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「ふぅ、間に合った」
ざわつく教室の喧騒。
授業が始まる前、生徒たちの談笑という花が咲き乱れていた。
「……」
そんな花の中、青い蕾のままのエリナは本を読んでいる。
嘘みたいな話だが、エリナと僕は同じクラスだった。
そんな偶然あるわけない。ラノベじゃん! とみんな思うだろうけど、ごめん。これは偶然ではない。
学校に多額の寄付をしている月野さんが、僕とエリナを同じクラスにするよう校長に依頼したのだ。エリナのコミュ障が治るように考えたのだろう。だが、この状況は難しい。
というのも、学校には身分制度があった。バラモン教よりも恐ろしい、クソみたいな人種差別だ。
それは陽キャと呼ばれるファッション性の高い男子、あるいは金持ち、または容姿が綺麗な女子たちがトップに君臨し、そこにザッキーとその仲間の男子二人。あと二人のギャルグループも入っている。
中間層には部活をする体育会系グループがいて、最下層には陰キャとよばれる有象無象がいるという構図だ。
ちなみに僕は転校生枠にいて、どの身分でもない。
いや違うな。今朝、タケツルを助けたので陽キャたちから鋭い視線を感じる。
僕も最下層の陰キャとして、いじめのターゲットにされたらしい。
その一方でエリナは、ギャルグループに話しかけられていた。だが彼女はずっと本を読んでいる。完全に無視と言ったところか。
「エリナ~、今日、学校帰りカラオケいかん?」
「……」
エリナはページをめくって、美しい銀髪を耳にかける。青い瞳は本に落としたまま、微笑みすらない。彼女は常にクールだ。
「行くって~」
「じゃあ私もいく」
「今日こそエリナに歌ってもらおうよ」
「うんうん」
強引だな。
エリナが了承したとは思えないが、もしかしてエリナもいじめられているんじゃないか?
心配でしょうがない。
どうも落ち着かないでいると、隣の席に座るタケツルが顔を近づけてきた。
「ねえ、アオくん」
「ん?」
「ちょっと、わいのスマホを見てよ」
スマホの画面を見せてきた。
っていうか、自分のことをわいって呼ぶのか。すげぇオタクだな。授業が始まる前にスマホをしまえよ、と思いつつも覗いてしまう。
そこには銀髪に碧眼を宿した、アニメキャラの配信動画が映っている。今流行りのブイチューバーというやつだろう。
『みなさん、いつもありがとです』
リスナーと楽しそうに会話をしているが……ん? 気のせいかな。容姿とか声が何となく誰かに似ているような?
「この子はルナちゃん! わいの推し!」
「ふぅん」
「キャラデザがエリナさんっぽいと思わん?」
「たしかに」
「ど可愛いよね~」
ど、とはこの地域の方言で、すごいという意味。
僕は恥ずかしいのであまり口には出さないが、たまに出てしまう。それが方言というものだ。
と、そのとき。ガラガラと教室の扉が開き、大人の男性が入ってきた。担任教師の登場だ。
みんな一斉に静かになり、席につく。
まるで軍隊のような起立、礼、着席。僕らは子どものころから疑いもなく、このような教育システムにいる。
地震の被災者になった僕は、この環境を一度ドロップアウトしていたので、客観的に見えてしまう。
退屈だ。
高卒の資格を取り、進学するか就職するか選択するステップアップの施設なのに、なんで先生は偉いんだろう。
先生は淡々とホームルームを済ませ、授業に入る。
生徒たちは授業に集中しているようだが、実はそうでもない。
教室の中を、数枚の紙が生徒たちの手を通して回っている。
そして僕のところまで回ってきた。
その紙には、QRコードがプリントされていた。
なんだろう?
と、思い先生にバレないようにスマホで読み込む。
するとサイトに飛んで、現れた画像に目も当てられないほど驚愕した。
タケツルの顔を合成したホモの画像だったのだ。モザイクが入っているが、悪質極まりない。
陽キャたちが、くすくすと笑う。
こういうのは日常茶飯のようだ。その笑いが起爆剤となって、教室じゅうに小さな笑いが渦を巻く。
「静かにしなさい」
と先生が叱る。
しーんとなったところで、その紙が先生の足元に落ちた。
先生はそれを拾いあげると、くしゃっと丸めてゴミ箱に捨てた。
この大人は鈍感なのか。あるいは、知らないふりをしているのだろうか。
どちらにしてもいじめを放置している事実に変わりはない。
やがて授業が終わった。
僕はさらにサイトを閲覧していく。最低だ。合成画像はタケツルだけではない。先生の顔を使った、身体を縄で緊縛された合成画像もある。
「ひでぇ……」
こういうのはAIによって簡単に作られてしまう。つまり作り手側が悪用すれば、精神的なダメージを与える、恐ろしい凶器になるのだ。
ザッキーという悪魔のような作り手が、この教室にいる。しかも、誰もそれを注意しない。この閉鎖された空間には、正義のヒーローは存在しない。みんな見て見ぬふりをしている。
怖くなって、サイトを閉じた。
ここに闇がある。そう思った。教室にいることが、急に怖くなってきた。
ふとエリナを見つめる。
彼女は高校一年から、こんなところにいたのか。
田舎の高校とは大違いだ。すごく平和だった。生徒数が少なく、みんな幼馴染みたいな存在だから、いじめなんてなかった。
それに比べて都会の学校は恐ろしい。そう思った。
「だが、まて……」
僕はダンジョンに潜っている。
そうだ。僕には魔法もスキルも使えるのだ。いじめなんて僕がぶっ飛ばしてやる!
よし、心眼スキルを使おう。
このスキルは、敵の動きがゆっくりになり、弱点や行動を予測することができる。
いじめの原因を作っている主犯格、つまりザッキーをスキルを使って見てみる。
身体的な弱点となる首や関節が光って見える。
行動予測はどうだ?
ザッキーはスマホを持って歩き出した。そして腕を伸ばす。角度的にどうだ。僕の顔を撮影すると予測できた。
「……ぐがが」
僕は机に突っ伏した。寝たふりだ。
ちっ、とザッキーが舌打ちしている姿を、ちらっと確認できた。
そして教室に先生が入って来て、授業が始まる。確実に僕はいじめの標的にされていることがわかった。
◉
「学食があるのは嬉しいな」
お昼休み、僕は一人で学食に来ていた。
エリナを誘おうと思ったが、ギャルグループが近くにいて、とても話しかける勇気がない。
そうだ! ふと思いつき、ギャルたちの行動を心眼スキルで予測してみる。
どうやら彼女たちは、エリナをアクセサリだと思っているらしい。
黙って食事をしているエリナと近くにいることで、自分たちの品質が上がると勘違いしている。まあ、とりあえず害はないから、このまま様子を見よう。
「それにしても、肉野菜炒めが美味しい」
もぐもぐと食べて、僕は教室に戻った。
席につくと、隣ではタケツルが一人でパンを食べていた。
片手にはスマホを持って、例のブイチューバーの動画を見ている。顔がニヤけている。本当に好きなのだな。
午後からの授業は眠い。
だが体育だったから、授業中さぼって寝ることはできなかった。女子はテニス。男子はサッカーである。
Aクラスの男子の人数は十三人だ。
Bクラスと合同でやるらしく、僕はザッキーたちとチームを組むことになった。
ぽっちゃりしてるタケツルは、その見た目だけでゴールキーパーに任命されていた。
「アオく~ん、がんばろ~!」
ガッツポーズをするタケツル。
するとザッキーが僕を睨んだ。
「被災者ぁ、足手まといになるなよ!」
なにこいつ!? ぶん殴ってやりたい。
だが、そんなことをしたら暴力事件を起こして退学になるだろう。ぐっと我慢しとく。
「転校生、足が速かったねぇ」
「左サイドバックやれよ。チャンスがあったら攻めてこい」
そう言ってくるのは、ザッキーの仲間。イチロウとミヤギだ。
彼らはサッカー部らしく、クラスから全幅の信頼を得ていた。
「ボールを取ったらミヤギくんとイチロウくんにパスしよう」
級長がそう言って、作戦を立てている。
対するBクラスの方はどうだ。
こちらを見て、ニヤッと笑っている。敵の敵は味方とはよく言ったもので、イチロウとミヤギは絶対に勝ちたいらしく、僕に友好的であった。
「転校生、いくぞ」
「Bには負けねぇ」
ピー! 体育教師が笛を吹いて試合が始めった。
Bクラスにもサッカー部がいるようだ。華麗なパスワークで、まったくボールが取れない。あっという間にシュートまで持っていかれた。
危ない。
ボールはゴールの枠をそれて飛んでいく。
キーパーのタケツルがゴールキックを蹴る。
ボールは大きく弧を描き、ザッキーの足に収まった。ガタイが大きいので、敵からボールを取られない。
「わははは! 行くぞおらぁぁ!」
強引なドリブルだ。
一人抜いた。みんなから声援があがる。その盛り上りは女子たちだ。テニスそっちのけで、こちらを観戦しに来ている。エリナが僕のことを見ていた。
だが、その時。
ザッキーが二人抜こうとドリブルを仕掛けたが、ボールを取られてしまった。
ミヤギが手をあげてパスを要求していたが、ザッキーはそれを無視していた。
イチロウは、うんざりと言った顔だ。
ああん、と女子たちも嫌な顔をしている。
くそがっ! とザッキーは悔しがるが、だったら守備をしろよ。
Bクラスのサッカーは洗練されていて、守備陣の間をつくスルーパスを放たれた。
そこに走り込んでいたのは、フォワードの選手だ。
こいつにボールがいくと危険だ。
僕は疾風の指輪の効果で走り、タックルしてボールを外に出した。
相手のコーナーキックだ。ピンチだったが、うまいことタケツルがボールを取ってくれた。
今度のゴールキックは大きく蹴らず、僕にボールをくれた。
サイドから攻めていくため、同じ左サイトにいるミヤギにパスを出した。
さすがサッカー部だけある。ボールをうまくキープしてから、中盤にパスをし、右サイドにいるイチロウまでボールが回った。
よし、チャンスだ。
フォワードのザッキーが手をあげている。イチロウがセンタリングをあげる。ボールは弧を描いてザッキーの方に飛んでいく。
シュートだ!
と誰もが思った。
しかしザッキーの蹴った足はボールを空振り、てんてんとボールは地面を転がっていく。
「何やってるのぉ……」
イチロウは呆れた。
同じ陽キャなので、対等に話せるらしい。ザッキーという人間は、ただ金持ちなだけで運動神経も顔も悪い。
それに比べて、ミヤギとイチロウはイケメンの部類に入り、汗をかいて走る姿は女子の瞳をハートにさせていた。
そんな中、試合は拮抗したボールの奪い合いが続く。
一点が遠い。体育の試合にハーフタイムはない。このまま終わってしまうのだろうか。
いや、シュートまでいっているBクラスの方に勝利の神様が微笑みそうだ。
しかしキーパーのタケツルが、なんとシュートを止めてくれた。意外と運動神経あるんだな。
「いくよー! アオくーん!」
ボールが僕のところに来た。
素早くミヤギにパスをして、僕は駆け上がる。
ミヤギはそれに気づいていたが、中盤にパスをしようとする。
だが、それはフェイントだった。Bクラスの守備は僕をノーマークだ。
ミヤギは左サイドを走り込む僕にスルーパスを出す。
僕は敵の守備陣を抜き去って、ゴール前を見た。ザッキーとイチロウが手をあげている。だが僕にボールを蹴り上げる技術はない。ゴロでもいいからパスを届けよう。
僕はイチロウを目標にして、「おりゃ!」とボールを蹴った。
スピードがあり、相手の守備に取られることなくイチロウの足元に繋がった。
「ナイスだぁ、転校生ーっ!」
イチロウは華麗なトラップで守備をかわして、シュートまで持っていく。
見事、ゴール枠をとらえたボールが飛んでいった。だが、キーパーが弾いてコーナーキックになる。
おしい! と女子たちから歓声があがる。それに続けて、
「ミヤギくーん!」
「イチロウくーん!」
と、わいわい女子の声が盛り上がっていく。
時間がない。このプレイで授業は終わる。つまり試合終了だろう。
一点が欲しい。
僕は心眼スキルを使った。
Bクラスのセンタバックを行動予測してみる。背の高い彼は、ヘディングでボールを弾いて、カウンターしようとしている。ボールを落とそうとしている位置は、このあたりか。
僕はあらかじめ、そこに移動しておいた。
予想通りボールが飛んできたら、シュートしてやろう。
そしてイチロウがボールを蹴った。そのターゲットはザッキー、ではなく。ミヤギだった。
しかしセンターバックはそれを読んでいる。ヘディングでボールをとらえ、見事にクリアした。
てんてん、とボールが地面を転がる。
敵の中盤選手が、
「カウンターいくぞ!」
と気合を入れて、足元にくるボールを蹴ろうとした。だが、そうはさせない!
心眼スキルによって、ゆったりと世界がスロウになる。誰よりも先にボールに反応していた僕は、
「いっけー!」
と右足を振り抜いた。
芯をとらえたボールはまっすぐに飛でいく。その軌道はゴールの右枠に吸い込まれるように見事、ネットを揺らした。
「すっげぇーっ!」
「転校生、ナイシュー!」
ミヤギとイチロウが僕に駆け寄ってくる。
「まぐれだよ、あはは」
僕は笑って誤魔化しておく。
ちらっと女子たちを見ると、わいわいと歓喜している。その中でエリナは静かに微笑んでいた。
「アオくん、サッカーやってたの?」
「うん、中高と部活に入ってたよ」
なーんだ、とミヤギとイチロウが納得していた。
自然とタケツルも話の輪に入っていたが、そこにいじめという文字は、まったく浮かんでこなかった。
スポーツを通して仲間としての絆が芽生えたような、そんな気がした。
僕はタケツルにハイタッチした。
「ナイスキーパー!」
「ありがとう」
それを見ていたミヤギとイチロウは、
「タケツル、朝は悪かったな」
「鞄、大丈夫?」
と、ぺこりと頭を下げた。
タケツルは良いやつだ。手を挙げてハイタッチをうながす。
「わいもすまんかった。いきなりサッカー部をやめて……でも、遊びのサッカーはいいもんだな」
ああ、とミヤギとイチロウはタケツルの手を叩いた。
どうやらこの三人は、もともとは友達だったらしい。
僕が間に入ったことで、悪くなっていた関係が修復していけばいいな。
しかし、なんだろう。この殺気は?
ドス黒い視線を感じて振り向くと、ザッキーが僕らのことを睨んでいるのだった。
ざわつく教室の喧騒。
授業が始まる前、生徒たちの談笑という花が咲き乱れていた。
「……」
そんな花の中、青い蕾のままのエリナは本を読んでいる。
嘘みたいな話だが、エリナと僕は同じクラスだった。
そんな偶然あるわけない。ラノベじゃん! とみんな思うだろうけど、ごめん。これは偶然ではない。
学校に多額の寄付をしている月野さんが、僕とエリナを同じクラスにするよう校長に依頼したのだ。エリナのコミュ障が治るように考えたのだろう。だが、この状況は難しい。
というのも、学校には身分制度があった。バラモン教よりも恐ろしい、クソみたいな人種差別だ。
それは陽キャと呼ばれるファッション性の高い男子、あるいは金持ち、または容姿が綺麗な女子たちがトップに君臨し、そこにザッキーとその仲間の男子二人。あと二人のギャルグループも入っている。
中間層には部活をする体育会系グループがいて、最下層には陰キャとよばれる有象無象がいるという構図だ。
ちなみに僕は転校生枠にいて、どの身分でもない。
いや違うな。今朝、タケツルを助けたので陽キャたちから鋭い視線を感じる。
僕も最下層の陰キャとして、いじめのターゲットにされたらしい。
その一方でエリナは、ギャルグループに話しかけられていた。だが彼女はずっと本を読んでいる。完全に無視と言ったところか。
「エリナ~、今日、学校帰りカラオケいかん?」
「……」
エリナはページをめくって、美しい銀髪を耳にかける。青い瞳は本に落としたまま、微笑みすらない。彼女は常にクールだ。
「行くって~」
「じゃあ私もいく」
「今日こそエリナに歌ってもらおうよ」
「うんうん」
強引だな。
エリナが了承したとは思えないが、もしかしてエリナもいじめられているんじゃないか?
心配でしょうがない。
どうも落ち着かないでいると、隣の席に座るタケツルが顔を近づけてきた。
「ねえ、アオくん」
「ん?」
「ちょっと、わいのスマホを見てよ」
スマホの画面を見せてきた。
っていうか、自分のことをわいって呼ぶのか。すげぇオタクだな。授業が始まる前にスマホをしまえよ、と思いつつも覗いてしまう。
そこには銀髪に碧眼を宿した、アニメキャラの配信動画が映っている。今流行りのブイチューバーというやつだろう。
『みなさん、いつもありがとです』
リスナーと楽しそうに会話をしているが……ん? 気のせいかな。容姿とか声が何となく誰かに似ているような?
「この子はルナちゃん! わいの推し!」
「ふぅん」
「キャラデザがエリナさんっぽいと思わん?」
「たしかに」
「ど可愛いよね~」
ど、とはこの地域の方言で、すごいという意味。
僕は恥ずかしいのであまり口には出さないが、たまに出てしまう。それが方言というものだ。
と、そのとき。ガラガラと教室の扉が開き、大人の男性が入ってきた。担任教師の登場だ。
みんな一斉に静かになり、席につく。
まるで軍隊のような起立、礼、着席。僕らは子どものころから疑いもなく、このような教育システムにいる。
地震の被災者になった僕は、この環境を一度ドロップアウトしていたので、客観的に見えてしまう。
退屈だ。
高卒の資格を取り、進学するか就職するか選択するステップアップの施設なのに、なんで先生は偉いんだろう。
先生は淡々とホームルームを済ませ、授業に入る。
生徒たちは授業に集中しているようだが、実はそうでもない。
教室の中を、数枚の紙が生徒たちの手を通して回っている。
そして僕のところまで回ってきた。
その紙には、QRコードがプリントされていた。
なんだろう?
と、思い先生にバレないようにスマホで読み込む。
するとサイトに飛んで、現れた画像に目も当てられないほど驚愕した。
タケツルの顔を合成したホモの画像だったのだ。モザイクが入っているが、悪質極まりない。
陽キャたちが、くすくすと笑う。
こういうのは日常茶飯のようだ。その笑いが起爆剤となって、教室じゅうに小さな笑いが渦を巻く。
「静かにしなさい」
と先生が叱る。
しーんとなったところで、その紙が先生の足元に落ちた。
先生はそれを拾いあげると、くしゃっと丸めてゴミ箱に捨てた。
この大人は鈍感なのか。あるいは、知らないふりをしているのだろうか。
どちらにしてもいじめを放置している事実に変わりはない。
やがて授業が終わった。
僕はさらにサイトを閲覧していく。最低だ。合成画像はタケツルだけではない。先生の顔を使った、身体を縄で緊縛された合成画像もある。
「ひでぇ……」
こういうのはAIによって簡単に作られてしまう。つまり作り手側が悪用すれば、精神的なダメージを与える、恐ろしい凶器になるのだ。
ザッキーという悪魔のような作り手が、この教室にいる。しかも、誰もそれを注意しない。この閉鎖された空間には、正義のヒーローは存在しない。みんな見て見ぬふりをしている。
怖くなって、サイトを閉じた。
ここに闇がある。そう思った。教室にいることが、急に怖くなってきた。
ふとエリナを見つめる。
彼女は高校一年から、こんなところにいたのか。
田舎の高校とは大違いだ。すごく平和だった。生徒数が少なく、みんな幼馴染みたいな存在だから、いじめなんてなかった。
それに比べて都会の学校は恐ろしい。そう思った。
「だが、まて……」
僕はダンジョンに潜っている。
そうだ。僕には魔法もスキルも使えるのだ。いじめなんて僕がぶっ飛ばしてやる!
よし、心眼スキルを使おう。
このスキルは、敵の動きがゆっくりになり、弱点や行動を予測することができる。
いじめの原因を作っている主犯格、つまりザッキーをスキルを使って見てみる。
身体的な弱点となる首や関節が光って見える。
行動予測はどうだ?
ザッキーはスマホを持って歩き出した。そして腕を伸ばす。角度的にどうだ。僕の顔を撮影すると予測できた。
「……ぐがが」
僕は机に突っ伏した。寝たふりだ。
ちっ、とザッキーが舌打ちしている姿を、ちらっと確認できた。
そして教室に先生が入って来て、授業が始まる。確実に僕はいじめの標的にされていることがわかった。
◉
「学食があるのは嬉しいな」
お昼休み、僕は一人で学食に来ていた。
エリナを誘おうと思ったが、ギャルグループが近くにいて、とても話しかける勇気がない。
そうだ! ふと思いつき、ギャルたちの行動を心眼スキルで予測してみる。
どうやら彼女たちは、エリナをアクセサリだと思っているらしい。
黙って食事をしているエリナと近くにいることで、自分たちの品質が上がると勘違いしている。まあ、とりあえず害はないから、このまま様子を見よう。
「それにしても、肉野菜炒めが美味しい」
もぐもぐと食べて、僕は教室に戻った。
席につくと、隣ではタケツルが一人でパンを食べていた。
片手にはスマホを持って、例のブイチューバーの動画を見ている。顔がニヤけている。本当に好きなのだな。
午後からの授業は眠い。
だが体育だったから、授業中さぼって寝ることはできなかった。女子はテニス。男子はサッカーである。
Aクラスの男子の人数は十三人だ。
Bクラスと合同でやるらしく、僕はザッキーたちとチームを組むことになった。
ぽっちゃりしてるタケツルは、その見た目だけでゴールキーパーに任命されていた。
「アオく~ん、がんばろ~!」
ガッツポーズをするタケツル。
するとザッキーが僕を睨んだ。
「被災者ぁ、足手まといになるなよ!」
なにこいつ!? ぶん殴ってやりたい。
だが、そんなことをしたら暴力事件を起こして退学になるだろう。ぐっと我慢しとく。
「転校生、足が速かったねぇ」
「左サイドバックやれよ。チャンスがあったら攻めてこい」
そう言ってくるのは、ザッキーの仲間。イチロウとミヤギだ。
彼らはサッカー部らしく、クラスから全幅の信頼を得ていた。
「ボールを取ったらミヤギくんとイチロウくんにパスしよう」
級長がそう言って、作戦を立てている。
対するBクラスの方はどうだ。
こちらを見て、ニヤッと笑っている。敵の敵は味方とはよく言ったもので、イチロウとミヤギは絶対に勝ちたいらしく、僕に友好的であった。
「転校生、いくぞ」
「Bには負けねぇ」
ピー! 体育教師が笛を吹いて試合が始めった。
Bクラスにもサッカー部がいるようだ。華麗なパスワークで、まったくボールが取れない。あっという間にシュートまで持っていかれた。
危ない。
ボールはゴールの枠をそれて飛んでいく。
キーパーのタケツルがゴールキックを蹴る。
ボールは大きく弧を描き、ザッキーの足に収まった。ガタイが大きいので、敵からボールを取られない。
「わははは! 行くぞおらぁぁ!」
強引なドリブルだ。
一人抜いた。みんなから声援があがる。その盛り上りは女子たちだ。テニスそっちのけで、こちらを観戦しに来ている。エリナが僕のことを見ていた。
だが、その時。
ザッキーが二人抜こうとドリブルを仕掛けたが、ボールを取られてしまった。
ミヤギが手をあげてパスを要求していたが、ザッキーはそれを無視していた。
イチロウは、うんざりと言った顔だ。
ああん、と女子たちも嫌な顔をしている。
くそがっ! とザッキーは悔しがるが、だったら守備をしろよ。
Bクラスのサッカーは洗練されていて、守備陣の間をつくスルーパスを放たれた。
そこに走り込んでいたのは、フォワードの選手だ。
こいつにボールがいくと危険だ。
僕は疾風の指輪の効果で走り、タックルしてボールを外に出した。
相手のコーナーキックだ。ピンチだったが、うまいことタケツルがボールを取ってくれた。
今度のゴールキックは大きく蹴らず、僕にボールをくれた。
サイドから攻めていくため、同じ左サイトにいるミヤギにパスを出した。
さすがサッカー部だけある。ボールをうまくキープしてから、中盤にパスをし、右サイドにいるイチロウまでボールが回った。
よし、チャンスだ。
フォワードのザッキーが手をあげている。イチロウがセンタリングをあげる。ボールは弧を描いてザッキーの方に飛んでいく。
シュートだ!
と誰もが思った。
しかしザッキーの蹴った足はボールを空振り、てんてんとボールは地面を転がっていく。
「何やってるのぉ……」
イチロウは呆れた。
同じ陽キャなので、対等に話せるらしい。ザッキーという人間は、ただ金持ちなだけで運動神経も顔も悪い。
それに比べて、ミヤギとイチロウはイケメンの部類に入り、汗をかいて走る姿は女子の瞳をハートにさせていた。
そんな中、試合は拮抗したボールの奪い合いが続く。
一点が遠い。体育の試合にハーフタイムはない。このまま終わってしまうのだろうか。
いや、シュートまでいっているBクラスの方に勝利の神様が微笑みそうだ。
しかしキーパーのタケツルが、なんとシュートを止めてくれた。意外と運動神経あるんだな。
「いくよー! アオくーん!」
ボールが僕のところに来た。
素早くミヤギにパスをして、僕は駆け上がる。
ミヤギはそれに気づいていたが、中盤にパスをしようとする。
だが、それはフェイントだった。Bクラスの守備は僕をノーマークだ。
ミヤギは左サイドを走り込む僕にスルーパスを出す。
僕は敵の守備陣を抜き去って、ゴール前を見た。ザッキーとイチロウが手をあげている。だが僕にボールを蹴り上げる技術はない。ゴロでもいいからパスを届けよう。
僕はイチロウを目標にして、「おりゃ!」とボールを蹴った。
スピードがあり、相手の守備に取られることなくイチロウの足元に繋がった。
「ナイスだぁ、転校生ーっ!」
イチロウは華麗なトラップで守備をかわして、シュートまで持っていく。
見事、ゴール枠をとらえたボールが飛んでいった。だが、キーパーが弾いてコーナーキックになる。
おしい! と女子たちから歓声があがる。それに続けて、
「ミヤギくーん!」
「イチロウくーん!」
と、わいわい女子の声が盛り上がっていく。
時間がない。このプレイで授業は終わる。つまり試合終了だろう。
一点が欲しい。
僕は心眼スキルを使った。
Bクラスのセンタバックを行動予測してみる。背の高い彼は、ヘディングでボールを弾いて、カウンターしようとしている。ボールを落とそうとしている位置は、このあたりか。
僕はあらかじめ、そこに移動しておいた。
予想通りボールが飛んできたら、シュートしてやろう。
そしてイチロウがボールを蹴った。そのターゲットはザッキー、ではなく。ミヤギだった。
しかしセンターバックはそれを読んでいる。ヘディングでボールをとらえ、見事にクリアした。
てんてん、とボールが地面を転がる。
敵の中盤選手が、
「カウンターいくぞ!」
と気合を入れて、足元にくるボールを蹴ろうとした。だが、そうはさせない!
心眼スキルによって、ゆったりと世界がスロウになる。誰よりも先にボールに反応していた僕は、
「いっけー!」
と右足を振り抜いた。
芯をとらえたボールはまっすぐに飛でいく。その軌道はゴールの右枠に吸い込まれるように見事、ネットを揺らした。
「すっげぇーっ!」
「転校生、ナイシュー!」
ミヤギとイチロウが僕に駆け寄ってくる。
「まぐれだよ、あはは」
僕は笑って誤魔化しておく。
ちらっと女子たちを見ると、わいわいと歓喜している。その中でエリナは静かに微笑んでいた。
「アオくん、サッカーやってたの?」
「うん、中高と部活に入ってたよ」
なーんだ、とミヤギとイチロウが納得していた。
自然とタケツルも話の輪に入っていたが、そこにいじめという文字は、まったく浮かんでこなかった。
スポーツを通して仲間としての絆が芽生えたような、そんな気がした。
僕はタケツルにハイタッチした。
「ナイスキーパー!」
「ありがとう」
それを見ていたミヤギとイチロウは、
「タケツル、朝は悪かったな」
「鞄、大丈夫?」
と、ぺこりと頭を下げた。
タケツルは良いやつだ。手を挙げてハイタッチをうながす。
「わいもすまんかった。いきなりサッカー部をやめて……でも、遊びのサッカーはいいもんだな」
ああ、とミヤギとイチロウはタケツルの手を叩いた。
どうやらこの三人は、もともとは友達だったらしい。
僕が間に入ったことで、悪くなっていた関係が修復していけばいいな。
しかし、なんだろう。この殺気は?
ドス黒い視線を感じて振り向くと、ザッキーが僕らのことを睨んでいるのだった。
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しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。
――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
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