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二章 遠距離恋愛編
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しおりを挟む敵の敵は味方。
自分の敵と共通の敵を持つものは味方になるということ。今、私はそんな状況に置かれているのかもしれない。
今日は父が経営する貿易会社の監査があるらしく、じっと家の玄関を見張っていた。すると現れたのはロイと彼の父親であるノアーユ、それと護衛の近衛兵たち。さらに最後尾にはフィルワームの大臣、
「ヴェルハイム……」
がいて、思わず声が漏れる。
ロイたちは、私の父モンテーロと姉ドロシーに挨拶をした。そして、みんな姉の美貌を褒めている。
飽き飽きしているのだろう。姉は目を閉じて、会釈するのみ。
たしかに姉は美しい。豪華なドレスに身を包んだ姉の妖艶な眼差し、豊満な胸、くびれのある腰、それに細長い脚。女の私が綺麗だなと思うのだ、性的に姉を見る男からしたらヨダレが出るほど、彼女の身体に触れたいのだろう。
現に、護衛の近衛兵たちの熱い視線は、すべて姉に向けられている。
そんな姉は私に対して敵意むき出しだ。最近は特にそうで、ジャスと婚約してからさらに拍車がかかったように思う。紅茶をこぼされているときの目つきは冷酷で、魔女のようであった。
「……行ったか」
父と姉はロイたちを連れて、倉庫に向かった。
私はその後を追う。つまり尾行だ。見つからないように、建物や木に隠れながら、まるでスパイのような動きで。だけど……。
「はっ!」
いきなりヴェルハイムが後を振り向き、私を鋭いナイフのような目でとらえた。しまった、気づかれた……。
「……ふっ」
ヴェルハイムは微笑を浮かべている。
何を考えているのだろう。また私を捕まえようとしているのかもしれない。ああ、思い出すと辛い。私はヴェルハイムによって牢獄に捕らえられたことがあるのだ。目隠しされ、縄で緊縛され、殺されそうになった。
しかし、ロイが助けてくれたのだけど、そんなロイは私の敵だ。なんとジャスと婚約破棄して、自分と結婚しろ、と言うのだ。
しかも私と結婚するためなら手段を選ばないとも宣言した。まったく、最低な男。人は見かけによらないと言うけど、まさかロイがそこまで私のことを好きなんて……ああ、どうしよう。何か、手はないだろうか。
「ここが我が社の倉庫です」
父が手をあげて説明をしている。
ロイたちは、ふむふむと顔を縦に降って、父の話に感心している。父の言葉は滑らかで、小麦や香辛料など、他の街で買ってフィルワームやトルシェに卸していると貿易会社について説明し、ゆくゆくは海を渡り、他国との貿易も考えていると、将来の展望を明かした。
素晴らしい、とノアーユは言った。ロイも楽しそうに目を光らせている。
しかし、ひとりだけ邪悪なオーラを放つ者がいた。
「ヴェルハイム……」
あの背の高い長髪の男は、いったい何者なのだろう。
年齢は40代前半、顔はずっと強張っていて笑うことがなく、非の打ち所がない。
そんな彼の思想は悪魔だ。牢獄で話した結果、かなり独裁欲が強く、平民をずっと差別する世界にしておきたいと断言していた。本当に、悪の権化。
そんなヴェルハイムは、正直いってロイのことをどう思っているのだろう。
ロイの思想は王族でありながら平民と貴族の差別を正常化してもいいもの。だからヴェルハイムと仲良くなれるわけがない。よって、ロイとヴェルハイムは敵同士と推察できる。
つまり、理論的にはヴェルハイムを私の味方にすることができそうなのだけど、ちょっと無理かな。だって、顔が怖すぎるもの。
「……ひぃ」
私は倉庫の窓をちょっとだけ開いてのぞいていたのだけど、またヴェルハイムと目が合って、さっと隠れる。怖っ!
すると彼は、私のことを猫でも見たかのように無関心を装い、さっと両手を広げて話しを始めた。
「ノアーユ様、そろそろ監査の方をしてもよろしいですか?」
地鳴りのような低い声だった。
こくり、とノアーユはうなずき、ロイとともに後にさがる。
魔法を使うつもりだろう。ヴェルハイムは大きく目を開いて、意識を集中させている。
ブォン……。
倉庫じゅうに何か不思議な力が広がっていく。一瞬だけ空気が冷たくなったような気がする。
「ふむ、魔石はないようですね……」
そう言ってヴェルハイムは目を閉じた。
予想通りだったのか、それとも想定外だったのか、その真意はわからないが、私の心臓はバクバクだった。
なぜなら、魔法の力で魔石が探索できると知ったからだ。
もしかしたら、これが無属性魔法かもしれない。
道具屋であれをやられたらやばい。魔石が見つかっちゃう!
そう、私は魔石を祖父が経営する道具屋に隠している。誰にも内緒で。
しかしヴェルハイムの魔法範囲は、そこまで広くないらしい。ここは助かったと言えるだろう。
「じゃあ、監査は終わりにしてお茶会にしましょう」
ロイがそう提案すると、姉も賛同した。
ふたりは仲が良さそうだ。それもそうか、晩餐会ではダンスのパートナーだと聞く。それに姉のロイを見る目つきが、女のそれだ。ロイも満更でもなく嬉しそう。やっぱり男の人は、姉のような妖艶な魅力に弱いのだろう。私にはない、女の強み。
「……でも、ロイは私のことが好きなのよね」
ぽつり、と私はつぶやいた。
一方、ロイたちは父を先頭に倉庫から出て、うちの方に向かっていく。ここからは姉が主役みたい。優雅に歩く彼女の姿を、みんなが見つめていた。やれやれ、近衛兵たち仕事しろよ。私のようなスパイがのぞいているのに、気づかないんかいっ!
トルシェの街は平和ボケしている、そう思った。そのとき!
「はっ!」
不意に背後から気配を感じる。
振り返ると、邪悪なオーラを宿す男ヴェルハイムが立っていた。そして、私の耳元でささやく。
「ロイとおまえは結婚できない……残念だったな……」
え? と思った瞬間、ヴェルハイムの姿は風に乗って消えていく。
彼の言った言葉はなんだった?
ロイと私が結婚できない、そう言った。
ええ、それでいいですよ!
私はジャスと結婚するんだから!
どうやら、ヴェルハイムはロイ様と私の結婚を阻止するつもりらしい。こっちとしては好都合。やはり、敵の敵は味方になったみたい。
「では、お茶会をのぞくとしよう……」
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