40 / 56
王位継承編
26 王か女王か 4
しおりを挟む
「バランタインに投票していただけたら、金貨一枚さしあげますわ!」
ここは貴族街の城下町。
紫娼館が見える通りには、数多くの店があり客で賑わっていた。
そんな中、ボウモア王妃がめちゃくちゃな演説をしている。隣に立っているのはバランタインだ。
「ははさまー、もうつかれたよぉ」
「何を言っているのですか、そんなことでは王になれませんよ」
「おうのなるのはハニィたまだよ~」
「それは大きな間違いですわ! バランタインですわ!」
ははさま、こわい……と泣きべそをかくバランタイン。
この男の子はまだ五歳。
民衆たちも、「可哀想だな」としか見ていなかった。
◉
「年寄りしかいないな……」
「そうですね」
ハニィは、ジョニとともに街の調査をしていた。
一見、老人施設のようなこの建物の看板には、
『ギルド』
と書いてある。
ギルドとは冒険者の組合のこと。
昔はたくさんの冒険者で賑わっていたらしいが、今では高齢化が進み、若い冒険者は一人もいなかった。ここには、ヨボヨボのじじぃ冒険者しかいない。
当然、受付嬢もおばあちゃんだ。
「ゴブリンの討伐クリアだね、あいよ、金貨一枚」
「ありがとね~」
じじぃ冒険者が金貨を握り締め、「やったわい」と喜んでいる。
ちなみに、金貨一枚は日本円で約一万円の価値。
あちゃあ、とハニィは顔に手を当てた。
「ギルドを復活することが次の目標だな」
「はい……それにしても、ハニィ様」
「なんだ?」
「女性に戻ったのに、男言葉は変わらないんですね」
「当然だ。おまえに女性の言葉はもったいない」
「はぁ……」
何なんだ? とジョニはショックを受けた。
ずっと執事として頑張ってきたのに、この仕打ち。
まぁ、それもいいか、と思う。
親ばなれ、と言うべきか、執事ばなれと言うべきか。
ハニィは今、大人の階段を登っている最中なのだ。いらんお節介はよそう。
二人はギルドから出た。
ん? 何やら街が騒がしい。
大通りに出てみると、女性が大声で叫んでいた。多くの民衆も傾聴しているようだ。
「ボウモア王妃が選挙活動してますね。ハニィ様」
「ちょっと聞いてみよう」
壇上にいるボウモアは、めちゃくちゃな演説をしていた。
「バランタインが王になったら税金は無しにしますわ!」
ヒャッホー!
民衆は大盛り上がりだ。
今度はジョニが、「あちゃあ」と顔に手を当てる。
ハニィは、「待ってください!」と壇上に立った。
「私が王になったら税金はありますが、道路や橋の整備、衛兵、魔術師、子どもの教育、病気や怪我をしたときの医療保障を充実させます!」
民衆たちは動揺を隠せない。
口ぐちで、噂をしている。
「あれ? ハニィ様か?」
「女性だよな」
「王子じゃなかったのか?」
「え? 女が王になるの?」
こんな目で見られたことはない。
疑問のある、信用のない目だ。ハニィは狼狽えた。
今までずっと民衆からアイドルのように扱われていた。
だけど、女性になって公に立ってみるとどうだ?
何かが変だった。
「なんだハニィ様は女だったのか」
「だったら王女だよな」
「他国に嫁ぐんじゃないのか?」
「二十歳過ぎたら無理だろう」
「婿をもらうんじゃないか?」
「じゃあその男が王になるのか?」
「なんだか訳わからんな」
民衆の気持ちというか固定観念は、男社会なのだ。
それを知ったハニィは、愕然とした。
(女は弱い……)
ヤマザキさん、とんでもない試練を与えましたね、とも同時に思った。
ハニィは、ばっと両手を広げる。まるで自分の兄・ジャックのような仕草であった。
「みんな聞いてくれ! 私は女性だ。今まで王子として暮らしていたこと、みんなを騙してしまい、本当に申し訳なかった。すまない……」
ハニィは深々と頭を下げた。
ちょっと、わたくしの演説中ですわよ、とボウモアが抗議するが、構わず演説を続ける。
「どうか民衆の力で女王を誕生させてくれないか! 私が女王となったら、必ずこの国を豊かで平和なものにする! ギルドの高齢化、教会の高い治療など、問題は山積みだが必ず解決してみせる!」
以上だ、と言ってハニィは壇上を降りる。
かっこよかった。
女だろうと、それは関係がないことだ。民衆たちはそれが理解できたらしい。
そのあとボウモアが演説をしたが、みなぞろぞろと去っていく。
「ははたま~ねむねむ~」
バランタインが完全に居眠りしてしまったので、今日の演説は終了。
「ハニィめ……女のくせに男らしすぎますわ……ぐぎぎ」
めちゃ悔しがるボウモアであった。
◉
「ハニィ様の札はこっちだよー」
「バラタイン様の札はこちらです」
ここは城の門前にある投票箱。
デュワーズとヒビキは選挙委員として仕事をしていた。そのようにヤマザキが頼んたのだ。
「二人とも聞いてくれ」
「なに?」
「はい」
「投票に来た人の名前、住所、年齢、職業をこの紙に記入させてくれ」
「いいよ」
「わかりました」
ヤマザキは国勢調査をしていた。
その第一歩として、詳しい人口を知りたかったのである。
その一方、衛兵たちは本当にだらしがない。
すぐに交代してばかりで、仕事をいちいち教えるのが大変だった。
それなら午後だけ投票時間にして終わり、というスタイルを一週間続けようとしていたのである。
「おじさん、バラタインの票も入ってるよ! びっくりしちゃった」
「ああ、あの少年が王になったら税金が無いらしい」
「やばっ! でもそれ大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないだろう。そんなことしたら衛兵と魔術師の給料が払えなくて、この国は滅亡だよ」
「なんで? あいつらがいなくても平気だよ。貧民街は平和だもん」
「ローランド王国が攻めてきたらどうする? 彼らがいないと困るだろ」
「う……たしかに……」
「戦争のときに必要なだけじゃないぞ。道路や橋を修理をするのも彼らの仕事だし、冒険者が機能していない今、魔物狩りだって彼らの仕事だ」
「ぼく、まだまだ子どもだ……ぜんぜん世界のことが見えてないや」
ゆっくり大人になればいい、とヤマザキはデュワーズの肩に触れた。
一方、ヒビキは札を老人に配りながら、
「腰が痛いのですか?」
と聞いていた。
札を投票箱に入れた老人は、「ぎっくり腰になってしもて……いたた」と悲鳴をあげる。
回復魔法
ヒビキは光の魔法で老人を治療してあげた。
もう立派な魔法使いだ。
シャキッと立って歩く老人。陽気にスキップまでしている。
「うおぉ! ばあさんを喜ばせられるぞ今夜は! ありがとう聖女様!」
「……はい」
回復魔法ができるのは聖女だけ。
それはハイランド王国で、誰もが学校で習っていることらしい。
「ヒビキちゃん、教会で働いたらいいよ!」
「え? 教会?」
そう教会、とデュワーズは勧める。
教会とは、定時刻に鐘を鳴らせる役目だけじゃない。
ヤマザキの世界で言う、病院の役割を持っていた。
その本山はアイラ神殿なのだが、遠距離なこともあり教皇の眼光が届きにくい。したがって、悪い噂が広がっていたのだ。
だってさ、とデュワーズが説明をする。
「教会の治療費は高いから、ヒビキちゃんが働いたら安くなるかなって」
「そうなんですか……ちょっと教会に行ってみようかな。わたしでも役に立つかも……」
前向きに異世界と向き合うヒビキ。
その姿勢を見たヤマザキは、「うう……」と感動して泣いていた。まるで親の心境になっているのだ。
(大人になったな……ヒビキちゃん)
「なに泣いてるんですか?」
ふいにヒビキから顔を覗かれるヤマザキ。
わっ! とびっくりした。
「そろそろ夕方です。投票を終わりにしましょう」
「あ、ああ」
「ん~、疲れた……今日は中華料理を食べたい気分です」
「だったらマッカランのとこにいくか?」
いきます! とヒビキは元気よく答えた。
ぼくも行くー! とデュワーズ。
するとそこへ、ハニィとジョニが城に戻ってきた。
ヤマザキは、「よ!」と右手をあげる。
髪を下ろしたハニィの姿を初めて見るデュワーズとヒビキは、びっくり仰天していた。
「うわぁぁ!? 推しが美女になってるー!」
「え! どういうことですか?」
ハニィはちょっと照れながら説明をした。
「実は女だったんだ……あはは」
「ぜんぜん大丈夫です! むしろご褒美です!」
「うん、ぼくは男だろうと女だろうとハニィ様を推し続けるよ!」
ヒビキとデュワーズは、「うんうん」と顔を合わせる。
本当に仲良くなったな、この子たち、とヤマザキは思った。
「おつかれハニィくん、ギルドはどうだった?」
「……はい、ギルドは老人の冒険者だらけでした」
「そっか、若者向けにリニューアルしないとな」
「はい……それよりちょっと気になることが」
なんだ? とヤマザキは聞く。
どっと疲れた様子のジョニが、ぬっと話に入ってきた。
「そうなんですよ~、ギルドも大変ですけど、もっと大変なことがあったんです!」
「……はい、私、女性だと公にしたのにヤマザキさんから、くんって呼ばれ続けてます」
「そっちかーい!」
ジョニは綺麗にずっこけた。
「大変なのは、ボウモア王妃のクソみたいな演説じゃないんですか?」
「ああ、そっちね……」
その掛け合いが面白くて、ヒビキとデュワーズは笑い出す。
「笑い事じゃない! 聖女ヒビキだけずるいぞ! 一人だけ、ちゃん呼びなんて!」
ビシッとヒビキを指さすハニィ。
たしかに、とデュワーズも賛同する。
「ぼくなんて呼び捨てだよ! ずっと子ども扱いだし」
「子ども扱いされているのは、わたしもです」
ヒビキはクールに主張する。
そしてヤマザキを、じっと見つめると質問した。
「なぜ、なのですか?」
それは……と答えに困ったヤマザキは、急に走り出す。
教えない、ということらしい。
あっ、まてー! とデュワーズ。
みんなで捕まえましょう、とヒビキ。
くすぐって吐かせよう、寝技は効かない、とハニィ。
鬼ごっこみたいだ。
そんな光景を見つめるジョニは、「やれやれ」と肩をすくめるのだった。
「おじさんなのにモテモテかよ……」
◉
ドン、と食卓には中華料理が並んでいる。
ここはマッカランの部屋。
ヤマザキ、デュワーズ、ヒビキ、ハニィの四人は紫娼館で楽しく食事をしていた。
「さあ、たんと食べとくれぇ」
マッカランの手料理だ。
途中、ヤマザキも手伝ったが、彼女の料理の腕前は一流だった。
「マッカランは料理が上手だな」
「一人が長いからねぇ」
「結婚はしないのか?」
「色恋を売りにしている商売だよぉ? 無理な話だねぇ」
「ふぅん、じゃあそろそろ紫娼館を誰かに任せて引退したら?」
そうだねぇ、とヤマザキをじっと見つめながらマッカランは言う。
ぴきーん、女たちの直感が働く。
(あ、この人もおじさんを狙ってる!)
異様な空気を感じ取ったヤマザキ。
ふと席を立った。
「ちょっとトイレ」
扉を開けて、部屋を出た。
一人になり、新鮮な空気を吸い込む。ここに来たのは目的がある。冷静になれ、と自分の心を鎮めた。
「ふぅ……いくか」
回廊を歩くヤマザキ。
すれ違う太客たちの顔を、チラッと見ては目的の人物かどうか確認する。
違う、こいつも違う。
受付まで来たが、派手な衣装を来た貴族たちはみな、探している人物ではなかった。
ふと、その人物の名を口に出す。
「ダニエル王は来てないか……」
しばらく、柱に隠れながら受付を見張る。
するとそれらしい人物を発見した。
野暮ったい格好に変装しているが、立派な髭に特徴がある。
まぁ、そこまで変装する気もないようだ。
ダニエル王の女好きは有名で、誰もが知っているゴシップである。彼は今宵の踊り子を選び、部屋へと案内されていた。
「さあ、こちらです」
「うむ」
扉が閉まり、踊り子を抱こうとした瞬間、開くはずのない扉が開く。
「なんだ?」
ダニエル王が振り向くと、そこにいたのは異世界から来たおじさんであった。
「こんばんは。ちょっと二人で話そう……」
ここは貴族街の城下町。
紫娼館が見える通りには、数多くの店があり客で賑わっていた。
そんな中、ボウモア王妃がめちゃくちゃな演説をしている。隣に立っているのはバランタインだ。
「ははさまー、もうつかれたよぉ」
「何を言っているのですか、そんなことでは王になれませんよ」
「おうのなるのはハニィたまだよ~」
「それは大きな間違いですわ! バランタインですわ!」
ははさま、こわい……と泣きべそをかくバランタイン。
この男の子はまだ五歳。
民衆たちも、「可哀想だな」としか見ていなかった。
◉
「年寄りしかいないな……」
「そうですね」
ハニィは、ジョニとともに街の調査をしていた。
一見、老人施設のようなこの建物の看板には、
『ギルド』
と書いてある。
ギルドとは冒険者の組合のこと。
昔はたくさんの冒険者で賑わっていたらしいが、今では高齢化が進み、若い冒険者は一人もいなかった。ここには、ヨボヨボのじじぃ冒険者しかいない。
当然、受付嬢もおばあちゃんだ。
「ゴブリンの討伐クリアだね、あいよ、金貨一枚」
「ありがとね~」
じじぃ冒険者が金貨を握り締め、「やったわい」と喜んでいる。
ちなみに、金貨一枚は日本円で約一万円の価値。
あちゃあ、とハニィは顔に手を当てた。
「ギルドを復活することが次の目標だな」
「はい……それにしても、ハニィ様」
「なんだ?」
「女性に戻ったのに、男言葉は変わらないんですね」
「当然だ。おまえに女性の言葉はもったいない」
「はぁ……」
何なんだ? とジョニはショックを受けた。
ずっと執事として頑張ってきたのに、この仕打ち。
まぁ、それもいいか、と思う。
親ばなれ、と言うべきか、執事ばなれと言うべきか。
ハニィは今、大人の階段を登っている最中なのだ。いらんお節介はよそう。
二人はギルドから出た。
ん? 何やら街が騒がしい。
大通りに出てみると、女性が大声で叫んでいた。多くの民衆も傾聴しているようだ。
「ボウモア王妃が選挙活動してますね。ハニィ様」
「ちょっと聞いてみよう」
壇上にいるボウモアは、めちゃくちゃな演説をしていた。
「バランタインが王になったら税金は無しにしますわ!」
ヒャッホー!
民衆は大盛り上がりだ。
今度はジョニが、「あちゃあ」と顔に手を当てる。
ハニィは、「待ってください!」と壇上に立った。
「私が王になったら税金はありますが、道路や橋の整備、衛兵、魔術師、子どもの教育、病気や怪我をしたときの医療保障を充実させます!」
民衆たちは動揺を隠せない。
口ぐちで、噂をしている。
「あれ? ハニィ様か?」
「女性だよな」
「王子じゃなかったのか?」
「え? 女が王になるの?」
こんな目で見られたことはない。
疑問のある、信用のない目だ。ハニィは狼狽えた。
今までずっと民衆からアイドルのように扱われていた。
だけど、女性になって公に立ってみるとどうだ?
何かが変だった。
「なんだハニィ様は女だったのか」
「だったら王女だよな」
「他国に嫁ぐんじゃないのか?」
「二十歳過ぎたら無理だろう」
「婿をもらうんじゃないか?」
「じゃあその男が王になるのか?」
「なんだか訳わからんな」
民衆の気持ちというか固定観念は、男社会なのだ。
それを知ったハニィは、愕然とした。
(女は弱い……)
ヤマザキさん、とんでもない試練を与えましたね、とも同時に思った。
ハニィは、ばっと両手を広げる。まるで自分の兄・ジャックのような仕草であった。
「みんな聞いてくれ! 私は女性だ。今まで王子として暮らしていたこと、みんなを騙してしまい、本当に申し訳なかった。すまない……」
ハニィは深々と頭を下げた。
ちょっと、わたくしの演説中ですわよ、とボウモアが抗議するが、構わず演説を続ける。
「どうか民衆の力で女王を誕生させてくれないか! 私が女王となったら、必ずこの国を豊かで平和なものにする! ギルドの高齢化、教会の高い治療など、問題は山積みだが必ず解決してみせる!」
以上だ、と言ってハニィは壇上を降りる。
かっこよかった。
女だろうと、それは関係がないことだ。民衆たちはそれが理解できたらしい。
そのあとボウモアが演説をしたが、みなぞろぞろと去っていく。
「ははたま~ねむねむ~」
バランタインが完全に居眠りしてしまったので、今日の演説は終了。
「ハニィめ……女のくせに男らしすぎますわ……ぐぎぎ」
めちゃ悔しがるボウモアであった。
◉
「ハニィ様の札はこっちだよー」
「バラタイン様の札はこちらです」
ここは城の門前にある投票箱。
デュワーズとヒビキは選挙委員として仕事をしていた。そのようにヤマザキが頼んたのだ。
「二人とも聞いてくれ」
「なに?」
「はい」
「投票に来た人の名前、住所、年齢、職業をこの紙に記入させてくれ」
「いいよ」
「わかりました」
ヤマザキは国勢調査をしていた。
その第一歩として、詳しい人口を知りたかったのである。
その一方、衛兵たちは本当にだらしがない。
すぐに交代してばかりで、仕事をいちいち教えるのが大変だった。
それなら午後だけ投票時間にして終わり、というスタイルを一週間続けようとしていたのである。
「おじさん、バラタインの票も入ってるよ! びっくりしちゃった」
「ああ、あの少年が王になったら税金が無いらしい」
「やばっ! でもそれ大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないだろう。そんなことしたら衛兵と魔術師の給料が払えなくて、この国は滅亡だよ」
「なんで? あいつらがいなくても平気だよ。貧民街は平和だもん」
「ローランド王国が攻めてきたらどうする? 彼らがいないと困るだろ」
「う……たしかに……」
「戦争のときに必要なだけじゃないぞ。道路や橋を修理をするのも彼らの仕事だし、冒険者が機能していない今、魔物狩りだって彼らの仕事だ」
「ぼく、まだまだ子どもだ……ぜんぜん世界のことが見えてないや」
ゆっくり大人になればいい、とヤマザキはデュワーズの肩に触れた。
一方、ヒビキは札を老人に配りながら、
「腰が痛いのですか?」
と聞いていた。
札を投票箱に入れた老人は、「ぎっくり腰になってしもて……いたた」と悲鳴をあげる。
回復魔法
ヒビキは光の魔法で老人を治療してあげた。
もう立派な魔法使いだ。
シャキッと立って歩く老人。陽気にスキップまでしている。
「うおぉ! ばあさんを喜ばせられるぞ今夜は! ありがとう聖女様!」
「……はい」
回復魔法ができるのは聖女だけ。
それはハイランド王国で、誰もが学校で習っていることらしい。
「ヒビキちゃん、教会で働いたらいいよ!」
「え? 教会?」
そう教会、とデュワーズは勧める。
教会とは、定時刻に鐘を鳴らせる役目だけじゃない。
ヤマザキの世界で言う、病院の役割を持っていた。
その本山はアイラ神殿なのだが、遠距離なこともあり教皇の眼光が届きにくい。したがって、悪い噂が広がっていたのだ。
だってさ、とデュワーズが説明をする。
「教会の治療費は高いから、ヒビキちゃんが働いたら安くなるかなって」
「そうなんですか……ちょっと教会に行ってみようかな。わたしでも役に立つかも……」
前向きに異世界と向き合うヒビキ。
その姿勢を見たヤマザキは、「うう……」と感動して泣いていた。まるで親の心境になっているのだ。
(大人になったな……ヒビキちゃん)
「なに泣いてるんですか?」
ふいにヒビキから顔を覗かれるヤマザキ。
わっ! とびっくりした。
「そろそろ夕方です。投票を終わりにしましょう」
「あ、ああ」
「ん~、疲れた……今日は中華料理を食べたい気分です」
「だったらマッカランのとこにいくか?」
いきます! とヒビキは元気よく答えた。
ぼくも行くー! とデュワーズ。
するとそこへ、ハニィとジョニが城に戻ってきた。
ヤマザキは、「よ!」と右手をあげる。
髪を下ろしたハニィの姿を初めて見るデュワーズとヒビキは、びっくり仰天していた。
「うわぁぁ!? 推しが美女になってるー!」
「え! どういうことですか?」
ハニィはちょっと照れながら説明をした。
「実は女だったんだ……あはは」
「ぜんぜん大丈夫です! むしろご褒美です!」
「うん、ぼくは男だろうと女だろうとハニィ様を推し続けるよ!」
ヒビキとデュワーズは、「うんうん」と顔を合わせる。
本当に仲良くなったな、この子たち、とヤマザキは思った。
「おつかれハニィくん、ギルドはどうだった?」
「……はい、ギルドは老人の冒険者だらけでした」
「そっか、若者向けにリニューアルしないとな」
「はい……それよりちょっと気になることが」
なんだ? とヤマザキは聞く。
どっと疲れた様子のジョニが、ぬっと話に入ってきた。
「そうなんですよ~、ギルドも大変ですけど、もっと大変なことがあったんです!」
「……はい、私、女性だと公にしたのにヤマザキさんから、くんって呼ばれ続けてます」
「そっちかーい!」
ジョニは綺麗にずっこけた。
「大変なのは、ボウモア王妃のクソみたいな演説じゃないんですか?」
「ああ、そっちね……」
その掛け合いが面白くて、ヒビキとデュワーズは笑い出す。
「笑い事じゃない! 聖女ヒビキだけずるいぞ! 一人だけ、ちゃん呼びなんて!」
ビシッとヒビキを指さすハニィ。
たしかに、とデュワーズも賛同する。
「ぼくなんて呼び捨てだよ! ずっと子ども扱いだし」
「子ども扱いされているのは、わたしもです」
ヒビキはクールに主張する。
そしてヤマザキを、じっと見つめると質問した。
「なぜ、なのですか?」
それは……と答えに困ったヤマザキは、急に走り出す。
教えない、ということらしい。
あっ、まてー! とデュワーズ。
みんなで捕まえましょう、とヒビキ。
くすぐって吐かせよう、寝技は効かない、とハニィ。
鬼ごっこみたいだ。
そんな光景を見つめるジョニは、「やれやれ」と肩をすくめるのだった。
「おじさんなのにモテモテかよ……」
◉
ドン、と食卓には中華料理が並んでいる。
ここはマッカランの部屋。
ヤマザキ、デュワーズ、ヒビキ、ハニィの四人は紫娼館で楽しく食事をしていた。
「さあ、たんと食べとくれぇ」
マッカランの手料理だ。
途中、ヤマザキも手伝ったが、彼女の料理の腕前は一流だった。
「マッカランは料理が上手だな」
「一人が長いからねぇ」
「結婚はしないのか?」
「色恋を売りにしている商売だよぉ? 無理な話だねぇ」
「ふぅん、じゃあそろそろ紫娼館を誰かに任せて引退したら?」
そうだねぇ、とヤマザキをじっと見つめながらマッカランは言う。
ぴきーん、女たちの直感が働く。
(あ、この人もおじさんを狙ってる!)
異様な空気を感じ取ったヤマザキ。
ふと席を立った。
「ちょっとトイレ」
扉を開けて、部屋を出た。
一人になり、新鮮な空気を吸い込む。ここに来たのは目的がある。冷静になれ、と自分の心を鎮めた。
「ふぅ……いくか」
回廊を歩くヤマザキ。
すれ違う太客たちの顔を、チラッと見ては目的の人物かどうか確認する。
違う、こいつも違う。
受付まで来たが、派手な衣装を来た貴族たちはみな、探している人物ではなかった。
ふと、その人物の名を口に出す。
「ダニエル王は来てないか……」
しばらく、柱に隠れながら受付を見張る。
するとそれらしい人物を発見した。
野暮ったい格好に変装しているが、立派な髭に特徴がある。
まぁ、そこまで変装する気もないようだ。
ダニエル王の女好きは有名で、誰もが知っているゴシップである。彼は今宵の踊り子を選び、部屋へと案内されていた。
「さあ、こちらです」
「うむ」
扉が閉まり、踊り子を抱こうとした瞬間、開くはずのない扉が開く。
「なんだ?」
ダニエル王が振り向くと、そこにいたのは異世界から来たおじさんであった。
「こんばんは。ちょっと二人で話そう……」
88
お気に入りに追加
993
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
巻き込まれ召喚された上、性別を間違えられたのでそのまま生活することにしました。
蒼霧雪枷
恋愛
勇者として異世界に召喚されチート無双、からのハーレム落ち。ここ最近はそんな話ばっか読んでるきがする引きこもりな俺、18歳。
此度どうやら、件の異世界召喚とやらに"巻き込まれた"らしい。
召喚した彼らは「男の勇者」に用があるらしいので、俺は巻き込まれた一般人だと確信する。
だって俺、一応女だもの。
勿論元の世界に帰れないお約束も聞き、やはり性別を間違われているようなので…
ならば男として新たな人生片道切符を切ってやろうじゃねぇの?
って、ちょっと待て。俺は一般人Aでいいんだ、そんなオマケが実はチート持ってました展開は望んでねぇ!!
ついでに、恋愛フラグも要りません!!!
性別を間違われた男勝りな男装少女が、王弟殿下と友人になり、とある俺様何様騎士様を引っ掻き回し、勇者から全力逃走する話。
──────────
突発的に書きたくなって書いた産物。
会話文の量が極端だったりする。読みにくかったらすみません。
他の小説の更新まだかよこの野郎って方がいたら言ってくださいその通りですごめんなさい。
4/1 お気に入り登録数50突破記念ssを投稿してすぐに100越えるもんだからそっと笑ってる。ありがたい限りです。
4/4 通知先輩が仕事してくれずに感想来てたの知りませんでした(死滅)とても嬉しくて語彙力が消えた。突破記念はもうワケわかんなくなってる。
4/20 無事完結いたしました!気まぐれにオマケを投げることもあるかも知れませんが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!
4/25 オマケ、始めました。え、早い?投稿頻度は少ないからいいかなってさっき思い立ちました。突発的に始めたから、オマケも突発的でいいよね。
21.8/30 完全完結しました。今後更新することはございません。ありがとうございました!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる