私が愛しているのは、誰でしょう?

ぬこまる

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ヴガッティ城の殺人

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「ヴガッティ城へようこそ」

 総督は、そう言って笑うと私に近づいてきます。
 彼の背後には、弁護士のクライフと長男のロベルトがいますね。二人は、総督に私のことを話したのでしょう。それでは、簡単に挨拶をしておきましょうか。
 
「はじめまして、マイラ・グラディオラです」

 うやうやしく、淑女らしく、私はスカートを摘んで頭を下げます。
 すると総督の顔が、ぽっと赤く染まり、さらに笑う。レオが総督は、美少女好きだ、と言っていましたが、どうやら本当のようですね。
 
「マイラさん! あなたの父グラディオラ伯爵から婚約の話がきたときは、本当に城に来るのか? と疑問だったが、おお! よくぞ来てくれた!」
「……そのことについて質問なのですが」
「ん?」
「父からどのように話がきたのでしょうか? 例えば、手紙とか?」
「そうだ、手紙が届いた。娘を婚約者としてどうか? とな」
「……それは直筆ではなく、タイプライターで書かれた手紙でしたか?」
「ああ、だからな。本当に来るかどうか不安だったので、執事のレオを本土に向かわせたのだ」

 ぺこり、とレオは頭を下げます。
 するとロベルトが、前に出て、
 
「まぁ、父上。堅苦しい挨拶はこのくらいにして食事にしましょう」

 と提案。総督は、「うむ」とうなずくと、レベッカのほうを向きます。
 
「レベッカ、食事はともにできるか?」
「え、あ、あの……今から港に出て美術品を買いたいと……」
「ん? 買い物など食事のあとでもいいだろ? 大事な話があるのだ」
「大事な話?」
「ああ、遺産相続のことだ。おまえの財産に関わってくるぞ」
「……は、はい」

 花が枯れたようにしおらしいレベッカ。
 私に対しては、あんなに強気だったのに、レベッカは総督に頭が上がらないようですね。なんだか、ざまぁだと思います。
 
「では、参ろう」

 総督は、そう言ってツカツカと足を鳴らして歩き始めます。その歩幅は大きくて、誰もついていけないほど速い。
 するとクライフは、私に近づいて言います。
 
「マイラさん、どうするのですか?」
「何がですか?」
「レオくんのことですよ」
「……はい?」
「このままいくと総督が強引に後継者とマイラさんの結婚を進めると思います。彼はそういう性格ですからね。気に入ったものは離さない。しかし、逆に気に入らないものは容赦なく排除する」
「……たしかに」
「レオくんと逃げるなら、お助けしますよ」
「どうやって?」

 ふふふ、と不敵に笑うクライフは、髭を触って言います。
 
「婚約には両家のサインが必要。ですが、今のところ口約束だけで契約書を交わしていません。よって法的には、マイラさんが婚約を断っても何の罪にはなりません」
「……たしかに、父からの手紙にも、後継者が気に入らなかったら断ってよい、と書かれていました」
「それならば私から総督に断っておくので、マイラさんはこのまま本土に逃げてください。レオくんには、後から本土に来てもらえばいい」

 私は、にっこりと笑うと、首を横に降ります。
 
「いいえ、このまま残ります」
「え? いいんですか?」
「はい。自分でも、何を血迷ったことをやっているのか? と思いますが、なぜか不思議なことに、この場を見届けたい、そのような衝動に駆られているのです」
「なぜ?」
「探偵だからです」

 私は、キリッと答えると、レオに近づきます。そして、総督とロベルト、それにレベッカに見られないように、彼の耳もとにささやきます。
 
「レオ、レオ……」
「マイラさん……何ですか?」
「この先、何が起きても私を守ってね」
「……わかりました」

 レオは、真剣な顔でうなずいてくれます。本当に、頼りにしてますからね。

「……」

 城内を歩き、エントランスから西の廊下を進んでいくと、アール・ヌーヴォーの装飾が施された絢爛豪華な扉があります。そこに立っているのは、二人の近衛兵。
 ハリーとポールですね。
 総督が右手を軽くあげると、彼らは扉を開けて、頭を下げます。
 広間へと入るとそこは宴会場で、大きな長方形のテーブルの側には、三人のメイドが、つつましく立っています。
 クロエ、エヴァ、リリーですね。
 メイド長のクロエが、手を伸ばして上座を引くと、総督がそこに座ります。
 そして、彼の左にレベッカ、右にロベルトが座ります。おや? ロベルトの隣に空席がありますね。そこに弟のケビンが座るのでしょう。
 私とクライフは、少し離れたところに席があったので、そこに静かに座ることにします。
 すると総督は、クライフのほうを見て、クスッと微笑み。
 
「クライフさん、食事の席でも帽子をしたまま?」
「……は、はぁ」
「暑くないですか? もしよかったら執事に預けておくといい。おい、レオ」

 はい、と言ってレオがクライフに近づきます。
 クライフは、苦笑いを浮かべ、
 
「いやぁ、わたしは帽子が好きなので、このままで結構です」

 と言い訳をします。うふふ、ハゲを隠したいだけでしょ? ああ、何だか可愛らしいクライフですこと。
 総督は、そのことを見抜いているのでしょう。内心で笑いを堪えている様子が、見てとれます。一方、レベッカは扇子を広げて顔にそよ風をそそいでいて、ロベルトは天井に吊り下がっているクリスタルのシャンデリアを眺めています。
 ヴガッティ家の人々は、優雅という言葉があっていますね。
 すると、そのとき!
 
「おまたせ……」

 と言って部屋に入ってきたのは、弟のケビン。
 彼は、ズンズンと歩くとロベルトの隣の席に手をかけ、
 
「おやじ、遅れてすまん……」

 と謝罪。総督は、「うむ」と答えると、軽く右手をあげて、

「……では食事の前にクライフさん。例の話を進めてください」
「はい」

 と答えるクライフは、席を立って口を大きく開きます。
 
「では王宮弁護士の立ち会いのもと、遺産分割協議を始めます」

 ピリッと空気が張りつめ、私は緊張してきます。
 クライフは、ジャケットの内側から一枚の紙を取り出すと、目を落として読み上げていきます。
 
「……先ほど頂いた総督からの公正証書によると、まず、ヴガッテ家の後継者は……」

 その言葉が放たれた瞬間、ロベルトは背筋を正して目を閉じ、ケビンは両手の指を組んで何やら祈りを捧げているようですね。
 クライフは、次の言葉をためると、一気に言います。
 
「ロベルト……とする」

 カッ! と目を開くロベルトは、総督のほうを向いて目を合わせます。
 一方、ケビンは肩の力が抜けて、放心状態。こうなることをどこか予想していたようにも見えますね。彼の顔は、だんだん朗らかになっています。
 
「兄貴……やっぱり兄貴が仕切るのが一番だよな」

 そう言ってケビンは、こくこくとうなずいて、自分に言い聞かせているようです。
 ロベルトは、ケビンと目を合わせて言います。
 
「……認めてくれるのか? 弟よ」
「ああ、兄貴がヴガッティ家を納める方がいい」
「僕はてっきりケビンに反対されると思っていたが、飛んだ思い違いだったようだ……」
「そりゃあ、実権を握ってみたい野心はあったが、まぁ、俺は見ての通りただのギャンブラーさ」

 あはは、と笑うロベルトは、ケビンの手を握って言います。
 
「よし、カジノ経営はおまえに任せた」
「いいのか?」

 ああ、と答えるロベルトは総督の方を向いて続けます。
 
「父上、軍は僕ロベルトが指揮をし、経営のほうはケビンに任せようと思うのですが、いかがでしょうか?」

 うむ、とうなずく総督は、やおら口を開きます。
 
「我もそれが良いと思う。分割協議でも話すが、ロベルトにいったん納めたあと、それらの遺産をどうするかはロベルトが決めれば良い」
「ありがとうございます」
「うむ、ではヴガッティの後継者はロベルトだ! これから頼むぞ」
「はい。父上」
「よし、じゃあ次は遺産分割の話だが、まぁ食事をしたあとでいいだろう。我は腹が減った……」

 そう言う総督は、軽く右手をあげてメイド長を見ます。
 こくり、とうなずくクロエは、さっそくリリーとエヴァに指示を出して、食事の用意をしていきます。その内容は、豪華なフルコースで、食前酒の果実酒から始まり、キャビアがのったサラダのなんと美味しいこと。スープは濃厚な舌触りで、大きなキノコが入っています。
 メインディッシュに私は、魚を選び、出てきたのは白いクリームが添えられた舌ビラメのムニエル。ナイフとフォークで一口食べれば思わず、

「おいしぃー!」

 と喜びの言葉があふれます。
 食事に夢中になっているのは私だけではなく、レベッカもロベルトもケビンも総督も、みんな舌鼓を打っていますね。食後のデザートは、プリンにチョコレートムースやホイップクリームなどが芸術的に描かれたパフェで、皿の底まで食べていくと、もちっとした東洋の和菓子が入っていますね。ちょっと、ねぇ、これ美味すぎ……。
 私の口や胃袋は、まさに天国に召されています。
 すると、ヴガッティ家の人々が、メイド長クロエを褒め称えます。

「やはり、クロエの料理は最高だ」と総督。
「きぃー! メイド長の料理……悔しいけど美味ですわ」とレベッカ
「これほどの料理は本土にある三つ星レストランでも食べたことないですぞ!」とクライフ。
「皇帝にふさわしい料理だ……」とロベルト。
「うめぇ! うめぇ!」とケビン。
「おいしぃー!」

 最後に大きな声で言ったのは、私です。
 クロエは、少しだけ広角をあげて微笑んだ? ように見えますが、やっぱり無表情なままなので何とも言えません。一方、リリーは、ぴょんとウサギのように飛びあがって、

「やったー! あたしも仕込みを手伝ったんだよ」

 と誰に伝えるでもなく言うので、私は、にっこり笑っておく。
 おや? エヴァは『パフェは私が作りました』と書いていますね。
 彼女は、極度の恥ずかしがり屋さんなので、まったく話せないから、このようにプラカードで思いを伝えているのでしょう。私は、微笑みで返します。
 一方クロエは、総督のほうに近づき、

「お飲み物は?」

 と告げます。総督は、満足そうな顔をして即答。

「コーヒーをもらおう」
「俺も」とケビン。
「カモミールティーが飲みたいですぞ」とクライフ。
「わたくしはアールグレイを」とレベッカ
「僕は皇帝の紅茶を飲みたいなぁ」とロベルト。

 かしこまりました、と言うクロエは、さっそく厨房に向かって歩いていきます。それにならってリリーも。

 はて? 皇帝の紅茶とは?

 私は、うーんと首を傾けていると、エヴァが近づいてきてプラカードを見せてきます。

『What do you drink?』“あなたは何を飲みますか?”
「わ、私は中国茶が飲みたいな……プーアル茶はありますか?」
『Yes』“はい”

 ススっと歩くエヴァの踵は、やはりあがっていて、本当に猫みたい。
 しばらくして、クロエとエヴァがトレーをもってくると、丁寧に優しくテーブルの上に、ティーポット、カップ、ソーサー、シュガーポット、小さなスプーンが置かれていく。
 そしてリリーが、それぞれみんなのカップに飲み物を注ぎ、みなさん食後のティータイムを楽しむのですが、私はお茶をすすりながら、ロベルトの行動が不思議だったので見つめます。

「な、なにあれ?」

 彼は、カップの上にスプーンをおき、角砂糖を一個のせ、おもむろにジャケットからスキットルを取り出すと蓋を開け、中身の液体、つまりブランデーをかけたのです。
 すると角砂糖は、スプーンの上でとろとろに溶けいく。それはまるで蜂蜜のよう。ロベルトは、楽しそうに微笑みを浮かべています。
 私は、思わずロベルトに尋ねます。このように紅茶を飲む人を見るのは初めて!

「あの、なぜ皇帝の紅茶というのですか?」
「これはねマイラ。その昔、ランスを収めた皇帝ナポレオンが好んで飲んだ紅茶。別名ロワイヤルティー」
「ふぅん……」
「ブランデーで溶かした角砂糖に……火をつけるのさ」

 するとロベルトは、マッチをすって火をつけると、ゆっくりスプーンにもっていく。

 ボワッ……。

 と燃えるあがるブランデーに溶けた角砂糖。
 甘い香りが私の鼻をつき、思わず微笑んでしまいます。
 それが合図だったように、総督が右手を少しだけあげ、

「ではクライフさん、遺産分割の話を進めてくれ」

 と言います。
 はい、と答えるクライフは立ち上がると、たんたんと読みあげていきます。その姿は、まるで法廷にいる弁護士のように見えますね。流石です髭帽子。
 
「ヴガッティ家の総資産は一兆四千億クイド。

 その内訳は、本土にある領地、軍隊、ハーランド島、
 それらの価値が一兆クイド。
 残りの四千億クイドは現金、金、株券などの金融資産となります。
 これらをみなさんで分割していくのですが、遺言。
 つまり総督がお亡くなりになったあとの遺産分割は、
 次のようになります。
 
 領地、軍隊のすべてロベルト。
 金融資産の四千億クイドについては、
 レベッカ、ロベルト、ケビン、レオ、
 それぞれ一千億クイドを分割する……。

 以上です」
 
 クライフは、言い終えたあとから、その内容に自分でもびっくり!
 
「れ、レオくん!?」

 大きな声で言って、レオを見つめます。
 それはクライフだけでなく、レベッカ、ロベルト、ケビンも同じで、驚いた目でレオを見つめ、
 
「な、な、なぜ執事が入っているのですか? あなた」
「父上?」
「おやじ?」

 と言って、混乱した様子。
 一方レオは、目を丸くしてメイド長、つまり自分の母親のことを見ています。
 私は、この瞬間、冷静にみんなの動きを観察。メイドのリリーは、

「まじか!?」

 とびっくり。エヴァは、プラカードに『!?』と書いています。
 クロエは、ゆっくりと首を動かして総督を見つめるというか、にらんでいますね。
 相変わらず無表情で、怒っているのかどうか分かりませんが、おそらくその心境は穏やかではないでしょう。なぜなら、レオの話によると、クロエは意識不明のまま何者かによって性行為を受けたとされていますから、論理的に考えるとその相手というのが……。
 
 総督!? 

 ということになります。
 私は、びっくりして総督とクロエのことを見ます。相当なショックを受けているはずですがクロエは、眉ひとつ動かすことなく無表情。一方の総督は、目を閉じたままです。
 すると、クライフが総督に向かって言います。

「総督、詳しく説明してください。相続人を増やすことに問題はありませんが、レオくんは法的に他人なのですぞ?」
「そこでクライフさん、レオを我の息子として手続きしてほしい……」
「どういうことですかな?」

 ゆっくりと目を開けた総督は、重い口調で話し始めます。
 
「あれは、二十年前……」
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