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ヴガッティ城の殺人
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しおりを挟む貴族の紋章が装飾されたアンティークチェア。
その古き良きに椅子に座るケビンは、警察や私たちに囲まれているのに、まったく動じる様子はなく、不適な笑みを浮かべています。
「マイラ……何を言っている? ヴィルが犯人で事件は解決した、と警察から聞いたが?」
ケビンの愚問に私は、首を振ります。
さあ、事件をひっくり返してあげましょう!
「私はヴガッティ城に来たときから“殺人事件が起きる”と予感していました。なぜならあなたたち家族は、後継者の争いと遺産相続の争いが混じり合って溶け合い、人間の欲望にまみれていたからです」
「あ?」
「それと同時に、なぜ私はヴガッティ城に呼ばれたのか? そのことをずっと考えていました」
「おいマイラ、おまえは俺の婚約者だろ? 探偵ごっこなんてやめろ!」
「やめません! 私がここに来た理由は、まさにそこにあるから」
「どういうことだ?」
「父の手紙は偽造でした。つまり私は黒幕の策略によって、本当は婚約者としてではなく探偵としてここに呼ばれたのです。それは警察の誤認逮捕を正すため……もっと早く気づくべきでしたが、レベッカ夫人が殺害されてから気づきました。まったくもって不覚です……」
「はあ? じゃあ、俺と婚約しないのか? 俺は総督になったからエングランドで一番の大金持ちなんだぞ?」
私は、真剣な眼差しでケビンを見つめて話します。
「あなたとは婚約しません」
「な、なぜだ?」
「他に好きな人がいるから……」
そう私は断言してから、鞄から手紙を取り出します。
「偽造されたこの手紙は“タイプライター”で書かれたものでした。そして不思議なことに、殺害現場で発見した手紙もまた“タイプライター”で書かれていました。この共通点は偶然ではなくて必然です。黒幕が、あなたを捕まえるよう、私に手紙を宛てたのです」
私は、手紙を鞄にしまってから、ビシッとケビンを指さします。
「ヴィルを殺したのはあなたですね!」
!?
レオ、ムバッペ、リリー、エヴァ、ハリー、ポール、みんなの視線がケビンに集中。
彼は、いきなり立ち上がると、大きく目を見開いて首を振る。
「俺じゃない! 俺はずっと部屋のなかにいたアリバイがある! 警察だってそれを認めている!」
「警察は知らないのですよ」
「あ?」
「秘密の隠し通路を……」
私は、右手の人差し指を、スッと頭にあてて、
「今から、私の推理をお話ししましょう」
と宣言します。
腕に巻かれた包帯が痛々しかったのでしょう。レオは、心配そうな顔でこちらを向く。
大丈夫ですよ。
ちょっと痛いけど、私はがんばって語り始めます。
「ケビン、あなたは殺人というギャンブルにかけた」
「あ?」
「それは、ヴガッティ家の遺産を独り占めすることです!」
「!?」
「あなたは遺産分割協議が始まる前に、ヴィルにお金を払って、4つ、仕事を頼んでおいた。
1、シュガーポットを空にし、毒入りの角砂糖を一粒だけ入れること。
2、総督の部屋にある椅子に、毒入りクッションを置くこと。
3、レベッカ婦人の部屋を見張る警察官を、睡眠ガスで眠らせること。
4、崖の上で待ち合わせすること。
そしてあなたは、この部屋の隠し通路から城を脱出。
マキシマスの設計図によると、そこの本棚をどかすと螺旋階段があり、
地下にはトロッコレールが浜辺までひかれています。
そうです、そこはちょうど崖の下!
つまり、ヴィルが落下して死亡した場所です!
!?
みんなは、私の推理に衝撃を受けつつも、黙って聞いています。
ケビンは図星だったようで、わなわなと身体を震わせている。
犯行がバレてしまって、悔しがっているのでしょう。
しかし私の推理は、まだ続きます。
「部屋にいるという“完璧なアリバイ”を手に入れたあなたは、地下にある部屋で、ハーランド族の衣装に着替えて変装します。
そう、このためにハーランド族の村から衣装がふたつ盗まれていたのです。
そして崖の上で待つヴィルの背後から、睡眠ガスをまいて眠らせ、もうひとつのハーランド族の衣装を着せて……。
ドン!
崖から落とした。
人間の身体で、一番重いところを知ってますよね?
そう、頭です。頭蓋骨には脳が詰まっている。
空中に放り出されたヴィルは、頭が下になって落ちます。
当然、頭を強く打ったヴィルは即死。
ああ、哀れなヴィル。
おそらく彼の家で監禁していた少女はケビンが買った奴隷でしょう。
これで犯人の完成です。
そうなんです。
死亡した順番は、総督、ロベルト、ヴィル、レベッカ。
つまり、あなたはヴィルを殺したあとに、レベッカを殺しに向かった。
ハーランド族になりきって、港町で睡眠ガスをまいて大暴れ!
あとは寝静まった人々のなかから、城から抜け出して買い物していたレベッカを探し、吹き矢で毒殺。
実の母親を殺す気分はどうですか?
私は、最低で最悪だと思いますが、あなたにとってはギャンブルなのでしょうね。
母親の寝顔を発見したときは、嬉しかったですか?」
ケビンは、拳をつくって私をにらむ。
しかし、まだまだ私の推理は終わりません。
「警察官に追われたのはわざとですね?
なぜならヴィルの死体を犯人と思わせたいから……。
あなたは、警察を崖まで誘い、落下したヴィルを発見させた。
ヴィルの手には毒矢を持たせ、レベッカ殺しの犯人だと偽造。
そしてあなたは、秘密の通路を使って城に戻ってきた。
あとは、自分の部屋でくつろぐだけ、
それだけでよかった。
事件はヴィルが犯人として解決。
めでたしめでたし。
ヴガッティの遺産はすべて自分のもの。
と、なる予定でした。
しかし、あり得ないことが起きた。
婚約者の私マイラはなんと、探偵だったのです!
あなた、完全犯罪できると思いましたか?
残念、あと一歩でしたね……ざまぁ」
私が、決めのセリフを言うと、突然!
くくくっ、と笑いだすケビン。
え? 何がおかしいの?
「くくくっ……そういうことかぁ……」
ケビンは、ガッと腕を伸ばし、レオを指さして言います。
「レオ、おまえだったのか!」
「……えっ?」
「マイラよく聞けよ! レオはな、俺に完全犯罪の方法を記した手紙を送ってきたんだ!」
「レオが? まさか……」
「考えてみろよ、俺がこんな天才的なトリックを創造できると思うか? あ、もしかしたら母親のアイデアがあったのかもな? レオの母親は戦闘民族ハーランドだから」
「……うそ」
「マイラ、おまえに手紙を出した黒幕はなぁ、レオなんだよ!」
「そ、そんな……」
はっとした私は、レオを見つめます。
彼は、なんのことかわからない顔をして、私の顔を見つめてくる。
──レオが黒幕?
いや、そんなはずはない。
黒幕は、マキシマスの弟子でしょ?
ヴガッティ城を眺めている少年の絵画を思い出す。だけど……。
あれ? 私の推理が間違っている?
本当はレオが、遺産を独り占めするために私を呼んだ黒幕なの?
──嘘、でしょ?
ふとレオとの思い出が蘇る……。
車のドアを開けてくれるレオ。
猫と飼い主の再会に涙するレオ。
私のことを守ってくれたレオ。
レオ、レオ、レオ!
あんなに優しくて、女性の好意に無自覚で、私の好きな気持ちにだって、ぜんぜん気づかない鈍感なレオが、黒幕なわけがない!
ブンブン、と私は首を横に振って否定します。
一方ケビンは、悔しそうにレオを指さす。その視線は、まるでナイフのように鋭い。
「レオはな、もうとっくにオヤジの息子だと気づいていたんだ。で、ヴガッティ家の遺産を継げる日がくると予想し、俺に手紙を出したんだ……完全犯罪とか抜かしやがって、くそぉぉ! 騙しやがったなっ、レオ!」
レオは、真剣な眼差しで反論。
「手紙なんて知らない!」
「嘘をつけ! 探偵のマイラに手紙を出して連れてきたのもおまえだ!」
「ちがう! 俺は総督に頼まれてマイラさんを連れてきたんだ」
「そんなことは信じられん! マイラは探偵だった。しかも難解な事件を解き明かす名探偵……くそぉ、警察だけなら完全犯罪だったのに!」
くそっ! くそっ! とケビンは、つくった拳で虚空を殴ります。
むなしく風を切る感覚に気づいた彼は、ふとジャケットに手を入れる。
取り出したのは、鈍色に光る拳銃。回転式のリボルバーピストル!
「レオ……おまえだけ遺産を独り占めするなんて許せん!」
「ケビン、やめろ! 銃を捨てろ!」
「うるさい! 俺を捕まえて最終的には相続欠格にさせる気だろう……だがなレオ、俺に殺されたら意味ないよなぁ」
「おい、やめ……」
「戦士として最強なレオも、銃弾はかわせないだろ?」
「ぐっ……」
とっさに防御にかまえるレオ。
しねー! と叫びながらケビンはレオに向かって引き金を弾く!
──レオ!
パンッ!
乾いた音が響いて、私の胸に衝撃が走る。
「マイラさん!」
そう叫んだレオは、倒れる私を抱きしめます。
あ、あれ?
どうやら私は、考えるより先に体が動き、レオを守っていたようですね。
「マイラ、おまえの好きな人って……」
そう言って、呆然と立ちすくむケビンの手から拳銃が落ちる。
それが合図だったように、彼はすぐ警察に取り押さえられ、あっけなく逮捕されます。
「ケビン! マイラ殺害の現行犯で逮捕する! ヴガッティ家とヴィルの殺害も起訴するからな、覚悟しておけ!」
ムバッペは、そう告げるとひざまずくケビンの腕に、ガチャリと手錠をかけます。
「くそっ、くそぉぉ!」
ケビンは、あえぎながら拳で床を殴り続けますが、ムバッペに、
「立て!」
と言われ、泣く泣く連行されていく。
ムバッペは、私のことが心配な様子で、何度も、何度もこちらを振り返りながら、部屋を出ていきますね。
一方で、リリーが、
「マイラさん、死んじゃった? とりあえず、お医者さんを連れてこなきゃ……」
と言うと、ポールが、
「医者のおじいさんならまだ城にいるよ。いこうリリー!」
と言って、ふたりして仲良く部屋を出ていく。
ハリーは、心配そうに私を見つめながら、
「令嬢探偵……死んでしまったけど、す、すげぇぇ」
と褒め称え、隣にいるエヴァは、プラカードに何か書き込んでいる。
『Sleep peacefully……』“安らかに眠りたまえ……”
ああ、そうか、そうですよね。
胸を銃で撃たれたのですから私は、死ぬ……。
──でもよかった、レオが助かって……。
でも、ああ、私は死ぬのか……レオと結婚したかったな……。
なんて思うけど不思議ですね。
ぜんぜん痛くない。
え? もしかして、もう死んでるのかな、私って?
「マイラさん! マイラさん!」
でも、レオの声はよく聞こえるし、私を強く抱きしめる感触が、熱く、熱く、伝わってきて……ああん、気持ちいい。
ここって天国?
でも待って……私、本当に銃で撃たれたのかな……あれ?
「マイラさん! なんで俺なんかを守って死ぬなんて!」
「……」
「マイラさぁぁん! なぜだぁぁ!」
「……本当に」
「マイラさん!?」
「本当にあなたは無自覚ですね、レオ」
マイラさん! と叫んで、さらに私を強く抱きしめるレオ。
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しかし嬉し涙のようですね。顔が笑っていますから、うふふ、私もつられて笑顔になる。
「レオ、ちょっと手伝ってください」
「なんですか、マイラさん?」
「本棚を動かして欲しいのです」
「あ! 例のマキシマスの設計図ですか?」
「はい、隠し通路があるはずです……」
立ち上がった私は、歩いて、そっと本棚に触れて言います。
「さぁ、黒幕を見つけにいきましょう」
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