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 ダンジョンの空気は冷たく、きらきらと青い鉱石が輝いている。
 ぽちょんと垂れる雫が足元に落ちて、ここは洞窟の中なのだとを思わせた。顔を上げれば果てしない高さのある天井から、ぼんやりと光りが漏れている。
 遠くには闇の中を浮かぶように、荒廃した城が見えた。
 先を進む案内猫のヘルメスが、「にゃ!」とこちらを振り向く。

「ダンジョンは空洞エリアと城エリアに分かれているにゃ。まず君たちは空洞エリアを冒険してレベルをあげるにゃ」

 ふぅん、とサラは持っている木の杖を見つめた。
 ゲームをやったことないだろう。ここは僕がリードしてやんないと。

「サラちゃん、僕はゲームが得意なんだ。戦闘になったら隠れてなよ」
「戦闘って?」
「魔物と戦うんだよ」
「魔物ってなに? うち、ゲーム初心者だに?」
「うーん、魔物は……」

 僕が説明しようとすると、前方を歩いていたヘルメスが足を止めた。

「ゴブリンにゃ!」

 そこには一匹の小柄な魔物がいた。
 牙の生えた顔は醜く、深緑の身体は痩せこけ、手には棍棒を持っている。

「サラちゃん、あれが魔物だよ」
「キモっ……うちらがあれを倒すん?」
「そうだよ。ちょっとここで待ってて」
「え? アオくん?」

 心配そうな顔をするサラ。
 僕は彼女から離れて、ゆっくりとゴブリンに近づいた。
 ここは洞窟の中、身を隠せる岩場がゴロゴロとある。僕はちょうどいい岩に隠れ、矢をつけた弓を引いた。
 意識を集中する。
 すると、急に世界がスローモーションになった。ゴブリンの動きが鈍くなり、頭の部分が光り輝く。な、なんだこれ?

「アオくん! それが心眼スキルにゃ!」
「え? ヘルメス?」
「君たちの脳内に直接、話しかけてるにゃ」
「びっくりした~」
「心眼スキルは数秒間だけ敵の動きがゆっくりになって、弱点や行動を予測するとこができるにゃ!」
「おお! ちょっと攻撃してみる」

 がんばれアオくん、とサラも応援してくれた。
 僕は精一杯に弓を引いて、撃つ。
 
 シュッ!

 見事、矢はゴブリンの頭に命中した。

「グギャッ!!」

 ゴブリンは倒れ、光の粒子となって消えていく。
 
「すっごーい!」
「初勝利おめでとにゃ!」
 
 サラとヘルメスは拍手している。
 えへへ、狩人は遠距離攻撃できるから楽だったわ。
 すると経験値が入った。
 戦利品として、2ポイント。あと、棍棒を手に入れた。
 
「あはは、これが僕の実力さ」
「アオくん、ポイントを見るにゃ」
「うん、2ポイントあるね」
「ポイントがあれば、ダンジョンのどこかにあるアイテムショップで買い物ができるにゃ」
「ほほう、じゃあ、ガンガン魔物を倒していこう」
「それと、ダンジョンには宝箱があるにゃ。アイテムショップにはないレアアイテムもあるから、取りこぼしに注意するにゃ」

 わかった、と僕は答えた。
 一方、サラは何かを発見したようだ。追いかけてみるとどうやら行き止まりで、袋小路になっている。しかし宝箱があった。

「アオくん、開けてみりん」
「うん」

 パカッと開くと、エーテルを手に入れた。
 これは魔力を回復させるアイテムらしい。
 ん? 何やら足音が響く。
 ゴブリンだ。三匹いて、こちらに近づいてくる。しまった。逃げ道がない。

「サラちゃん、戦おう!」
「うん、でもどうやるだん?」
「魔法を使ってみてよ! ファイヤーボールって言えばいいから」

 わかった、とサラは答えると、手を伸ばした。身体から魔力が放出されていく。

「ファイヤーボール!」

 サラが習得している火魔法だ。
 火の玉がゴブリンに飛んでいき、ボワッと燃え上がる。見事、一発で倒した。

「きゃあーっ! うちってすごいじゃん!」
「すご……でも、まだ二匹いる」

 ゴブリンの一匹が、「グギャ!」と僕に向かって棍棒を振りかざす。

「痛い!」
 
 いや、ゲームだから痛くない。
 8のダメージを受ける。僕の体力は削られた。0になったらゲームオーバーだろう。 
 サラも棍棒で攻撃を受けた。5のダメージだ。

「女子を殴るとか最低じゃん……」

 サラはキレた。
 怒りは魔力を増幅させるらしい。特大の火の玉がゴブリンを燃やし尽くす。火の粉が舞い散って、まるで花火のように美しい。
 残りのゴブリンは、僕が弓で倒した。

「危なかったにゃ~」

 ヘルメスが、ふっと現れた。
 戦闘の間、ヘルメスの存在は薄くなるようだ。ある意味、無敵と言ってもいい。
 
「ねえ、ヘルメスは戦闘に参加してくれないの?」
「ぼくはアシスタントにゃ。攻略のヒントしかあげにゃい」

 あっそ、と僕は目を細めた。
 一方、サラは回復魔法をするため、「ヒール」と唱えた。
 しかし、魔力が足りない。
 特大のファイヤーボールで魔力をぜんぶ使っていたようだ。ステータスを見れば、魔力0。
 
「ごめん……アオくん」
「大丈夫だよ。エーテルを使おう」

 僕は宝箱から入手した新しいアイテム・エーテルをサラに使ってあげる。
 サラの魔力が全回復した。
 
「ありがとう! ほいじゃあ、ヒールするでね」
「待ってサラちゃん」
「ん?」
「体力はまだ充分ある。ギリギリになったら使おう」
「それもそっか、アオくん頭いいね」
「あはは」

 いや、ゲームの常識だし。
 サラとの冒険は大変そうだな。でも、こういう素朴な感じがいい。弱い魔物からコツコツ倒して、レベルあげて、だんだん強い敵に挑んでいくワクワク感。ああ、楽しい! サラにも会えたし、僕はずっとこのままでもいいや……。

 ぐ~

 ほぇ? 僕のお腹が鳴った。
 サラとヘルメスは僕を見つめ、

「アオくん、お腹すいただかん?」
「にゃにゃ!? そろそろログアウトして食事してくるにゃ!」

 嫌だ。
 僕はこのまま冒険したい。サラとずっとこのままがいい。ヘルメスは怒っているようだけど。

「食事しなくてもいいよ」
「よくないにゃ! 強制ログアウトするにゃ!」

 ヘルメスは前足を上げる。
 しかし何も起きなかった。

「にゃにゃ!? おかしいにゃ……時空が歪んだせいかにゃ?」
「どした?」
「アオくん、ダンジョンから出るには、自分でログアウトするしかないにゃ」
「そっか……」
「ずっとこのままだと本体が餓死しちゃうにゃ!」
「うーん……」

 僕が困っていると、サラが微笑んだ。
 
「アオくん、いったん帰りん」
「サラちゃん……」
「うちはここにいるから大丈夫だに」
「でも……」
「アオくんの本体が死んだら、このゲームもできんくなるら?」

 その通りにゃ、とヘルメスもうなずく。
 自殺志願者として情けない結果だが、サラと遊ぶためならしゃーない。

「わかったよ。でもログアウトってどうやるの?」
「ステータスオープンしてから、ログアウトを選ぶにゃ」
「うん、あ、でもこれセーブとかしなくてもいい?」
「オートセーブだから大丈夫にゃ」

 そっか、と僕はログアウトの選択画面に手を伸ばすが、ピタリと静止した。

「ねえ、ヘルメス、また戻ってこれるかな?」
「ダンジョンには必ず入り口があるにゃ。本体に戻ったら探してみるにゃ」

 わかった、と僕は答える。
 サラは、「バイバイ」と手を振っていた。
 このまま戻ろうとしたが、無理だ。やっぱり我慢できない。
 僕は駆け出して、ぎゅっとサラを抱きしめた。

「あんっ、ちょっとアオくん!?」
「ねえ、僕の告白を覚えてる?」
「うん、てっきり嫌われたと思っとったから、びっくりしたじゃん」
「嫌いじゃない、その反対で君のことを好きになりすぎてたんだ!」
「アオくん……ほいじゃあ、次の冒険はあの時の続きをしよまい」
「え? 続き?」

 ドキッとした。
 僕の顔は赤くなる。サラはそんな僕の顔に近づき、ふーっと耳に息を吹きかけた。くすぐったい感触が、ぞくぞくとさせて、ああ、気持ちがいい。

「キスのつ、づ、き♡」

 そっとサラは僕の耳にささやいた。
 な、なにこのラノベ!? こんな展開、誰が予想した? 死にかけた僕はダンジョンの中で、君の亡霊に恋をするなんて……。

「はいはい、お時間ですにゃ~」

 ヘルメスが僕とサラの間に入ってくる。
 おい、邪魔だ。この猫のせいで、ああ、ここはゲームなのだと再認識させられた。

「わかったよ、また戻ってくるわ」

 しぶしぶ僕はログアウトを押した。
 サラとヘルメスは、笑顔で手を振っている。そして、僕の意識は飛んだ。
 
「……うう」

 眩しい。
 視界が急に明るくなり、目覚めると温かい感触が身体じゅうに伝わってくる。僕は立ち上がり、状況を確認した。
 ぐっしょり服が濡れている。身体に異常はない。だが、目の前にある物体を見て、「はっ!」と驚愕した。
 
「なんだこれ!?」

 大きな岩がある。
 それは無骨だが鳥居の形に見えなくもない。中央の空間は鏡のように光を屈折していた。まるで異世界へ繋がっているように、ぐにゃりと向こう側の景色を歪めている。
 おそるおそる手を入れてみると、ずぶぶと吸い込まれていく。
 
「ひぇっ!」
 
 びっくりして手を戻した。
 どうやらここがダンジョンらしい。ヘルメスの言葉を思い出す。
  
『2、ダンジョンが時空を飛んだにゃ』

 これが正解だ。
 なぜかわからないが、未来のダンジョンがここにある。
 周りを散策してみると、ごつごつと岩肌が剥き出しになっていて、べったりと海藻がついている。
 地震の影響だ。
 地震によって地面が隆起し、海だった場所が砂浜になっている。まるで最果ての地のようだ。ここには海と砂と岩しかない。生臭い硫黄の匂いが鼻につく。
 
「……今、何時だ?」

 太陽は西に傾きつつある。
 時刻は二時三時ごろだろう。ポケットを探るがスマホがない。リュックサックにしまったままだ、と思い出す。

 クァー! クァー!

 海鳥の鳴き声が響く。
 生ゆるい波の音、それに眩しすぎる太陽が身体を照らす。
 
「……さて、帰るか」

 いや、本当は帰りたくない。
 帰る場所なんてないけど、今の住民票は都市部にある月野宅だ。ああ、足が重い。

「はぁ……」

 とぼとぼ歩く。
 海岸から急な斜面を上り、広い道路に出る。そこにはクロスバイクが置いてあった。僕の相棒だ。
 リュックサックからスマホを取り出し、時間と、誰からも連絡がないことを確認する。

「十四時半か」

 早朝六時、月野宅を出発して一時間でここに到着した。
 つまり七時間ほどダンジョンにいたことになる。どうやら、冒険している間の現実とのタイムラグはないらしい。
 
「ダンジョンで遊ぶなら土日だな」

 よし、とりあえず生きよう。
 サラと会うために! 
 僕はそう決心して、自転車をこぐのだった。
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