ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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一章 魔法学校編

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 ふと、過去のことを思い出す。
 ジャスと初めて会ったのは、魔法学校を入学してしばらく経った、爽やかな風が吹く初夏のころだった。

 私は学校の屋上にいて、この人生を終わらせようか、とおぼろげな計算をしていた。生まれてから15年、魔法が使えない私は貴族の生徒たちに虐められ、ずっとひとりぼっち。そんな学校生活は卒業まであと2年半ある。

 ああ、とてもこんな生活は耐えられない。それはまるで枯れた木の葉が舞い散って孤立するような、虚しい日々。

 そして家に帰れば、父と姉に魔法が使えないことを罵られ、怠惰な母を見ながらする食事は、メイドが作った美味しいはず料理さえ、砂を噛んでいるような、そんな錯覚があった。

 この先の未来に絶望しか待っていないことくらい、判断力が鈍くなっている頭でも理解できた。青い空に浮かぶ、もくもくとした白い雲を眺めてから、眼下に広がるトルシェの街、このクソみたいな貴族社会、魔法至上主義の世界に向かって、心のうちを吐き出す。

「もういいや……死のう……」

 一歩だけ、あと一歩だけ踏み出せば、風の中に溶け込んで楽になれる。ふわっと魔法のように。

 だけど、なかなか足が動かない。
 霧がかかる頭のなかで声が響く。

 ルイーズ……可愛いルイーズ……

 温かくて、優しい、にっこりと微笑んでくれる人が見えた。

 祖父のダグラスだ。

 彼がいたから、今まで生きてこれたと言っても過言ではない。いつも泣いていた私を、その温かい手で優しくなでて、慰めてくれた。だけど、もう限界だった。

 ごめん、おじいちゃん……。

 祖父は微笑んでいた。
 道具屋のカウンターに座り、冒険者にポーションやエーテルなどを売っている。それらはすべて手作りで、素材であるマテリアルは彼の頭のだけにある極秘資料。
 もっとも、私は祖父がポーションを作るとき横にいるから、その作り方は目で盗んでしまってるけど。
 でも祖父は怒らない。温厚な性格で、頭が切れて、元冒険者だという過去もある。そんな祖父が頭のなかで語りかける。

「いい天気だ……」

 そうだね……と相槌を打ちながら、ふと目を開ける。
 背後から気配を感じた。
 誰かいる。
 振り返ると、背の高い男子が立っていて、私に向かって微笑むと言った。

「いい天気だ……」

 はっとした。
 彼がしゃべっていたのか。
 まさか、私が自殺するつもりだと察したのかもしれない。すっと手を差し伸べてくる。

「俺の名前はジャス、君はルイーズだろ?」
「……」
「なんで知ってるのって顔だな? ルイーズは有名人なんだよ悪い意味でな……平民のくせに魔法学校にいるって本当か?」

 こいつも私をバカにする貴族か。
 おそらく、学校で自殺されては迷惑だと思ったのだろう。
 たしかにそうだ。
 自殺するなら静かに人気のないところでするべきだ。私は完全に判断力が低下していた。
 しかし、次に紡がれた彼の言葉によって、私の心は大きく揺さぶられた。これは大事件だった。

「俺も平民なんだ! ちょっと話をしよう、仲良くしようぜ」

 さらに手を差し伸べてくる。
 その腕はたくましくて、鉄を磨くように鍛えられており、見れば見るほどかっこいい。
 
「……」

 彼の手を取るべきか、このまま風のなかに飛び込むか……。
 あはは、心のなかで笑ってしまった。迷うことなどない。
 私は一歩踏み出した。風のなかへ……。そう、私は死を選んだのだ。

 だけど……。

 次の瞬間、私は彼の腕のなかにいた。
 どうやら、助けられたのだろう。
 その後のことはよく覚えていない。
 家まで送ってくれた彼は、手を振りながら言った。

『俺が守ってやる!』

 私の目から涙がこぼれだした。
 魔法が使えない私だけど、皮肉なことに涙でなら水魔法が使えるらしい。 
 それからだ、私の人生が動き出したのは。
 ジャスと仲良くなることは、まったく時間がかからなかった。まるで昔からの友達のように、なんでも話せた。おそらく、彼も平民で貴族から虐められて育った経験が、私と彼の絆をより強いものに変えていたに違いない。赤い糸が結ばれ、太くなっていくように。
 
 ジャスのおかげで明るくなった私にも、レミという友達ができた。自分の作った道具エーテルをお試ししてもらったのがきっかけだ。
 
 そして現在、ジャスは私と婚約している。
 だから、こんな言葉を貴族の男子に言い放つのだろう。

「俺のルイーズに手を出すな!」

 胸がきゅんとした。
 ロイには悪いけど、ありがとうございます、と心なかで感謝する。なぜなら、ジャスから愛されていることを、確認できたから。

「手を出すなんて、そんな……ぼくは道具作りの手伝いをしただけで……」

 おどおどと言い訳するロイは、ジャスのことを恐れているようだ。
 それもそうだろう。
 ジャスは魔法科の剣術クラス。一方、ロイは魔法科の総合魔法クラス。この近距離でガチで戦闘になったら、剣を装備しているジャスのほうが圧倒的に勝ち目がある。
 なぜなら魔法を使用するには、頭のなかでイメージしたり、手を動かしたりと時間がかかるから。しかし、魔法レベルが賢者の域に達すれば、その限りではない。

「じゃあ、ぼくは行くね……」

 独り言のようにつぶやいたロイは去っていく。その後ろ姿は悲壮感があふれていた。なぜ?

 それにしても、『俺のルイーズに手を出すな!』と嫉妬するなんて……。

 ジャスは勘違いしている。
 ロイは姉ドロシーに近づくために私を利用しているだけなのに。
 でも、嬉しい。
 どうしたって顔が赤くなってしまう。
 そんな私を見つめて、ジャスは言った。

「今日いっしょに帰ろう、道具屋に寄っていいか? ダグラスじいさんに聞きたいことがあるんだ」
「うん、いいよ!」

 私は元気よく答えた。
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