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三章 プリンセスロード編
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しおりを挟む魔法国家アディアス セピア社 会議室
「セリーナが結婚することになったぞ、アル」
5年ぶりに自分の名前を呼ばれた。
アル——それが俺の名前。
会議室に集まる重役たち。
その中央に座る社長マフレズは父親で、俺はセピアの社員として働いている。
その内容は、資源発掘ハンターで、世界を旅してはあらゆる物質を持ち帰ることが仕事。例えば、ドラゴンなどの魔物から採れた鱗や牙、または未発見の植物、それに宝石など魔法のクリスタルなど……。
だが、今日呼ばれたのは、どうやらハンターの仕事ではないらしい。社長は俺を見て言った。
「そこで、おまえに頼みがある」
「なんですか?」
「セリーナを西の大陸にあるフィルワームという国まで連れて行ってくれないか、その国の王子が婚約者なのだ」
ふぅん、なるほど、これは何か計画しているな、と思う。
最近、魔物の力は強くなっていく一方、俺たち人類は戦うための資源が不足しているからだ。
まぁ簡単に言うと、魔法のクリスタルを使い尽くしてしまった、ということ。
生活を豊かにするためとはいえ、セピア社は国内のクリスタルを掘って、掘って、掘りまくり、ついに他国にまでその手を伸ばそうとしているのだろう。
だが、戦争するわけではなく、婚約とはなぜ?
セピア社は、魔道具を製造している企業で、会議室には開発された歴代の魔道具、車、アーマー、銃、ミサイルなどのデザイン画がずらりと飾られてある。
そのなかで、高級感ただよう椅子に深く腰かける重役たちは、じっとセリーナを見つめていた。
セリーナ、大きくなったな……。
「よろしくお願いします。お兄様」
ぺこり、と頭をさげるだけの仕草だが、美しい青い髪が流れ、とても品がある。
まつ毛の長い瞼を閉じ、顔をあげると同時に瞼が開けば、まるで宝石のようなブルーの瞳が、まっすぐに俺をとらえていた。
5年ぶりか、妹に会うのは……。
可愛らしい少女の面影は残しつつも、綺麗なドレスが似合う大人の女性に成長している。
年齢は俺より10歳下の17歳。うーん、若いな。
世間では晩婚化が進み、30歳でも独身の女性が多いというのに、17歳で結婚なんてとても考えられない。本当に結婚していいのか? まだまだ遊びざかりだと思うが、社長は俺に圧をかけてきた。相変わらず、その眼光は鋭い。
「で、どうだアル? 報酬はうんと出す」
「それはもちろん貰いますが、西の大陸に行くためには魔物の巣がある森を通らなけばならないし、かなりの距離がある。魔導車で行っても途中で魔力が尽きて歩くことになります。セリーナはそのことは承知ですか?」
「……うむ、そのために訓練させてある。アルの心配には及ばんよ、なぁ、セリーナよ」
はい、と答える社長令嬢は、クスッと笑いながら俺を見つめている。
舐めないで、と言った顔をしているな。
「わたしはあなたの妹で同じ能力があるのよ?」
「あぁ、たしかそうだったな……だが魔力が尽きて、旅の途中で抱っこなんて言うなよ」
「ふっ、バカじゃない? 逆にお兄様のほうが足手まといにならないか心配です」
変わってないな、セリーナ。
みんなの前ではツンツンしてて、まったく素直じゃない。彼女の性格は、クールビューティーなツンデレお嬢様なのだ。
すると、わははは、と重役たちが笑った。
「社長、お嬢様の言うとおりですぞ! アル様だけでは心配です」
「そうですよ社長! 大型の戦闘用魔道車で行って、魔物の巣など破壊してしまえばいい!」
「やはりお嬢様をお連れするのは、魔導装備をした優秀な社員たちにするべきでは、社長?」
ここぞとばかりに意見する重役たち。
しかし社長は右手を払って、彼らの言葉をかき消す。さすが、セピア社をここまで大きくしただけのことはあるな。
「うるさい! 戦争するために行くわけじゃないんだぞ!」
ビクッと背筋を凍らせる重役たちは、黙って社長の話を聞く姿勢をとる。
「魔物はコアによってより強力に成長し、産まれ続けている。そして調査団の情報によると、魔力を吸収する魔物がいるらしい。つまり、そのような魔物との戦闘のさい魔道具は使えないと考えていい、それでも魔道具武装した社員たちを旅のともにするつもりか? ん? 重役たちよ」
しーんとする会議室は、顔色の悪い重役たちの顔が浮かんでいる。
社長は、真剣な眼差しで言った。
「アル、妹を頼んだぞ! 食料などの物資は博士の研究所にあるから持っていくといい」
わかった、と俺は社長に答え、踵を返して会議室から出ていく。そして扉に手をかけたところで、ふと後ろを振り向いた。
社長とセリーナが抱き合い、別れを告げあっている。やはり親子だな。
「セリーナ、これも世界平和のためだ……わかってくれ」
「はい、お父様」
ふぅん、この婚約が世界平和に繋がるとはな。
なんだかスケールのでかい話になってきたが、フィルワームという国のことを詳しく知らない俺にとっては、まったく理解できない。
まぁ、旅をしながら、ゆっくりセリーナに教えもらうとしよう。
父親と別れたセリーナは、すすっとこちらにやって来る。そっと指先で涙をぬぐう彼女の美しい顔は、どことなく悲しそうに見えた。
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