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番外編 モノトーン館の幽閉

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 ──本土エングランド ロンデン

 青い海からくすんだ色をしたテムズ川へと、ぽぽぽっと煙を吐いて、ぷかぷかと船が港に吸い寄せられていく。
 お出迎えするのは、とっても大きなタワーブリッジ、川の流れとともに歴史の流れも感じさせます。
 ああ、アフタヌーンティーでも飲みたい気分。
 さて、私とレオは船から降りて、車が出てくるのを待ちます。

「懐かしいね……マイラとこうやって車を待つのは」

 目を細め、感傷的にひたるレオ。
 潮風に揺れる髪をかきあげた私は、優しく微笑みます。

「あなたと初めて会った日ですよね」
「ああ、また二人で旅ができるなんて夢みたいだ!」
「旅、ですか……あ、そうだ!」
「どうした?」
「このまま新婚旅行をする! なんてどうですか?」
「いいアイデアだね、マイラ!」
「ええ……と言っても、消えたリリーを見つけるほうが優先ですが……」

 ですね、とレオは低い声で言います。
 ああ、リリー。どこにいるのでしょう?
 ピンク色の髪をしたツインテールがよく似合う女の子。
 いつも元気に、慣れないメイドの仕事をがんばっていたリリー。
 彼女の身に、いったい何が?

「マイラ、車がきたよ。さあ、いこう!」
 
 ガチャ、とドアを開けてくれるレオ。
 私は、小さくお辞儀をすると車に乗り込みます。
 ああ、やっぱりレオからエスコートされるのは、楽しい。
 もう彼とは結婚していますが、こうやって紳士的に振る舞われると、いつだって恋人気分を味わえますから、不思議な人ですよね。
 
「本当に運転がうまいですね……レオ」
「ありがとう! でも、今日の俺は夫ではなくて、マイラの相棒みたいだね」

 か、かっこいい!
 ウィンクするレオは、颯爽と車を運転して、急いでポールの店へと向かいます。
 ごめんねリリー、ポール。
 ドライブを楽しんでいる場合では、ありませんよね。
 ハンドルをさばくレオは、「たしか……」と言って口を開きます 

「トラファルガー広場を通って……この辺りらしいけど」
「レオ! あの店では? ポール・ハリーという看板があります」
「おお、おしゃれな店だね」
「ええ、とっても」

 車から降りたレオと私は、さっそく紳士服のお店に向かいます。
 ショーウィンドウに飾られたスーツ、それにピカピカな靴やステッキは、とてもかっこよくて、あふれる雰囲気は、まさにジェントルマン。
 レオと私は、顔を見合わせてから、扉を開けて店に入ります。

「ウェルカム!」

 ん? 可愛らしい声が響きます。
 やや下を向くと、なんと少年が私たちを歓迎している。
 年齢は、五歳くらいでしょうか。笑った顔が可愛くて、どことなく……懐かしい顔と重なっていく。

「お! レオにマイラ! 結婚式ぶりだな」

 ニカっと笑うハリー。
 少年は、すぐに大きな足にすり寄っていきます。
 それにしても、元軍人だけあってハリーのスーツ姿は、胸筋がパンパンですね。もう、張り裂けそうで笑っちゃう。

「ハリー! この少年はもしかして?」

 レオの質問に、「ガハハ」と笑いながらハリーは答えます。

「ああ、俺の息子だ。ほれ、挨拶しろ」
「はい! ぼくの名前はロベルトです。よろしくお願いします!」

 ロベルト? とレオは聞き返します。
 するとハリーは照れ臭そうに言います。

「まぁ、色々あったが、軍人としてはロベルト大佐のことをみんな慕ってたからな……」
「……たしかに、マイラと結婚できたのも、彼らの死があったからこそ」
「レオ、そのことを忘れたらいかんぞ」


 はい、と快活に答えるレオ。
 人の死を乗り越えて幸せに生きるとは、なかなか深い考えですね。私もハリーが言うことに納得です。
 一方ハリーの息子さんは、店の掃除に励んでます。本当によくできた子ですね。将来有望だ、うんうん。

「さて……」

 私は、奥の部屋を見つめて、ハリーに質問します。

「ポールはあちらですか?」

 こくりとうなずくハリーは、重そうに口を開きます。

「リリーがいなくなって気が動転しているだろうが、ポールはスーツを仕上げている」
「どこまで話を聞いてますか? ハリー」
「リリーが実家に行ってから行方不明なんだろ? 本当は探しにいきたいと思うが、客のオーダーを完成することがポールの今の仕事だからな……」
「そうですか……では、少しだけ話をしてきます」

 私は、コンコンと扉をノックして、

「ポール! 私です、マイラです!」

 と呼びかけます。
 カタカタと鳴り響いていた、ミシンの音が止まり、しばらくすると扉が開きます。
 顔を出したのは、頬がやつれたポール。まるで病人のよう。
 
「やぁ、マイラさん。来てくれてありがとう……」
「ポール、休んだほうがいいのでは?」
「いいや、オーダーを仕上げたいんだ」
「……お言葉ですが、なぜそこまで?」
「オーダーの客も結婚式をひかえているんだ。新婦の父親だってさ……明日までに完成させないと」

 そうだったのですか、と言った私は、ポールの手を握る。
 びっくりしたポールは、私の目を見つめます。

「マイラさん?」
「ポール! 必ずリリーを見つけて帰りますから、仕事がんばってください!」
「あ、ありがとう。マイラさんに頼ってばかりで、申し訳ない……」
「大丈夫! 私たちは友達じゃあないですか」
「友達……」

 ええ、とうなずく私は、ポールの流した涙を見つめながら訊きます。

「リリーの家の住所を教えてください」
「……わかりました」

 ポールは、机に向かい、白い紙にサラサラとペンを走らせる。
 それを渡すとき、彼の顔は、いつになく真剣で、本当にリリーのことを心配しているのだと感じとれます。

「よろしくお願いします」

 はい、と答えた私は、踵を返すとに向かって言います。

「レオ、いきましょう! 調査開始です!」
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