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 ハッと起きるアリス。
 ここはどこ? 
 荒れた呼吸を整えながら首を振った。
 なぜかベッドにいて、窓からは朝日が射し込んでいる。
 
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」

 冷静になれ、ここはケイトの部屋だ。

「おっふ!」

 たくましい背中をした彼氏は、上半身裸で歯磨きをしていた。
 部屋の中に洗面台、トイレ、シャワールームまであるのだ。ラブホテルかよ。
 だが、ちょっと待て、おかしい。
 昨夜、ケイト母のセラピーを受けて……あれ? 
 そこからの記憶が曖昧だ。
 
「お母様……」

 部屋着からワンピースに着替える。
 だが、自然の朝は寒い。太陽が昇り気温が上がるまでは、上にダボっとしたパーカーを着ることにした。ヘンテコな服装だが、容姿端麗のアリスだから様になっていた。
 部屋を出て、玄関ロビーに向かう。
 よし、誰もいない。

「ふぅ……」

 ひと息ついて電話に手を伸ばす。
 受話器を取り、ダイヤルをまわした。
 ぐるぐるなコード、回転する電話、ギコギコと時間がかかってダルい。
 やっと相手が出た。
 
「もしもし……どちら様ですか?」
「……」
「もしもーし」
「……」
「……アリス?」
「……」
「アリスでしょ?」
「お母様……お久しぶりですわ」
「ああ、よかった……」
「!?」
「声を聞けてよかった」
「……ッ」
「母さんはもう大丈夫よ。ずっとアリスに甘えてばかりいて、ごめんね」
「お母様、本当ですか? 本当にそう思っているのですか?」
「ええ、アリスがいなくなって、母さん正気に戻ったのよ。もうお酒もやってない。ちゃんと仕事もしてる。コンビニで働いているわ」
「お母様……私こそごめんなさい。突然いなくなって」
「もういいのよ。本当にもういいの」
「また会いに行ってもいいでしょうか? まだあのアパートに?」
「いるいる、いつでも来て」
「はい、ですわ……」

 ガチャ

 受話器を置いた。
 アリスは感動して、ぽたぽたと涙をこぼしている。

「すごいですわ……4年間、ずっと電話できなかったのに……どこからこんなパワーが? まさか、これがセラピーのおかげ!?」

 やった! 嬉しくて飛び跳ねた。
 玄関の扉を、ばーんと開け、両手を上げて朝日を浴びる。
 セラピーすごい! 
 治療のためか、ちょっと変な夢を見たけど。
 と、アリスは思いながら庭園を歩いた。
 ん~、空気が澄んでいて気持ちが良い。田舎っていいな。
 ケイトと結婚したら、ここに住むのだろうか?
 それも有りかも、と考えると、ちょっと陽気にスキップしてしまう。
 アリスは基本的にポジティブな性格なのだ。
 よし、散歩しよう。
 桜の木まで歩いて、家まで帰ってきた。
  
「……ん?」

 ふと、2階の窓を見上げる。
 家政婦だ。
 鏡を見て、身だしなみを整えていた。しばらく観察していると、髪を触り出す。だが、どうもぎこちない。頭皮ごと、動いているような? おっと!

「やばっ」

 急に外を見る家政婦。
 アリスの視線に気がついたのだ。

「……」

 見てませんよ~。
 と、アリスは首を振って、遠くの空を見つめる。
 そしてまた、2階の窓を見ると、もう家政婦はいなかった。
 
「どうも怪しいですわ……」

 訝しみながら歩くアリス。
 すると、どこからかジョロジョロと水の音がする。ガレージの方からだ。近づいてみると、ケイトが車を洗っていた。

「田舎をドライブすると虫がつく……」
「本当ですわね」

 フロントガラス、ボンネット、グリル。
 きもっ! おぞましいほど虫がついていた。ケイトは、泡のスポンジで汚れといっしょに落としていく。彼は綺麗好きだ。

「私もお手伝いしますわ」
「散歩はもういいのか?」
「ええ、桜まで見てきましたわ」
「あははは、最高だろ? 春に来て正解だった」

 最高ですわ、とアリスは答えた。
 洗車が終わり、ケイトは車をガレージに戻す。そして、車の鍵をガレージの中に棚に置く。家族が動かせるようにするためだろう。ガレージの中には、キャンプやBBQをするための道具が保管されている。しかもどれも高級なブランド品ばかり。やはり、かなり金持ちだ。

「すごっ……ノースフェイスの防寒着、スノーピークの焚火台、それにコールマンのテントまであるわ!」
「夏になったらバーベキューしようぜ、アリス」

 ええ、と答えながらアリスは開けっぱなしのシャッターをくぐり、ガレージの外に出た。
 太陽が眩しい。
 もうすっかり朝だ。と、思いながら、ん~と伸びをする。
 
 バン!

 急に音がした。
 振り返ると車から執事が降りてくる。なんと軽トラに乗っていた。そして荷台に積まれている物に驚愕した。横たわる鹿だったのだ。

「死んでるの?」

 はい、と執事は答える。
 無表情でクール。感情がまるでないようだ。執事は猟銃を手に持っていた。あれで殺ったのだ。鹿の胴体に、真紅な弾痕がついている。

「……」

 漆黒なつぶらな瞳。
 鹿の目を見てしまった。アリスは、うっと吐きそうになる。さすがに無理。まさかBBQでこれを食べるのか?

「相変わらずいい腕だ」
「男は獲物を狩って家を守る」
「……お、おう」
「坊っちゃん、たまには狩りに行きましょう」
「そうだな」

 ケイトは執事の圧力にうろたえていた。
 なぜ? 関係性が逆のような……。
 藤城家は金持ちで幸せそうだが、何か違和感がある。
 アリスの脳裏には、死骸となった鹿の瞳が、くっきりと残っていた。
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