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二章 遠距離恋愛編
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しおりを挟む「よし、石座はこんなもんかな……」
道具屋のカウンターで、私は指輪をつくっていた。
きらきらに光るシルバーリング。しかし、石座にはまだ宝石が埋めこまれていない。これには訳がある。魔石を使おうと思っているのだ。ふふふ……。
「ルイーズ、ちょっと留守番してておくれ、ポーションの瓶を回収してくる」
「はっ! おじいちゃん……びっくりしたぁ」
いきなり背後から祖父から話しかけられ、私は驚いた。
情緒不安定な孫ですみません。不思議そうにする祖父は、白い大きな袋を肩にかけている。まるで泥棒みたい。
ちなみに、魔石のことは祖父にも秘密にしている。しかし道具屋のカウンターの棚には鍵つきの抽斗があり、そこに魔石が隠してある。かなり近くにあるだけあって、バレそうでヤバい。
っていうか、祖父は魔石のことを知っているのだろうか?
自分から尋ねるのは、墓穴を掘りそうなのでやめているけど、いつかは相談したいと思っている。
「いってらっしゃい」
うむ、とうなずいた祖父は、店から出ていった。
お客さんが来ない静かな道具屋に、ぽつんと私はひとり。頭が冴えて、集中力が上昇していく。そうやって黙々と指輪の製作をしていると、ギィィと店の扉が開いた。
さては祖父が忘れ物でもしたかと思い、まったく気にしないで、ずっと下を向いて作業していると、
ドンッ!
と、拳でカウンターを殴られた、激しい音が響く。
ビクッとした私は、すぐに顔をあげた。え? そこにはジャスがいた。恐ろしい顔をしている。な、なに?
「ルイーズ……俺と婚約破棄してロイと結婚するとはどういうことだ?」
は?
時が止まるくらい、私は困惑している。
ジャスが帰還していることにも驚愕しているけど、いったい何を言い出すのだ?
ロイのことを誰に聞いた? でも内容がまったく事実と違っている。
「ジャス、誰から聞いたの? その話」
「お姉さんだよ! ドロシーさんだ」
ははん、と思った。
ジャスにそういう偽情報を与えて精神的な攻撃をして、私に復讐したみたい。
何かしてくるとは思っていたけど、まさかジャスに仕掛けてくるとは……本当に嫌な姉だ。
「その話は嘘だよ、ジャス」
「あ? だがロイからアプローチされていたのは俺も知っているぞ!」
「まぁ、ロイのことは詳しくは言ってなかったけど、しっかりと断ったから大丈夫だよ、私はジャスと婚約してるって言ったから」
本当だな? とジャスは私に念を押してくる。
私は、真剣な眼差しでうなずいた。姉はいつも私を虐めていた。ジャスはその暗い過去を知ってくれているから、私のことを信じてくれるはず。
「すまん……いきなり怒鳴ったりして、ルイーズに婚約破棄されたと思ったぜ」
「そんなことするわけないじゃない。私はジャスが大好きよ」
「ルイーズ……」
ジャスに笑顔が戻り、ほっこりと私たちは温かい膜に包まれた。
愛があふれている、そんなような不思議な感覚だ。このままジャスは私を見つめ、ぎゅっと抱きしめてきた。
「あっ」
「心配させんな、ばか」
「ジャスって意外とメンタル弱いのね、ドロシーの言う事を信じちゃうなんて……」
「だってよぉ、ルイーズが待ち合わせ場所に来ないからいけないんだぜ」
「え? それ私、知らないよ」
あ? とジャスはまた怖い顔をする。
やめてよ、優しい顔とのギャップが激しいんだから。こっちはかなり焦っちゃう。
「手紙、読んでないのか?」
「手紙? もらってないけど……あ! まさか!」
「ん?」
「それも姉の仕業かも……手紙を処分したのよ」
うそだろ、とジャスは驚愕している。
いや姉ならそこまでの悪事をやるだろう。おそらく、メイドが持っていたジャスの書いた手紙を奪って、破るか捨てるかして処分したと予想できる。まったく、どこまで私を憎んでいるのやら。
「ごめんね、ジャス……うちの姉はちょっと変わってて」
「あ、あぁ……だな」
「これから手紙は道具屋に送ってよ、いい?」
「……あ、ああ」
心ここにあらずって顔のジャスは、どこか惚けて見えた。
なんか様子がおかしい。まさか……。
「ねぇ、ジャス、他にも姉から何かされてない?」
え! と慌てるジャス。
あれ、何か隠してないか? おい!
「ジャスぅ?」
「えっと、これ言っていいのかな?」
「言って!」
なぜか顔を赤くして、もじもじしているジャス。
可愛いけど、おいおい、姉に何をされたんだ!?
「お姉さんに、ルイーズがいるからと言われて宿屋に行った。で、アソコを触られて逃げて来たんだ……すまん」
「はぁぁ!?」
「罠だって気づかなかったんだよ……本当にすまん」
「ジャス……あなたって魔物には強いくせに、女には弱すぎるよ、まったく」
すま~ん、と土下座するジャス。
こういうときだけ低姿勢なんだから、なんだか笑っちゃう。
「ふふっ、もういいよ、今度から気をつけてね」
「……ありがとう」
笑顔のジャスだけど、まだ何か言いたそうに、もじもじしている。どした?
「許してくれたところ、さらに申し訳ないが、ちょっとルイーズにお願いがあるんだけど、いいか?」
「なに?」
「あの、その、お姉さんにアソコを触れられて……ちょっと俺、頭が変になってさ、もっと触ってもらいたいんだけど……ルイーズに頼めないかなって思って……」
「はぁっ? ジャス……バカじゃないの!」
「やっぱりダメか?」
ダーメ! と私は腕を組んで、ぷいっと顔を横に向いた。
もう男って本当にバカだ。なんで結婚もしてないのに、そんなえっちなことをしたい欲望に負けてしまうのだろう。私には、まったく理解できない。
だけど、ジャスはなんだか元気がない。
私に断られたせいで戦闘に負けた戦士のように、がっくり肩を落としたまま、戦闘不能状態。
「ジャス、そんなに落ち込まなくても」
「まぁ、俺も男だからさ……なんか情けなくて……すまん」
「謝ることないよ。だってさ、結婚したらいくらでもできるんだからいいじゃない。私、ジャスがAランク冒険者になるまで待ってるよ」
ああ、そうだな、と半笑いで言うジャス。
そんなに触って欲しいのか。男って生き物が謎すぎる。
「ふぅ……俺は家に行ってくるわ……」
「え? あ、うん、でもデートは?」
「お、そっか……じゃあ、いっしょにくるか?」
うん、と私が答えると、ちょうど祖父が店に帰ってきた。
肩にかけている大きな白い袋には、ガラガラと大量の空瓶があたる音が響いている。回収箱に集められたポーションの瓶を持ってきたのだ。今からこれを洗浄する作業に入る。私も手伝いたいところだけど、ジャスとデートしたいな。
祖父はジャスを見るなり、その細い瞳を光らせた。
「ジャスくん! ひさしぶりじゃなぁ」
「ご無沙汰してます。ダグラスさん」
「いやあ、また一段と魔力の増幅が見えるな……いっぱい魔物を倒しておるな?」
「はい、おかげさまで……あと、賢者の居場所も分かりましたよ」
「ほほう、ところで現在、王都に賢者は何人くらいおる?」
ひとりです、とジャスが答えると、祖父は髭を指で触れて、何やら考えた。
「ふ~む、ひとりとなると、その賢者に気に入られないと、もうジャスくんがAランクになる希望はないな」
「まじっすか……」
「うむ、なんとしてもその賢者に気に入られて、無属性魔法を覚えるのじゃ」
「……あの、なぜ無属性魔法がいるのですか? 冒険者ランクをあげるにはお金があれば可能です。俺はもう既にEランクなりましたよ」
「まだまだ甘いのぉ」
小さく首を横に振った祖父は、ドンッ! と袋をおろした。その重量はかなりある。老体でもそれができるのは、もともと冒険者で体力があるからに他ならない。祖父は、ゴブリンの一体や二体は倒せる実力の持ち主なのだ。
「お金を得るにも、維持するにも、それらに関わる人間の頭脳を操作しないと不可能なのじゃ」
「頭脳を操作? なぜですか?」
「お金を持てば、ジャスくんにもわかる……人間は金を持つと、変わる」
祖父の言葉が、あまり理解できていないみたい。
まぁ、私もだけど、当事者であるジャスは難しい顔をして祖父を見つめていた。
「とにかく、賢者に気に入られて、それとなく無属性魔法のことを聞いてみるといい」
「わかりました……」
困惑しているジャスだけど、とりあえず納得をした。
未来に向かって、前に進まないといけない。ふと私を見つめるジャスは、気合を入れた。
「ダグラスさん、ちょっとルイーズをお借りしてもいいですか?」
「ああ、デートじゃな? いいぞ」
にやり、と微笑む祖父は、さらに続けた。
「子作りなら宿屋でするんじゃぞ、外はダメじゃからな」
きゃー! ぽっと顔が赤くなった私は、大きな声で言い返す。おじいちゃん、なんてこと言うのよ。
「しません!」
あはは、と苦笑いを浮かべるジャスだった。
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