ずっと愛していたのに。

ぬこまる

文字の大きさ
上 下
19 / 51
二章 遠距離恋愛編

19

しおりを挟む

 敵の敵は味方。
 自分の敵と共通の敵を持つものは味方になるということ。今、私はそんな状況に置かれているのかもしれない。
 今日は父が経営する貿易会社の監査があるらしく、じっと家の玄関を見張っていた。すると現れたのはロイと彼の父親であるノアーユ、それと護衛の近衛兵たち。さらに最後尾にはフィルワームの大臣、

「ヴェルハイム……」

 がいて、思わず声が漏れる。
 ロイたちは、私の父モンテーロと姉ドロシーに挨拶をした。そして、みんな姉の美貌を褒めている。
 飽き飽きしているのだろう。姉は目を閉じて、会釈するのみ。
 たしかに姉は美しい。豪華なドレスに身を包んだ姉の妖艶な眼差し、豊満な胸、くびれのある腰、それに細長い脚。女の私が綺麗だなと思うのだ、性的に姉を見る男からしたらヨダレが出るほど、彼女の身体に触れたいのだろう。
 現に、護衛の近衛兵たちの熱い視線は、すべて姉に向けられている。
 そんな姉は私に対して敵意むき出しだ。最近は特にそうで、ジャスと婚約してからさらに拍車がかかったように思う。紅茶をこぼされているときの目つきは冷酷で、魔女のようであった。

「……行ったか」

 父と姉はロイたちを連れて、倉庫に向かった。
 私はその後を追う。つまり尾行だ。見つからないように、建物や木に隠れながら、まるでスパイのような動きで。だけど……。

「はっ!」

 いきなりヴェルハイムが後を振り向き、私を鋭いナイフのような目でとらえた。しまった、気づかれた……。

「……ふっ」

 ヴェルハイムは微笑を浮かべている。
 何を考えているのだろう。また私を捕まえようとしているのかもしれない。ああ、思い出すと辛い。私はヴェルハイムによって牢獄に捕らえられたことがあるのだ。目隠しされ、縄で緊縛され、殺されそうになった。
 しかし、ロイが助けてくれたのだけど、そんなロイは私の敵だ。なんとジャスと婚約破棄して、自分と結婚しろ、と言うのだ。
 しかも私と結婚するためなら手段を選ばないとも宣言した。まったく、最低な男。人は見かけによらないと言うけど、まさかロイがそこまで私のことを好きなんて……ああ、どうしよう。何か、手はないだろうか。

「ここが我が社の倉庫です」

 父が手をあげて説明をしている。
 ロイたちは、ふむふむと顔を縦に降って、父の話に感心している。父の言葉は滑らかで、小麦や香辛料など、他の街で買ってフィルワームやトルシェに卸していると貿易会社について説明し、ゆくゆくは海を渡り、他国との貿易も考えていると、将来の展望を明かした。
 素晴らしい、とノアーユは言った。ロイも楽しそうに目を光らせている。
 しかし、ひとりだけ邪悪なオーラを放つ者がいた。

「ヴェルハイム……」

 あの背の高い長髪の男は、いったい何者なのだろう。
 年齢は40代前半、顔はずっと強張っていて笑うことがなく、非の打ち所がない。   
 そんな彼の思想は悪魔だ。牢獄で話した結果、かなり独裁欲が強く、平民をずっと差別する世界にしておきたいと断言していた。本当に、悪の権化。
 そんなヴェルハイムは、正直いってロイのことをどう思っているのだろう。
 ロイの思想は王族でありながら平民と貴族の差別を正常化してもいいもの。だからヴェルハイムと仲良くなれるわけがない。よって、ロイとヴェルハイムは敵同士と推察できる。
 つまり、理論的にはヴェルハイムを私の味方にすることができそうなのだけど、ちょっと無理かな。だって、顔が怖すぎるもの。

「……ひぃ」

 私は倉庫の窓をちょっとだけ開いてのぞいていたのだけど、またヴェルハイムと目が合って、さっと隠れる。怖っ!
 すると彼は、私のことを猫でも見たかのように無関心を装い、さっと両手を広げて話しを始めた。

「ノアーユ様、そろそろ監査の方をしてもよろしいですか?」

 地鳴りのような低い声だった。
 こくり、とノアーユはうなずき、ロイとともに後にさがる。
 魔法を使うつもりだろう。ヴェルハイムは大きく目を開いて、意識を集中させている。

 ブォン……。

 倉庫じゅうに何か不思議な力が広がっていく。一瞬だけ空気が冷たくなったような気がする。

「ふむ、魔石はないようですね……」

 そう言ってヴェルハイムは目を閉じた。
 予想通りだったのか、それとも想定外だったのか、その真意はわからないが、私の心臓はバクバクだった。
 なぜなら、魔法の力で魔石が探索できると知ったからだ。

 もしかしたら、これが無属性魔法かもしれない。

 道具屋であれをやられたらやばい。魔石が見つかっちゃう!
 そう、私は魔石を祖父が経営する道具屋に隠している。誰にも内緒で。
 しかしヴェルハイムの魔法範囲は、そこまで広くないらしい。ここは助かったと言えるだろう。
 
「じゃあ、監査は終わりにしてお茶会にしましょう」

 ロイがそう提案すると、姉も賛同した。
 ふたりは仲が良さそうだ。それもそうか、晩餐会ではダンスのパートナーだと聞く。それに姉のロイを見る目つきが、女のそれだ。ロイも満更でもなく嬉しそう。やっぱり男の人は、姉のような妖艶な魅力に弱いのだろう。私にはない、女の強み。
 
「……でも、ロイは私のことが好きなのよね」

 ぽつり、と私はつぶやいた。
 一方、ロイたちは父を先頭に倉庫から出て、うちの方に向かっていく。ここからは姉が主役みたい。優雅に歩く彼女の姿を、みんなが見つめていた。やれやれ、近衛兵たち仕事しろよ。私のようなスパイがのぞいているのに、気づかないんかいっ!
 トルシェの街は平和ボケしている、そう思った。そのとき!

「はっ!」

 不意に背後から気配を感じる。
 振り返ると、邪悪なオーラを宿す男ヴェルハイムが立っていた。そして、私の耳元でささやく。

「ロイとおまえは結婚できない……残念だったな……」

 え? と思った瞬間、ヴェルハイムの姿は風に乗って消えていく。

 彼の言った言葉はなんだった? 

 ロイと私が結婚できない、そう言った。

 ええ、それでいいですよ! 

 私はジャスと結婚するんだから! 

 どうやら、ヴェルハイムはロイ様と私の結婚を阻止するつもりらしい。こっちとしては好都合。やはり、敵の敵は味方になったみたい。
 
「では、お茶会をのぞくとしよう……」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

灰色の世界の執行人~首斬りとホムンクルス~

きょろ
ファンタジー
貧乏商人アッシュは、金貸し屋のヴェロニカへの借金返済が迫っていた。 しかし、報酬を受け取る筈だった依頼人の男が死んでおり、アッシュの報酬は未払い状態。 返済の当てがなくなったアッシュであったが、ヴェロニカは死体の傍らにある「阿片」に金の匂いを嗅ぎつけた。 “元諜報員”のヴェロニカと“元死刑執行人”のアッシュ。 共に知られたくない過去を持つ二人が、灰色に染まった都市に潜む金、阿片、宗教派閥の闇へと巻き込まれていく――。 ミステリー✖サスペンス✖ダークファンタジーの新感覚ストーリー。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...