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一章 魔法学校編
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しおりを挟むルイーズと手を振って別れ、俺は道具屋から出た。
うわつく商店街の喧騒を通り抜け、やけに静かな道を歩く。
ここは街灯のない下層平民のバラック。だが月の光りが明るく、足取りは軽い。
いつになく浮かれているな、俺は。
惚れた女と結婚するため、Aランク冒険者になる! そう決めたのと同時に、もうひとつ、頭によぎるものがあった。
Aランク冒険者になったら、どれほどの金持ちになれるのだろうか。
そう考えていたのだ。
金持ちになれば、親を楽にさせてやれる。今の家の状況は、まさに地獄だからな……。
「……ちっ」
思わず、家の前で舌打ちしてしまう。
今にも朽ち果てそうなボロボロの木材でできた家。たしかに、ルイーズの父親から言われた通りだ。
彼女の家は美しく、風合いのある石造りの豪邸。同じ平民でも大違い。
しかも、この汚い家の玄関にいるのは、ゴツい悪党の二人組。うちの家賃を取り立てに来てるのだろう。この展開もまた、貧乏なうちにピッタリだ。
「お! きたきた、ジャス!」
「家賃をもらいにきたぞぉ~」
こいつらは雑魚だ。
魔法が使えない戦士で、かつて冒険者のパーティから追放されたゴロツキ。
俺ならワンパンで倒せるが、そんなことをしたら治療費を出せ、と脅してくるだろうから、やめとく。
ん?
ふと家の中を見ると、父と母が土下座している。家賃が払えなくて、このようなことをしているようだが、俺はすぐに両親を立たせた。
「やめろよ、こんなやつらに謝ることはない!」
すると、悪党どもは鋭く目を光らせ言い放った。
「ああん? ここは貴族、ノアーユ様の借家だぞ! 俺らはその家賃を滞納している連中から金をもらってくるように頼まれてるだけだ! 文句があるなら貴族に言えや、コラァ!」
「金が払えないなら牢獄いくか? あ?」
反論ができない。
こいつらは貴族の下で働ているだけ。悪いのはすべて、高い家賃設定にしている貴族のせいだから。
俺は家の中にあがり、机の引き出しから金貨の入った袋を取り出した。コツコツ親が貯めていた金であることは知っている。
だが、なぜか親はこの金に手をつけない。家賃を払おうと思えば払えるのに……なぜだ?
「ほら、持ってけよ」
俺は金貨を取り出して、家賃分を払う。
ニヤッと汚い笑みを浮かべる悪党ども。
「すぐに払えよ、貧乏平民が……」
「また来るからよぉ、けけけっ」
踵を返して歩くゴロツキの背中に向かって、俺は思う。
二度と来るな!
だが、俺たち家族が借家に住んでいるかぎり、永久に家賃取りは来る。
平民はずっと貧乏なままだ……。
せっかく働いて貯めた金が貴族に吸い取られる。この悪循環を変えるためには、家を買って住むしかないが、どこにもそんな大金はない。
両親は貴族の下で働く使用人だし、俺はまだ学生。
でも、もう少しだ、もう少しの辛抱だ。俺が冒険者になって金を稼げば……。
「ごめんよ、ジャス」
「……すまん」
母と父が謝る。
まただ、なんでもすぐに謝るんだよな。
「なんですぐに家賃を払わない! 土下座までするなんて……」
ここで、ふと思い出した。
俺はルイーズの父親にも土下座をしたことを。
ああ、あのときは、婚約を破棄され、無我夢中だったが、おそらく俺の中には、根っこから卑屈な平民の心が染みついているのかもしれない。
いやだ、いやだ。
俺は首を振った。すると、父は言いにくそうに口を開く。
「ジャス、もうすぐ卒業だろ? 防具と武器を買ってやろうと思って……」
うんうん、と母もうなずいている。
なんてちっぽけな親の愛だ。
だがその愛情に触れた瞬間、わっと目頭が熱くなり、思わず俺は涙をこぼす。
余計なことをしやがって……。
「大丈夫だ……気持ちはありがたいけど、防具も武器も自分で用意できる」
「ほんとに?」
と父が聞く。
母はじっと俺を見ていた。
「ああ、ゴブリンって魔物がいるだろ? あいつらが住む洞窟にはそういう戦利品がいっぱいあるんだよ。だからそいつら倒せば金なんていらない」
すごい、すごい!
と両親は手を取り合って喜んだ。
まったく、俺たち家族はコミュケーションが足りていない。
俺を喜ばそうと思って、金を貯めていたらしいが、余計なことをするなよ。だが、なんだか嬉しい気持ちが湧いてきた。さらに、ふつふつと闘志まで燃え上がる。
絶対に金持ちになってやる!
そう決心した。
だがその影響からか、ルイーズと結婚することよりも、金を稼ぐことの方に頭がいっぱいになっている。
この気持ちが、のちにルイーズを傷つけ、最悪な結果になるとは、このときは考えもしなかった。
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