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番外編 モノトーン館の幽閉
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しおりを挟む「ねぇ、レオ」
「なんですか?」
「リリーはなぜポールを好きになったのでしょう?」
「うーん」
「一目惚れ?」
「うーん」
「告られた?」
「うーん」
「……」
車のなかに沈黙が流れる。
信号待ち、ハンドルを握るレオの瞳の色が、カチカチと赤く点滅していますね。
さて私たちは、次の目的地であるプートマン伯爵が所有する物件。
──モノトーン館
そちらに向けて車を走らせているのですが、窓の外には大英博物館が見えます。
お父様がよく言っていました。
『歴史家にとっては宝の山だ……』
ふぅ、事件がなければ家に帰ってきたお父様も誘ってみんなで見学したかったな……。
なんて思う一方で、いまだに答えを悩んでいるレオ。
私は息を吹きかけるように言います。
「ごめんなさい、レオに恋愛のことを聞いた私がバカでした」
「……す、すいません」
「いえ、では質問を変えます」
「なんですか?」
「もしもリリーが大変な目にあっていたら、私は復讐の鬼になると思います。そのときレオは私を止めますか?」
「大変な目?」
「たとえば殺されていた……とか」
「す、すごい想像力ですね……」
「どうですか?」
「うーん、復讐は止めますね」
「なぜ?」
「だって復讐したいのはポールでしょう。だからマイラさんを止めます」
わかりました、と言って、私は納得しつつ、頭のなかで推理を展開します。
リリーが誘拐されたことは明白。でも誰が何のために?
いま、もっとも怪しい人物はプートマン伯爵。
彼はリリーから婚約破棄されたので、復縁したいという動機がある。
しかしながら、それほどリリーに魅力があり、男を猟奇的にさせるでしょうか?
いや、違う……。
リリーが原因ではない。
もともとプートマンは、頭のイカれたサイコパスだった可能性が高い。
なぜならリリーを誘拐した手口。あれはプロの犯罪集団で間違いありません。
となってくるとリリーは、まさか……。
──プートマンに食べられる獲物!?
「レオ! 急いでください!」
「ど、どうしました?」
「プートマンは恐ろしい人物かもしれません」
わかりました! と答えるレオは、アクセルペダルを踏み込む。
みるみる加速して、街中を疾走する黒光りする高級車。
どの車より速く、美しい曲線を描き、目的の場所に到着。
レオは駐車すると助手席のドアを開けてくれる。
急いではいますが、私へのエスコートは絶対に忘れません。好き。
そして目の前に現れたのは、世にも珍しい白と黒の建物……。
「ここがモノトーン館ですね」
「あの、マイラ。モノトーンってなんですか?」
「この建物みたいに、白と黒の無彩色だけで構成されているデザインのことですよ」
「ふぅん、なんだか昔の母さんみたいだ」
「え?」
「無表情な顔をしている」
「なるほど……」
「でも、いまでは笑ったり泣いてるできるようになった……マイラのおかげだ」
「そ、そんなことないと思いますけど……」
ありがとう、と言って感謝するレオは、モノトーン館の敷地へと入っていく。
黒くて重厚なアイアン製の門扉は押せば開き、玄関までゆるやかなアプローチが伸びている。
そして目を楽しませるのは、水が舞う噴水、シンメトリーに設置された神々の石像、緑豊かな庭の植栽は綺麗にカットされており、この館はとてもお金がかかっていると予想できますね。
おまけに名前がモノトーン館だけあって、それは見事に……。
「黒の玄関に真っ白な壁……かっこいいですね」
「凛々しいヴガッティ城もいいけど、こういうクラシックモダンな雰囲気もいいね」
「ええ、いったい誰がモノトーン館を建築したのでしょう。とても気になります」
「またですか? マイラって事件があったらまず建物を調査しますよね?」
はい、と私は満面の笑みで答えます。
「事件が起きた建物の設計図は、山登りで言うと地図のようなもの」
「山登り?」
「解決への道を最速で登ることができますから」
「なるほど、じゃあ建築家を探しに行きますか?」
「いいえ、まずはリリーがここにいるか探ってみましょう」
「わかった。でも、なぜここだと思ったのマイラ?」
「明白ですね。プートマンの物件の多くは工場や事務所ばかりで、そちらには従業員が働いている。あとは自宅の宮殿ですが、そっちよりセカンドハウスであるこのモノトーン館のほうが、誘拐したリリーを監禁しやすい。そう考えられます」
おお、とうなるレオは、また拍手をする。
嬉しいですが、まだ喜ぶには早すぎます。
「本当にマイラは論理的だね。かっこいい……」
「ほら、そんなこと言ってないでプートマンを呼び出してください」
はい、と答えるレオは、玄関の扉に手を伸ばしノッカーを叩く。
カンカン! と乾いた音が響くと、ギィィ……。
なんと扉が自動的に開いていく。なぜ?
家のなかにいるプートマンが、ニヤリと笑いながら、ゼンマイ仕掛けを回したのでしょう。
『くくく、来たか探偵よ……』
なんて言っている姿が、安易に想像できますね。
ふんっと私は鼻で笑いながら、堂々と館のなかへ入っていく。
「マイラ、ここやばいね……」
「ええ、扉が玄関しかない。どうやって先に進むのでしょう……」
ここは名前のとおりモノトーンの世界で、白と黒しかありません。
床、壁、天井にいたるまで、すべて白と黒の四角いタイルでできています。
それはまるでピアノ鍵盤やチェス版、またはタイプライターのように見えてきて、ぐるぐると頭が回ってしまう。
するとそのとき。
長方形の窓がゆっくりと開いていく。
その窓の高さは10フィートほど(約3m)。
まるで監視されているみたいに、ひとりのハンサムな男が現れる。
その身長は6フィート(180㎝)以上、レオくらい大きい。
ツイストにパーマがかかった銀髪は、目にかぶるほど長く、冷たい印象に加えて、さらに暗い影をつくっている。
──純粋悪
という言葉が顔にはりつく彼は、静かな口調で、
「どちら様ですか?」
と言うと、ニヒルに笑う。その瞬間!
ガチャ……!?
背後にある扉の鍵がかけられた音が響く。
私は、あわてて扉を開けますが、やはりびくとも動かない。
──閉じこめられた!?
でも、ここで怯んだら敵の思う壺。一歩前に出た私は、負けじと見上げて話しかける。
「私はマイラ。隣にいるのは夫のレオです」
「マイラにレオ……ほう、噂のヴガッティ家の方々じゃあないですか、これはどうも」
「あなたがプートマン伯爵ですか?」
「いかにも……で、何かようかな?」
「実は友達がこの館にいると思われるので、訪問しました」
「友達……もしかして彼女のことかな?」
とぼけたことをぬかすプートマンが、さらに窓を開けていくと……。
なんと椅子に座るピンク色の髪をした女性がいるではないですか!
「リリー!」
私が思わず叫ぶと、
「くくく……」
と男は笑いながらリリーの肩に触れますが、彼女は何の反応もありません。まるで人形のように動かず、朦朧と前だけ見つめている。あのバカ貴族、リリーに何かした!?
プートマンは、安っぽい笑みを浮かべて言います。
「なぁんだ、リリーのお友達でしたか……ようこそ、モノトーン館へ!」
「!?」
「だが申し訳ない。あいにくリリーはあなたたちと話したくないようだ……帰ってくれたまえ」
「ちょ、待ちなさい! あなた誘拐したでしょ?」
「誘拐? なんのことですか?」
「男たちを雇ってリリーを誘拐したでしょ?」
そんなことしてません、と言って首を振るプートマン。
くそぉ、ぶん殴ってやりたい衝動に駆られまくりです!
私は、小声でレオに耳打ち。
「レオ、肩をかしてジャンプするから……」
「オッケー……」
余裕たっぷりのプートマンは、よしよしとリリーの頭を、まるで人形のようになでながら口を開く。
「リリーは望んでここにいる。父親だって結婚を認めてくれた。もう彼女は我のものだ」
「な、なに言ってんだ! リリー違うよなー! ポールと結婚するんだよなー!」
必死になってレオが反論します。
しかし、リリーの目は焦点があっていない。絶対に何か薬を盛られているでしょう。
そして彼女の口が、ゆっくりと開かれていく。
「ポ、ポール、ポールは、知らない……好きなのはプートマン様……プートマン様だいしゅき……ちゅき……」
!?
私とレオに衝撃が走る。
今のリリーの言葉は、とてもじゃありませんが、ポールには聞かせられません。
よかった、仕事をやらせておいて。ここにいたら修羅場でしたね。
でもまあ、私が修羅場を起こすことに変わりはありませんが……。
「はーはははは! ほらみろ、リリーがそう言っている」
「嘘です! リリーに薬を盛りましたね?」
そう私が言うと、プートマンは肩をすくめてとぼけます。
「はて? さっきから誘拐とか薬を盛るとか、なにを証拠に言っているのやら……名誉毀損で訴えましょうか」
「強気ですね……警察に言いますよ?」
「どうぞ。まぁ生きてここから出られたの話ですがね……」
「え?」
「死人に口なし……わーはははは!」
レオ! と私は叫んで走ります。
同時にレオも走って壁に立ち、中腰で構える。
「マイラ! いけー!」
ガッ!
レオの肩に右足で踏み込み、左足で壁を蹴って二段ジャンプで窓に迫る。
しかし、予想されていたのでしょう。ピシャリと窓は閉められ、私はやむなく床に着地。
「くそっ!」
つい汚い言葉を吐いてしまいます。
それほどまでに悔しい。プートマン伯爵、こいつ悪魔のようですね。
「わーははは! ヴガッティ家は名門だが、総督が死んでからは権力はガタ落ち。軍隊もカジノも国が管理しているって言うじゃあないか……おまけにそこにいる女の尻に敷かれているのが後継者なんて……無様なり。まるで執事のようだな」
「あなた、絶対に捕まえてやる!」
「おいおい、自分の状況を考えて言えよな、探偵さん」
わーははは! とバカみたいな笑い声を残して、プートマンとリリーは消えていく。
すると、パッと部屋の電気は消えて、混沌した闇の世界に閉じ込めれる。
「マイラ!」
「ここです、レオ!」
私は、とっさに鞄のなかから探偵道具を出します。
スイッチを押して、懐中電灯をつける。周辺が明るくなり、かろうじてレオの姿が見えますが……。
バンッ!
突然、乾いた拳銃の音が鳴り響く。
わっ! 足元の床が砕けているではないですか!
「マイラ、窓!」
私はとっさに懐中電灯を窓に向けると、そこにはひとりの男が拳銃を構えている。
あれは、暗殺を専門にしている殺し屋ですね。
しかし、闇から一気に照らされ眩しかったようで、
「ううっ」
と立ちくらみしていますね。
「レオ! こっちです」
私は、レオの手を引いて、部屋の角にへばりつきます。
もちろん、懐中電灯の灯りは殺し屋の目を狙ったまま。
この状態なら私たちを狙って撃つことは不可能ですからね。
ですが、どうやってこの部屋から脱出しましょう?
扉の鍵は閉められているし、窓の向こうには拳銃を持った男。
「マイラ、絶体絶命だね……」
「レオ、諦めてはいけません。脱出経路がなければ作ればいい」
「え?」
「壁を蹴って壊します!」
おお! とレオが答えた瞬間。
おや? なにやら甘い香りがただよう。
その香りは、ラッキーなことにすぐ近くの壁から来ており、顔を近づけると、わずかに隙間があります。どうやら、この壁の向こうからの香りのようです。
ということは、この壁は薄い。よし、蹴り破るポイントが決まりましたね。
「レオ! ここを蹴りますよ」
「はい」
「せーの!」
「オラぁぁぁ!」
ドガッ!
レオと私のダブルキックが壁を粉砕。
ブロックが粉々に砕け、見事に穴が抜けています。
バンバンバン!
殺し屋が焼けくそになって銃を撃ってきますが、私たちはもうとっくに壁の向こうで安全圏内。
おや? ふと下を見ると、お香が焚かれており煙が出ています。
どうやら私は、この香りを嗅いで脱出できたようですね。
でも、誰がこのお香を焚いたのでしょうか?
スッと脳裏によぎるのは、紫髪の美少女のような彼。
──エバーグリーン
「うふふ、まさかね……」
「し、死ぬかと思った……」
「ごめんレオ」
「どうしたマイラ? 改まって」
「モノトーン館の設計図を入手するほうが先でしたね。まさかこれほど危険とは思いませんでした」
「あ……いいですよ、マイラといっしょに死ねるなら俺は幸せだ!」
「レオ……」
「マイラ……」
なんて見つめあう私たち。
ですが、ん? 廊下の奥から、なんとも言えないうめき声が響く。
あぁぁああぁぁぁ……
ひぇ! と怖がる私は、ぎゅっとレオに抱きついて言います。
「モノトーン館……やばっ!」
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