44 / 51
三章 プリンセスロード編
44
しおりを挟む「お客さん、来ないね……」
道具屋のカウンターにいる私は、祖父に話しかけた。
いつもなら魔物を倒して稼ぐ冒険者たちが、うちのポーションを欲しさに来店してくるのだけど、今日はまったくそんな雰囲気がしない。
しーん、と水を打ったように静かな店内で、祖父は長く伸びた髭を触りながら、何か考えをめぐらしている。
「どうやら魔界の魔物が生まれておるらしいのぉ」
「おじいちゃん?」
「並の冒険者では敵わないじゃろう……だからみんな旅を自粛しておるな」
「そっか……」
私は、ほっと安心する。
ジャスとの婚約が破棄されて憂鬱で、いつも通りに接客できるか不安だったから。
だけど杞憂だったな。
そんな心配をするまでもなく、道具屋には客が来ない。
あれ? でもちょっとまって、これからずっとお客さんが来なかったら、うちの店は潰れちゃう。やばっ!
「破壊しないと……」
そうつぶやく祖父は、遠くを探るように窓の外を見つめている。
私は、何を破壊するの? と質問をした。祖父はしばらく思い出に浸ってから、興味深いことを語る。
「わしらのいる世界は人間界なのじゃが、この世のどこかに魔界と呼ばれる邪悪な魔物がいる世界がある。そこにいる魔物はとても残忍で凶暴、生き物で例えるとその形状は昆虫のようじゃ」
昆虫の魔物がいるのか、と思った。
でも、なぜ魔界から魔物が来たのだろう。人間界の魔物とは、何が違うのだろう。
「コアがあるはずじゃ……」
「コア?」
「うむ、魔界の魔物を生み出すものじゃ、きっと魔物の巣のどこかにある……そのコアを破壊しなければ人類は滅亡じゃて……」
やばっ! と私は叫んだ。
真剣な顔で祖父は、
「やばっ、じゃな……」
とつぶやく。深いしわのある額からは、玉のような汗が流れ落ちていた。
するとそのとき、扉が開かれる。こんな状況でも旅をする冒険者がいるのか、と感心して胸をときめかせたけど、来店したのはアルとセリーナだった。
そして違う意味で、私の胸はときめいたから、ちょっとびっくりした。昨日のこと、アルにお礼を言わなきゃ。
「アル、昨日はありがとう……」
ふっ、とアルは微笑を浮かべた。
「ロイもジャスもなかなかの魔法使いだった」
感動しているのだろうか、アルは目を閉じて笑っている。本当に不思議な人だ。
一方で、セリーナは祖父に挨拶をしていた。すごく女子力が高そう。花が舞いそうなお辞儀をしている。
「はじめまして、このたびフィルワームに嫁ぐことになったセリーナと申します」
「ほほう、噂の令嬢じゃな」
「はい……そして、あちらにいるのは兄のアル」
ぺこっと頭を軽く下げるアルを見た祖父は、おっと驚き、目を輝かせている。
「おぬし……とても良いピアスをしておるのぉ」
たしかに、アルの両耳には白い宝石のついたピアスが光っている。
ちょっと見せてくれ、と祖父が頼むと、アルは紫色の髪をかきわけた。ピアスも美しいけど、彼の横顔も美しい。
「うーん、素晴らしい……このピアス、うちの店でも作りたいのぉ」
「え?」
「アルさん、この宝石はどこで手に入れたのじゃ?」
「これはアディアスに生息する白鳥の眼球、とても貴重なものですよ」
「ほほう……それならうちの婿が貿易商をしておるから取りに行かせるぞ」
「いえ、そのような手間はいりません、俺の妹セリーナの魔法があれば」
「おお、素晴らしい!」
「……な、妹よ?」
はい、お兄様、と答えるセリーナは、さらさらの長い髪を手ではらった。わぉ、ドロシーお姉ちゃんにも負けてない、見事なお嬢様っぷりだ。
「ご希望の場所にお届けしますよ、一度、行ったことがある場所に限りますが」
もしかしてお嬢さん、と祖父は聞きながら棚に置いてある人形を指さした。
「あの人形の人?」
ええ、と答えるセリーナは軽く会釈をした。
「なぜか知りませんが、わたしの人形が売られているようですね、おかげで街を歩くだけで人気者でした」
そりゃあそうだよ、あの人形は老若男女からバカ売れしていた。
祖父はアルとセレーナに興味津々のようで、いろいろ話しかけている。と、そのとき扉が開く。
「おーい、ルイーズ! ジャスが出発するってー!」
レミだった。
お、妖精兄に妹、とアルとセリーナに声をかけながら、私のもとにやってくる。
「見送りに行こうよ、ルイーズ」
「で、でも、私は婚約破棄されたから……」
「そうだけどさ~ジャスが街の英雄には変わりないじゃない」
「まぁ、うん……」
「応援してあげようよ! ジャスに強い魔物を倒してもらわなきゃ、お客さん来ないでしょ?」
たしかに、レミの言うとおりだ。
私はカウンターから出て、祖父に話しかける。
「ちょっと行ってきます」
うむ、とうなずく祖父の目は、いつになく鋭い眼差しだった。
「わたしたちも行きましょう、お兄様」
と、セリーナはアルの手を引いた。
おお、いいな~。私には兄がいないから、このように甘えられるセリーナがちょっと羨ましい。
「そのかわり、あまり目立つなよ、セリーナは嫁入り前なんだから」
「わかってます、お兄様」
可愛い妹の結婚を見守る、イケメンの兄。
なんて美しい。私とレミは、うっとり見とれていた。
街は騒然としていた。
まるで、お祭り騒ぎだ。鐘楼の前にある広場には、街じゅうの人が集まっている。
「ジャスー! 頼んだぞー!」
「魔物を倒してくれー!」
このような声援をうけて、ジャスは拳をかかげた。
鋼鉄の鎧が似合う彼の近くには仲間のパーティーがいる。戦士の男性、それに聖女ケイトの顔だ。二人は、誇らしげに微笑を浮かべている。
ああ、負けた気がする。胸が苦しい。
あの自信満々なケイトの顔を見ていると、ジャスを取られた現実が、ありありと見せつけられているようだ。
「モンテーロさん」
ふと、アルが父の名前を呼んだ。
声援を送っている人々のなかに父がいて、こちらにやってくる。
「やぁ、アルくん、それにセリーナさん」
ぺこり、とセリーナは会釈をする。
父は二人に話しかけた。
「彼らにフィルワームの運命がかかっている。ぜひ応援してください」
するとセリーナは、にっこり笑う。
「いえいえモンテーロさん、応援するというか、わたしたちも加勢します! ね、お兄様っ!」
おい、と冷たい目をするアル。
セリーナは、えっ? と言う顔をしていた。兄と妹で、話しがちぐはぐしてるみたい。
「魔物の巣に行くのは俺だけだ」
「ええええ!」
「セリーナは待ってろ……あそこは危険すぎる」
「そんなぁ、もっと二人で旅をしたいです」
目を潤ませるセリーナは、ぎゅっと胸の前で手を組んだ。まるで祈りを捧げる僧侶みたい。ぐにゃり、と空間が歪み、何やら魔法をかけている。
「俺に魅了をかけてもダメだぞ、天使のピアスがあるから」
「うわぁぁ、お兄様にプレゼントするんじゃなかったぁぁ!」
「モンテーロさん、妹をよろしくお願いします」
わ、わかった、と父は答えた。
セリーナの顔は、むぅ、としたままアルを見つめている。
そしてアルは、私のほうに顔を向ける。え? なんでそんなに笑顔なの?
「ポーション、使わせてもらうよ」
「……あ、はい」
なぜか顔が赤くなった。
それに反応したレミが、また余計なことを言う。
「あれ、ルイーズったら、もう新しい恋が始まってる?」
私の身体のなかで、ドキッ、と心臓が跳ねた。
まさか、そんなはずはない。婚約破棄されたばかりなのに……。
「では、行ってくる」
アルは、颯爽とマントをひるがえして歩く。
向かう先は人々から声援を受けるジャスたちのところだった。私とレミも彼らの声が聞こえる距離に近づく。
「ん?」
アルに気づいたケイトが、パチクリと長いまつ毛を瞬きさせる。無理もない。アルの容姿は妖精のように美しいから。
「な、なに?」
ケイトがそう質問すると、戦士の男、それにジャスもアルの存在に気づいた。昨日の因縁もあり、すぐジャスの眉間に皺が寄る。今にも殴りかかりそうな剣幕だ。
「何のようだ?」
肉薄するアルとジャス。背の高さは同じくらいだ。
ばちばち、と一方的にジャスから火花散る視線を送られているアルだけど、彼は冷静な口調で話しかける。年齢的にもアルのほうが大人で、いい感じに貫禄があった。
「俺も同行する」
「あ?」
「魔物の巣に行くんだろ?」
アルの質問に、ジャスは、ふんっと鼻で笑った。
「ついて来るのはいいが、足手まといになっても助けないぞ、それでもいいか?」
ああ、と答えたアルは、さっとマントをひるがえす。
ジャスよりも先頭を切って歩く彼は、リーダーとしての風格があるように見えるのは、私だけだろうか。
「あいつ、俺たちより目立ってるな……」
戦士の男が、そうつぶやく。
ケイトは、ぽかんとした顔でアルを見つめている。
ぐぐっと拳を握りしめるジャスはつぶやいた。
「コアを破壊するのは俺だ……」
0
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる