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二章 遠距離恋愛編
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しおりを挟む「ドロシー、用意はできたか? 今宵はノアーユ家主催の晩餐会に行くぞ!」
もう、お父様ったら急かせすぎですわ。
扉の向こうで、むっと腕を組んでいる様子が目に浮かびます。
「しばらくお待ちくださいませ、お父様ぁー!」
わたくしはいま下着姿のまま、お化粧をしております。
ですが、白い粉をつけすぎるのはよろしくない。チークもアイシャドウも口紅も、なるべく自然になるよう心がけて……うふふ、いい感じですわ。
あとはドレスですわね。今夜は何系で攻めようかしら。
衣装部屋のなかには、何百種類ものドレスがずらりとあります。どれを選ぶか迷ってしまいますが、今夜は晩餐会。殿方たちがわたくしを見たいがために集まるのが目的なことは、うすうす知ってますわ。これにしましょう。
手に取りましたのは、背中の開いた人魚の形をしたブラックドレス。以前、ロイ様から、
『綺麗ですね、そのドレスの意匠……』
と褒められた経験がありますわ。
さらに胸元はチラ見せし、真珠のネックレスを飾れば、はい、できましたわ。今夜のわたくしの最強装備が!
ばん! と扉を開け、お父様に、
「お待たせしました、お待たせしすぎたのかもしれません」
と言ってお辞儀をする。
お父様は、じっとわたくしを見つめ、顔を赤くすると、
「おお、素晴らしい! 今夜の主役はドロシーで決まりだな」
と褒め称えますわ。まぁ、当然のことですが。ん?
ふと横を見ると、食卓にてティーカップを口につけている妹のルイーズを発見。ふん、どうせまた不味い紅茶でも飲んでいるのでしょう。まったく、あの子は本当にダメな子。カップをしっかりと温めて紅茶を注がないから、もうすでに冷めているのよ、いつも。ほら、やっぱり。
わたくしは妹からティーカップを奪い取って、飲んでみましたわ。
「相変わらず、クソまずいわね……」
ぼたぼたぼた……。
ティーカップを傾け、妹の目の前で紅茶をこぼしてやる。その理由は絶対に教えない。なぜクソまずいのか、自分で気づきなさいよね、バーカ。
目の光りを失うルイーズは、何も言わず。ただ黙っているしかありませんわ。わたくしの水魔法攻撃を恐れて、震えていさえいる。いい気味ですわ。魔法が使えない人間の絶望する顔を見るのは、快感。
「行くぞ、ドロシー! そんな出来損ないを相手にしてる時間はない、馬車を待たせてあるんだ……」
「そうですわね。時間の無駄でしたわ」
まるで凍りついたように下を向くルイーズを、ふんっと鼻で嘲笑。
最近、ますます妹のルイーズが気にいらない。ジャスと婚約して、楽しそうにしていますから。
先日だって手紙を持って出かけていました。おそらく、ジャスに恋文をしたためたのでしょう。あの顔は、完全に乙女でしたわ。
ああ、なんという不快。
妹がわたくしより先に結婚すること自体があり得ませんのに、幸せそうにするなんて、もっと不幸って顔をしなさいよ。魔法も使えない、ど平民のくせに。
あ、まって……ジャスは魔法が使えましたわね、それにAランク冒険者になる実力があるらしいですわ。
もしかして、妹はわたくしより幸せになって、勝った気でいるのでは……。
「ぐっ……こうしてはいられない。わたくしも結婚しなくては!」
行きますわよ、お父様! と言ったわたくしは、颯爽と馬車へと乗り込みますわ。
そうして、ほどよく揺られながら、ノアーユ家へとおもむく最中、お父様から大事な話があると言われました。なんですか、改まって。
「ドロシーも今年で二十歳になる、そろそろ結婚相手を決めないとな」
「はい」
「そこで聞くが……好きな男はいないか?」
「は? いませんわ」
「それならよかった……」
「お父様?」
「ああ、ルイーズのように父さんに黙って好きな男をつくってなければいいんだ、ましてやジャスくんのような貧乏平民などと婚約なんて……まったく」
おーほほ、とわたくしは笑いますわ。
「男など、わたくしを綺麗にする装飾と同じですわ。その宝石の輝きが大きければ大きいほどいい」
「……じゃあ、ロイ様はどうだ? ドロシーの結婚相手に相応しいだろ、王族でありトルシェで最高の権力があるノアーユ家の御曹司だ」
「いいと思いますわ。ロイ様はわたくしのことが好きですから」
なら、決まりだな! と納得したお父様でしたが、ふと窓を見て、
「だが、ドロシーはロイ様のことを好きになれそうか?」
と愚問をたれます。
まさか恋愛と結婚を同じものと考えているのでしょうか。そんなことあり得ませんのに。
「お父様、さっきも言ったように男はわたくしの装飾品、この真珠のネックレスのようなものですわ」
がははは、と豪快に笑うお父様はさらに話しますわ。ちょっと長いわね。
「じゃあ、金持ちの男なら結婚相手は父さんが決めてもよかったんだな……ガハハ、もっともロイ様が最高だが」
「ええ、まぁそうですが……変態な男だと困りますわよ?」
わかった、わかった、とお父様は言いますが、もしもロイ様が変態だったらどうしようかと、頭によぎります。まぁ、あのような爽やかで紳士的なロイ様に、そのような狂気は感じませんが。
「さてと……」
ノアーユの豪邸につき、わたくしは豪華絢爛な家のなかへと入っていく。
そこには天井から吊るされた宝石のようなシャンデリアが光り輝く世界で、赤い絨毯の上に整然と並べられた清潔な白いテーブルには、美味しそうな料理が並べられていますわ。あら、すぐに食べたいところですが、まずは殿方たちへの挨拶が先。
お父様とともに歩き、あらゆる貴族のもとへ。
やはりと言うべきか、背中に視線が集まっていますわね。このドレスを着て正解でしたわ。おっと、ロイ様がこちらを見てらっしゃる。わたくしはお父様の腕をとって、ロイ様のもとへ。
彼の隣には父親もいますわね。この、お髭がよく似合うダンディな紳士こそ、ノアーユ家の当主であり、トルシェの街を統治する王。
「モンテーロさん、ようこそ晩餐会へ」
「お招きいただきありがとうございます、ノアーユ様」
ふふっと微笑を浮かべるノアーユ様は、ちらっとわたくしを見たあと、メイドを使ってお父様にグラスを渡します。中身はワインでしょう。芳しい香りが漂ってきますわ。
お父様とノアーユ様の談笑は長く、その内容は、近日中に貿易会社の見学に行くというもの。なんとも和やかなムードが流れている。少々、飽きてきましたわ。あくびが出そう。ん?
ふと横を見ると、ロイ様はわたくしの手を優しくとって、ダンスに誘ってきますわ。ああ、いつもの流れですわね。楽団のみなさんが奏でるメロディにのって、ロイ様とわたくしは晩餐会に花を咲かせますわ。
「おおお!」
「本当にお似合いですこと!」
みなさんがわたくしを褒め称えています。
わたくしは目を閉じても踊れるので、そのまま悦に浸りますわ。ああ、最高の夜ですこと……ん?
「あぁぁあぁぁ! ドロシーさんの美しさは夜に咲く、黒い薔薇のようだぁぁ!」
騒がしい男性がいますわね。
ちらっと見ると、あれはルイーズの同級生ですわね。あの豚のような身体、一度見たら忘れませんわ。あんなに汗をかいて、興奮しすぎですわね。
そして、ふと思い出すのは、家の棚に飾られたわたくしを模した卑猥な人形。
ああ、忌々しいですわ。
なんだか憂鬱な気持ちになったので、ロイ様に言ってバルコニーで休憩させてもらうことに。ノアーユ家は高台に建てられているので、ここからの夜景は最高なのですわ。
気分がよくなったわたくしは、水魔法を使って夜空に水玉を作り出します。
するとロイ様も同じように水魔法を使ってくださり、わたくしたちは共同作業で水のアートを制作しますわ。
言葉では表していませんが、これは愛の告白だと思って間違いありません。楽しそうに笑うロイ様を見つめたわたくしは、そのように確信するのでした。
そして帰り道、馬車のなかでお父様から、こうも言われました。
「ノアーユ様から言われたぞ! 息子があなたの娘さんのことが好きらしいから、どうかよろしく……とな」
勝った……と思いましたわ。
ルイーズ、あなたよりもわたくしの方が幸せな結婚ができるのですわ。王族のロイ様と……。
「おーほほほほ!」
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