12 / 19
12
しおりを挟む海に落ちる美しい夕陽、心地よい波の音。
ラストサマーダンジョンから出た僕は、岩の鳥居の前に立っていた。今朝、まだ遠かった波がもうすぐ足元まで来ている。満潮の夜を迎えたら、この鳥居は海に飲み込まれるだろう。
思い出すのは僕が自殺を図った、一週間前。海に飛び込んだ日のことだ。溺れた僕はここに漂着し、ダンジョンに吸い込まれた。そんな筋道が立てられる。
「まるで夢のような奇跡だ! 地震によって時空間が歪み、未来からダンジョンが来るなんて……」
すごい!
もしもこのダンジョンを世間に発表したら僕は、いちやく時の人になるだろう。ダンジョン配信をしたらバズって、お金持ちになれるかもしれない。
だが、そんなことはしない。
このダンジョンは僕とサラのものだ。誰にも知られたくない。秘密の場所。僕の生きる目的。
ぐぅぅ……
腹の虫が鳴った。
喉も渇きまくる。飲まず食わずで約十時間いたのだ。ヘルメスの言う通り、あのままダンジョンに潜っていたら、脱水症状で死んでしまうだろう。
「……水! 水が飲みたい!」
アイテムボックスを開いた僕は、ミネラルウォーターを取り出して、ごくごく飲んだ。
「ぷはー! 生き返ったー!」
ただの水なのに、めちゃくちゃ美味い。
地震にあって避難生活をしたからだろう。今まで当たり前だったことが、とても幸せに感じる。
それは例えば、ボタンを押せば照明がつき、蛇口を開けば水やお湯がでた、ありふれた日本の生活だ。
不便な経験をしたからこそ、得られる利益があると思う。
幸せや夢は、手にした瞬間から価値を失い、やがて当たり前になり、そして何も感じなくなる。
だから僕はわざわざ自分から不便を経験するため、キャンプをするのかもしれない。
海沿いは風が強いので、平らな陸地に移動しよう。アイテムボックスから自転車を取り出して、こいで、テントが張れそうな場所を探す。
誰もいない、崩壊した街を通りすぎる。ここで寝るのはさすがに怖いので、海が眺められる高台まで来た。
「ここいいじゃん!」
夕陽が一望できる場所を見つけた。
僕はテントを張り、焚き火台で薪を燃やす。
「さあ、キャンプ飯を作ろう」
今日の夕飯は、究極のソース焼きそばだ。
まず、キャベツを大きめに切る。炒めると萎びるから。
豚肉は塩コショウをふって味つけ。
フライパンに油を熱し、中華麺を入れて焼き色がつくまで焼く。ヘラで押さえてこんがりさせるのがコツだ。上下を返し、同じように焼いていったん休ませる。
またフライパンで油を熱し、豚肉を入れて炒め、火が通ったらキャベツを加えて炒める。
具をフライパンの端に寄せ、空いたスペースに中華麺を戻し、ソースを混ぜて麺にかけ、ほぐして絡めてから野菜と炒めあわせると、シャキッとした野菜の食感が残る。そして器に盛れば完成だ!
「いただきまーす」
もぐもぐ、どうまい!
ソースの焦げが、より味を奥深くさせている。肉の旨味、シャキッとした歯応えのあるキャベツ、もちもちの中華麺、お腹が幸せで満たされていく。
おにぎりもあるので、焼きそばいっしょに食べた。炭水化物と炭水化物のコラボレーションだ。焼きそばとごはんって意外と合うんだよな。
「ごちそうさま」
満腹になった僕は、深く椅子に座り、ぼーっと焚き火を眺めた。
メラメラ、ばちばちと踊る炎のゆらめき。生ゆるい潮風が、頬をなでる。
僕は自然の中にいる。ただそれだけ。今は何も考えることができないまま、ゆったりした星の動きを観察している。
こんなことをしても、意味はない。ただ無駄なことを確かめるだけ。炎を見ているだけ。くゆる煙を嗅ぐ。炎が消えていく。
「もう寝よう……」
アイテムボックスから、ぐにゅりと寝袋を取り出し、ひろげて、その中に入る。まるでミノムシのようにくるまって目を閉じ、闇に溶け込む。
「……はぁ」
深く息を吐いた。
明日、またダンジョンに入ろう。ああ、サラに会いたい。現実の世界にサラはいないけど、ダンジョンでなら会える。
僕の細くなっていた命の炎は、サラのデジタルゴーストに救ってもらったと思う。
自殺を図ったあの日、もしも海の中で溺れて死んでいたらと思うと、ぞっとする。本当にサラに感謝しなきゃな。
「サラ、君となら悲しみを超えられそうだ……」
いつしか僕は涙を流しながら、眠りに落ちていた。
85
お気に入りに追加
408
あなたにおすすめの小説
(仮)言葉にしないと伝わらない
本郷むつみ
恋愛
恋愛小説です。一応、形にはなっているとは思います。が、長編2作目で、マナーとかよく分かっていない時代の作品です。
週一で更新予定ですので、読んで頂けたら嬉しいです
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
聖女はただ微笑む ~聖女が嫌がらせをしていると言われたが、本物の聖女には絶対にそれができなかった~
アキナヌカ
恋愛
私はシュタルクという大神官で聖女ユエ様にお仕えしていた、だがある日聖女ユエ様は婚約者である第一王子から、本物の聖女に嫌がらせをする偽物だと言われて国外追放されることになった。私は聖女ユエ様が嫌がらせなどするお方でないと知っていた、彼女が潔白であり真の聖女であることを誰よりもよく分かっていた。
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
【短編】追放した仲間が行方不明!?
mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。
※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。
【第1章完】セブンでイレブン‼~現代に転移した魔王、サッカーで世界制覇を目指す~
阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
ジパングリーグ加盟を目指して創設されたサッカークラブ、『アウゲンブリック船橋』。
しかし、様々な不祥事に見舞われ、早々とクラブ解散の危機に追い込まれてしまう。そんな現状に新人広報七瀬ななみはただただ、途方に暮れていた。
そんな時、クラブハウスに雷が落ちる。慌てて建物の中に向かったななみが出会ったのは、『魔王』だった⁉
ドタバタサッカーコメデイー、ここにキックオフ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる