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一章 魔法学校編
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しおりを挟む校門の前で待ち合わせした私とジャスは、ぶらりと制服姿のまま商店街に向かって歩いていた。
風にゆれるスカート、結ぶ首もとのマフラー。彼の手を握ると体温があがって、なんだか寒い冬でも心地がいい。
思えばジャスとこうやって制服デートできるのも、あと3ヶ月。なぜなら私たちは魔法学校を卒業しなければならない。
ああ、感傷に浸ってしまう。なんか嫌だな、ずっとこのままでもいいくらい。
そんな私たちは、祖父が経営する道具屋に行く予定なのだけど。
「え?」
その道で、ちらちらと女子生徒たちから、まるで呪いのような、黒い視線を感じる。
「なんか、みんな見てるね? ジャス」
ああ、と答える彼は嬉しそうに微笑んでいた。なぜ、笑う?
「俺とルイーズが婚約したって噂が広がっているみたいだな」
「え? うそ……婚約のことはレミにしか言ってないのに」
「そのレミが口を滑らせたんじゃないか?」
「あちゃあ……」
レミは友達だけど、ちょっとミーハーなところがある。流行りとか男女の色恋に敏感なのだ。
それにしても、ここまでジャスと私の婚約に、世間からの注目が集まるとは思わなかった。
「……い、痛い」
ちくちくと鋭いナイフのような女子生徒たちの視線は、どこか悪意がこめられている。
「ありえない」
「嘘でしょ」
そんな声までも耳に入ってくる。
むしろ、私に向かって言い放っているようだ。なるほど、これが朝、レミが言っていた、嫉妬というものか。
おそらく、貴族でもない、魔法も使えない、どこにでもいる平民な私が、強力な魔法が使える特待生のジャスと婚約するから、妬ましさと憎らしさを私にぶつけているのだろう。ああ、トルシェの街も魔法学校も、なんだかちっぽけな箱庭に見えてくる。
「俺がAランク冒険者になったら、もっと注目されるだろうな」
「……そうね。だけどジャス、どうやってAランクになるか知ってるの?」
さあ、知らね、とジャスは言う。
私はあきれた。
「まったくもう、どうせそうだろうと思った……」
「だからダグラスさんに聞きにいくんだ。きっと知ってるだろ?」
「おじいちゃんか……たぶん知ってるだろうけど、昔の話ってあまりしないから」
そんな会話をしながら仲良く道を歩き、私とジャスは道具屋に着いた。人通りの多い、商店街のメインストリート。冒険者やら商人などで賑わいを見せている。
ギィィ、と古ぼけた木製の扉を開けて、道具屋のなかに入る。ジャスを連れてくるのは久しぶりだった。
「こんにちは、ダグラスさん!」
ジャスは元気よく挨拶をする。だけど返事はない。
いろいろな色の瓶や、剣や金槌などの道具類が、ずらりと並んだ店内のカウンターで祖父は、こっくりと静かに目を閉じていた。
店内にお客さんはいない。
きっと暇を持て余した祖父は、うとうと寝てしまったのだろう。
「おじいちゃん」
私が声をかけると、やっと目を覚ました。
「おお! ルイーズじゃないか! ちょうどいいところにきた」
「え?」
「そろそろポーションが切れるところじゃから、薬草の発注をしてくれんかの?」
わかった、と答えた私は、ジャスの背中を押した。
「おじいちゃん、ジャスが話あるから聞いてあげて」
ん? と祖父ダグラスの視線があがる。たくましい青年が立っているからだ。
「ジャス……これまた、大きくなったのぉ」
「久しぶりです、ダグラスさん」
「おうおう、背も大きくなったが……こりゃたまげた! 魔力もすごいのぉ」
祖父はうちに秘める魔力を感じ取れるらしい。ジャスの鍛えられた鋼のような筋肉を、ペタペタとお触り。
なんだか、ちょっとだけ羨ましい、と思いながら私は注文用紙に薬草を書き始めた。
恥ずかしそうに、顔を赤くするジャスは口を開く。
「実は、ルイーズと婚約することになって……」
「ほう! それはめでたい!」
「で、結婚する条件がAランク冒険者になることなんです」
「ふむ、なるほど……強欲なバカ婿が考えそうなことじゃ」
いや、私が父に提示した条件なんだけどね……とは言えない。
ジャスは真剣な表情で、銀色の髪をした老人に聞いた。
「どうやってAになれますか?」
うむ、と目を閉じた祖父は何かを思い出すように、白くなった顎髭に触れた。端正な顔立ちに皺が刻まれ、イケオジとした雰囲気がある。
「まず言えることは、トルシェの街におってはAにはなれぬ」
「そうなんですか?」
「うむ、ジャスの魔力は強いが……ひとつだけ欠けておるものがある」
「それはなんですか?」
「無属性の魔法じゃ、そいつがないとAにはなれない。あらゆる冒険者がそこで息詰まり、あきらめていたのを、わしは何人も見ておる……」
「無属性?」
そう、ジャスが聞き返す。無属性なんて、学校でも聞かない魔法の言葉だった。もっとも、私にとって魔法の授業は何も意味なかったけど。
おほん、と咳払いしてから祖父は説明を始めた。
「火、水、風、土、雷、さらに光や闇といった自然界の魔法を学校で習ったじゃろ?」
「はい」
「だが実はな、頭脳や肉体、つまり神経や細胞を強化させたり、逆に弱体化させることができる不思議な魔法がある……」
祖父は自分の頭を指先で触れて、
「それが無属性魔法じゃ」
と言った。
たしかに、普段、私たち人間の頭脳は10パーセントも使用していないと聞く。しかし、残りの90%が魔法によって使うことができたらどうなるだろう。そう考えれば、戦闘において誰よりも優位に立てそうだ。
ジャスは目を光らせて聞いた。
「どうやってその無属性魔法を習得するのですか?」
わからん、と祖父は簡単に答えた。ジャスは綺麗にずっこけ、私も机の上におでこを打った。いたた……。
ふふふ、と祖父は笑いながら言った。
「わしも若いころ、Aランク冒険者の賢者様に無属性魔法教えてもらおうとしたが……ついに覚えることができず、Bランクのままトルシェの街に帰ってきてしまった」
「ダグラスさんも?」
「ああ……だがジャスよ、お前ならやれるかもな」
「……」
「無属性魔法を覚えて、Aランク冒険者に!」
「……はい!」
ニヤッと笑った祖父は、急に腕を伸ばした。その方角は、夕日がきらめく西の窓だった。
「王都フィルワームにいけ! そこに賢者様がおるからのぉ」
「は、はい……」
「賢者様は貴族だ……平民のわしらをゴミクズとしか見ておらぬからな……ま、がんばれよ」
こくり、と真剣な眼差しでうなずくジャス。
そんな彼を見ていると、私の心が踊り、薬草の名前を書いている筆も進んだ。
私にできることは、ポーションを作って、彼を支えることしかない。
がんばってね、と心の中で思うのだった。
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