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三章 プリンセスロード編
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しおりを挟む「んん……」
うっすらと目を開けると、私はモンテーロ邸の自室で寝ていた。
泥酔した私を誰が運んできてくれたのだろう。デビットかな?
ということは、ジャスとの婚約破棄も父に伝わっているかもしれない。
ああ、憂鬱だ。
なんと言って父に説明したらいいのだろう。
考えても、考えても、ジャスが聖女と浮気したから私は被害者なのだ。そう話すべきなのだけど、ジャスが浮気した原因は私にもありそうなので……ああ、結局のところ、うまく説明できない。
「……うう」
ベッドから立ち上がり、窓の外を眺める。
もうすっかり夜だ。ガラスに映る私の姿は道具屋で働く衣装のままで、髪の毛はぼさぼさ。まるで男の子みたい。やれやれ、と手櫛で髪を直しておく。そうしているうちに、改めて思う。
こんな女の色気がない私が、英雄であるジャスと婚約するなんて、もともと不釣り合いだったのだ。やはり魔法が使えない私は、ありふれた平民の男性と結婚するべき。いや、結婚すること自体、夢のまた夢か……。
「父に謝ろう……」
そう決めて、私は扉を開けた。
廊下を歩き、階段を降りていると、ふと気づく。
「ん? お客さんかな?」
大広間から賑やかな声が聞こえる。
ゆっくりと扉を開けてみた。するとそこには、父と談笑している謎の男性がいる。昼間、道具屋でポーションを買ってくれた紫色の髪をした妖精のような人だ。でも、なんでいるの?
「おっ、やっと起きたかルイーズ」
父がそう言って、私を招く。
あれ、怒っていない?
笑顔の父は、こっちこい、とばかりに椅子を叩いた。私は、しぶしぶと歩いて椅子に座った。
「次女のルイーズです。こいつが作る道具は天下一品ですぞ!」
え?
父がそんなふうに私を褒めるなんて、初めてのことだ。
ははん、酔って虚言を吐いているのだろう。と思い、テーブルを見たけど、ティーカップしか置いていない。あれ?
「ポーション、使ってみようと思います」
ふと、男性は空間から青い瓶を取り出す。
すごい、どういった魔法だろう。これも無属性の魔法なのだろうか? 私の道具屋で買ったポーションが、彼の美しい手の中で、きらりと青く光っている。ガハハ、と笑う父は男性を紹介してくれた。
「こちらは命の恩人! 魔物に襲われているところを助けてくれたんだ、それは見事な弓矢を放ってな」
アルだ、と男性は答え、私に微笑みかけてくる。
なんて中性的な人だろう。ロイは可愛い犬系男子だったけど、彼は美しい男性って感じ。あまり思い出したくないけど、男らしいジャスとは正反対な容姿でもある。
「ルイーズ、君のポーションは必ず役に立つはずだ……ふふっ」
ん? なんか好印象だな。
思えば、私に好意を持つ男性は、みんな私が作ったポーションに興味があるみたい。
「どうも……」
ぼそっと話した私は顔を下にして、目だけを彼に向けた。これじゃあ、まるでおびえた猫だよ。
「あ、やっと話した……まぁ、無理もないか」
うんうん、とうなずく彼は何を納得しているのだろう。
すると父は、きりっと私を鋭く見つめた。うわっ、やっぱり怒られる?
「ルイーズ……聞いたぞ、おまえを運んでくれたデビットくんから」
「……あ」
「ジャスくんとの婚約を破棄したそうだな」
「……はい」
やれやれ、と父はため息まじりに言うと天を仰いだ。
「ジャスくんが本当にAランク冒険者になるとはな……ルイーズ、悲しいが彼のことは諦めよ」
「え? 私を叱らないのですか?」
「叱る? とんでもない、父はルイーズに感謝している」
「そうなのですか?」
「ああ、ドロシーを更生させ、デビットくんとの結婚を進めてくれたじゃあないか」
「は、はいっ!」
私は父に褒められ、嬉しい気持ちでいっぱい。お客さんのアルがいるけど、ついつい笑顔になってしまう。きゃはっ!
「ルイーズはもう充分にモンテーロ家に貢献しておるし、もともと父はルイーズに期待しておらん」
「はっ……はい?」
「好きなように生きろ、ということだ」
はい、と元気よく答える私は、父に抱きついた。
そして驚いているアルに向かって、
「父を助けてくれてありがとうございます」
と感謝した。
照れくさそうに彼は、さっと髪の毛をかきあげる。その横顔がなんとも美しい。しかし、いったい何を考えているのだろう。瞳の色と同じ、しなやかな指に包まれた青色のポーションを見ていた顔をあげ、私のことを見つめた。
「回復薬が作れる君と出会えた……これも運命だろう」
不思議な瞳。
なんかズルいな。ちょっと目が離せない。ジャスとの婚約が破棄されて暗くなっていた世界が、色彩に塗り替わっていく。
「ということでルイーズ、アルくんたちはうちに泊まるから」
泊まる? と私は父の言葉に聞き返す。
アルは、ふふん、と微笑を浮かべている。この人、美しいだけじゃない、ふつうにかっこいい。
「よろしく、ルイーズ」
「……は、はい」
っていうか、いきなりお泊まりですかっ!
きらきらとした衝撃とともに、私の運命の歯車が、いまゆっくりと動き出しているような、そんな感覚があった。
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