デジタルゴーストに花束を

ぬこまる

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「ふぅ、間に合った」
 
 ざわつく教室の喧騒。
 授業が始まる前、生徒たちの談笑という花が咲き乱れていた。

「……」

 そんな花の中、青い蕾のままのエリナは本を読んでいる。
 嘘みたいな話だが、エリナと僕は同じクラスだった。
 そんな偶然あるわけない。ラノベじゃん! とみんな思うだろうけど、ごめん。これは偶然ではない。
 学校に多額の寄付をしている月野さんが、僕とエリナを同じクラスにするよう校長に依頼したのだ。エリナのコミュ障が治るように考えたのだろう。だが、この状況は難しい。
 というのも、学校には身分制度があった。バラモン教よりも恐ろしい、クソみたいな人種差別だ。
 それは陽キャと呼ばれるファッション性の高い男子、あるいは金持ち、または容姿が綺麗な女子たちがトップに君臨し、そこにザッキーとその仲間の男子二人。あと二人のギャルグループも入っている。
 中間層には部活をする体育会系グループがいて、最下層には陰キャとよばれる有象無象がいるという構図だ。
 ちなみに僕は転校生枠にいて、どの身分でもない。
 いや違うな。今朝、タケツルを助けたので陽キャたちから鋭い視線を感じる。
 僕も最下層の陰キャとして、いじめのターゲットにされたらしい。
 その一方でエリナは、ギャルグループに話しかけられていた。だが彼女はずっと本を読んでいる。完全に無視と言ったところか。

「エリナ~、今日、学校帰りカラオケいかん?」
「……」

 エリナはページをめくって、美しい銀髪を耳にかける。青い瞳は本に落としたまま、微笑みすらない。彼女は常にクールだ。

「行くって~」
「じゃあ私もいく」
「今日こそエリナに歌ってもらおうよ」
「うんうん」

 強引だな。
 エリナが了承したとは思えないが、もしかしてエリナもいじめられているんじゃないか?
 心配でしょうがない。
 どうも落ち着かないでいると、隣の席に座るタケツルが顔を近づけてきた。

「ねえ、アオくん」
「ん?」
「ちょっと、わいのスマホを見てよ」

 スマホの画面を見せてきた。
 っていうか、自分のことをわいって呼ぶのか。すげぇオタクだな。授業が始まる前にスマホをしまえよ、と思いつつも覗いてしまう。
 そこには銀髪に碧眼を宿した、アニメキャラの配信動画が映っている。今流行りのブイチューバーというやつだろう。

『みなさん、いつもありがとです』

 リスナーと楽しそうに会話をしているが……ん? 気のせいかな。容姿とか声が何となく誰かに似ているような? 

「この子はルナちゃん! わいの推し!」
「ふぅん」
「キャラデザがエリナさんっぽいと思わん?」
「たしかに」
「ど可愛いよね~」

 ど、とはこの地域の方言で、すごいという意味。
 僕は恥ずかしいのであまり口には出さないが、たまに出てしまう。それが方言というものだ。
 と、そのとき。ガラガラと教室の扉が開き、大人の男性が入ってきた。担任教師の登場だ。
 みんな一斉に静かになり、席につく。
 まるで軍隊のような起立、礼、着席。僕らは子どものころから疑いもなく、このような教育システムにいる。
 地震の被災者になった僕は、この環境を一度ドロップアウトしていたので、客観的に見えてしまう。
 退屈だ。
 高卒の資格を取り、進学するか就職するか選択するステップアップの施設なのに、なんで先生は偉いんだろう。
 先生は淡々とホームルームを済ませ、授業に入る。
 生徒たちは授業に集中しているようだが、実はそうでもない。
 教室の中を、数枚の紙が生徒たちの手を通して回っている。
 そして僕のところまで回ってきた。
 その紙には、QRコードがプリントされていた。
 なんだろう?
 と、思い先生にバレないようにスマホで読み込む。
 するとサイトに飛んで、現れた画像に目も当てられないほど驚愕した。
 タケツルの顔を合成したホモの画像だったのだ。モザイクが入っているが、悪質極まりない。
 陽キャたちが、くすくすと笑う。
 こういうのは日常茶飯のようだ。その笑いが起爆剤となって、教室じゅうに小さな笑いが渦を巻く。
 
「静かにしなさい」

 と先生が叱る。
 しーんとなったところで、その紙が先生の足元に落ちた。
 先生はそれを拾いあげると、くしゃっと丸めてゴミ箱に捨てた。
 この大人は鈍感なのか。あるいは、知らないふりをしているのだろうか。
 どちらにしてもいじめを放置している事実に変わりはない。
 やがて授業が終わった。
 僕はさらにサイトを閲覧していく。最低だ。合成画像はタケツルだけではない。先生の顔を使った、身体を縄で緊縛された合成画像もある。
 
「ひでぇ……」

 こういうのはAIによって簡単に作られてしまう。つまり作り手側が悪用すれば、精神的なダメージを与える、恐ろしい凶器になるのだ。
 ザッキーという悪魔のような作り手が、この教室にいる。しかも、誰もそれを注意しない。この閉鎖された空間には、正義のヒーローは存在しない。みんな見て見ぬふりをしている。
 怖くなって、サイトを閉じた。
 ここに闇がある。そう思った。教室にいることが、急に怖くなってきた。
 ふとエリナを見つめる。
 彼女は高校一年から、こんなところにいたのか。
 田舎の高校とは大違いだ。すごく平和だった。生徒数が少なく、みんな幼馴染みたいな存在だから、いじめなんてなかった。
 それに比べて都会の学校は恐ろしい。そう思った。

「だが、まて……」

 僕はダンジョンに潜っている。
 そうだ。僕には魔法もスキルも使えるのだ。いじめなんて僕がぶっ飛ばしてやる!
 よし、心眼スキルを使おう。
 このスキルは、敵の動きがゆっくりになり、弱点や行動を予測することができる。
 いじめの原因を作っている主犯格、つまりザッキーをスキルを使って見てみる。
 身体的な弱点となる首や関節が光って見える。
 行動予測はどうだ?
 ザッキーはスマホを持って歩き出した。そして腕を伸ばす。角度的にどうだ。僕の顔を撮影すると予測できた。

「……ぐがが」

 僕は机に突っ伏した。寝たふりだ。
 ちっ、とザッキーが舌打ちしている姿を、ちらっと確認できた。
 そして教室に先生が入って来て、授業が始まる。確実に僕はいじめの標的にされていることがわかった。

 
 ◉

 
「学食があるのは嬉しいな」

 お昼休み、僕は一人で学食に来ていた。
 エリナを誘おうと思ったが、ギャルグループが近くにいて、とても話しかける勇気がない。
 そうだ! ふと思いつき、ギャルたちの行動を心眼スキルで予測してみる。
 どうやら彼女たちは、エリナをアクセサリだと思っているらしい。
 黙って食事をしているエリナと近くにいることで、自分たちの品質が上がると勘違いしている。まあ、とりあえず害はないから、このまま様子を見よう。

「それにしても、肉野菜炒めが美味しい」

 もぐもぐと食べて、僕は教室に戻った。
 席につくと、隣ではタケツルが一人でパンを食べていた。
 片手にはスマホを持って、例のブイチューバーの動画を見ている。顔がニヤけている。本当に好きなのだな。
 午後からの授業は眠い。
 だが体育だったから、授業中さぼって寝ることはできなかった。女子はテニス。男子はサッカーである。
 Aクラスの男子の人数は十三人だ。
 Bクラスと合同でやるらしく、僕はザッキーたちとチームを組むことになった。
 ぽっちゃりしてるタケツルは、その見た目だけでゴールキーパーに任命されていた。

「アオく~ん、がんばろ~!」

 ガッツポーズをするタケツル。
 するとザッキーが僕を睨んだ。

「被災者ぁ、足手まといになるなよ!」

 なにこいつ!? ぶん殴ってやりたい。
 だが、そんなことをしたら暴力事件を起こして退学になるだろう。ぐっと我慢しとく。
 
「転校生、足が速かったねぇ」
「左サイドバックやれよ。チャンスがあったら攻めてこい」

 そう言ってくるのは、ザッキーの仲間。イチロウとミヤギだ。
 彼らはサッカー部らしく、クラスから全幅の信頼を得ていた。

「ボールを取ったらミヤギくんとイチロウくんにパスしよう」

 級長がそう言って、作戦を立てている。
 対するBクラスの方はどうだ。
 こちらを見て、ニヤッと笑っている。敵の敵は味方とはよく言ったもので、イチロウとミヤギは絶対に勝ちたいらしく、僕に友好的であった。

「転校生、いくぞ」
「Bには負けねぇ」

 ピー! 体育教師が笛を吹いて試合が始めった。
 Bクラスにもサッカー部がいるようだ。華麗なパスワークで、まったくボールが取れない。あっという間にシュートまで持っていかれた。
 危ない。
 ボールはゴールの枠をそれて飛んでいく。
 キーパーのタケツルがゴールキックを蹴る。
 ボールは大きく弧を描き、ザッキーの足に収まった。ガタイが大きいので、敵からボールを取られない。
 
「わははは! 行くぞおらぁぁ!」

 強引なドリブルだ。
 一人抜いた。みんなから声援があがる。その盛り上りは女子たちだ。テニスそっちのけで、こちらを観戦しに来ている。エリナが僕のことを見ていた。
 だが、その時。
 ザッキーが二人抜こうとドリブルを仕掛けたが、ボールを取られてしまった。
 ミヤギが手をあげてパスを要求していたが、ザッキーはそれを無視していた。
 イチロウは、うんざりと言った顔だ。
 ああん、と女子たちも嫌な顔をしている。
 くそがっ! とザッキーは悔しがるが、だったら守備をしろよ。
 Bクラスのサッカーは洗練されていて、守備陣の間をつくスルーパスを放たれた。
 そこに走り込んでいたのは、フォワードの選手だ。
 こいつにボールがいくと危険だ。
 僕は疾風の指輪の効果で走り、タックルしてボールを外に出した。
 相手のコーナーキックだ。ピンチだったが、うまいことタケツルがボールを取ってくれた。
 今度のゴールキックは大きく蹴らず、僕にボールをくれた。
 サイドから攻めていくため、同じ左サイトにいるミヤギにパスを出した。
 さすがサッカー部だけある。ボールをうまくキープしてから、中盤にパスをし、右サイドにいるイチロウまでボールが回った。
 よし、チャンスだ。
 フォワードのザッキーが手をあげている。イチロウがセンタリングをあげる。ボールは弧を描いてザッキーの方に飛んでいく。
 シュートだ!
 と誰もが思った。
 しかしザッキーの蹴った足はボールを空振り、てんてんとボールは地面を転がっていく。
 
「何やってるのぉ……」

 イチロウは呆れた。
 同じ陽キャなので、対等に話せるらしい。ザッキーという人間は、ただ金持ちなだけで運動神経も顔も悪い。
 それに比べて、ミヤギとイチロウはイケメンの部類に入り、汗をかいて走る姿は女子の瞳をハートにさせていた。
 そんな中、試合は拮抗したボールの奪い合いが続く。
 一点が遠い。体育の試合にハーフタイムはない。このまま終わってしまうのだろうか。
 いや、シュートまでいっているBクラスの方に勝利の神様が微笑みそうだ。
 しかしキーパーのタケツルが、なんとシュートを止めてくれた。意外と運動神経あるんだな。
 
「いくよー! アオくーん!」

 ボールが僕のところに来た。
 素早くミヤギにパスをして、僕は駆け上がる。
 ミヤギはそれに気づいていたが、中盤にパスをしようとする。
 だが、それはフェイントだった。Bクラスの守備は僕をノーマークだ。
 ミヤギは左サイドを走り込む僕にスルーパスを出す。
 僕は敵の守備陣を抜き去って、ゴール前を見た。ザッキーとイチロウが手をあげている。だが僕にボールを蹴り上げる技術はない。ゴロでもいいからパスを届けよう。
 僕はイチロウを目標にして、「おりゃ!」とボールを蹴った。
 スピードがあり、相手の守備に取られることなくイチロウの足元に繋がった。

「ナイスだぁ、転校生ーっ!」

 イチロウは華麗なトラップで守備をかわして、シュートまで持っていく。
 見事、ゴール枠をとらえたボールが飛んでいった。だが、キーパーが弾いてコーナーキックになる。
 おしい! と女子たちから歓声があがる。それに続けて、
 
「ミヤギくーん!」
「イチロウくーん!」

 と、わいわい女子の声が盛り上がっていく。
 時間がない。このプレイで授業は終わる。つまり試合終了だろう。
 一点が欲しい。
 僕は心眼スキルを使った。
 Bクラスのセンタバックを行動予測してみる。背の高い彼は、ヘディングでボールを弾いて、カウンターしようとしている。ボールを落とそうとしている位置は、このあたりか。
 僕はあらかじめ、そこに移動しておいた。
 予想通りボールが飛んできたら、シュートしてやろう。
 そしてイチロウがボールを蹴った。そのターゲットはザッキー、ではなく。ミヤギだった。
 しかしセンターバックはそれを読んでいる。ヘディングでボールをとらえ、見事にクリアした。
 てんてん、とボールが地面を転がる。
 敵の中盤選手が、

「カウンターいくぞ!」

 と気合を入れて、足元にくるボールを蹴ろうとした。だが、そうはさせない!
 心眼スキルによって、ゆったりと世界がスロウになる。誰よりも先にボールに反応していた僕は、

「いっけー!」

 と右足を振り抜いた。
 芯をとらえたボールはまっすぐに飛でいく。その軌道はゴールの右枠に吸い込まれるように見事、ネットを揺らした。

「すっげぇーっ!」
「転校生、ナイシュー!」

 ミヤギとイチロウが僕に駆け寄ってくる。
 
「まぐれだよ、あはは」

 僕は笑って誤魔化しておく。
 ちらっと女子たちを見ると、わいわいと歓喜している。その中でエリナは静かに微笑んでいた。

「アオくん、サッカーやってたの?」
「うん、中高と部活に入ってたよ」

 なーんだ、とミヤギとイチロウが納得していた。
 自然とタケツルも話の輪に入っていたが、そこにいじめという文字は、まったく浮かんでこなかった。
 スポーツを通して仲間としての絆が芽生えたような、そんな気がした。
 僕はタケツルにハイタッチした。

「ナイスキーパー!」
「ありがとう」
 
 それを見ていたミヤギとイチロウは、

「タケツル、朝は悪かったな」
「鞄、大丈夫?」

 と、ぺこりと頭を下げた。
 タケツルは良いやつだ。手を挙げてハイタッチをうながす。

「わいもすまんかった。いきなりサッカー部をやめて……でも、遊びのサッカーはいいもんだな」

 ああ、とミヤギとイチロウはタケツルの手を叩いた。
 どうやらこの三人は、もともとは友達だったらしい。
 僕が間に入ったことで、悪くなっていた関係が修復していけばいいな。
 しかし、なんだろう。この殺気は?
 ドス黒い視線を感じて振り向くと、ザッキーが僕らのことを睨んでいるのだった。
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