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 海に落ちる美しい夕陽、心地よい波の音。
 ラストサマーダンジョンから出た僕は、岩の鳥居の前に立っていた。今朝、まだ遠かった波がもうすぐ足元まで来ている。満潮の夜を迎えたら、この鳥居は海に飲み込まれるだろう。
 思い出すのは僕が自殺を図った、一週間前。海に飛び込んだ日のことだ。溺れた僕はここに漂着し、ダンジョンに吸い込まれた。そんな筋道が立てられる。

「まるで夢のような奇跡だ! 地震によって時空間が歪み、未来からダンジョンが来るなんて……」

 すごい!
 もしもこのダンジョンを世間に発表したら僕は、いちやく時の人になるだろう。ダンジョン配信をしたらバズって、お金持ちになれるかもしれない。
 だが、そんなことはしない。
 このダンジョンは僕とサラのものだ。誰にも知られたくない。秘密の場所。僕の生きる目的。
 
 ぐぅぅ……

 腹の虫が鳴った。
 喉も渇きまくる。飲まず食わずで約十時間いたのだ。ヘルメスの言う通り、あのままダンジョンに潜っていたら、脱水症状で死んでしまうだろう。

「……水! 水が飲みたい!」

 アイテムボックスを開いた僕は、ミネラルウォーターを取り出して、ごくごく飲んだ。
 
「ぷはー! 生き返ったー!」

 ただの水なのに、めちゃくちゃ美味い。
 地震にあって避難生活をしたからだろう。今まで当たり前だったことが、とても幸せに感じる。
 それは例えば、ボタンを押せば照明がつき、蛇口を開けば水やお湯がでた、ありふれた日本の生活だ。
 不便な経験をしたからこそ、得られる利益があると思う。
 幸せや夢は、手にした瞬間から価値を失い、やがて当たり前になり、そして何も感じなくなる。
 だから僕はわざわざ自分から不便を経験するため、キャンプをするのかもしれない。
 海沿いは風が強いので、平らな陸地に移動しよう。アイテムボックスから自転車を取り出して、こいで、テントが張れそうな場所を探す。
 誰もいない、崩壊した街を通りすぎる。ここで寝るのはさすがに怖いので、海が眺められる高台まで来た。

「ここいいじゃん!」

 夕陽が一望できる場所を見つけた。
 僕はテントを張り、焚き火台で薪を燃やす。

「さあ、キャンプ飯を作ろう」

 今日の夕飯は、究極のソース焼きそばだ。
 まず、キャベツを大きめに切る。炒めると萎びるから。
 豚肉は塩コショウをふって味つけ。
 フライパンに油を熱し、中華麺を入れて焼き色がつくまで焼く。ヘラで押さえてこんがりさせるのがコツだ。上下を返し、同じように焼いていったん休ませる。
 またフライパンで油を熱し、豚肉を入れて炒め、火が通ったらキャベツを加えて炒める。
 具をフライパンの端に寄せ、空いたスペースに中華麺を戻し、ソースを混ぜて麺にかけ、ほぐして絡めてから野菜と炒めあわせると、シャキッとした野菜の食感が残る。そして器に盛れば完成だ!

「いただきまーす」

 もぐもぐ、どうまい!
 ソースの焦げが、より味を奥深くさせている。肉の旨味、シャキッとした歯応えのあるキャベツ、もちもちの中華麺、お腹が幸せで満たされていく。
 おにぎりもあるので、焼きそばいっしょに食べた。炭水化物と炭水化物のコラボレーションだ。焼きそばとごはんって意外と合うんだよな。
 
「ごちそうさま」

 満腹になった僕は、深く椅子に座り、ぼーっと焚き火を眺めた。
 メラメラ、ばちばちと踊る炎のゆらめき。生ゆるい潮風が、頬をなでる。
 僕は自然の中にいる。ただそれだけ。今は何も考えることができないまま、ゆったりした星の動きを観察している。
 こんなことをしても、意味はない。ただ無駄なことを確かめるだけ。炎を見ているだけ。くゆる煙を嗅ぐ。炎が消えていく。
 
「もう寝よう……」

 アイテムボックスから、ぐにゅりと寝袋を取り出し、ひろげて、その中に入る。まるでミノムシのようにくるまって目を閉じ、闇に溶け込む。
 
「……はぁ」
 
 深く息を吐いた。
 明日、またダンジョンに入ろう。ああ、サラに会いたい。現実の世界にサラはいないけど、ダンジョンでなら会える。
 僕の細くなっていた命の炎は、サラのデジタルゴーストに救ってもらったと思う。
 自殺を図ったあの日、もしも海の中で溺れて死んでいたらと思うと、ぞっとする。本当にサラに感謝しなきゃな。

「サラ、君となら悲しみを超えられそうだ……」

 いつしか僕は涙を流しながら、眠りに落ちていた。
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