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一章 魔法学校編

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 のどかな太陽の光が照らす、中庭のベンチ。
 どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。それと甘い声も。

「ルイーズさんが作ったダガーを見させてもらいました。校長室に展示されてたものです。すごい綺麗だったなぁ。ぜひ装備したいです」
「……ども」
「あと、ルイーズさんが作ったポーション、試してみたいなぁ、冒険者たちの噂では、王都で買ったものより効果があるらしいです。何が違うんだろう」
「水かな……あと、薬草を漬ける順番とか……」
「すごいなぁ、最近ぼくは思うんです、ルイーズさんって将来すごい発明家になるんじゃないかって……」
「いや、たぶんそれはないです。就職先は祖父の道具屋だし」
「え!? 絶対にその道具屋に行きたい!」
「は、はぁ」
「ところで……」

 といったロイは、少し間を置くと、急に真剣な眼差しを向けてきた。な、なに?

「ジャスと婚約したのですか?」

 そう尋ねてきた。ドキッとした。この人、可愛いだけじゃない。男らしいことも言えるのか。
 それにしても、なぜ知っているのだろう。この話はレミにしかしてないはず。と思い、首を傾げた。
 
「あ! ごめんなさい、たまたま聞いてしまいました。朝、友達と話してましたよね?」
 
 びっくりした。あの時のロイとは、とても私たちの話し声が聞こえる距離ではない。
 
「あの、どうやって聞いてたのですか? まさか魔法?」
「うん、ぼくは水魔法が得意ですからね。空気中の水分を利用して、あらゆる音を耳で拾うことができます」
「……そ、そうですか」

 嫌な感じだ。
 私が婚約してたらいけないのだろうか。たしかにジャスは特待生でモテるから、その点においては、私とジャスは不釣り合いだとは思うけど。

「どうなのですか? ジャスとは?」
「なぜ、あなたにそのことを言わなければならないのですか?」
「気になるんです」
「なぜ?」
「それは……ぼくがルイーズさんのことを……す、す」

 口ごもる彼をみて、なんだかイラつく。
 やっぱり、ロイは姉と結婚したいから、その親戚になる私とロイのことも知っておきたいに違いない。

「心配しなくても、まだ姉の嫁ぎ先は決まってませんよ。父が選んでいるところです。では、ごきげんよう」
「あ、待って!」

 私は立ち上がって、持っていた魔法のロッドを肩にあてる。太陽の逆光を浴びて、なんだかまぶしい。
 ロイは上目使いする姿勢で、口を開いた。

「う、美しい……」
「は?」
「あ、いや、その杖のことです、あははは!」
「……では、失礼します」
「ま、待って! もしかしてその杖の先端についている石ってクリスタル?」

 踵を返しそびれた私は、杖を見つめて答えた。

「クリスタルと言えば、そうかも……でも、これはちょっと特殊です」
「なに?」
「魔力を吸収し、放出することができるのです」

 ま、まじかっ! とロイは叫んだ。あら? 由緒ある貴族の言葉遣いとは思えない。

「ど、どこでその石を?」
「父からです。私は魔石と名付けましたけど……魔法が使えないので魔力の導入ができなくて困っているところなのです」
「ぼくがやります!」
「え?」
「ぼくに魔法を入れさせてくれませんか!」
「……逆に、いいんですか!」
「もちろんです!」

 やった! つい笑顔になってしまう。
 学校でトップクラスの実力を持つロイから魔力を提供されるなんて、私にも運がまわってきたー!
 
「で、では、杖に手をかざしてください」
「こう?」
「はい、それから水魔法を唱えてください」
「えっと、どのくらいの魔力ですか? リヴァイアサンくらいやってもいい?」
「……いや、そんなにいらないです。弱めに入れてください」

 わかった、と答えるロイの手元が急に青白く光ると、じわじわと魔力が集中していった。
 水魔法が魔石に吸収されている。するとみるみるうちに、黒い色をした魔石が青くなっていく。ジャスに火の魔法を導入してもらったときは赤かった。つまり、魔法によって色が変化するということだろう。いい発見をした。

「これくらいでいい? ルイーズさん」
「ありがとう……ロイさま」
「さま、なんていらないですよ。ロイでいい」
「ロイ……ありがとう」

 いえいえ、と笑いながら答えるロイ。
 やっぱり家柄がいいと性格もいいのだろう。この人って優しい。だけど、本音はわからない。どうせ姉によく思われたいから、点数を稼いでいるだけだろう。それにしても、めちゃ笑ってるな、この人。

「試しに使ってみてください! その魔法のロッドを」
「……は、はい」

 私ってジャス以外の男子とはまったく話せない。
 そんなことを思いながら、杖を振ってみた。すると!

 ビチャ!

 水の玉が飛び出し、ロイに命中してしまった。
 あちゃあ、制服がびしょ濡れだ。シャツが透けて、白い肌をした男らしい胸板が見えてしまう。こんなロイの姿を女子生徒が見たら、興奮して叫び出すだろう。

「あ……」
「いいよいいよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「あはは、それにしてもすごいですね、魔法のロッド! 魔法が使えないルイーズさんでも、水が出せるようになりました!」
「ですね……ん?」

 何気ないロイの言葉で、私は勇気づけられた。
 
 魔法が使えなくても……魔法が使える……道具を利用して……みんな幸せになれる!

「やっぱり私は間違ってなかった! ありがとう、ロイ!」
「ど、どういたしまして……」

 私はロイに向かって笑顔になる。思えば、初めて彼に見せた笑顔かもしれない。
 すると、背後から嫌な気配がただよう。赤い炎が燃えているような、そんな錯覚があった。そして男らしい低い声が響く。

「俺のルイーズに手を出すな」

 ジャスだった。
 すごい剣幕でロイをにらんでいる。まさに、雄と雄の縄張り争いのよう。炎の鳥と水の竜の戦いが、頭のなかで浮かんできたけど、それどころではない。
 彼らの間に挟まったままの私は、ただ魔法のロッドを握りしめることしかできなかった。
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