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しおりを挟むエリナを誘拐した車が、夜の街を爆走する。
すぐに警察に連絡するべきだが、それよりもエリナを助けたい気持ちの方が強く、僕はクロスバイクに乗って追いかけていた。
「エリナー! はぁ、はぁ……」
必死にペダルをこぐ。
スピードを上げた僕の自転車は、信号待ちで車に近づくが、信号が青になるとまた引き離されてしまう。
「くそっ!」
車はぐんぐん加速して、他の車が間に入り視界の邪魔をする。そこで僕は心眼スキルを使って、世界の動きをスローにした。
すると追跡していた車の赤いテールランプが、さっと左に流れて見える。どうやら交差点を左折したらしい。
「うぉぉおお!」
世界の動きが元に戻る。
すぐに僕も交差点まで行き、グイッとハンドルを左にきった。
しかし車の姿はない。道路は港につづく工業地帯で、錆びた金属の匂いが鼻につく。夜間なので、他に車は走っていなかった。
静かだ。
まったく人気のない、工場で動く機械の音だけが小さく響いている。
「ふぅ……」
僕は目を閉じて、神経を研ぎ澄ませた。
音だ。車の音を聞き取るのだ。
すると微かに、ブゥオンとうなる排気音が聞こえてきた。車が一旦停止して、発進した音に違いない
僕はその音の方へ急ぐ。
たどり着いた場所は、金属リサイクルの工場だった。しかしその中は見えない。3メートルほどある鋼板の壁が、ぐるりと周囲を守っている。
「入り口はどこだろう」
と、探ってみる。
すると固く閉ざされた門を発見。そして会社名を掲げた看板を見て、僕は驚いた。
「山崎建設……ここってザッキーの親の会社か?」
門は鉄格子の部分があり、隙間から中を覗けた。
ここは、まるで金属の墓場だ。
銅線や鉄屑、骨だけにされた車のボディが、粉々にスクラップされて山積みになっている。それらは溶解されて、再び鉄製品として社会に還元されるのだろう。
一見、ふつうの工場に見えるが、ここで働く不良たちが、エリナを誘拐したと推察できる。
「よし、エリナを助け出すぞ!」
僕は自転車をアイテムボックスに収納し、裏手にまわった。
ピンポーン、と門の呼出を押しても無視されるだろう。とりあえず警察に連絡しておこう。
「あ、もしもし……」
僕は警察に家族が誘拐され、山崎建設のスクラップ工場に連れて行かれた。至急捜査してほしい、と告げた。
電話に出た警察官は僕のことやエリナのことを詳しく聞いてきたので、名前だけ答え、とにかく近くにいる警察をよこしてください! と強くお願いして電話をきった。
「警察を待つか……うーん」
ちょっと悩んだが、エリナのことが心配で仕方がない。
警察を待っている間に、エリナの美しい顔や身体が不良たちの汚い手によって、あんなことや、こんなことをされているかもしれない。そのような想像をしてしまうと、居ても立っても居られず。身体が自然と動いていた。
「サンドホール」
僕は土魔法で地面をえぐり取ってトンネルを掘り、工場の中に侵入した。
ちょっと服が土で汚れたが、気にしてる暇はない。さっと僕は金属のスクラップに隠れながら移動を開始し、倉庫の中に潜り込む。
「あった……」
そこには大量の車があり、その中にエリナを誘拐したジープが出入りしやすいよう真ん中に置いてある。
だが、ちょっと待て……!?
綺麗に配置された車が、どれも高級車ばかり。しかも見覚えのある車を発見した。
「これって、犬嫌いのおっさんの車じゃん!」
僕は、ピンときた。
ここは窃盗団のアジトだ! 僕はポケットからスマホを取り出す。案の定、圏外だ。
どうやら盗まれた車はここで保管され、港から海外へ輸送されるのだろう。そのために解体されるかもしれない。だとしたら、ここがスクラップ工場なのも辻褄が合う。僕は魔力を溜めた。
「ウィンドカッター」
風の刃を放出させ、SUVのタイヤを切り刻む。前輪をぺしゃんこにしておく。
これで退路を断ち切った。盗んだ車を動かすことはないだろう。
と、そのとき……ガチャリ、とドアの開く音が響く。倉庫の奥に事務所がある。
さっと僕は柱の影に隠れた。現れたのは、下っ端の二人だ。
「ったく、マジで運ないな俺ら……」
「ああ、若社長に頼まれてボコリにいった相手が、まさかクソつえぇガキなんてよぉ」
「でも兄貴を見捨てて銀髪少女ちゃんを連れてこれたのはラッキーだったな」
「そうだな! まずは若社長に楽しんでもらってから、あとで俺らもハメハメしようぜ」
「ぐへへ! 酒でも買ってこようぜ」
「そうしよう」
そう言って、車に乗り込みエンジンをかける。
だがタイヤがパンクしているので、なかなか車は動かない。
「っかしいな……」
と二人の男が車を降りて、前輪の方にまわった。
そこで僕はサンドホールで地面に穴を掘り、ザクザクと男たちを埋めていく。
「な、なんだ!? ぬけねぇ!!」
「げっ! 足が埋まってく!!」
わめく男たちは、ズンズン穴に埋まり、地面から頭だけ出るという情けない形となった。これでしばらく抜け出せないだろう。
僕は事務所まで移動し、ドアに手をかけた。
しかし、ひねっても開かない。向こうから鍵をしてあるらしい。
僕はウィンドウカッターでドアを切り刻み、ドガッと蹴り破った。
「きゃぁぁああ!」
エリナの悲鳴が響く。
事務所に入ると上半身裸のヤマザキがいて、応接用のソファに座るエリナの上に跨っていた。
最悪なヤツだ。
恐怖でおびえるエリナは縄で緊縛され、アイマスクで目隠しまでされている。
「……!?」
言葉にならないヤマザキは、目を点にしている。
なんでここにいる?
といったヤマザキの気持ち悪い顔を、僕はぶん殴った。
「ぶべぇあ……っ!!」
壁までふっ飛んだヤマザキは、そのまま意識を失い、白目をむいて伸びている。話す価値もない。
僕はエリナの縄を解いて、目隠しを取った。
「お兄ちゃーん!」
エリナは僕に抱きついた。
怖かっただろう。華奢な身体が震えている。僕は彼女の頭を優しく撫でてから、お姫様抱っこして事務所から出た。
おや? 外が騒がしい。
夜の闇に赤いランプが点滅している。警察が来たようだ。
門の前にミニパトが止まっている。僕は開錠のボタンを押して、門を開けた。
「君は……犬のうんち!?」
ミニパトから降りて来たのは、先日会った女性警察官だった。隣にはゴツい男性警察官もいて僕に質問した。
「何があったんだ?」
「ここで働く従業員に妹が連れ去られたんです。でも、僕が助けました。それにここは窃盗団のアジトっぽいですよ」
「……な、なんだと!?」
慌てふためく男性警察官。
二人の警察官は周囲を警戒しながら、慎重に工場を歩いて捜査を始めた。そして並べられた高級車と犯人を見つける。
「盗難車発見! え……埋まってる!?」
「これ……君がやったの?」
はい、と僕は答えた。
二人の警察官は、ビシッと敬礼をする。熱い視線が僕に向けられ、ちょっと恥ずかしく思う。
しばらくすると、ぞくぞくとパトカーが到着し、警察の捜査が本格的に始まった。事情聴取された僕とエリナが解放されたのは、夜もふけた頃だった。
もちろん、警察にはダンジョンで取得した能力のことは話してない。地面はたまたま穴が空いており、事務所のドアは初めから壊れていた、ということで納得してもらえた。
本来なら保護者の月野さんが迎えに来てもらうところだが、旅行中で留守なので女性警察官のミニパトで家に送ってもらえた。これにて一件落着だ。
「素晴らしい兄妹愛を見せてもらえたよ……ありがとう」
女性警察官はそう言って、ミニパトを発進させた。
エリナはずっと僕に抱きついたままで、そろそろ離れてよ、と思う。
僕らは家に入り、とりあえず風呂だな、ということで僕はお湯はりスイッチを押した。
エリナは無言でソファに座っている。ぼーっと天井を見上げ、「……ふぅ」と息を吐く。やっと日常の感覚を味わえたようだ。
「お兄ちゃん、今日は本当にありがとうございました」
「ああ、大変だったな」
「私の命、お兄ちゃんに助けられました。何かお礼がしたいです。お背中、流しましょうか?」
「どこで覚えたの、そんな日本語?」
「時代劇です」
「あははは、でもそんなことしなくていいよ。ふつうに風呂入って寝ようぜ。あ~疲れた疲れた」
「でも……いっしょにお風呂に入りたいのです」
「それは無理だな」
軽く拒否って僕もソファに座った。
するとエリナがまた抱きついてくる。柔らかくて甘い香りが僕の胸を、きゅんとさせる。
ああ、頭がぼうっとして理性が失われていく。
僕の身体は馬鹿みたいだ。熱くて痛い。さっきまでは事件に巻き込まれて興奮状態だったから、エリナに抱きつかれても無関心でいられた。
だが家で冷静になった今、美少女のエリナに抱きつかれたら、この心臓がもうもたない。
「やめて……」
僕はエリナを拒絶した。
彼女の身体を手で押して、近づくなと払いのけて立ち上がる。
その瞬間、とても冷たい青い瞳が僕を見つめ、悲しそうに涙をこぼす。
何か言い訳をしなければならない。無言でこの場を立ち去ったら、絶対にダメな気がした。
「エリナ、僕には好きな人がいる……彼女がいるんだ」
「オォ、オーマイガッ……彼女いましたか」
「だから、ごめんね」
「彼女とは誰ですか? クラスメイトにいますか? それとも過去の学校ですか?」
「過去の学校だよ」
「あの……でもその彼女はひょっとして天に召されては?」
その言葉は聞きたくない。
僕の心の闇を探ってこられるのは迷惑だ。それでもエリナは口を開く。
「彼女とはつまり恋人……お兄ちゃん、その考えは危険……」
ああ、イライラする。
頑張って勉強した日本語だとは思う。馬鹿にするつもりはない。だが今はそのたどたどしい話し方に腹が立つ。いつも無口なくせに、なんで僕のことになると、こんなにベラベラ話すんだよ!
「ああ、彼女は死んだ! それでも好きなんだよ!」
「お兄ちゃん、落ち着くです」
「はあ? エリナが危険とか言うからだろ?」
「ごめんなさい。お兄ちゃんも死んでしまうような、そんな気がするから心配なのです」
「心配したって意味ない。僕の家族は地震によって一瞬で死んだ」
「お兄ちゃん……」
「エリナよく聞け、人間はいつか必ず死ぬ。早いか遅いかだけだ。だったら僕は彼女といっしょに死にたかったんだよ!」
「お兄ちゃん、待って!」
僕はエリナの叫び声を無視して、家を出ようと玄関の扉を開けて外に出た。
「どこにいくの? お兄ちゃん」
「言いたくないし、もうこの家には戻らない」
「で、でもお兄ちゃん……あ、あの、あの……お兄ちゃんんんんぁぁあ」
日本語が難しいのだろう。
大粒の涙をこぼしながら、裸足で外に出てくる。そんなエリナを無視して僕は正門を開いた。
「ダメ、ダメです! 死ぬダメ! お兄ちゃーん!」
エリナは僕に抱きつこうとしてくる。だから僕は心を鬼にして、突き放した。
「僕はエリナのお兄ちゃんじゃない! もうやめろよ、こんな家族ごっこは! うんざりなんだよ、ほっといてくれ!」
エリナの顔を見れなかった。
異次元からクロスバイクを引っ張り出し、全力でこぎまくり疾走する。
もうどうでもいい、そう思うと同時に、エリナに酷いことを言った自分を呪った。
きっと嫌われただろう。
ふと、エリナの泣き顔が頭に浮かぶ。
いびつな心が、うるさい鼓動の叫びが、僕の感情を揺らす。
もういい! もういいんだ! もう僕は死ぬんだから、エリナのことを考えたって仕方ないだろ!
振り向かない。
そう決意した僕は修羅の道をいくため、闇夜に溶けていった。
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