしはちょっと不安に思えてきた。
「ねぇ、ジャス……いったん戻らない?」
あ? 振り返るジャスの顔は、まるで鬼だった。
「ケイト! コアを破壊したらヴェルハイムに言うつもりだ!」
「え?」
「ケイト、おまえと結婚する」
「……嬉しい!」
「だから頑張れ!」
うん、とあたしはうなずき、彼のそばを歩いた。
ラルクは、やれやれ、と言いながらも笑っている。あたしたちのなかで、和やかな雰囲気があふれた。こんなにも危険な魔物の巣の中だと言うのに……ん?
きゃーーーっ!
あたしは叫んでしまう。
巨大なカマキリの魔物が、いきなり襲いかかってきた。
鋭い鎌が、ざくりとジャスの右足を切る。
「ぐはっ!」
きゃっ……かなり傷は深いみたい。
赤い血がどくどくと流れている。逆上したジャスは、右手をかかげ、火の玉を放出した。特大のファイヤーボールね。
ボワッ!
カマキリの魔物は、ドス黒い火を吹いているけど、嘘でしょ? まだ戦えるみたい。
また鎌を振り上げている。
危ない!
しかし、斬っ! とラルクの剣がトドメをさす。動きを止めたカマキリの魔物は、やっと倒れた。
「ケイト……治療してくれ……」
「わかった!」
あたしはジャスに両手をかざす。
あれ?
回復魔法が使えない。
「んんん?」
足に違和感がある。
ふと、スカートから伸びる足を見ると蟻がついていた。
まさか、この虫も魔物? あたしはすぐに手で払う。
「まじか……」
皮膚に、くっきりと小さな歯形がついている。
まったく痛みがないほどの強さで噛みつき、魔力を吸っていたようね。
「ちょっと待って、エーテル飲むから……あれ?」
鞄のなかに手を入れて、がさごそと探るが何もない。やばっ! エーテルおわった!
「ごめん、もう治療できない……」
「は? なんでもっとエーテルを持ってきてないんだよ!」
「だって、だって、魔力を吸い取る魔物がいるなんて知らなかったもん」
ちっ! とジャスは舌打ちした。
彼の顔はさらに鬼のようで、あたしは絶望した気持ちでいっぱい。もうヤダ……。
「なぁ、街に戻ろうぜ……」
ラルクがそう言った。
あたしは賛成だけど、ジャスは? 彼は震えていた。顔色は真っ青、右足からは、どくどくと止めどなく血が流れている。
「戻るにしても、地獄だぞ? あはは」
ジャスの笑い声が、虚しく森のなかに響く。
ゾワッと悪寒が背中に走る。
あたしたちはもう魔物の巣のなか。
いつのまにか、まわりには奇形な昆虫の魔物が、うようよと蠢いている。それはまるで、ミミズの大群だった。最悪……。
あはは、苦笑いを浮かべるジャスは言った。
「こんなことになるなら、ルイーズからポーションをもらえばよかったぜ……」
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