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二章 遠距離恋愛編
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しおりを挟むジャスからの手紙がこない。
朝、目が覚めた私は、ふと窓の外を流れる雲を見ながら思った。
彼と最後に会ったのは、もう三ヶ月前。別れぎわに抱きしめると悲しそうな顔をして、王都に帰っていった。
私、嫌われるようなことしたかな?
気づけば、婚約してから二年が過ぎている。ジャスはAランク冒険者になれるかな? いや、ちがうよねルイーズ、そこを心配するべきじゃない。
私の婚約者は……。
もしかしたら、魔物と戦って死んでしまったのかもしれない!
だから手紙が出せない。そのことを心配するべきだ。
しかし、ジャスは最強の魔法剣士。簡単に魔物にやられる冒険者じゃない。だからジャスに限って、そんなことはない……。
じゃあ、やっぱり嫌われたのかな……。
ああ、居ても立っても居られない。
私はすぐに着替えて、朝食をとり、道具屋に出かけた。
午前中は頑張って仕事をこなし、昼は暇になるので祖父に出掛けると告げて、ジャスの実家に向かう。
彼の実家は貴族が経営する借家で、同じような間取りの小さな建物がずらりと並んでいる。それはまるでおもちゃの積み木のようだ。そんな質素な空間のなかに、おや? 場違いな顔がふたつある。
「悪そうな男たちだな……」
その人相は界隈のゴロツキと言ったところで、冒険者なのだろうか?
彼らはジャスの家の玄関を、今まさにノックしようとしていた。
ちょっと恐いけど、私は思いきって話しかけてみる。
「あの~、すいません」
あ? とゴロツキに威嚇された。
ひっ! 怖っ! 私は恐怖で顔が引きつってしまう。だけど、向こうは積極的に話をしてくれそうだ。
「どした姉ちゃん?」
「……あ、あの、あなたたちはジャスくんのお知り合いですか?」
「ジャスくん? ああ、ベルナルド家なら丘の豪邸に引っ越したぜ」
「え? 丘の豪邸?」
「ああ、いきなり金持ちになっちまった……ちっ!」
ガンガン! と、もうひとりのゴロツキが家の扉を叩く。
すると出てきたのは若い女性で、あきらかにジャスの両親ではない。可憐な彼女の手には金貨を持っていた。どうやらこのゴロツキは家賃取りってことか。チャリチャリ、と受け取った金貨の枚数を数えている。
「おい、今月の家賃分足りねえぞ?」
「すいません。旦那の稼ぎが悪くて……」
「ちっ、しょうがねぇな。また身体で稼ぐか、奥さん?」
こくり、とうなずいた女性は下を向いたまま、ぽっと顔を赤くした。
一方、ゴロツキたちは、いやらしく笑っている。
な、なに? どういうこと?
目を丸くしている私は、ずかずかと家に入っていくゴロツキたちを見ながら、ぽかんとしてしまう。すると人妻であるらしい若い女性は、扉を閉める前に、チラッと私のことをにらみ、
「何見てんのよっ!」
と怒鳴った。
はぁ? と思い、閉められた扉におそるおそる近寄ってみると、あんあん、と家のなかから女性の喘ぎ声が聞こえてきた。ゴロツキたちはとても興奮しているようで、俺が先だ、俺だ、などと争っている。
「うそでしょ……」
扉の向こうでは、若い人妻が家賃の代わりに獣の行為をしている、というのだろうか? しかも男ふたりと……。
私はすぐに踵を返して、街なかをがむしゃらになって走る。
この世界はクソだ!
つくづくそう思う。
お金がない貧乏な平民はあのように陵辱され、男たちの言いなり。
こんな腐った世界は破壊しなければならない。
平民のみんなが幸せに暮らせる、そのような新世界をつくらなきゃ……。
「あっ!」
私は転んでしまった。
運動不足だ。あまりにも急いで走りすぎて、心と体がうまく連動できていない。焦っちゃだめだ、ルイーズ……。
ふぅ、深い呼吸をしてから立ち上がり、しばらく空を見上げながら考える。
「……冷静になろう、うん、ジャスは親孝行できる人だ。たぶん、親御さんに家を買ってあげたのだろう」
しかしどこの家だろう?
ゴロツキは、『豪邸に引っ越したぜ』と言っていた。
よし、不動産の情報なら父が詳しい。家に帰って、それとなく聞いてみよう。
そうと決めた私は、さっそく家に帰って父を探した。
「いた……」
父は母とともに運動をしていた。
腕立てしたり、スクワットをしたり、走ったり……。
どうやらダイエットは継続ちゅうで、母もその成果が出始めているようだ。顔から流れる汗が綺麗。心なしか、お腹のボヨンボヨンも減少したようにも見える。
「お父様! ちょっとよろしいですか?」
「すまんルイーズ、あと乗馬をして終わりなんだ……ちょっと待ってくれないか?」
わかりました、と答えた私は、父と母が仲良くふたりで馬に乗って駆けていく姿を眺める。
うちの中庭はとても広く、牧歌が流れてきそうな雰囲気があった。そんな自然のなかで、夫婦が幸せそうに笑っている。
「……いいなぁ」
ここに幸せそうな家族がいる。
しかし、その一方では家賃が払えず、その身をささげる家族もある。この世界はコインの表と裏のように、光と影で構成された、残酷な世界なのだと思った。
「ルイーズお嬢様、紅茶をお持ちしました」
ふと声のする方を振り向くと、そこにはメイドのララーナがいた。
微笑む彼女はテーブルに、ティーカップを置いて、そこにポットから紅茶を注ごうとしている。だけど、ぴたっと手を止め、話しかけてきた。
「ドロシー様は……ルイーズ様の淹れた紅茶をこぼされていましたね」
「ええ、そうね」
「なぜだと思います?」
「……私が気に入らないから、かな?」
「カップを触ってみてください」
変なことを言うララーナは、ポットを持って微笑んだままだ。
ん? と思いながら、私はティーカップに触れた。熱い! こんなに熱いとは思わず、びっくりした。
「熱っ!」
「美味しい紅茶というものは、カップを熱くしてから注ぐのですよ」
「し、知らなかった……」
「ぬるい紅茶は美味しくないですから、だからドロシー様はこぼされていたのでしょう」
「……そう、だったのか」
ルイーズ様、と言いながら、ララーナは紅茶を注ぐ。
「ドロシー様は自尊心が強すぎるあまり、素直になれないのです。いい意味では誇り高いと言えますが、ロイ様と結婚できなかった現実を突きつけられ……今は自暴自棄になっているようです」
「お姉ちゃんって、何をしてるの?」
「寂しさという心の穴を、いろんな男で埋めようとしています」
「どういうこと? 噂だと夜な夜な街で……」
「はい。男というものは、自分のものになりそうな女なら、何がなんでも褒めてチヤホヤしますから……」
「つまり、お姉ちゃんは自己肯定感をあげるために、界隈の男たちを利用している、ということでしょうか?」
おそらく、と言ったララーナは紅茶を注ぎおわる。
私は、ティーカップを持ちあげ、ゆっくりと唇を近づけ飲んでみた。
「美味しい……たしかに私の淹れた紅茶とは、ぜんぜんちがう」
「そうでしょう」
「私、味なんて気にしたことなかった……」
「ルイーズ様、どうでしょう? ドロシー様に美味しい紅茶を淹れて差し上げては?」
そうね、と答えた私は、こちらに向かってくる父と母を眺めた。
宙を舞う花粉や、蝶々が、キラキラと太陽の光りを浴びて輝いている。なんて素敵な光景だろう。
「ルイーズ、どうした? 話とは」
父が聞いてくる。
さっそく私はジャス家が丘の豪邸に引っ越したことを伝えた。
さらに、その豪邸とはどこか? と尋ねると、父は顔色を変えて声をあげる。
「丘の豪邸か……ひょっとしてノアーユ家か?」
「お父様、ノアーユってロイ様の家?」
「ああ、ルイーズは道具屋にこもっていたから知らなかったのか……ロイ様は次期国王に決まったそうだ」
「え?」
「だからノアーユ家はフィルワームに引っ越したのだ。そして、残されたノアーユ家の豪邸は、現在売りに出されていたのだが、まさかジャスくんが買っていたなんて……ふはは、どうやら本当に貧乏平民が成り上がったようだな!」
「私、聞いてない……」
そうなのか? と尋ねる父は目をむいた。
驚くのも無理はない。婚約者から手紙もないし、もう三ヶ月も会っていないのだ。
これって婚約者と言えるのだろうか?
父の困惑した顔が、私にどういうことか説明しろ、と訴えている。
「お父様、実はジャスから手紙がないのです……」
「そうだったのか、だが、ジャスくんは大きな豪邸を買った、つまり冒険者としてうまく言っているということだろう。おそらく手紙が書けぬほど忙しい、ということじゃないか?」
「……だと、いいですが」
「心配するなルイーズ、そもそも道具しか作れない男っぽいおまえに、婚約者ができること自体が奇跡だったのだ」
お父様? と言って私は怒った。
本当にこの人って私の評価が低すぎる。これでも笑顔が可愛いって言われているのに……。
「わはは、まぁ、Aランク冒険者になったら結婚する約束だろう。それまで待っていたらどうだ?」
「……はい」
うむ、とうなずいた父は、ふと空を仰ぐ。
「それよりも、心配なのはドロシーのほうだ。自分で結婚相手を見つけているかと思えば、どうやら遊んでいるだけのようだな、ルイーズどう思う?」
「ですね……お姉ちゃんは、やばい方向に行っているかもしれません」
「ううむ、貴族になる夢は捨てたとはいえ、美しいドロシーが男どもと遊んでいるなど、やはり気が狂いそうになる」
「お父様? でしたら叱っていただけませんか?」
「そ、そんなことできるか! 氷の刃を食らって、父さんは気づいたよ……ドロシーのなかには悪魔が宿っていると」
「……じゃあ、どうしよう」
すると、今まで黙って聞いていた母が、スッと手をあげた。
「こちらからドロシーに婚約者を連れてきては、どうかしら?」
え!?
と驚いた私と父は、じっと母を見つめた。
「わたくし、モンテーロ様に好きになってもらうため、必死にダイエットしているうちに気づいたのですわ。大切なのは愛する心なのだと! そこでルイーズ、お願いがありますわ」
「なんですか、お母様」
「ドロシーのことを愛せる男性を連れてきてください」
「はい!」
威勢よく答える私には心当たりがあった。
ふと頭に浮かんでいるのは、家の棚に飾ってある姉の人形。その美しく綺麗な造形に、愛を感じたからであった。
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