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二章 遠距離恋愛編
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しおりを挟む「ルイーズ! 頼むからロイ様と結婚してくれ!」
ふんっ、しつこく父が懇願してくるから苦笑してしまう。
私は、ずんずん、と廊下を早歩きしていたのだけど、チラッと父を冷酷な眼差しで見てやった。もう遅い。いきなり手のひらを返しても無駄。魔法が使えない私のことを、さんざん虐めたくせに!
「お父様、どうせ私は魔法が使えない出来損ないです。ほうっておいてください」
「あわわわ、わるかったー! 魔法が使えないからといって虐めてすまない」
「……どんなに謝られても、心の傷は消えません!」
さらに私は歩く速度をあげた。
「まて、まて、まて、まてっ!」
ルイーズ! と父は私の名前を全力で叫んだ。めちゃ焦っているな。ざまぁ……。
「ん?」
まるで幽霊のような姉のドロシーは、どんよりと廊下に立っていたけど、私が横を通りすぎるとき、ふっとこちらを見あげた。
げっ、泣いてる。姉が泣いている姿を初めて見た。
「ルイーズ……許さないっ!」
まっかに充血した瞳で、姉は私をにらむ。
嫉妬と憎しみが混ざり合い、殺意になったようだ。姉の手のひらの上で浮かんでいるのは氷の刃。水魔法と冷気を含んだ風魔法を同時に使ってできる上級魔法だけど、私を殺して何になるというのだろう。姉は狂っていると思う。
「お姉ちゃん? やめて……」
「魔法が使えないルイーズが幸せになるなんてあり得ませんわ……幸せになるのは、魔法が使える私に決まってます!」
「……そ、そんな理不尽なことを考えてたの? お姉ちゃん、狂ってるよ」
「ええ、狂ってますわ! これは何かの間違いなの、ロイ様がルイーズなんかを好きになるわけがありませんわ。だから狂った間違いは正さないといけません!」
「ちょっ、ちょっと、お姉ちゃん……わっ!」
ぶんっと氷の刃を放つ姉。
と、そのとき、横から手が伸びてくる。父の腕であった。
「……ぐっ」
父の腕から赤い血が、どくどくと流れ落ちている。私を氷の刃から守ってくれたのだ。びっくりした私は瞳を大きく開けて、
「お父様ぁぁ!」
と叫んでいた。
私は虐められていたが、結局、父のことが嫌いになれない。
「ルイーズ、ロイ様と……結婚……」
「お父様、いまポーションで回復させますっ!」
私はワンピースを着ているのだけど、スカートのポケットにはいつも回復薬を持ち歩いている。そう、青い瓶の中に入ったポーションだ。
「ぐわぁぁ!」
悲痛に苦しむ父の腕は血だらけだった。
だけど、必死になって姉に話しかける。
「ドロシー、もう妹を虐めるのはやめろ……父さんたちのほうが間違っていたんだ」
「で、でも、ルイーズが幸せで、逆に私が不幸なんてあり得ませんわ!」
「……現実を見ろドロシー、ロイ様はおまえのことが好きじゃないんだ……所詮、男は装飾品なんだろ? 別の金持ち貴族と結婚すればいいじゃないか」
「で、でも、ロイ様がトルシェでもっとも金持ちだと思いますわ」
「そうだが……仕方ないじゃないか……ロイ様はルイーズを選んだ……うっ!」
どくどく、と父の出血は止まらない。
はやく回復させないと出血多量で死んでしまう。私は急いで傷にポーションを塗って出血を止め、傷を塞ぐ。そのあいだ、姉は腰を抜かし、ブルブルと頭を抱えて黙り込んでいた。父が私を助けるなんて、まったく予想していなかったのだろう。
思えば、いつも父は姉を褒め称えていた。だけど、今は私との立場が逆転している。ざまぁ、こえて可哀想になってきた。
「すごい効き目だな、このポーション! 完全回復してるぞ、ルイーズ!」
「えへへ、おじいちゃんと作ってるの」
「ダグラスのじいさん……いつのまに技術をあげてたんだ……知らなかった」
「お父様は目先のお金のことばかり考えすぎです。大事なものほど近くにあるんですよ。私やおじいちゃん、それにお母様のこともです」
「……そうだな、父さんは金の亡者になっていたようだ、すまない」
父は笑顔で謝った。
うん、こっちのほうがいい。土下座よりいい感じだ。私は父を許そうと思う。
「お父様……わかってくれたのならいいです。もう仲直りしましょう」
「うむ、ルイーズは優しいな、もう父さんは何も言わん。おまえの自由にしていいぞ」
はい、と答えた私は、父とともに応接室に向かう。
その一方で、背後から姉の鋭い視線を感じたけど、私にはどうすることもできない。今はロイと話をしよう。
コンコンコン!
扉をノックしてから、「ルイーズです」と言った。
すると中から、あ! とロイの声がする。
「入ってください!」
ガチャリと扉を開けた私は部屋に入る。
ロイ、ユアーノ、それにヴェルハイムが椅子から立ち上がった。そして、みんな重い顔をしている。どうやら魔法を使っていたようで、私たち家族の修羅場を聞いていたみたい。うわぁ、恥ずかしい。
すると、ロイは父に向かって頭をさげた。な、なんで?
「誠に申し訳ありません、モンテーロさん。ぼくがドロシーさんに思わせぶりな態度をしたかもしれません。心から謝罪をします」
「いえ、ドロシーは大丈夫です。もともとロイ様のことが好きというわけではなかったですから」
「あ、そうだったのですか……」
「はい……それよりもルイーズとの結婚のことなんですが……ルイーズ、自分でロイ様に話をしなさい」
わかりました、と答えた私は、ロイ様に前に立つ。
「私と結婚したいとのことですが、お断りします!」
ロイはいつもの笑顔のまま、口を開いた。
「そう言うと思ってました。だけど、ぼくは諦めません。だってルイーズはまだ結婚してるわけじゃない。ジャスと婚約している段階です。しかも条件があるらしいじゃないですか、ジャスがAランク冒険者になるという」
「あ、その条件は先ほど父から外されたような……ね~え、お父様ぁ」
私は、これでもかってほど甘い声を出して父に尋ねる。
いや、と父は首を横に振った。
「ジャスくんとの結婚は認めるが、Aランク冒険者になる条件は外すわけないだろう。なにを甘えているんだ、ルイーズ」
「ちっ、どさくさに甘えてもダメだったか……」
「あたりまえだ! でもいいだろ、大好きなジャスくんと結婚できるのだから」
「それはまぁ、うふふ」
私が顔を赤くして照れていると、ぱちぱちぱち、と拍手が起こる。
まるで劇場にいるみたい。手を叩いていたのはノアーユだった。
「素晴らしい! 好きな者同士が自由に結婚できる世界、なんて素晴らしいんだ!」
やはりロイの父はいい人なのだろう。
私をじっと見つめてから、ロイに話しかけた。
「ロイよ、失恋したようだな、彼女のことはあきらめよ」
「いやです……いやです……ルイーズさんをぼくのものにするまであきらめません!」
ロイ! と大きな声で言ったノアーユの目は真剣だった。
怒られたことなどないのだろう。ロイは、ビクッと身体を震わせている。
「ルイーズさんは、他の男性と婚約しているのだ。事実を受け止めよ!」
「いやです! 絶対にルイーズさんをぼくのものにっ!」
目を血走らせるロイが私を見つめて、そう叫んだ。こ、こわい……。
と、その瞬間、バシンッ! 強烈なビンタがロイの顔を打っていた。
ノアーユが自分の手のひらの痛みを確認してから、ロイを見た。息子を殴ったのは初めてだったのだろうか。わなわな、と身体が震えている。
「ロイ、いい加減にしなさい」
「……」
下を向いたままのロイは、そのまま黙っていた。
ノアーユは風魔法が使えるようで、外にいる近衛兵たちに指示を出したみたい。ロイを連行するように。そして、父に挨拶をすると部屋から出ていった。父は見送りのためすぐに外に出る。
「ぼくはあきらめませんから……」
近衛兵の手によって連れられるロイはそうつぶやいて、私のことを流し目で見た。ぞっとした。私はとんでもない悪魔に好かれてしまったようだ。出会った頃は天使のように無邪気な笑顔で、私の作った道具を褒めてくれていたのに、なぜこんなことに……。
すると、ニヤッと笑う背の高い男が私の横に立つ。ヴェルハイムだ。
「な~んだ、ルイーズにはもう婚約者がいたのだな……てっきりロイ様のことが好きかと思ったわ」
私は、強い眼差しで言った。
「ヴェルハイム……あなた心配性ですね? 器が小さいと女子にモテませんよ」
「ふんっ、モテる必要などない。抱ける女などいくらでもいる」
「最低……はやく帰ったら?」
言われなくても、と返事をしたヴェルハイムは、さっと踵を返す。
だけど、まだ言い足りないことがあるらしい。顔だけ私に傾け、口を開けた。まだ、何か?
「ルイーズ、夜道を歩くときは注意してくれよ」
「は? なんで?」
「狼になったロイが、おまえを食べにくるかもしれんからな」
どういうこと? と聞き返すと、彼は笑いながら歩き出す。
「ルイーズの腹にロイの子を宿されないようにしろ……ということだ」
はっ! とした私は、顔を赤くしてしまう。
これは例の理論だ。赤ちゃんを作ってしまえば、結婚せざる得ない……。
「わははは、可愛いなルイーズは……あと、魔石は使うなよ……」
最後にそう忠告して、ヴェルハイムは部屋から出ていった。
誰もいなくなって静かになり、私は、ほっと胸をなでおろす。
「ふぅ、とりあえず、お父様と仲直りできてよかった……」
るんるん、と私はスキップして自分の部屋に向かうのだった。
だけどことのときは知らなかった。廊下の奥から、殺意ある姉の視線があることに……。
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