ずっと愛していたのに。

ぬこまる

文字の大きさ
上 下
41 / 51
三章 プリンセスロード編

41

しおりを挟む

「んん……」

 うっすらと目を開けると、私はモンテーロ邸の自室で寝ていた。
 泥酔した私を誰が運んできてくれたのだろう。デビットかな?
 ということは、ジャスとの婚約破棄も父に伝わっているかもしれない。

 ああ、憂鬱だ。

 なんと言って父に説明したらいいのだろう。
 考えても、考えても、ジャスが聖女と浮気したから私は被害者なのだ。そう話すべきなのだけど、ジャスが浮気した原因は私にもありそうなので……ああ、結局のところ、うまく説明できない。

「……うう」

 ベッドから立ち上がり、窓の外を眺める。
 もうすっかり夜だ。ガラスに映る私の姿は道具屋で働く衣装のままで、髪の毛はぼさぼさ。まるで男の子みたい。やれやれ、と手櫛で髪を直しておく。そうしているうちに、改めて思う。
 こんな女の色気がない私が、英雄であるジャスと婚約するなんて、もともと不釣り合いだったのだ。やはり魔法が使えない私は、ありふれた平民の男性と結婚するべき。いや、結婚すること自体、夢のまた夢か……。

「父に謝ろう……」

 そう決めて、私は扉を開けた。
 廊下を歩き、階段を降りていると、ふと気づく。
 
「ん? お客さんかな?」

 大広間から賑やかな声が聞こえる。
 ゆっくりと扉を開けてみた。するとそこには、父と談笑している謎の男性がいる。昼間、道具屋でポーションを買ってくれた紫色の髪をした妖精のような人だ。でも、なんでいるの?

「おっ、やっと起きたかルイーズ」

 父がそう言って、私を招く。
 あれ、怒っていない? 
 笑顔の父は、こっちこい、とばかりに椅子を叩いた。私は、しぶしぶと歩いて椅子に座った。

「次女のルイーズです。こいつが作る道具は天下一品ですぞ!」

 え?

 父がそんなふうに私を褒めるなんて、初めてのことだ。
 ははん、酔って虚言を吐いているのだろう。と思い、テーブルを見たけど、ティーカップしか置いていない。あれ?

「ポーション、使ってみようと思います」

 ふと、男性は空間から青い瓶を取り出す。
 すごい、どういった魔法だろう。これも無属性の魔法なのだろうか? 私の道具屋で買ったポーションが、彼の美しい手の中で、きらりと青く光っている。ガハハ、と笑う父は男性を紹介してくれた。

「こちらは命の恩人! 魔物に襲われているところを助けてくれたんだ、それは見事な弓矢を放ってな」

 アルだ、と男性は答え、私に微笑みかけてくる。
 なんて中性的な人だろう。ロイは可愛い犬系男子だったけど、彼は美しい男性って感じ。あまり思い出したくないけど、男らしいジャスとは正反対な容姿でもある。

「ルイーズ、君のポーションは必ず役に立つはずだ……ふふっ」

 ん? なんか好印象だな。
 思えば、私に好意を持つ男性は、みんな私が作ったポーションに興味があるみたい。

「どうも……」

 ぼそっと話した私は顔を下にして、目だけを彼に向けた。これじゃあ、まるでおびえた猫だよ。

「あ、やっと話した……まぁ、無理もないか」

 うんうん、とうなずく彼は何を納得しているのだろう。
 すると父は、きりっと私を鋭く見つめた。うわっ、やっぱり怒られる?

「ルイーズ……聞いたぞ、おまえを運んでくれたデビットくんから」
「……あ」
「ジャスくんとの婚約を破棄したそうだな」
「……はい」

 やれやれ、と父はため息まじりに言うと天を仰いだ。

「ジャスくんが本当にAランク冒険者になるとはな……ルイーズ、悲しいが彼のことは諦めよ」
「え? 私を叱らないのですか?」
「叱る? とんでもない、父はルイーズに感謝している」
「そうなのですか?」
「ああ、ドロシーを更生させ、デビットくんとの結婚を進めてくれたじゃあないか」
「は、はいっ!」

 私は父に褒められ、嬉しい気持ちでいっぱい。お客さんのアルがいるけど、ついつい笑顔になってしまう。きゃはっ!

「ルイーズはもう充分にモンテーロ家に貢献しておるし、もともと父はルイーズに期待しておらん」
「はっ……はい?」
「好きなように生きろ、ということだ」

 はい、と元気よく答える私は、父に抱きついた。
 そして驚いているアルに向かって、

「父を助けてくれてありがとうございます」

 と感謝した。
 照れくさそうに彼は、さっと髪の毛をかきあげる。その横顔がなんとも美しい。しかし、いったい何を考えているのだろう。瞳の色と同じ、しなやかな指に包まれた青色のポーションを見ていた顔をあげ、私のことを見つめた。

「回復薬が作れる君と出会えた……これも運命だろう」

 不思議な瞳。
 なんかズルいな。ちょっと目が離せない。ジャスとの婚約が破棄されて暗くなっていた世界が、色彩に塗り替わっていく。

「ということでルイーズ、アルくんたちはうちに泊まるから」

 泊まる? と私は父の言葉に聞き返す。
 アルは、ふふん、と微笑を浮かべている。この人、美しいだけじゃない、ふつうにかっこいい。
 
「よろしく、ルイーズ」
「……は、はい」

 っていうか、いきなりお泊まりですかっ!
 きらきらとした衝撃とともに、私の運命の歯車が、いまゆっくりと動き出しているような、そんな感覚があった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

【完結】旦那様、お飾りですか?

紫崎 藍華
恋愛
結婚し新たな生活に期待を抱いていた妻のコリーナに夫のレックスは告げた。 社交の場では立派な妻であるように、と。 そして家庭では大切にするつもりはないことも。 幸せな家庭を夢見ていたコリーナの希望は打ち砕かれた。 そしてお飾りの妻として立派に振る舞う生活が始まった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...