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ヴガッティ城の殺人

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「な、なにこれ!?」
 
 私は、瞳を大きく開いてびっくり。
 ヴガッティ城のなかに入ると、そこはエントランスホールで、精巧な装飾が施された天井からクリスタルのシャンデリアが吊り下がっています。
 壁には、いくつもの絵画がかかっていて、どれもルネッサンス時代に描かれた宗教的なものばかり。まるで美術館のようですが、不釣り合いなほど集まっている客が騒がしい。私がびっくりした原因は、そこにあります。

『Click here for art exhibition』

 英字で“美術展はこちら”と書かれたプラカードを、首から紐でぶら下げたメイドが立っています。
 年齢と身長は、私と同じくらいでしょうか。髪型はボブヘアの紫色。肌は雪のように白い。瞳はくりくり猫のようで、唇はぷっくりと赤い果実みたい。そしてヤバイのは、彼女の着ているメイド服。

「やば……」

 スカートが短くて、綺麗な足が丸見えです。しかもハイソックスが白い太ももを強調しているところが、なんとも言えないほど……。
  
「か、かわいい……」

 同性の私から見ても、めちゃ可愛いメイドが、恥ずかしそうにもじもじしながら、客と記念撮影をしています。
 まぁ客、といってもおじさんばかりですが、メイドも大変ですね。
 城内は、彼女と記念撮影したい人々でごった返し、それらの列をつくるために、
 
「並んでください!」

 と声を荒げる近衛兵。背が低くて弟系な顔をしていますね。
 それともう一人いるメイドが、
 
「押さないでー!」

 と叫んでいます。
 ピンク色の髪をツインテールに縛っている彼女も、かなり可愛いですが、客の人気はプラカードを掲げたメイドに夢中みたい。顔を赤くしているおじさんたちの狙いは、彼女だけですね。
 私は、思わずレオに尋ねます。
 
「これは何ですか?」

 レオは、困ったように首に手を当てて答えます。
 
「メイドの名前は、エヴァ。ひと月ほど前から城で働いているんでけど、客の関心が美術品よりも彼女のほうに集まってしまうんですよね……」
「ふぅん……それなら、あのプラカード持って立たせるのをやめたらいいのでは?」
「そうなんですけど、実は……」
「ん?」
「彼女、話せないんです」

 え? と聞き返す私は、目を凝らして彼女を見つめます。
 
「もしかして彼女は耳が聞こえなくて、難聴を患っているのですか?」
「いいえ、そうではなくて単純に話せないんです」
「!?」
「コミュニケーション能力が不足しているようで、極度の恥ずかしがり屋さんなんですよ」
「……だから、あんなふうにもじもじしているのですね。っていうか、あんな短いスカートを着せたのは誰ですか? バカなの?」
「……すいません。総督です」
 
 は? と私は、開いた口が塞がりません。
 レオは、目を閉じて言います。
 
「俺が言うのも何ですが、総督は美しい女の子が好きなようです」
「……そ、そうなんですね」
「だから、俺の母さんのことも……」
「ん?」
「いや、なんでもありません」

 口を手で隠すレオ。
 総督のことを話すことは、どうやら禁句のようですね。
 たしかに、総督の耳に入ったら処刑されてしまうかもしれませんから、みんな意見なんて言えません。

「レオ、ポールと交代だ!」

 そう言っているハリー少佐が、ブンブン手を振ります。
 わかった、と答えるレオは、ポールと呼ばれた近衛兵とバトンタッチ。
 
「客が迷子になってないか見てくる。レオはメイドを守ってくれ」
「オッケー」とレオは親指を立てます。
「ああ、それと……あそこいる綺麗な女性は誰?」
「彼女は婚約者です。ヴガッティ家の後継者との」
「……す、すげぇ美人だな」
「うん」
「後継者はきっとロベルト様だろう……うわぁ、あんな美人と結婚できるなんて羨ましすぎるぜ~!」
「……」
「レオ? どした?」
「あ、いや……じゃあ、ここは俺にまかせてくれ、ポール」

 ぽんっとレオの肩を叩いた近衛兵ポールは、急いで赤い絨毯の上を走ります。向かっている先は美術品が置いてあるらしい城の奥ですが、それにしても……。
 
 ──レオ、私のことを美人だと思ってくれている!
 
 この事実に私は、喜びの舞。
 うふふ、なんだか踊りたい気分ですね。どうでもいい男性から綺麗と言われても、ピンときませんが、好きなレオに綺麗と言われたら、想像しただけで……。うわぁぁあぁぁ、心臓がバクバクして、いやん顔が熱い。
 私は、一人であたふたしていると、そのとき!
 
 ピンッ!
 
 と背筋を正したメイドが歩いてきます。
 おや? 踵があがっていますね。猫みたい。
 キリッとした瞳は青い宝石のようで、しなやかな手足は女豹を思わせますね。年齢はどうでしょう。二十代前半といったところでしょうか。顔の表情が、まったく変わらないので、思うように人相がつかめません。
 

 スッ…… スッ……
 
 彼女は、まるで氷の上を滑るようにエヴァというメイドに近づきます。
 まわりにいる客のおじさんたちに緊張が走り、ギョッと腰を引いていますね。いつも怒られているのでしょうか? 城内は、しんとなり静寂が支配していく。

「受付は終了して、食器を並べるのを手伝って……」

 そう言った彼女は、プラカードを指先で、トントンと叩きます。
 するとエヴァは、まるで機械のようにびくんと動くと、耳にかけていた鉛筆を手にすると、さらさらと文字を書きます、
 
『Yes』

 そして、まわり右をして歩き去ります。
 その姿勢は正しく、指示を出したメイドにならっているように見えますね。ということは、彼女がメイド長であり、レオの……。
 
「母親? え? 若すぎない?」
 
 と気づいた私はびっくりすると同時に、彼女のことを目で追いかけます。
 嘘でしょ……。
 二十代前半だと思ったけど、まさか三十歳を超えている?
 あの白い肌の艶、綺麗な黒髪、それに無表情の顔が、私の年齢判断を狂わせる。
 つづいて彼女は、もう一人のメイドに近づいて指示。
 
「リリー、あなたは花壇に水まきをしてきて……今日の太陽は、まるで殺人的な暑さですから」
「わかりましたー!」

 リリーと呼ばれたメイドは、元気いっぱいに走っていきます。
 ゆれるツインテールに縛った髪が可愛らしい。
 一方、城に見学にきたおじさんたちは、まるで地獄にでも落ちたような顔をしていますね。それほどまでに、あの無口なメイドのことを推しているのでしょう。
 仕方なしに美術品を見ながら歩いていきます。まったく興味がないようですね。
 それを見つめている近衛兵の少佐ハリーは、ふぅ、とため息を吐いて、
 
「こいつら、本当に薄気味悪いぜ……」

 と口を滑らせます。たしかに、そのとおりですけど。
 彼は、手伝ってくれたレオに「ありがとな」と感謝すると、西の廊下へと消えていきますね。休憩をとるのでしょう。
 そしてレオは、微笑みながら私に近づいて、
 
「マイラさん、母を紹介します」

 と言います。すると、ピクッと立ち止まるメイドたち。ふたりとも後姿がそっくり。なぜかと思えば、ふたりとも踵があがっているからですが、メイド教育のなかに、そのように歩くマナーがあるのでしょうか。なんとも不思議な風習ですね。本当に猫みたい。
 レオは、私を手招きして歩きます。
 
「お母さん、彼女はマイラさん。ヴガッティ家の婚約者です」

 私は、頭を下げて自己紹介。
 レオの言葉には、反感していますけどね。まだ婚約していませんからっ!
 
「はじめまして、マイラ・グラディオラです」

 私が顔をあげると、無表情だった口がゆっくりと動きます。
 
「メイド長のクロエです。こちらはエヴァ。何なりと申しつけくださいませ」

 すると、隣にいるメイドが文字を書きます。

『I'm Eva』

 あら、本当にしゃべれないみたい。
 それと彼女は彼女で、作り笑いが下手ですね。私が見つめると、その華奢な身体が震えています。

「では、お昼のお食事の用意がありますので、失礼します」

 そう言ってクロエは、ススーと東の廊下へと歩いていきます。
 それを追いかけるように、エヴァも。
 レオは、愛想のない自分の母親を笑って見ていますね。
 別にいいですけど、レオのお母さんは変です。なんというか、得体の知れない力を感じます。私は、つい気になっていることをレオに尋ねます。
 
「あの、聞いてもいいですかレオ」
「なんですか?」
「あなたのお母さんって、何歳?」
「えっと、三十歳ですね。ちょうど」
「え? 若っ」
「そうなんですよね。僕の年齢が十八歳だから、やばいですよね」
「ややや、やばいっていうか。計算したらとんでもない!」
「はい。母は十二歳のときに僕を産んだみたいです。しかも妊娠にいたった記憶がないのですから、ちょっと、あはは、すいません。なんと言っていいやら」
「……ジーザス」

 私は、天井を仰ぎ、きらきら光るシャンデリアを見つめます。
 世の中には、十二歳という若さで子どもを宿す人間がいるのですね。それに引き換え、私はもう十八歳になるのに未経験のまま。ああ、このまま二十歳になったらどうしよう。だんだん恥ずかしくなってきます。
 
「マイラさん?」
「……」
「マイラさん?」
「……あ、ごめんレオ」
「いや、こちらこそ驚かせてしまってすいません。とにかく、母はあんな感じなんでよろしくお願いします」
「はい」
「じゃあ、お城を案内しましょう」

 はい、と笑顔で答える私。
 やっとレオと二人きりになれて、最高の気分ですから。
 ですが、その前に……。
 
「レオ、お城の設計図はありますか?」
「え? 設計図ですか……簡単な案内板ならここにありますけど……」
「じゃあ、とりあえずそれを見たいです」
「はい、これですけど」

 レオが指さす先には、壁にかけられた地図。
 私は、すたすたと近づいて見ると、これは城の見取り図ですね。
 簡単にまとめると、お城のエントランスホールは天窓が見える吹き抜けでとても広く、北にある左右対称に半円を描く階段から二階の宿泊部屋にあがれ、その階段の下にある通路は、例の美術展をやっている部屋と繋がっている間取り。
 おや? さらに北のほうには教会がありますね。神に祈りを捧げるのは、どこへいっても同じか。美術と宗教をかけ合わせているところ、センスいいですね。
 それと西と東にも長い廊下が伸びています。
 西にあるのは武器倉庫と近衛兵とメイドの宿舎。東には料理をこしらえるための厨房と食材庫、それに宴会場があり、ここで夜な夜な舞踏会を開いているのでしょう。おそらくお昼の食事もここでするはず。
 私は、目を凝らして全体図を頭に入れてから、レオに話しかけます。

「ありがとう、レオ。でも……」
「なんですか?」
「もっと城の外部や内部、さらに構造などが描かれた精密な製図が見たいのですが、どこかにないですか?」
「うーん、あったかな……」
「思い出してくださいっ!」

 と言う私は、きゅるんと上目使い。
 顔を赤くしているレオでしたが、何かを思い出したようです。
 
「あ!」
「ありますか?」
「美術展にそのような絵画があったような……」
「それを見たいです!」
 
 私は、瞳を輝かせて走ります。向かう先は階段下にある通路。
 それに驚いたのか、レオは私を追いかけてきます。

「マイラさん! もう城の方向がわかるのですか?」
「はい。私は、見たものを頭に記憶する能力があるのです。しかも正確に、まるで写真のように」
「す、すごいですね……でも、なんで城の製図まで見たいのですか?」
「探偵だからです」
「マイラさん、いったい何を考えているんですか? 城のセキュリティは万全ですよ。火事が起きたら避難経路にそって逃げればいいですから」
「火事ですか……そんな事件なら楽なんですけどね」

 ん? と不思議そうな顔をするレオは、ちょっとだけ笑うと言います。
 
「マイラさんといっしょに旅をしてて思ったんですけど、マイラさんって男みたいですよね。戦闘能力はあるし、強運もあるし、おまけに綺麗でカッコイイ!」
「……それって褒めてます? 男みたいって失礼しちゃうわ!」

 ぷんぷん、と怒ってほっぺを膨らます私。
 レオは、安っぽく笑うと尋ねてきます。
 
「マイラさんは、いったいどんな事件を恐れているのですか?」

 私は、いつになく真剣な目線でレオをとらえ、言います。
 
「殺人事件です」
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