ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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二章 遠距離恋愛編

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「な、なんですって? このわたくしの婚約者が……あ、あ、ああ、あの豚ですか?」

 びっくりしている姉ドロシーは、父に向かって質問していた。
 驚くのも無理はない。姉は、ひさしぶりに家に帰ってきたら、いきなり婚約者を紹介されたのだから……。

「うむ、ドロシーよ、おまえももう21歳だ。そろそろ結婚しないといかん」
「だ、だからってこのような豚が婚約者なんて……あんまりですわ!」

 生の姉を見て、興奮しているのだろうか。
 はぁ、はぁ、と息の荒いデビットは、私の魔法学校からの同級生で、例のセクシーな人形を作ることが得意な由緒ある金持ち貴族だ。

「ドドド、ドロシーさん! ぼ、僕は絶対にあなたを幸せにしますっ!」

 顔を赤くするデビットは、隠し持っていたバラの花束を姉に渡そうとする。
 ぽかん、とする姉はひょうひょうとする父のことをにらんだ。

「お父様、説明してください……」

 父は顎髭を触りながら、話を始める。
 やはり、まだ姉とのわだかまりがあるみたい。あの傷害事件以来、姉と父の仲は悪いままだ。

「ドロシーよ、ロイ様が次期国王と決まり、現在ノアーユ家はフィルワームに住んでおる。それにともない、トルシェを統治する家も変更になるのだ」
「それがわたくしの婚約になんの関係が?」

 おほん、と父は咳ばらい。どことなく威厳がある。

「実は、デビットくんの家がトルシェの街を統治することになったのだ。よって、デビットくんはドロシーの婚約者に相応しいと思うのだよ」
「そ、そうなのですか……それは知りませんでしたわ」
「男は装飾品、だろ? だったら統治者であるデビットほどドロシーにあう男はいない……さぁ、花束を受け取るがいい」

 わなわなと震える姉は、キッと私をにらんだ。
 え? 今度は私?

「ルイーズ! ざまぁ、と思ってますわねっ!」
「……えええ? 思ってない思ってない!」
「いいえ、その顔はわたくしのことを、ざまぁ、と思ってますわ」
「そんなことないよ、お姉ちゃん……デビットは一途でいいと思うよ」
「お黙りなさい! よくもそんな嘘を……男なんて、みんな浮気をする生き物ですわ!」

 怒りまくる姉は、きつく拳を握って、今にも泣き出しそう。

 何があったのだろうか?

 ロイとの騒動があってから、もう一年になる。
 その間に姉は男遊びをしているという噂が流れていたけど、どうやら、その真相を話すつもりみたい。

「お姉ちゃん……何があったの? 最近、家にいないから心配してたんだよ?」
「わたくしは、わたくしは……」
「?」
「トルシェの街にいる男たちで、誰がわたくしに相応しいのか、自分なりに探してみましたわ」
「うん」
「まぁ、わたくしの美貌を持ってすれば、街を歩けばすぐに男性から声がかかります。ですが、そのような男性たちと遊んではみましたが、どうも彼らの目的はわたくしの体のみで、わたくしの内面などには、まったく興味がないようでした。いきなりキスを迫る男性がいたときには、氷の刃で危うく半殺しにするところでしたわ、まったく」
「お姉ちゃん……」
「そのように氷の刃を出しているうちに、わたくしは自分が愚かだったことに気づいたのですわ……わたくしは自分の魔法によって、お父様を傷つけてしまった……ごめんなさい、ごめんなさい」

 もう、いいんだよ、と言って慰める父。

「ルイーズが持っていたポーションのおかげで傷跡すらない」
「そう、ですわよね……みんなルイーズ、ルイーズって……結局、ルイーズなんだからっ!」

 ギリっと姉は私をにらみながら、瞳から大粒の涙をこぼしている。
 泣きながら謝っていた姉を見るのは、初めてだったけど、このように悔しがる姉を見るのも、また初めてだった。
 私たちは、食い入るように姉の話に耳を傾ける。

「わたくしと違ってルイーズは、しっかりと内面を見てくれる男性から好意を持たれていますわ! ジャスもそう、ロイ様もそう、みんなルイーズの内面が好きなのですから……ううう、忌々しい」
「お姉ちゃん……」
「そうよ! わたくしはあなたが羨ましい! 魔法が使えないくせにっ!」

 震えながら唇を噛む姉。
 すると、母が近づいて、ぎゅっと姉のことを抱きしめた。

「ごめんね、今までほうっておいて」
「お母様ぁぁ……ううっ」
「デビットくんはドロシーのことをとても愛しているから心配しなくていいわよ」
「……どうしてわかるのですか?」

 ニコッと笑う母は、ぷるんと自分のお腹を揺らせてみせた。

「ママといっしょにダイエットすることにしたのよ、ねっデビットくん?」

 はい、と答えるデビットは、自信満々にバラの花束をさらに姉に渡そうとする。

「ドロシーさんのためなら痩せてみせます!」

 どやっとカッコつけたデビットだけど、顎の肉が邪魔をしてうまく笑えていない。
 私は、思わず笑ってしまう。もちろん、顔はふせた。 

「どうかバラを受け取ってください! ドロシーさん!」

 一歩だけ前に歩く姉。少しだけ、心が開いたみたい。

「わたくしのどこが好きなのですか? あのようなえっちな人形など作っておいて……どうせあなたもわたくしの体が目当てなんでしょ?」
「いいえ体だけでなく、あなたのすべてが欲しいです!」
「は?」
「あなたは完璧なんです! そのハスキーな低い声、艶のある唇、魅惑的な眼差し、セクシーな仕草、美しい髪、素晴らしいプロポーション、それに何と言っても高貴な性格からくる上から目線なところがたまりません! ああ、最高ですよ、ドロシーさんは僕の女神だ!」
「……」

 目が点になっている姉は、デビットを指さした。

「これ、本当にわたくしを愛しているのですか?」

 なんとも言えない私たちだけど、デビットは姉に夢中になっている。

「まぁ、見ててください! 必ず痩せてみせますから!」
「ちょっと、待ちなさい、あっ!」

 デビットは無理やりバラの花束を姉に渡すと、巨体を揺らしながら走っていってしまった。
 そして、ぐるぐるとうちの庭を走り回る。まずはランニングで有酸素運動をするつもりだろう。揺れる腹の肉がすごい。

「さあ、お父様! わたしたちもダイエットしましょう!」

 あ、ああ、と答える父は、ドスンドスンと走り出す母についていく。
 なんだか陽気なみんなのやりとりに、私と姉は思わず笑ってしまった。

「ふっ」
「あはは」
「男って何を考えているかわからないですわ」
「ええ、本当に」
「ルイーズ……あなたまだ結婚していないのですわね、ジャスならもうとっくにAランク冒険者になって大金もちになっていますわよ?」

 実は、と私は姉に話かけた。今の彼女なら相談にのってくれそうだ。

「ジャスからの手紙がないの……もう半年にもなる。彼、トルシェには帰ってるみたいだけど、私には会いに来てくれない」
「あら、それはそれは、ざまぁ、ですこと……あなた婚約者から嫌われているのですわ」
「うわぁ、やっぱりかぁ……」
「ルイーズは人間の真理をわかっていませんわね、わたくしは色々な男性たちと会ってみて、あることに気がつきましたわ」
「何を?」
「抱けないとわかると、彼らはさっさと逃げていく」
「に、逃げって……」

 おーほほほ、と笑う姉は、ぱんぱんと手を叩く。

「ララーナ、この花束をわたくしの部屋に飾っておいて」

 かしこまりました、と答えるメイドのララーナは、スッと影にように現れた。
 ニヤッと笑う姉は、さらに命令を下す。

「それと紅茶を用意して、妹と女子会を開きますわっ!」

 こくりとうなずくララーナ、彼女の顔もまた笑っていた。
 あ! と思い出した私はララーナに話かける。

「私が紅茶を淹れます!」

 あ? と訝しがる姉を横目に、私は厨房に向かった。
 ふふふっ! 姉に美味しい紅茶を飲ませてあげて、びっくりさせてやるのだ。
 私は、まずティーカップにお湯を注いで温め、その間に紅茶を淹れることにした。しっかりと蒸らす時間もとって……。

「できた!」

 そばで微笑むララーナは、トレーを渡してくれた。
 その上にはアップルパイがのった皿もある。甘くて芳しい香りがして、思わずつまみ食いしたくなる。

「さあ、ルイーズお嬢様、さっそく持っていきましょう」
「ええ、熱いうちにね」

 そして、目を閉じて、なんとも優雅に紅茶をすする姉は、このようにつぶやいたのだ。

「これなら飲めるわ……」
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