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王位継承編
6 ミニモフの玉 2
しおりを挟む「まるでコロッセオだな……ふぁ~寝み」
ここは魔法学校の武道館。
ヤマザキは席に座り、「ふぁ~」と大きなあくびをしていた。
アーチ型の席に保護者たちが座り、円形の中央にはステージがある。
しばらくすると、でっぷりと太った男が現れた。校長先生なのだろう。
「で~あるからして~本日は晴天にも恵まれ~え~」
くそっ、話しが長い。
ヤマザキは、もう座っているのが苦痛になってきた。
しかし周りにいる保護者たちは、熱心に校長の話しを聞いている、ような気がする? いや、寝てる人もいた。
(俺も子どもができたら、こういう場所に来るんだろうな……)
だが、あまり想像できない。
痺れを切らしたヤマザキは、
「よっこいしょういち!」
と、立ち上がった。
当然、目立っていたが、堂々と歩いてトイレに向かう。
「ふぅ……異世界の校長も同じだな、話し長すぎだっつぅの……」
用を済ませ、手を洗っていると、隣に人が来た。
鏡を見ては、笑顔の練習をしている。
たしかにこの男性は黙っていると、怖い顔をしていた。眼鏡をしているので、余計に表情が読み取りにくい。
「はぁ……」
とため息をつくので、気になったヤマザキは話しかける。
「どうしました? 具合でも悪い?」
「いや、保護者の目線がある中で授業するのは、どうも緊張しまして」
「先生?」
「あ、申し遅れました。地理・歴史を教えてますモンキーショルダーです」
おお、とヤマザキは手を差し伸べた。
洗ったばかりの手で、びしゃびしゃに濡れていたが握手を交わす。モンキー先生は、ちょっとだけ嫌な顔をした。
「デュワーズの家族の者です」
「……お、お父さんでしたか、どうもどうも」
「いや、おれは道具屋で働く従業員みたいなもので、今日は親の代わりに来ました。ヤマザキです」
「それはそれは、ヤマザキさん……おや?」
モンキー先生は、ヤマザキの装備している腕輪に目を奪われた。
(服はボロボロだが、特級魔導具を装備している……このおじさん、ただものじゃない!?)
二人はトイレから出た。
やっと校長の話しが終わったのだろう。ぞろぞろと保護者たちが退出していく。
去り際に、ヤマザキが質問をした。
「デュワーズから聞きました。モンキー先生は魔物を操る魔法が使えるそうですね」
「あはは、仲良くなれた魔物だけですよ」
「なるほど、じゃあ、魔物にも詳しかったりしますか?」
「そうですね、ハイランドに生息する魔物ならだいたいは」
「へー、それはすごい! 珍しい魔物はいますか? 形を自由に変えたりとか?」
うーん、と左上を見るモンキー先生。
突然、思い出したように、ぽんと手を叩いた。
「ミニモフという魔物がアイラ地方にいます。でもアイラ神殿より奥の区域は法令で立入禁止になっているので、発見することはできないでしょう」
「なぜ、立入禁止に?」
「アイラには妖精がいるのです。エルフ、ウンディーネ、ノーム、サラマンダーなどなど、とても神聖な地域なのです。荒くれた冒険者などを排除し、乱獲をしない心の優しい冒険者しか入れないよう、王国が管理しているのですよ」
「ふーん」
「かくゆう私も、本でしか妖精を見たことはありませんけどね、あははは」
「あははは、ありがとうございます」
いえいえ、とモンキー先生は手を振る。
ヤマザキは、「じゃ! ちょっとミニモフに会いにいってきますよ」と笑顔で去っていく。
(ゆったりした人だ……)
と、ヤマザキの背中を見つめるモンキー先生であった。
◉
授業中。
モンキー先生は地理の質問をすると、分かる生徒だけ、「はい!」と挙手をした。
とても簡単な問題だ。
ヤマザキでも理解できる。
『火の魔石は、キャンベル砂漠で採取できるか?』
答えは、バツだ。
火の魔石は、火山地帯にある。
その答えを当てた生徒は、保護者から拍手され、とても誇らしい気持ちになっている。
それにしても、尋常じゃないほどの拍手喝采だ。
きっとこの金髪ドリルの生徒が、クラスのリーダーなんだろう。
「ニッカちゃん、素晴らしい!」
金髪ドリルの母親だ。
やはり髪型が、ぐるぐるの縦巻きロールなのが面白い。
ふと周りの保護者を観察すれば、父親の姿がない。
っていうか、男はヤマザキのみ。
教育は母親の役目なのだろう。
男のヤマザキは、泥だらけの服を着ていることもあり、どうしたって目立っていた。誰も近づいて来ない。
(スーツを着て来るべきだったか……)
いや、ここは異世界。
スーツでも目立つだろう、ヤマザキ。
そうしているうちに、授業もそろそろ終わりの時間が近づく。
「じゃあ、最後に先生が難しい問題を出します」
生徒たちに緊張感が走る。
保護者の目もあり、最後の問題に答えられた生徒は、この地理の授業の勇者になるだろう。
きらり、とモンキー先生の眼鏡が輝く。
「無の魔石は、どこで採取できますか?」
しんと教室が静かになる。
誰も挙手しない。答えが分かる生徒はいないようだ。
いや、スっと手があがった。
薄紅色の髪をした、可愛らしい少女の手があがっている。
モンキー先生が、「デュワーズさん」と指さすと、ゆっくりと彼女は起立した。
「ランス大陸に生息する、ホワイトドラゴンの体内です」
その答えに、教室がざわついた。
保護者たちは唖然とし、ひそひそと生徒たちは陰口を吐く。
「そんなの習ってないわよ」
「なんで知ってるんだ、貧民のくせに」
補足ですが、とデュワーズはさらに続けた。
「宇宙エネルギーの魔石は、迷宮や竜属性魔物の魔素蓄積によって結晶化されます。よって、ホワイトドラゴンは一例に過ぎません。以上です」
これには流石に保護者たちは、ぱちぱちと拍手をした。
金髪ドリルの生徒は、グッと唇を噛んでいる。
ヤマザキは、笑顔で褒め称えた。
「すごいぞー! デュワーズ!」
やめてよ、恥ずかしい……と顔を赤くするデュワーズ。
と、ここで、キンコンカンコン、と終鈴が鳴る。
これで授業は終わりだ。
保護者は生徒とともに下校できるらしい。みな帰り支度をして、親と歩き出した。
モンキー先生に挨拶をして、ヤマザキはデュワーズの机に近づく。
すると、サッと彼女は歩き出した。教室で孤立しているようだ。
生徒や保護者たちはみな、和気あいあいと談笑しているので、余計にそう思う。
デュワーズに近づく生徒は、誰もいない。
「帰るよ、おじさん」
「ああ」
ふと、デュワーズの机を見ると、違和感があった。
何かを消した跡がある。
判別できないが、おまえの席ねぇから、とかそのような言葉だろう。
「デュワーズ、もしかして……いじめられてないか?」
「うるさいなぁ……おじいちゃんには内緒だよ、心配するだろうから」
「でも」
「大丈夫だよ、ぼくは強いからね」
何が強いだ。
泣きそうな顔をしてるじゃないか。
そう思うヤマザキは、ぎゅっとデュワーズの手を握って教室を出た。
◉
「あーん、イラつくわー! 貧民デュワーズ!」
ここは校門の前。
下校する生徒や保護者が去っていくなか、並木道でたむろする女子生徒たちがいる。
金髪ドリル・ニッカと、その仲間の女子生徒たちだ。
「ニッカ様、デュワーズのやつに恥をかかせてやりましょうよ」
「そうね、あ! 汚いおじさんの服を洗ってさしあげましょう! わたしの水魔法で!」
おおー! と騒ぐ女子生徒たち。
するとそこへ、チタが現れた。やはり、もじもじとしている。
「ぁの……そんなことをしてはダメだと……思ぃます……」
あ? と金髪ドリルは怒った。
チタの声が小さいので、めちゃ顔を近づける。
「あんたに関係ないでしょ? どっか行ってよ」
「か、関係はあります。ニッカちゃんだって魔導具で遊びたいでしょ?」
はっ! とする金髪ドリル。
(まだ覚えていたの? 私が魔導具好きだってこと……)
ニコッ、とチタは笑った。
「デュワーズちゃんといっしょにいたおじさん、あの人は父親ではありません。あのおじさんは、魔導具発明家です!」
「嘘……あんな汚い服を着ているのに、ありえないわ」
「ほ、ほんとうです……」
「なに? 声が小さいのよ!」
「本当です! あのおじさんは、魔導具で木をぐにゃぐにゃにしてました」
「ぐにゃぐにゃ……それは面白そうね……でも、とにかく私はデュワーズを濡れ濡れにしないと気が済まないわっ!」
ニッカちゃん! とチタは今日一番大きな声を出す。
しかし、誰にもその声は届かなかった。
◉
「もう離してよ……」
ヤマザキの手を、ぱっと振り解くデュワーズ。
しかし、ほっとけない。
「嫌だ、今日はデュワーズの笑顔を一度も見てない」
「はあ?」
嫌な顔をするデュワーズ。
ヤマザキは強制的に彼女の手を繋ぐ。
とぼとぼ二人は歩き、校門を潜り、並木道を歩いた。
彼女は、ずっと一人で戦っていたのだ。教室で孤立し、いじめられても、必死で耐えている。
(こんなに小さな身体で……)
と、ヤマザキが思っていると。
ぷるん……
巨大な水玉が、ふわりと宙に浮いていた。
「なんだこれ?」
呑気なヤマザキは、「あはは」と上を向いて歩く。
は! としてデュワーズは首を振った。
木の影で隠れる生徒たちを発見する。
金髪ドリル・ニッカと、その仲間の女子生徒たちだ。
「ざまぁね、デュワーズ! ずぶ濡れで帰りなさい! きゃははは!」
ニッカの高笑いが響く。
女子生徒たちも、「ゲラゲラ」と笑っている。
(クソ貴族どもめ……)
デュワーズは貴族たちが大っ嫌いだ。
授業料免除の特待生で入学して以来、ずっといじめてくる。
だが、卒業まで耐えればいい。
そう思っていたが、おじさんまで巻き込んで来たら、こっちだって黙ってない。
ぶん殴ってやろう、と拳を握ったそのとき!
無常にも水玉は落下し、二人に命中した。
ように見えたが、奇跡のカウンター攻撃・バリアバンクルが発動!
巨大な水玉は、ニッカの魔力操作を無視して跳ね返る!!
「ふぇ!?」
情けない声を漏らすニッカ。
気づけば、ずぶ濡れなのはニッカの方だった。
女子生徒たちの制服もびたびたで、もうお嫁にいけないほど、ぐしょぐしょ。
「あれ? またおれ、何かやっちゃったか?」
「なに言ってるの……きもいっ!」
ぽりぽり、と頭をかくヤマザキ。
いつものデュワーズなら爆笑するはずだが、ぷいっと顔を逸らして歩き出す。
そんな二人の姿を遠くから眺める女子生徒がいる。
チタだ。
彼女は、ドキドキと高鳴る胸に両手を当てて、
「美しき、ざまぁ……です!」
と、感動するのだった。
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