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しおりを挟む「さぁ着いたよ、アリス」
荘厳な石垣の門を抜けると、大きな家が見えてきた。
まるで美術館のような屋敷。整然と植栽された庭園には、すらっと背の高い男が立っている。年齢は三十代前半、ブラックスーツを着たイケメン紳士だ。
「いらっしゃいませ、アリス様」
男は助手席のドアを開けた。
車から降りたアリスは、うふふと微笑んだ。名前に様をつけられ、どこか懐かしい気分になる。
「彼はうちの執事だ」
車の荷物を下ろすケイト。
すぐに執事が手伝いにいく。アリスの荷物は、ひょいと担がれ家のなかに持って行かれた。
「ただいま~父さん、母さん」
玄関が開けられ、中からケイトの父と母が出てきた。表札には、
『藤城』
という名字が書いてある。
「ケイト~おかえり」
「おかえりなさいなさい、ケイト」
「僕の彼女アリスだ」
「ようこそ、アリスさん!」
「いらっしゃい」
ケイトの父母は、とてもフレンドリーな人種だった。
ぎゅっとケイトとハグをしてから、アリスにもハグをする。
「うほっ!」
アリスは、面食らった。
こんなに歓迎されるとは。気軽に抱きしめ合う習慣がないアリスは、「おほほほ」と苦笑いを浮かべている。
「すまないアリス、ぼくたち家族はよく海外旅行にいくからスキンシップが欧米風なのさ」
「あら~素敵ですわね~」
ケイト母の熱烈なハグが終わり、自己紹介をしあう。
「藤城シズカです、精神科医をしてます」
「藤城ダイゴ、芸術家だ」
アリスは、ぺこりと頭をさげた。
スカートを指でつまみ上げ、品よくバレリーナのポーズをとる。
「アリスですわ。仕事は、トリマー見習いですわ」
きょとん、とするダイゴとシズカ。
奇妙な動きと、ですわ、という言葉使いが不思議だったらしい。
「あははは、ケイトから聞いていたが、本当に面白い女性だね、アリスさんは」
「お嬢様なのよね、とても綺麗なワンピースをお召しになって……どちらのブランド?」
「GUですわ」
「え? じぃゆー? 自由?」
「はい、二千円しませんわ」
にこっと笑いながらアリスは答えた。
かなり、ツボったようだ。
ドッ、と藤城家はみんな大笑い。ダイゴは両手を広げて、ケイトとアリスを家の中に入るよう促した。
「いらっしゃいませ、アリス様」
廊下に綺麗な女性が立っている。
微笑んでいるが、目が笑っていない。まるで訓練されたような機械的な笑み。ハンバーガーショップのスマイルのよう。
「家政婦だ。必要な物があったら頼むといい」
ええ、とアリスはうなずいた。
ダイゴが、「さあ、座りたまえ」とリビングに入るよう手招きしている。
ケイトの横にアリスは座った。
ダイゴは立ったまま、椅子に座るシズカの肩に手を置く。自慢の妻、そして豪邸だと言わんばかりの笑みを浮かべて。
「まさかケイトが、こんな綺麗なお嬢さんを連れてくるなんて!! 父さん、夢のようだぞ」
うふふふ、とシズカは笑っている。
その瞳は、じっとアリスを見つめていた。職業は精神科医と言っていたが、何だか本性を探られている気分だ。
アリスは、すっとケイトに寄り添った。
アリスの不安を解消しようと、ケイトは彼女の肩に手をまわす。
「アリスは綺麗だけじゃないんだ。料理や掃除だって完璧にこなせる」
「すごいわね~」
「独り暮らしなので、仕方なくですわ」
「あらそう、ご両親は?」
「実は私の両親は離婚し、父とは高校生のとき以来、会っていないのですわ。母は……」
シズカは優しく微笑み、「いいのよ」と告げた。
「思い出したくないことは、話さなくてもいいのよ」
「……あ、すみませんわ」
気づけば、爪で腕をかいていた。
母親から逃げることはできたが、心のどこかで罪悪感があり、自分の身体を傷つけてしまう。
アリスがもう爪でかかないよう、ケイトは彼女の手を握りしめた。
「妻のセラピーを受けるといい。催眠療法だ。掻きむしりが治るから」
ダイゴが髭を触りながら告げた。
シズカは懐中時計を取り出す。青い宝石のような、古びた時計。神秘的なオーラが漂う。
カチカチカチ
秒針を刻む音が響く。
気にならない。と思っていても、なぜか音が大きく聞こえてくるような、そんな錯覚があった。
「お母さんは今、何をしてるの?」
「母は……母は……」
嘘つきだ。
思い出したくないことは話さなくてもいい、そう言ったくせに。
アリスは、ぐっと唇を噛んだ。
時計の音が気になってしょうがない。
クソっ、気が狂いそう。
「妻のセラピーはすごいよ、父さんはこれでタバコをやめれた」
「本当? すごいね」
ダイゴの情けないような自慢話に、ケイトが驚いた顔をする。
その声に反応したアリスは、ハッと我に返った。
「セラピーは遠慮しておきますわ」
「あら、そう……」
シズカは、残念そうに懐中時計をしまう。
するとそこへ家政婦がやってきた。飲み物を持ってきたのだ。
押してきたワゴンから、丁寧に紅茶やコーヒーをテーブルに置いていく。
「アリス様はどちらを飲みますか?」
「私は紅茶をお願いしますわ」
「かしこまりました」
しかし家政婦はコーヒーをアリスに配る。
しまった、と顔がひきつっていた。
「大丈夫ですわ、コーヒーでもミルクを入れれば飲めますもの」
「申し訳ありません、すぐにミルクをお持ちします」
ガタッ
ワゴンの角に足をぶつける家政婦。
ぎろり、とシズカに睨まれてしまう。
「あなた、ちょっと休んだら?」
「え、でも奥様、夕飯のしたくが……」
「料理くらい私でも作れます」
「あ、あ……」
「ベットは二階よ、階段はあがれる?」
「あ、はい……奥様」
家政婦は、ゆっくりと部屋から出ていった。
こわっ……とアリスはつぶやく。
さて、とシズカは立ち上がった。
「ケイト、手伝ってちょうだい」
ああ、とケイトはうなずき、腰を浮かす。
ソファで独りになったアリスは、ダイゴに見られ続ける。
50代おじさんの目つきは、妙にいやらしい。
「家を案内しよう」
「ありがとうございますわ」
家主は、ゆっくりと歩き出した。
ノスタルジーな絵の具の匂いが漂う。ここはアトリエだ。いくつもの風景画、それに木彫りの仏像がある。
「それは鎌倉の寺に納めるものだ」
「素晴らしいですわ。弥勒菩薩の優しいお顔が癒されますわ」
「わかるのか!」
「ええ、まぁ」
「この絵はどうだ? どう思う?」
「これは江ノ島の海とファンタジックな生物を融合したもの……これは海の守り神リヴァイサンでしょうか。波打つ勇ましい姿が誇らしいですわね」
「そうだろう、そうだろう、アリスさん、あんた最高だよ!」
「光栄なお言葉ですわ」
おーほほほ、と小さく笑うアリス。
続いて案内は庭園に移動し、足を伸ばしたふたりは敷地から抜けた。
春の風が舞う。
アリスの目の前に、満開の桜が咲いていた。
風に吹かれた花びらが、ヒラヒラと落ちていく。
草原には一面に花びらが広がり、まるで絨毯のように観る者を誘う。
「綺麗だろ、この美しさが気に入ってここに家を建てたのだ」
「それは嘘ですわ」
「え?」
「坂口安吾の小説にこうありますわ。桜の林の花の下に人の姿がなければ、怖しいばかり、と」
「……な」
「ですが、この桜は見事ですわ。さぞ地元でも有名でしょうね」
「あ、ああ、まぁな……」
ダイゴは髭を触りながら、じっとアリスの背中を見つめていた。
ズドーーン
遠くで銃声が響く。
アリスは、ビクッと身体を震わせた。
ここは山と森しかない田舎。狩人がいても不思議はない。
そう納得しながら、鬱蒼とした大自然を見渡す。
「家に戻ろう」
ダイゴは告げて歩き出す。
ふと現実がよぎり、スマホを取り出した。圏外だった。
「やれやれ、ですわね……」
西の空は、赤く染まってきた。
冷たい空気がはりつめ、人肌が恋しくなる。
「ケイト……本当に大丈夫ですの?」
そうつぶやき、家に向かって重たくなった足を運ぶ。
ダイゴはどこにいったのだろう?
足、早すぎ。
とアリスは思った。
庭園を抜けて玄関にたどり着く。
するとそこには、ばばーん! と可愛らしいゴスロリ少女がいた。
雪のように白い肌、黒髪のショートボブ、ぷっくりした赤い唇が色っぽい。
アリスは、唖然として見ていた。
高校生かな? っていうか、誰?
少女は、ツンとした顔でアリスを見た。
「あなたがお兄ちゃんの彼女ねっ!」
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