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ヴガッティ城の殺人
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しおりを挟む「第二の犠牲者か……」
私のささやく言葉を、
ピクッ!
と人間離れした聴力で聞き取ったクロエは、バーン! と扉を開け放ち、まるで雷のように走り出します。
すごい、彼女は私くらい地獄耳かも……。
しかし当然、三人の警察官がクロエを捕まえようと手を伸ばしますが、おお、まさに神技!
反対に投げ飛ばされてノックダウン。
「きゃあっ!」
と叫んで抱き合う、メイドのリリーとエヴァ。
「う、嘘だろ!? 本土で最強の警察官なのにっ!」
ムバッペは、そう言ってびっくり。
クロエはまさか、自分を黙って妊娠させた総督のことを、大切な存在だと思っているのでしょうか?
私ならそんな男が死んだらきっと、ざまぁ、って思いますけど。
しかしながら、戦闘民族ハーランドの末裔である彼女は、人殺しの教育をたっぷり受けて育てられた、氷のような無表情人間。おそらく一般の私たちとは、頭の構造や、その感性が違うのかもしれませんね。
「お母さん!」
そう叫んだレオも走り出します。
するとみんな総督の生死が気になり、居ても立ってもいられません。
「オヤジ!」とケビン。
「あなたぁぁ!」とレベッカ。
二人も走り出します。
ムバッペは、イラついた顔をして、
「ちっ! 連続殺人か……やってくれるね、犯人のやつ……」
と言うと、ドタドタと走ってケビンとレベッカを追いかけますが、その加速度は絶望的なほど。
「遅っ!」
一方、動かないで固まったままの近衛兵たち。
「おい、総督が死んだらシャレにならん……」とハリー。
「ロベルト大佐もいないですからね……軍はどうなるのでしょうか?」
とポールが心配すると、ヴィルが、わははと笑い、
「ケビン様が指揮するんだろう」
と言います。すると、ハリーもポールも嫌な顔。
「マジか……俺、あんなやつの命令で戦場に行きたくない」とハリー。
「激しく同意です」とポール。
「そうか? 俺、ケビン様の仕事を手伝ったことがあるんだけど、給料がよかったぜ」
たしかに金払いは良さそうだ、とハリーが言うと、ヴィルは、わははとまた笑う。
「ケビン様は戦争よりも娯楽のほうが好きだから、ロベルト大佐のときよりも演習時間は減るだろうし、俺は大歓迎だ! そのぶんだけ大好きな筋トレできるかなっ」
「……あっそ」
とポール。呆れた顔をしたハリーは言います。
「どっちらにしても俺たちは雇われ、これから誰が主人になるか様子を見ようぜ」
こくり、とうなずくポールとヴィル。
私は、彼らの話を聞き終えてから、走り、エントランスから伸びるアーチ型の階段を駆け上がります。総督の部屋は、一番奥ですね。人だかりができています。
「離れていてください……」
そう言うのは、戦闘態勢に入っているクロエ。
彼女は扉の前に立ち、集中力を高めています。
たしか、総督の部屋は鍵がかかっていると警官が言っていましたね。だからクロエは、扉を蹴り破るつもりでしょう。
「はぁぁぁぁ! やぁっ!」
バギッ!
頑丈そうなアールデコ調の扉が、あっけなくこなごなに粉砕。
美しく足を蹴りあげるクロエ。ひらひらとメイドスカートが揺れて黒い下着が、チラッと見えているのは、言うまでもありません。
「に、人間の技じゃない……」とムバッペ。
「お母さんの本気、久しぶりに見た…」とレオ。
「たくさんの兵隊を殺したっていうオヤジの話は、嘘じゃあなかったな……」
とケビンが言うと、クロエは、ススッと部屋に入っていきます。相変わらず踵はあげたまま。
するとレベッカは、青白い顔で駆け出し、
「あなたぁぁ!」
と叫んで総督のもとに急ぎます。
なかを見れば、扉をぶち破ってもそこは廊下となっていて、部屋は奥のほうにありますね。
ムバッペとケビンが先に部屋に入っていくのを見てから、私はレオの背中に話しかけます
「レオ……」
「マイラさん?」
「こんなときに不謹慎ですが」
「……はい」
「あなたが後継者になるかもしれませんね」
「え? ケビンではなく?」
「はい。ハーランドの復讐はヴガッティ家の皆殺し。つまり、このままいけばケビンもレベッカも殺されてしまうでしょう」
「!?」
「そして生き残るのはあなたとなり、総督の遺産すべてを相続することになる」
「……そ、そんなことが」
レオがびっくりするのも無理もありません。つい昨日まで、ただの執事だったのですから、急にヴガッティ家の後継者になると言われてもイメージできないでしょう。
するとそのとき。
「きゃぁぁぁ!」
レベッカの泣き叫ぶ声があがります。
私とレオは顔を見合わせてから、部屋の奥へと移動。
すると目の前に現れたのは、椅子に座っている総督の姿。
しかし彼はまったく動くことなく、瞳孔も口も大きく開いた恐ろしい顔を机の上にのせたまま、息絶えています。
苦しかったのでしょう。
喉のあたりは血だらけで、かきむしったあとが見られます。
──はっ! この死因は、毒ガス!?
「窓を開けてください!」
私が大きな声で言うと、バッと窓を開けるクロエ。
彼女も毒ガスに気付いたのでしょう。さすが戦闘民族ハーランドの末裔。
すぐに新鮮な空気が部屋に入り込んで、私は顔に風の冷たさを感じます。
「また毒殺か……」
ムバッペは、そう言うと手袋をした手で、総督を検視。私はレオと話しながら部屋を見ていきます。
「レオ、総督の部屋の鍵ってどうなっているの?」
「持ち歩ける鍵ではなく。部屋の扉に内鍵があるだけです」
「ふぅん、そうすると総督が部屋にいないときは、誰でも入れたわけね」
「そうですね。掃除をして欲しかったみたいです。よくお母さんが掃除していました」
「そうなのですか?」
と私はクロエに尋ねます。
「はい。総督が島に来るのは年に数回、バカンスに訪れるときだけ」
「なるほど……」
「マイラさん? 何を考えているのですか?」
「毒で総督を殺すトリックですよ……あ、そういえば、ハーランド族は毒草の栽培をしていましたね」
「私を疑っています?」
「あなただけじゃあありません」
「はい?」
「ヴガッティ家の人々、みなさんを疑っています」
「……で、どんなトリックですか?」
そうですね、と言ってから私は、困った顔をしているムバッペのほうに近づきます。
「何かわかりましたか?」
「ああ、机のなかにこんなものがあったよ……」
「!? また手紙ですね」
「こう書いてある、
ざまぁみろ! 総督!
俺たちを虐殺した罪、死して償うがいい
ハーランド
だってさ……」
ふむ、とうなった私は、拳をあごに当てて集中。
ムバッペは、手紙を鑑識用の袋に入れると言います。
「ハーランド族が城に潜入して総督を殺害した……この手紙は、そのようなメッセージだけど、うーん……本当にハーランド族がいるのかな?」
「クロエさんだけじゃなくて、他にもハーランド族の末裔がいるのでしょう」
「え? だれ?」
「近衛兵やメイドかもしれません」
「……ま、マジかよ」
「もしくは、犯人はケビンかレベッカで、ハーランド族のせいにして完全犯罪を成し遂げるつもりかもしれません」
「……その可能性もあるね」
「いずれにせよ、今は総督を殺したトリックを解き明かしたい」
「できますか? マイラさん」
やってみます、と私は答えると、総督や机の上、さらに部屋全体を観察。
探偵たるもの、いろいろなところを見ないといけません。
総督は、机の上にうつむいて死んでいる。おそらく、椅子に座った瞬間に殺されたのでしょう。
しかし、どうやって?
部屋は密室。犯人はどこにも隠れてはいない。
ということは、何かトリックが仕掛けられている可能性が高い。
どこかに、あやしいところはないか?
あらゆる角度から死体を見ていこう。歩き、はいつくばり、寝転がったとき、おや?
「これは何でしょう?」
私は、総督のお尻を指さします。
座っている椅子の上、つまり総督のお尻の下にはクッションがあるのですが、それが妙に気になってしかたありません。何か、管のようなものが見えますから。
「ムバッペ、総督を椅子からどけてください」
「オッケー」
ムバッペは、椅子を回転させて総督の向きを変えると、そのまま抱き寄せ、床に寝かせます。
私は、椅子の上にあるクッションを手に取って、
「分解してもいいですか?」
とムバッペに訊きますが、
「どうして?」
と逆に聞き返されたので説明します。
「このクッションに、毒が仕込まれていたようです……」
!?
ムバッペだけでなく、ケビン、レベッカ、クロエ、それにレオもびっくり!
みんな、私から離れて壁際までいきます。
「大丈夫ですよ、もう毒はありません。ぺしゃんこ、ですから」
「ぺしゃんこ?」
とレベッカが尋ねてきます。自分の主人を殺害したトリックが気になるようですね。いいでしょう、教えて差しあげます。
私は、クッションに爪を食い込ませながら説明します。
「ここの縫い目を解くと……ほら、ゴム風船がありますね。これが総督が座った重みでしぼみ、なかに入っていた毒ガスが、この細い管から噴出。そして総督はその毒ガスを吸い込んで死亡した。そのように推理できます。まるで玩具のようなトリックですね」
みなさんに衝撃が走り抜ける。
私は、死のクッションを机の上において黙祷。
するとそのとき、とぼとぼと医者のおじさんが部屋に入ってきて、総督の死体に「おお……」と驚きながらも言います。
「ロベルトの死因となる毒の分析結果が出たぞ」
みんな真剣な顔で、医者の言葉を待ちます。
「ローレルチンチョウゲじゃ」
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