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王位継承編
5 ミニモフの玉 1
しおりを挟む魔石。
それは魔力が結晶化した鉱石で、魔導具を動かしたり、守護石にしたり、または異世界から勇者を召喚したり……。
その用途は幅広く、ハイランド王国の文化となっている。
例えば家庭に普及している、火の魔石コンロ、水の魔石バルブ、などは生活に欠かせない魔導具だ。
宣伝するようだが、それらの魔導具が買える店が、ヤマザキの働いている道具屋タリスカーなのである。
ちなみにこの道具屋は、家族経営であった。
製作、修理を祖父タリスカーが担当。
会計、掃除、在庫管理は、孫娘のデュワーズ。
魔石の補充は、冒険者であるフィディックとリベット夫妻の役目だ。
魔石の採取には、高い冒険者ランクが要求される。
それは採取場所が苦境だからだ。
凶暴な魔物の巣窟、深い海の中、マグマが噴火する火山地帯、エルフの里、ドワーフの洞窟、謎の迷宮、恐ろしいドラゴンの体内などなど……。
したがって、夫妻は世界中を旅しており、道具屋にいることは、ほとんどない。
『おかあさーん! おとうさーん!』
ここはデュワーズの夢の中。
泣きさけぶ幼いデュワーズは、両親がいなくて寂しい思いをしていた。
でも、ふらっと母親が帰ってくると、ぎゅっと抱きしめてくれる。
その温もりが、愛しさが、嬉しくて儚くて……。
『あっ、おかあさーん!』
両親はデュワーズから離れ、またすぐに旅立ってしまう。ハイランド王国の文化を守るため、魔石を運ばなくてはならない。
(だったら、ぼくも魔石を採取する側になれば……いっしょに冒険にいけるよね)
そのように幼い頃から、デュワーズは考えていた。
そして、立派な狩人になった今でも……。
ずっと……。
チュンチュン……
庭で小鳥が鳴いてる。
「デュワーズ、おはよう! 朝ごはんよ」
こん、こん、と部屋の扉がノックされる。
優しい母の声も聞こえた。
(そうだ! お母さん、帰ってたんだ!)
飛び起きたデュワーズは、急いで制服に着替えて、ドタバタと階段を駆け下りる。
「なんじゃい、騒々しいのう」
老人タリスカーの小言がうるさい。
だが、根は優しい好々爺だ。もう朝食を食べている。
道具屋の奥には、ちゃんと生活空間があり、店舗兼住宅となっているのだ。
「おじいちゃん、おはよう」
「おはよう……もぐもぐ、あ、そういえば今日は魔法学校でイベントがあったようじゃが?」
「うん、授業参観があるよ、ねぇ、お母さん来れる?」
うーん、とリベットは悔しそうな顔をした。
「ごめんねデュワーズ、馬車の予約してあるのよ、朝ごはんを食べたら出発しなきゃ……」
「えー! もう行くの?」
「うん、フィディックさんを独りにさせたくないし……だって、あの人ったらどんどん先に行っちゃうから、早く追いかけなきゃ」
「はいはい、ラブラブだね~」
つん、とするデュワーズ。
リベットは、ぽっと顔を赤くしている。
すると、タリスカーが空っぽになった皿を持ち上げた。
「おかわり!」
「おじいちゃん、朝からよく食べるね~」
「リベットさんの料理は美味い! 特にこの卵焼きは最高じゃ!」
うふふ、とリベットは微笑んだ。
その笑顔は、またしばらく見れなくなる。
デュワーズは、ちょっとだけ悲しくなったが、めそめそしてはダメだ。
そう自分に言い聞かせて、もぐもぐとパンを頬張る。
リベットは、大盛りの卵焼きが乗った皿をタリスカーに渡した。
「おじいさん、私の代わりに授業参観に行ってくれませんか?」
「嫌じゃ、わしはポーションを作らんといかん」
「あら、困ったわね……あ! そうだ、ヤマザキさんなんてどうかしら?」
「それはいい、そうしてくれ」
「じゃあデュワーズ、そういうことで~あ、後片付け、よろしくね」
ちょっと、お母さん! とデュワーズは叫ぶが、リベットの意識はもう冒険に向かっている。
旅の支度をしたリベットは、扉を開けて出ていった。
「いってきまーす」
「達者でな」
「いってらっしゃい……」
もりもり食べるタリスカー。
その隣で、ずずず、とスープをすするデュワーズであった。
◉
「おじさん、いっしょに魔法学校に来て!」
と、なぜか、ぷりぷりと怒っているデュワーズの手に引っ張られ、ヤマザキは農作業を中断された。
そして彼の眼前には、でーんと城のような校舎が現れる。
王立モルト魔法学校。
有名な冒険者を数多く輩出してきた、ハイランド王国きっての名門校である。
その歴史は古く、ほとんどの生徒が貴族の子女でもある。
そんな由緒ある校舎に向かい、並木道を歩く生徒とその両親たち。
優雅に友人と話しながら登校する彼らだったが、一人のおじさんが校門を潜って姿を現した瞬間、校内の空気が変わった。
「やだ、なにあのおじさん。汚いわ~」
「貧民デュワーズの隣にいるから、きっと父親ね」
「農夫かしら……服が泥だらけ」
「でもデュワーズって道具屋じゃなかった?」
「うん、あの子、いつもポーションくさいもんね、あははは」
ヤマザキは明らかに浮いていた。
周りは派手な衣装の貴族たちばかり。ぽつん、と彼だけがラフな服を来ていた。
デュワーズは恥ずかしくなり、足早に掛けていく。
(やっぱりこうなったか……まぁ、お母さんを連れて来ても同じこと……しゃあない十人十色!)
そう思い下を向くデュワーズの顔を、ヤマザキは覗き込む。
「デュワーズ、どうした? 今日はまったく笑わないな……」
「笑えないよ! 聞こえてるでしょ? 貴族たちの声! ぼくたちバカにされてるんだよ!」
「別にいいじゃないか。ボロは着てても心は錦」
は? とデュワーズは、あんぐり口を開ける。
また異世界の言葉か。
と思い、さっさと教室に入っていく。
ヤマザキも着いていこうとしたが、
「おじさんはあっち! 武道館に行って!」
とデュワーズに指示された。
そちらに顔を向けると、まるで闘技場のような建造物があり、先生だろうかプラカードを持った人がいる。
『保護者の方は、こちらでお待ちください』
そのように書いてあった。
ヤマザキは、悠々と散歩みたいに歩いて、武道館に向かう。
(ほんっと、おじさんってゆったりしてる……)
とデュワーズがヤマザキの背中を見つめていると。
「ぉぉ………ぉはよぅございますぅ……」
蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
ん? と振り返るとクラスメイトの女子生徒・チタが、もじもじしながら立っている。
「なに?」
「あの……いっしょに歩いていた方って……慰霊式典で表彰されていたおじさんですよね?」
「うん、そうだね、式典に来てたの?」
「はい、一応、王族ですから……」
「ふーん」
あのっ、とチタは声をかける。
まだ何か? とデュワーズはチタの顔を横目に見た。
「今度、道具屋に遊びに行ってもいいでしょうか? 魔導具を作っているところを見てみたいのです」
「は? 別にいいけど……でも貧民街だよ? いいの?」
「はい、行ってみたいのです」
変なお嬢様だ。
と、デュワーズは思う。
しかし、自分といっしょにいてはダメだ。巻き込みたくない。
近づいてくるチタと離れ、教室に向かうのだった。
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