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三章 プリンセスロード編

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「お客さん、来ないね……」

 道具屋のカウンターにいる私は、祖父に話しかけた。
 いつもなら魔物を倒して稼ぐ冒険者たちが、うちのポーションを欲しさに来店してくるのだけど、今日はまったくそんな雰囲気がしない。
 しーん、と水を打ったように静かな店内で、祖父は長く伸びた髭を触りながら、何か考えをめぐらしている。

「どうやら魔界の魔物が生まれておるらしいのぉ」
「おじいちゃん?」
「並の冒険者では敵わないじゃろう……だからみんな旅を自粛しておるな」
「そっか……」

 私は、ほっと安心する。
 ジャスとの婚約が破棄されて憂鬱で、いつも通りに接客できるか不安だったから。
 だけど杞憂だったな。
 そんな心配をするまでもなく、道具屋には客が来ない。
 あれ? でもちょっとまって、これからずっとお客さんが来なかったら、うちの店は潰れちゃう。やばっ!

「破壊しないと……」

 そうつぶやく祖父は、遠くを探るように窓の外を見つめている。
 私は、何を破壊するの? と質問をした。祖父はしばらく思い出に浸ってから、興味深いことを語る。

「わしらのいる世界は人間界なのじゃが、この世のどこかに魔界と呼ばれる邪悪な魔物がいる世界がある。そこにいる魔物はとても残忍で凶暴、生き物で例えるとその形状は昆虫のようじゃ」

 昆虫の魔物がいるのか、と思った。
 でも、なぜ魔界から魔物が来たのだろう。人間界の魔物とは、何が違うのだろう。

「コアがあるはずじゃ……」
「コア?」
「うむ、魔界の魔物を生み出すものじゃ、きっと魔物の巣のどこかにある……そのコアを破壊しなければ人類は滅亡じゃて……」

 やばっ! と私は叫んだ。
 真剣な顔で祖父は、

「やばっ、じゃな……」

 とつぶやく。深いしわのある額からは、玉のような汗が流れ落ちていた。
 するとそのとき、扉が開かれる。こんな状況でも旅をする冒険者がいるのか、と感心して胸をときめかせたけど、来店したのはアルとセリーナだった。
 そして違う意味で、私の胸はときめいたから、ちょっとびっくりした。昨日のこと、アルにお礼を言わなきゃ。

「アル、昨日はありがとう……」

 ふっ、とアルは微笑を浮かべた。

「ロイもジャスもなかなかの魔法使いだった」

 感動しているのだろうか、アルは目を閉じて笑っている。本当に不思議な人だ。
 一方で、セリーナは祖父に挨拶をしていた。すごく女子力が高そう。花が舞いそうなお辞儀をしている。

「はじめまして、このたびフィルワームに嫁ぐことになったセリーナと申します」
「ほほう、噂の令嬢じゃな」
「はい……そして、あちらにいるのは兄のアル」

 ぺこっと頭を軽く下げるアルを見た祖父は、おっと驚き、目を輝かせている。

「おぬし……とても良いピアスをしておるのぉ」

 たしかに、アルの両耳には白い宝石のついたピアスが光っている。
 ちょっと見せてくれ、と祖父が頼むと、アルは紫色の髪をかきわけた。ピアスも美しいけど、彼の横顔も美しい。

「うーん、素晴らしい……このピアス、うちの店でも作りたいのぉ」
「え?」
「アルさん、この宝石はどこで手に入れたのじゃ?」
「これはアディアスに生息する白鳥の眼球、とても貴重なものですよ」
「ほほう……それならうちの婿が貿易商をしておるから取りに行かせるぞ」
「いえ、そのような手間はいりません、俺の妹セリーナの魔法があれば」
「おお、素晴らしい!」
「……な、妹よ?」

 はい、お兄様、と答えるセリーナは、さらさらの長い髪を手ではらった。わぉ、ドロシーお姉ちゃんにも負けてない、見事なお嬢様っぷりだ。

「ご希望の場所にお届けしますよ、一度、行ったことがある場所に限りますが」

 もしかしてお嬢さん、と祖父は聞きながら棚に置いてある人形を指さした。

「あの人形の人?」

 ええ、と答えるセリーナは軽く会釈をした。
 
「なぜか知りませんが、わたしの人形が売られているようですね、おかげで街を歩くだけで人気者でした」

 そりゃあそうだよ、あの人形は老若男女からバカ売れしていた。
 祖父はアルとセレーナに興味津々のようで、いろいろ話しかけている。と、そのとき扉が開く。
 
「おーい、ルイーズ! ジャスが出発するってー!」

 レミだった。
 お、妖精兄に妹、とアルとセリーナに声をかけながら、私のもとにやってくる。

「見送りに行こうよ、ルイーズ」
「で、でも、私は婚約破棄されたから……」
「そうだけどさ~ジャスが街の英雄には変わりないじゃない」
「まぁ、うん……」
「応援してあげようよ! ジャスに強い魔物を倒してもらわなきゃ、お客さん来ないでしょ?」

 たしかに、レミの言うとおりだ。
 私はカウンターから出て、祖父に話しかける。

「ちょっと行ってきます」

 うむ、とうなずく祖父の目は、いつになく鋭い眼差しだった。
 
「わたしたちも行きましょう、お兄様」

 と、セリーナはアルの手を引いた。
 おお、いいな~。私には兄がいないから、このように甘えられるセリーナがちょっと羨ましい。
 
「そのかわり、あまり目立つなよ、セリーナは嫁入り前なんだから」
「わかってます、お兄様」

 可愛い妹の結婚を見守る、イケメンの兄。
 なんて美しい。私とレミは、うっとり見とれていた。
 

 街は騒然としていた。
 まるで、お祭り騒ぎだ。鐘楼の前にある広場には、街じゅうの人が集まっている。

「ジャスー! 頼んだぞー!」
「魔物を倒してくれー!」

 このような声援をうけて、ジャスは拳をかかげた。
 鋼鉄の鎧が似合う彼の近くには仲間のパーティーがいる。戦士の男性、それに聖女ケイトの顔だ。二人は、誇らしげに微笑を浮かべている。
 ああ、負けた気がする。胸が苦しい。
 あの自信満々なケイトの顔を見ていると、ジャスを取られた現実が、ありありと見せつけられているようだ。

「モンテーロさん」

 ふと、アルが父の名前を呼んだ。
 声援を送っている人々のなかに父がいて、こちらにやってくる。

「やぁ、アルくん、それにセリーナさん」

 ぺこり、とセリーナは会釈をする。
 父は二人に話しかけた。

「彼らにフィルワームの運命がかかっている。ぜひ応援してください」

 するとセリーナは、にっこり笑う。

「いえいえモンテーロさん、応援するというか、わたしたちも加勢します! ね、お兄様っ!」

 おい、と冷たい目をするアル。
 セリーナは、えっ? と言う顔をしていた。兄と妹で、話しがちぐはぐしてるみたい。

「魔物の巣に行くのは俺だけだ」
「ええええ!」
「セリーナは待ってろ……あそこは危険すぎる」
「そんなぁ、もっと二人で旅をしたいです」

 目を潤ませるセリーナは、ぎゅっと胸の前で手を組んだ。まるで祈りを捧げる僧侶みたい。ぐにゃり、と空間が歪み、何やら魔法をかけている。

「俺に魅了をかけてもダメだぞ、天使のピアスがあるから」
「うわぁぁ、お兄様にプレゼントするんじゃなかったぁぁ!」
「モンテーロさん、妹をよろしくお願いします」

 わ、わかった、と父は答えた。
 セリーナの顔は、むぅ、としたままアルを見つめている。
 そしてアルは、私のほうに顔を向ける。え? なんでそんなに笑顔なの?

「ポーション、使わせてもらうよ」
「……あ、はい」

 なぜか顔が赤くなった。
 それに反応したレミが、また余計なことを言う。

「あれ、ルイーズったら、もう新しい恋が始まってる?」

 私の身体のなかで、ドキッ、と心臓が跳ねた。
 まさか、そんなはずはない。婚約破棄されたばかりなのに……。 

「では、行ってくる」

 アルは、颯爽とマントをひるがえして歩く。
 向かう先は人々から声援を受けるジャスたちのところだった。私とレミも彼らの声が聞こえる距離に近づく。

「ん?」

 アルに気づいたケイトが、パチクリと長いまつ毛を瞬きさせる。無理もない。アルの容姿は妖精のように美しいから。
 
「な、なに?」

 ケイトがそう質問すると、戦士の男、それにジャスもアルの存在に気づいた。昨日の因縁もあり、すぐジャスの眉間に皺が寄る。今にも殴りかかりそうな剣幕だ。

「何のようだ?」

 肉薄するアルとジャス。背の高さは同じくらいだ。
 ばちばち、と一方的にジャスから火花散る視線を送られているアルだけど、彼は冷静な口調で話しかける。年齢的にもアルのほうが大人で、いい感じに貫禄があった。

「俺も同行する」
「あ?」
「魔物の巣に行くんだろ?」

 アルの質問に、ジャスは、ふんっと鼻で笑った。

「ついて来るのはいいが、足手まといになっても助けないぞ、それでもいいか?」

 ああ、と答えたアルは、さっとマントをひるがえす。
 ジャスよりも先頭を切って歩く彼は、リーダーとしての風格があるように見えるのは、私だけだろうか。

「あいつ、俺たちより目立ってるな……」

 戦士の男が、そうつぶやく。
 ケイトは、ぽかんとした顔でアルを見つめている。
 ぐぐっと拳を握りしめるジャスはつぶやいた。
 
「コアを破壊するのは俺だ……」
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