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王位継承編
2 髪を乾かす魔導具 2
しおりを挟む「ヤマザキさん、見て、あの魔物なんてどう?」
ここは乾いた気候地帯・キャンベル砂漠。
ハイランド王国を南下すると海があり、砂だらけの陸地が広がっていた。
馬は流木に繋いでいる。
岩陰に隠れていたデュワーズは、遠くにいる魔物に指をさす。
隣にいるヤマザキは、「うーん」と唸り声をあげる。ふつうに、ビビっていた。
なぜなら狩人の指さす魔物が、とても大きかったからだ。
ドスン、ドスン……
(でけぇ……)
その見た目はラクダ。
だが大きさが半端ない。高層マンションくらいある。
欠点をあげるなら動きが鈍いことだが、絶対に倒せない魔物なのは明らかだ。
ヤマザキは、キョロキョロと見渡す。
「他に魔物はいないか?」
「ん~、あそこに小さいサソリとかヘビとかいるけど、土の中に潜ってるから熱に強くはないかも」
「……耐熱性がいるからな、くそっ、あの バカでかい魔物しかないか~」
トールラクダ、と魔物の名前を言うデュワーズ。
肌の日焼け止めクリームを塗りながら、のほほんとしていた。
「別に倒さなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「ちょっとだけ足の皮を剥ぎ取れば」
「そんなことできるのか?」
「ぼくたちならできると思うよ。それよりクリームを塗ってあげるよ」
「……!?」
ぬりぬり、と腕に日焼け止めを塗られるヤマザキ。
自分でやるよ、と拒否ってクリームを奪い取った。デュワーズは、むっとする。
「ほんっと、恥ずかしがり屋だね~まさか彼女できたことない?」
「うるさいな……それより作戦は?」
「簡単だよ、トールラクダの攻撃を跳ねかせばいい」
「バリアバンクルで?」
「うん」
「おまっ……!? 魔石の力が足りなかったら、おれ死ぬって言ったのはデュワーズだろ!」
「そうだったね」
「却下! その作戦はダメ、絶対ダメ!」
じゃあ、とデュワーズは別の案を出す。
「急いで剥いで逃げる!」
「それしかない!」
二人の意見は一致した。
全速力でトールラクダに挑む。
異世界に来て、地味に修行をしていたヤマザキ。その脚力はデュワーズより速かった。
「はやっ! ぼくは弓矢で気を引いておくよ」
「わかったー!」
狩人は、トールラクダの顔に目掛けて矢を放つ。
びっくりしたトールラクダは足を止めた。
チャンスだ。
大きな魔物の足が下がり、ブワッと砂埃が舞う。
悪い視界の中、ダガーを装備したヤマザキは、ザクザクと魔物の皮を剥ぎ取っていく。
足に痛みが走ったようだ。
ゆっくりとトールラクダの足があがる。
「うわっ!」
失敗だ。
まだ剥ぎ取りの途中だった。ヤマザキは魔物の後ろ足に移動する。
今度はもっと素早くダガーで切り裂く。
「やった!」
ぼとっと皮が剥がれた。
また痛みが走ったようだ。トールラクダの後ろ足があがる。
ヤマザキは急いで皮を回収した。
舞い上がる砂埃で、前も後ろもわからない。このまま後ろ足で潰されやしないか、と不安でいっぱいだが、止まっちゃダメだ。とにかく走るしかない。
と、そのとき!
ヤマザキの手が引っ張られた。誘導されるように走っていく。
「こっちだよ!」
「デュワーズ!」
ボワッと砂埃から抜け出た二人。
手を繋ぎながら走りまくる。
かなり遠くまで来たところで、ヤマザキは繋いでいる手を凝視した。
「ありがとう……」
「お、素直じゃん」
ニヤッと笑うデュワーズ。
屈辱だった。子どもに助けられるなんて、ヤマザキは嫌だったのだ。
なぜなら、ここは異世界。
ラノベで読んだ物語は、どれも主人公がヒロインを助けるのが当たり前。
当然、自分もそうなりたかった。
それなのに、ヤマザキは無能。特別なスキルもない。デュワーズには、助けられてばかり。
(せめて魔導具をつくって役に立とう!)
ヤマザキは、もう片方の手にある魔物の皮を見つめていた。
◉
「あら~これいいわ♡ 髪の毛がすぐに乾くぅ」
ここは商店街にあるバーバートリス。
化粧した筋肉おねぇ・トリスの手には、ドライヤーの形状をした魔導具があった。
髪を乾かしてもらってるヤマザキは、「ふふん」と気持ち良さそうに微笑んだ。
髪は綺麗にカットされ、髭もない。鏡に映っている自分は、かなり若返って見えた。
「それ、プレゼントするよ」
「あら、いいの?」
「うん」
「ヤマザキさんありがと♡ 大切にするわ、えっと……この魔導具の名前は?」
髪を乾かす魔導具、とヤマザキは誇らしげに答えた。
持ち手にはトールラクダの皮を使用。耐熱の問題はクリアしている。
完璧だ。
髪を切ったあと、しばらく店にいたヤマザキ。
自分の製作した魔導具によって、気持ち良さげに女性客の髪が乾かされていく。そのような光景を見て、
「やった」
と小さくガッツポーズをするのだった。
◉
「ヤマザキさん、髪、切られたんですね、髭も……」
ここはモーレンジの森の中。
焼け焦げた木々は未だ散在するものの、慰霊式典が催される区域だけは、まるで公園のように整然とされていた。
ハニィは、ヤマザキの容姿を見てドキドキしている。異世界に来て、どんどん変化していくおじさんに驚いてもいた。
(髭もよかったけど……爽やかなのもステキだ)
羽兜の奥で、顔が赤くなっている。
するとそこへ、魔術師が近づいてきた。
「ハニィ王子、そろそろ時間です……」
「わかった」
一段と低い声を出すハニィ。
本当は女性だと知っているヤマザキは、「うーん」と重い声音を吐いた。
(ハニィはなぜ男装してるのだろう?)
よく分からないが、ジェンダーレスなのかもしれない。
前世でも多様性が大切だった。
ハニィのような女性も受け入れるべきだ。
と、ひとりヤマザキが納得していると、山火事を鎮火した功労者たちが全員そろった。
道具屋の娘デュワーズ。
農夫ゴイン、それとラフロイグたち。
食堂の店主ターキー。
みんなステージの上に立っているので、そわそわと緊張している。
すると、パパーン! と楽器が高鳴る。
慰霊式典が始まったようだ。
ハニィが挨拶をし、黙祷を捧げる。
小さく鳥の鳴き声だけが、しんとした森の中に響いた。
次にダニエル王から褒美を受け取った。
金貨10枚だ。
金貨一枚が、日本円でいうと1万円の価値がある。みんな大喜びだ。
そしてダニエル王は、集まった民衆の前で高らかに宣言した。
「ジャック亡き今、ハニィが我がハイランド王国の王位継承者である!」
おおー! と歓声があがる。
当のハニィは黙ってそれを受け入れていた。その表情は、深く羽兜をかぶっていてよく見えない。
一方、爪を噛むのはボウモア王妃だ。
隣にいる幼い男の子・バランタイン王子は母親の歪んだ顔を見て、「ははさま、こわい……」と泣きそうになっている。
ここからの慰霊式典は、悲しい様相とは打って変わって、華々しいものとなった。
ダニエル王が、ぱんぱんと手を叩く。
するとどこからか、紫色の衣装をまとう美女たちが現れた。
彼女たちをまとめるのは、紫娼館の女将マッカラン。年齢は不詳で、魔力で若さを保っていると噂されている。
また紫娼館とは、王国で公認された売春宿のことで、踊り子と称される女性のなかには、豪邸が建設できるほどの高値がつくこともあった。
そんな踊り子たちは、美しい楽器の演奏に合わせ、まるで天にも昇るような動きで、民衆たちを楽しませる。
特に喜んでいるのは、王国の家臣である貴族たちだ。
色気むんむんの踊り子たちに、鼻の下が伸びている。
そんな中、ひとりだけまったく踊れない少女がいた。
聖女ヒビキだ。
「うう……異世界なんて嫌い……」
ヒビキは泣きながら立っていた。
それでも、何とか踊ってもらおうと隣いる少女が手を取る。
無理にでも踊らないと、後で怖い。
マッカランのしごきは有名で、傷跡がついて売れなくなった踊り子の末路は、誰も知るよしもない。
「ヤマザキさん、あれを見てください」
「ん?」
ハニィに話しかけられ、ヤマザキは顔をあげた。
華奢な指がさす方を見ると、踊り子になったヒビキがいる。
ヒラヒラした慣れない衣装で転びそうになりながらも、何とか動いて踊りを誤魔化していた。
「なんであんなところに?」
「紫娼館です。ヒビキはそこに売られました。ダニエル王は山火事を鎮火したら解放すると約束したのに……あの嘘つきオヤジ」
「ししょうかん? なにそれ?」
「女性が買える店、と言ったところでしょうか」
ぷるぷる、とハニィの拳が震えていた。
怒ってるようだ。ヤマザキは、だいたい理解をした。
「必要なくなったら、ポイってことだな、ダニエル王がやりそうなことだ」
「はい、紫娼館の用心棒たちの警護は硬く、女将マッカランの魔力は王国一。彼女の魔力探知は、魔物一匹たりとも逃しません。強引な救出は、戦争と同類ですね」
「あんな綺麗な顔して魔力があるのか……」
「ヤマザキさんってああいう、東洋の美女がタイプですか?」
「いや、そうでもないよ」
ほっと胸をなでおろすハニィ。
ヤマザキはハニィの顔を覗いてみた。やはり男には見えない。いつか女性だとバレやしないか、心配になる。
「ハニィくんは王子になりたかったんだな」
「……い、いえ、そういう理由ではありません」
「ん?」
ヤマザキはハニィの鎧を見つめた。
少し恥ずかしそうに、ハニィは下を向く。
「ダニエル王の言いつけで、この格好してただけで……私はどうやらお兄様の予備だったようです」
「そうか、まぁ、生きてると嫌なこともあると思うが、俺はハニィくんの味方だ!」
「あ、ありがとうございます……」
羽兜の下で、顔を赤くするハニィ。
気づけば慰霊式典はクライマックスに差し掛かる。
きっと泣いてしまうと思っていたが、終わってみれば怒りの方が強い。
王国への不信感。腐った政治体制を根本から変えなくてはならない。
だが、焦ってはダメだ。ゆっくりとひとつずつだ。
まず本日、慰霊式典は成功で幕を閉じたと言える。
それに心強い味方もいることも確信した。とても頼もしい、異世界から来たおじさん。
「どした?」
「なんでもありません」
羽兜の奥で光る、エメラルドの瞳。
じっと見てくるハニィのことを、変なやつ……と思うヤマザキであった。
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