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 眠れない。
 ハッと目を開けるアリスは、ベッドから起きた。
 痛い! またやってしまった。
 左腕を見ると掻きむしった傷跡がある。長袖のパーカーを着て、腕を隠す。
 すやすやと隣で寝るケイトを起こしたくない。
 アリスは、そっとベッドから抜け出した。
 
「喉が渇いたわ……」

 階段を降りてキッチンに入る。
 背後で、さーと幽霊のように廊下を歩く家政婦には、まったく気がつかなかった。

「ふぅ」

 水を飲むアリス。
 適当にコップを使っていた。また明日、家政婦が来て洗ってくれるだろう。
 それともケイトの母親か。
 アリスは辺りをうかがった。家の中は、しんと静かで、家族はみんな寝ているようだ。
 さて、音楽でも聞きながら寝よう。
 と、思ったがここは圏外だった。

「Wi-Fiもないし、どうなってるのかしらこの家は?」

 不思議に思い、廊下を歩く。
 ん? ふと違和感のある壁を見つけた。光の線が漏れている。向こう側に部屋がありそうだ。

「何かしら? どこにも扉がないわ」

 そっと手を触れてみる。
 と、そのとき、ガチャン、ガチャン、と金属がぶつかる鈍い音が聞こえてきた。
 気になり、音がする方へ向かう。キッチンのさらに奥、部屋があった。扉がないので、そのまま覗いてみる。
 
「……!?」

 イケメン執事だ。
 上半身裸でダンベルを持って、ふんふんやっている。筋トレをしているようだ。
 アリスに気づく様子はない。
 鏡に映る自分のガチムチな裸体を見つめて、恍惚な表情を浮かべている。
 ナルシストかな?
 アリスは、そっと部屋から離れた。
 キッチンに戻る。違和感がまた生まれた。

「あれ?」

 コップがない。
 いつの間に、誰かが洗ったのか?
 辺りを見まわす。だが、しんと静かで誰かがいる様子はない。
 家政婦も家にいる?
 気になったアリスは、さらに家を散策する。
 リビングに明かりがついていた。
 そっと覗いてみる。
 家政婦がいた。パジャマ姿なのに、鏡の前で化粧をしている。口紅を塗り、薔薇のような唇にうっとりしている。

「なんなのかしら、ここの使用人は? この家に住んでいるのね」

 アリスは、小さな声で自問自答した。
 父親のダイゴはどうだろう?
 リビングに入らず、廊下を歩きアトリエを覗く。
 ダイゴがいた。
 一心不乱に木材を彫っている。
 仏像だ。まるで死んだ人間の魂を、その仏像に入れるように。
 ひぃっ!? と怖くなったアリスは、静かに後ずさりした。
 そして部屋に戻ろうとしたところで、
 
「……あ!」

 玄関ロビーの角に、固定電話を見つけた。
 ダイヤル式の黒電話。こんなの連続テレビ小説でしか見たことない。
 アリスは受話器を持った。
 番号を回せば繋がるだろう。
 だが、スマホがない。かけるべき電話番号は?
 警察?
 いや、事件が発生したわけじゃない。
 母親の携帯?
 いや、かけたくない。
 それなら……唯一、暗記している番号をプッシュした。
 機械的な呼び出し音が、余計に心拍数をあげてしまう。ドキドキがとまらない。出て、お願い……。

「はい、わんだふるペットショップ」
「トリミングの予約をしたいですわ」
「……」
「もしもし、ですわ」
「お嬢だろ?」
「ヒロさん、よくわかりましたわね」
「バカか、おまえ? それよりこんな夜にどうした? 彼氏とエッチしなくてもいいのか?」
「セクハラですわ。訴えますわよ?」
「だ~か~ら、早く訴えろよ! こんなクソショップやめて開業するんだから、そんときはお嬢を雇ってやってもいいぞ」
「無理ですわ」
「あははは、で、要件はなんだ?」
「彼氏の家族がヤバいですわ!」

 思わず大きな声を出してしまう。
 アリスは、しまった、と思った。
 あははは、とヒロのバカ笑いが受話器から漏れている。

「だから言っただろ? イケメンを信用するなって、俺みたいなブサイクの方が女を大切にするのさ」
「な、なぜかしら?」
「俺はお嬢しか愛してない……」
「……はぁ? 彼氏だって、私だけを愛していると思いますわ」
「それはどうかな~、イケメンはモテるから、色んな女を抱き放題だぞ」
「嘘ですわ……そ、それに、ヒロさんはブサイクではないと思いますわ」

 どんどん声が小さくなる。
 誰かが来そうで怖い。

「あ? お嬢、何て言った?」
「なんでもないですわ、明後日、もし出勤しなかったら……!?」

 背後に視線を感じる。
 振り返ると、シズカの冷たい目に見られていた。

「じゃあね~バイバイですわ~」

 がちゃん、と電話を切る。
 無理やり微笑んで、シズカに説明をした。

「職場に電話してましたわ、おーほほほほ」

 そう、とシズカは答えた。
 そして手招きし、自分の部屋に来るよう促す。

「アリスさん、ちょっと話しましょう」
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