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王位継承編
1 髪を乾かす魔導具 1
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恐ろしい山火事が鎮火して、数日がすぎた。
ハイランド王国は、ぽっかりと焦土化したモーレンジの森に慰霊碑を建設している。
崩御した王子ジャック。
山火事で命を燃やした、衛兵や魔術師たちを弔うためだ。
なお、勇者リクの行方は、未だ不明のままである。
「ジャック様の名前はこんな感じか?」
「ん~もうちょっと大きいほうがいいのでは……」
「うんうん」
適当な言葉が飛び交う。
魔術師たちは、せっせと慰霊碑の制作に土魔法を使っていた。
一方、衛兵たちは石を運んでいる。
その先頭に立って指示を出すのは、新しい王位継承者・ハニィだ。
「おーい! もっと石を積んでくれー!」
透き通るような美しい声が響く。
羽兜と凛々しい鎧がよく似合う剣士の格好、すらっとした長い手足、ふんわり丸みのあるヒップ。
むさ苦しい衛兵たちが、
(王子……今日もお美しい……)
と、うっとりしていた。
怪しい目線に気づいたハニィは、びしっと指をさす。
「おい、さっさと運べ~!」
はっ! と返事をする衛兵たち。
ハニィは完成間近の慰霊碑を見つめ、腐った王国を統治すると心に誓っていた。
(時間はかかってもいい。誰に何を言われてもいい。男のままでもいい……)
そのために、まずはやるべきことがある。それは慰霊式典だ。
慰霊碑が完成したら、国王や家臣たち、それに山火事を鎮火してくれた功労者ヤマザキたちを集め、ここで盛大に開催しなければならない。
そして、それを取り仕切るのが、新しく実権を握った王子のつとめなのである。
そんなハニィは、慰霊碑に刻まれる名を、心の箱に閉じ込めるようにささやくのだった。
「お兄様……」
◉
「おりゃっ!」
「はっ!」
清々しい青い空が広がる早朝。
すくすく育つ麦の穂が、風に揺れている。
そのようなゴイン農場で戦う、二人の男たちがいた。異世界から来たおじさん・ヤマザキ。と、相手は盗賊から足を洗った青年・ラフロイグだ。
カンカンカン!
彼らの装備している武器は木刀で、激しくぶつかる音が響く。
そう、二人は剣の稽古をしていたのだ。
当然、バリアバングルは装備からはずしてある。
「うりゃっ!」
「……ッ!!」
剣の腕はラフロイグの方が上だった。ヤマザキは守ってばかりいる。
どっこいしょ、と鍬を置いたゴインや農業仲間たちは、ガヤガヤと観戦をしていた。
「やっぱりラフロイグは強いな~」
「うん、盗賊をやる前は、勇者候補までいったんだぜ」
「そうなのか……」
「おいおいっ! ヤマザキさんも負けてないぞ!?」
ラフロイグの剣撃を、サッとかわすヤマザキ。
そこから身体を反転して攻撃をする。
だが、ラフロイグは宙返りをして回避した。冷たい朝の空気が、ぴんと張り詰める。
「おお!」
「やばっ! ヤマザキさん、どんどん強くなってる!」
「おじさんなのに、体力どうなってんだよ!?」
はぁ、はぁ、と息を荒げたヤマザキとラフロイグは、互いの健闘を称え合うように見つめていた。
「おしかったっすね、ヤマザキさん」
「くっそ~、もうちょっとで、一本取れたのに……」
悔しがるヤマザキ。
ラフロイグは、「あはは」と笑っている。ヤマザキの剣術の成長が嬉しいようだ。
(もっと早くヤマザキさんと出会っていたら……)
と、ラフロイグが反省していると、ゴインが、ぱちぱちと盛大に拍手をする。
「さあ、今日はここまでにしてあがろう!」
へーい、とみんな返事をし、風呂に向かう。
そして、気持ちよく湯に浸かる。
するとそこへ、羽兜をした剣士が現れた。完璧に武装したハニィだ。
こんな貧民街にどうした?
みんな湯の中で、唖然としていた。
そんなハニィは歩いて近づいていたが、男たちが風呂に入っていることに気づき、
「……」
無言で立ち止まる。
ラフロイグは、「ハニィ様、なんか用っすか?」とたずねた。
羽兜の下は、顔がまっかだ。
みんなハニィの行動が謎であったが、ヤマザキには何となく理解できたので、面白いから黙って見ていた。
それでもハニィは、がんばって声を出す。
「みみみ、みなさんに……ほ、ほ、ほ、報告が、が、が、ありまっす!」
「だったら、風呂からあがって聞きますよ~」
ざぶん、と湯から立ち上がるラフロイグ。
きゃっ、となるハニィは両手でバツをつくる。
「出ないでっ!」
「は?」
「絶対に出ないでっ! そのまま聞いてください」
「何なんすか?」
「まもなく慰霊式典がモーレンジの森でありますので、みなさん参加してくださいっ! 王様から褒美もあります。以上です!」
ハニィは早口でそう言うと、ぴゅーん、と走っていく。
みんな、よっしゃー! と顔を合わせて喜んだ。
ヤマザキは、みんなの笑う顔を見て、異世界に来てよかったな、としみじみ思う。
温かい湯をすくって頭皮につける。ぼうっと空を見上げた。
「ヤマザキさん、髪、伸びましたね」
ラフロイグがヤマザキの長髪に指をさす。
たしかにその通りだ。
異世界に来て、はや一ヶ月が過ぎようとしていた。ヤマザキの髪はぼうぼう、髭も伸びまくり、まるで侍のような見た目である。
「美容室、予約しなくちゃ……」
とつぶやく。
だが、ネット予約できんな、と思うヤマザキであった。
◉
「髪を切りたいじゃと?」
ここは道具屋タリスカー。
店主の老人は、自慢の髭を触りながら、「うーん」と記憶を探るように答えた。
「商店街に……たしか、バーバートリスという理髪店がある、よし、わしもいこう、ちょうど髭を切ってもらいたかったんじゃ」
たしかに、老人タリスカーの髭は長い。
いつから伸ばしているのだろう。胸くらいまである。
「そうしなよ~」
レジの方から可愛い声が響く。
看板娘のデュワーズだ。
ポーションの在庫管理をしているのだろう。彼女の手には青い瓶。机にはメモ帳とインクのついた筆があった。
「おじさんの髭も好きだけど、髭がないときも好きだよ」
ふーん、とニヤつくヤマザキ。
磨いていた火の魔石をしまい、立ち上がった。
「じゃあ、タリスカーさん、案内してくれ」
「そう急ぐな、年寄りはすぐに動けんのだから……よっこいしょういち!」
あ! とデュワーズが反応した。
椅子から立ち上がるタリスカーは、どした? という顔だ。
「それ、ヤマザキさんがよく言う掛け声だ、よっこいしょういち! あははは」
「いかん、うつってしもうた、がははは」
「いってらっしゃい」
「留守番たのむぞ、デュワーズ」
はやく行くぞ、とヤマザキは急かす。
二人は道具屋を出て、商店街を歩く。すると街ゆく人から、
「ヤマザキさーん」
「また食べにいくねー」
「木の食器つかってるよ」
と声をかけられる。
山火事の災害以来、ヤマザキは有名人になりつつあるのだ。
タリスカーは、そのことが嬉しかった。
自分のことを師匠と呼ぶ異世界人に、最初は不気味だと思っていたが、今では良き友人のようだ。
そんなことを思っていると、目的の店・バーバートリスについた。
窓から見えるのは、整然と並んだ椅子に鏡、女性客の髪を切っているハサミ、店員だろうか、ゴツい腕が見える。
「ここじゃよ」
「床屋って感じだな……」
店に入ってみた。
え? ヤマザキは度肝を抜かれた。
「いらっしゃいませ~♡」
ゴツい男、いや、お姉さん?
化粧をした筋肉むきむき野郎が、ハサミを持って、ちょきちょきしている。
(こいつが美容師かよ……!?)
驚愕するヤマザキ。
その一方で、女性客は店長を信用しきっているようだ。膝におく雑誌に目を落として、ふぁ~とあくびしている。
タリスカーは常連のようで、ドガッと待ち合いの椅子に座った。
「トリスさん、今日は予約でいっぱいかのう?」
「ううん、彼女の次に切れるわよ。それよりタリスカーさん一年ぶりじゃなぁい?」
「そうじゃったか……」
「そうよん……あら?」
トリスの目が光る。
ヤマザキをロックオンしていた。
「やだ、お連れの方、イケオジじゃない……ステキ♡」
「ああ、ヤマザキさんじゃ、わしといっしょに切ってもらえるかのう」
「もちろん、いいわよ」
ちょきちょきとハサミを動かすトリス。
その腕は一流のようだ。みるみるうちに女性客の髪を整えていく。
そしてシャンプーをするのだが、客は前に倒れ、洗面台の中に頭を入れた。
(え? 前なの? ふつうシャンプーは後ろだろ!?)
ヤマザキには信じられなかった。
シャンプーが終わると、水が滴り、びたびたのままタオルドライされている。
ここは異世界だ。
ドライヤーはない。
女性客は、ずっとタオルドライのままだ。
これにはヤマザキは、「ありえない……」と首を振った。
「タリスカーさん……おれ、魔導具つくってくるわ」
「え? 次、髪切るんじゃぞ?」
「嫌だ、ドライヤーがないもん」
「は? どらいやぁ? なんじゃそれ?」
「髪を乾かす道具だよ! 火と風の魔石をかりるぜ」
「何か閃いたようじゃな?」
「うん」
ヤマザキは店から出ていった。
残されたタリスカーは、ふっと笑う。
トリスは、「るんるん♪」と鼻歌を歌いながら女性客をタオルドライするのであった。
◉
「よし、作ってみるか」
道具屋に戻っていたヤマザキ。
木材粘土の杖で、ぐにゃりと木を加工して筒と持ち手の部分を作り、それらを結合させる。
それと魔石を接続する穴を開けた。
用意しているのは、赤い火の魔石と緑の風に魔石だ。
道具屋の倉庫には、いくつか自然由来の魔石・火、水・風・土がストックされている。長年タリスカーが溜め込んだものだ。ありがたく、使わせてもらう。
「できた……試してみるか」
魔石は衝撃を与えると発動する。
持ち手に設置したスイッチを押す。
見事、そよそよと風が筒から流れてきた。
冷たい風は成功だ。
風量の調節は、スイッチを押す回数で変えることができる。
しかし、風を止めることができない。
しばらく時間が経つと、自然に止まる。
魔導具の欠点は、こちらの任意で停止できないことなのだ。
「そこは改良しないとな……まぁ、いいや、よし、火の魔石をつけて温風を試そう」
カチッと火の魔石を発動。
じわじわと温かい風が出てきた。
やった、成功だ! と思われたが、ダメだ。
「あっつ!」
持ち手が熱い。
木は熱を伝えにくいが、火の魔石は威力がある。いくら優しい衝撃に変えても、どうしても熱くなってしまう。しかも時間が経過しないと停止しない。完全に欠陥品だ。
「くそっ、温風のとき持てないと使えないぞ……」
困ったヤマザキは頭を抱える。
工房を覗いていたデュワーズだが、真剣なヤマザキの顔を、ずっと見ていたくて黙っていた。
するとそこへ、タリスカーが帰ってくる。
工房を覗くデュワーズの背中に、「わっ!」と大きな声を出した。
「きゃっ! びっくりした……も~おじいちゃん!」
がははは、とタリスカーは笑う。
ヤマザキは悩んでいて、きゃっきゃっする二人に興味がない。
たまらず、デュワーズが話しかける。
「おじさん、どうしたの?」
「持ち手が熱くなってしまうんだ……」
「ふーん」
ふぉふぉふぉ、と笑うタリスカーが横に立った。
「ヤマザキさん、魔導具製作の基本は、何じゃったかの?」
「基本は……融合だ!」
「そうじゃ!」
「ありがとうタリスカーさん、そうだった、魔物の素材を融合しなくちゃ……熱に強い魔物がいいな」
魔物に詳しいのはデュワーズだ。
見た目は可愛い少女だが、弓を使わせたら超一流の狩人になる。
「それならキャンベル砂漠に行ってみる? 熱い地面を歩く魔物がいるよ」
いく! とヤマザキは答えた。
二人は冒険の準備をして道具屋から出ていく。
残されたタリスカーは、悲しそうに短くカットされた髭を触っていたのだった。
「うう……誰も気づいてくれんかった……」
ハイランド王国は、ぽっかりと焦土化したモーレンジの森に慰霊碑を建設している。
崩御した王子ジャック。
山火事で命を燃やした、衛兵や魔術師たちを弔うためだ。
なお、勇者リクの行方は、未だ不明のままである。
「ジャック様の名前はこんな感じか?」
「ん~もうちょっと大きいほうがいいのでは……」
「うんうん」
適当な言葉が飛び交う。
魔術師たちは、せっせと慰霊碑の制作に土魔法を使っていた。
一方、衛兵たちは石を運んでいる。
その先頭に立って指示を出すのは、新しい王位継承者・ハニィだ。
「おーい! もっと石を積んでくれー!」
透き通るような美しい声が響く。
羽兜と凛々しい鎧がよく似合う剣士の格好、すらっとした長い手足、ふんわり丸みのあるヒップ。
むさ苦しい衛兵たちが、
(王子……今日もお美しい……)
と、うっとりしていた。
怪しい目線に気づいたハニィは、びしっと指をさす。
「おい、さっさと運べ~!」
はっ! と返事をする衛兵たち。
ハニィは完成間近の慰霊碑を見つめ、腐った王国を統治すると心に誓っていた。
(時間はかかってもいい。誰に何を言われてもいい。男のままでもいい……)
そのために、まずはやるべきことがある。それは慰霊式典だ。
慰霊碑が完成したら、国王や家臣たち、それに山火事を鎮火してくれた功労者ヤマザキたちを集め、ここで盛大に開催しなければならない。
そして、それを取り仕切るのが、新しく実権を握った王子のつとめなのである。
そんなハニィは、慰霊碑に刻まれる名を、心の箱に閉じ込めるようにささやくのだった。
「お兄様……」
◉
「おりゃっ!」
「はっ!」
清々しい青い空が広がる早朝。
すくすく育つ麦の穂が、風に揺れている。
そのようなゴイン農場で戦う、二人の男たちがいた。異世界から来たおじさん・ヤマザキ。と、相手は盗賊から足を洗った青年・ラフロイグだ。
カンカンカン!
彼らの装備している武器は木刀で、激しくぶつかる音が響く。
そう、二人は剣の稽古をしていたのだ。
当然、バリアバングルは装備からはずしてある。
「うりゃっ!」
「……ッ!!」
剣の腕はラフロイグの方が上だった。ヤマザキは守ってばかりいる。
どっこいしょ、と鍬を置いたゴインや農業仲間たちは、ガヤガヤと観戦をしていた。
「やっぱりラフロイグは強いな~」
「うん、盗賊をやる前は、勇者候補までいったんだぜ」
「そうなのか……」
「おいおいっ! ヤマザキさんも負けてないぞ!?」
ラフロイグの剣撃を、サッとかわすヤマザキ。
そこから身体を反転して攻撃をする。
だが、ラフロイグは宙返りをして回避した。冷たい朝の空気が、ぴんと張り詰める。
「おお!」
「やばっ! ヤマザキさん、どんどん強くなってる!」
「おじさんなのに、体力どうなってんだよ!?」
はぁ、はぁ、と息を荒げたヤマザキとラフロイグは、互いの健闘を称え合うように見つめていた。
「おしかったっすね、ヤマザキさん」
「くっそ~、もうちょっとで、一本取れたのに……」
悔しがるヤマザキ。
ラフロイグは、「あはは」と笑っている。ヤマザキの剣術の成長が嬉しいようだ。
(もっと早くヤマザキさんと出会っていたら……)
と、ラフロイグが反省していると、ゴインが、ぱちぱちと盛大に拍手をする。
「さあ、今日はここまでにしてあがろう!」
へーい、とみんな返事をし、風呂に向かう。
そして、気持ちよく湯に浸かる。
するとそこへ、羽兜をした剣士が現れた。完璧に武装したハニィだ。
こんな貧民街にどうした?
みんな湯の中で、唖然としていた。
そんなハニィは歩いて近づいていたが、男たちが風呂に入っていることに気づき、
「……」
無言で立ち止まる。
ラフロイグは、「ハニィ様、なんか用っすか?」とたずねた。
羽兜の下は、顔がまっかだ。
みんなハニィの行動が謎であったが、ヤマザキには何となく理解できたので、面白いから黙って見ていた。
それでもハニィは、がんばって声を出す。
「みみみ、みなさんに……ほ、ほ、ほ、報告が、が、が、ありまっす!」
「だったら、風呂からあがって聞きますよ~」
ざぶん、と湯から立ち上がるラフロイグ。
きゃっ、となるハニィは両手でバツをつくる。
「出ないでっ!」
「は?」
「絶対に出ないでっ! そのまま聞いてください」
「何なんすか?」
「まもなく慰霊式典がモーレンジの森でありますので、みなさん参加してくださいっ! 王様から褒美もあります。以上です!」
ハニィは早口でそう言うと、ぴゅーん、と走っていく。
みんな、よっしゃー! と顔を合わせて喜んだ。
ヤマザキは、みんなの笑う顔を見て、異世界に来てよかったな、としみじみ思う。
温かい湯をすくって頭皮につける。ぼうっと空を見上げた。
「ヤマザキさん、髪、伸びましたね」
ラフロイグがヤマザキの長髪に指をさす。
たしかにその通りだ。
異世界に来て、はや一ヶ月が過ぎようとしていた。ヤマザキの髪はぼうぼう、髭も伸びまくり、まるで侍のような見た目である。
「美容室、予約しなくちゃ……」
とつぶやく。
だが、ネット予約できんな、と思うヤマザキであった。
◉
「髪を切りたいじゃと?」
ここは道具屋タリスカー。
店主の老人は、自慢の髭を触りながら、「うーん」と記憶を探るように答えた。
「商店街に……たしか、バーバートリスという理髪店がある、よし、わしもいこう、ちょうど髭を切ってもらいたかったんじゃ」
たしかに、老人タリスカーの髭は長い。
いつから伸ばしているのだろう。胸くらいまである。
「そうしなよ~」
レジの方から可愛い声が響く。
看板娘のデュワーズだ。
ポーションの在庫管理をしているのだろう。彼女の手には青い瓶。机にはメモ帳とインクのついた筆があった。
「おじさんの髭も好きだけど、髭がないときも好きだよ」
ふーん、とニヤつくヤマザキ。
磨いていた火の魔石をしまい、立ち上がった。
「じゃあ、タリスカーさん、案内してくれ」
「そう急ぐな、年寄りはすぐに動けんのだから……よっこいしょういち!」
あ! とデュワーズが反応した。
椅子から立ち上がるタリスカーは、どした? という顔だ。
「それ、ヤマザキさんがよく言う掛け声だ、よっこいしょういち! あははは」
「いかん、うつってしもうた、がははは」
「いってらっしゃい」
「留守番たのむぞ、デュワーズ」
はやく行くぞ、とヤマザキは急かす。
二人は道具屋を出て、商店街を歩く。すると街ゆく人から、
「ヤマザキさーん」
「また食べにいくねー」
「木の食器つかってるよ」
と声をかけられる。
山火事の災害以来、ヤマザキは有名人になりつつあるのだ。
タリスカーは、そのことが嬉しかった。
自分のことを師匠と呼ぶ異世界人に、最初は不気味だと思っていたが、今では良き友人のようだ。
そんなことを思っていると、目的の店・バーバートリスについた。
窓から見えるのは、整然と並んだ椅子に鏡、女性客の髪を切っているハサミ、店員だろうか、ゴツい腕が見える。
「ここじゃよ」
「床屋って感じだな……」
店に入ってみた。
え? ヤマザキは度肝を抜かれた。
「いらっしゃいませ~♡」
ゴツい男、いや、お姉さん?
化粧をした筋肉むきむき野郎が、ハサミを持って、ちょきちょきしている。
(こいつが美容師かよ……!?)
驚愕するヤマザキ。
その一方で、女性客は店長を信用しきっているようだ。膝におく雑誌に目を落として、ふぁ~とあくびしている。
タリスカーは常連のようで、ドガッと待ち合いの椅子に座った。
「トリスさん、今日は予約でいっぱいかのう?」
「ううん、彼女の次に切れるわよ。それよりタリスカーさん一年ぶりじゃなぁい?」
「そうじゃったか……」
「そうよん……あら?」
トリスの目が光る。
ヤマザキをロックオンしていた。
「やだ、お連れの方、イケオジじゃない……ステキ♡」
「ああ、ヤマザキさんじゃ、わしといっしょに切ってもらえるかのう」
「もちろん、いいわよ」
ちょきちょきとハサミを動かすトリス。
その腕は一流のようだ。みるみるうちに女性客の髪を整えていく。
そしてシャンプーをするのだが、客は前に倒れ、洗面台の中に頭を入れた。
(え? 前なの? ふつうシャンプーは後ろだろ!?)
ヤマザキには信じられなかった。
シャンプーが終わると、水が滴り、びたびたのままタオルドライされている。
ここは異世界だ。
ドライヤーはない。
女性客は、ずっとタオルドライのままだ。
これにはヤマザキは、「ありえない……」と首を振った。
「タリスカーさん……おれ、魔導具つくってくるわ」
「え? 次、髪切るんじゃぞ?」
「嫌だ、ドライヤーがないもん」
「は? どらいやぁ? なんじゃそれ?」
「髪を乾かす道具だよ! 火と風の魔石をかりるぜ」
「何か閃いたようじゃな?」
「うん」
ヤマザキは店から出ていった。
残されたタリスカーは、ふっと笑う。
トリスは、「るんるん♪」と鼻歌を歌いながら女性客をタオルドライするのであった。
◉
「よし、作ってみるか」
道具屋に戻っていたヤマザキ。
木材粘土の杖で、ぐにゃりと木を加工して筒と持ち手の部分を作り、それらを結合させる。
それと魔石を接続する穴を開けた。
用意しているのは、赤い火の魔石と緑の風に魔石だ。
道具屋の倉庫には、いくつか自然由来の魔石・火、水・風・土がストックされている。長年タリスカーが溜め込んだものだ。ありがたく、使わせてもらう。
「できた……試してみるか」
魔石は衝撃を与えると発動する。
持ち手に設置したスイッチを押す。
見事、そよそよと風が筒から流れてきた。
冷たい風は成功だ。
風量の調節は、スイッチを押す回数で変えることができる。
しかし、風を止めることができない。
しばらく時間が経つと、自然に止まる。
魔導具の欠点は、こちらの任意で停止できないことなのだ。
「そこは改良しないとな……まぁ、いいや、よし、火の魔石をつけて温風を試そう」
カチッと火の魔石を発動。
じわじわと温かい風が出てきた。
やった、成功だ! と思われたが、ダメだ。
「あっつ!」
持ち手が熱い。
木は熱を伝えにくいが、火の魔石は威力がある。いくら優しい衝撃に変えても、どうしても熱くなってしまう。しかも時間が経過しないと停止しない。完全に欠陥品だ。
「くそっ、温風のとき持てないと使えないぞ……」
困ったヤマザキは頭を抱える。
工房を覗いていたデュワーズだが、真剣なヤマザキの顔を、ずっと見ていたくて黙っていた。
するとそこへ、タリスカーが帰ってくる。
工房を覗くデュワーズの背中に、「わっ!」と大きな声を出した。
「きゃっ! びっくりした……も~おじいちゃん!」
がははは、とタリスカーは笑う。
ヤマザキは悩んでいて、きゃっきゃっする二人に興味がない。
たまらず、デュワーズが話しかける。
「おじさん、どうしたの?」
「持ち手が熱くなってしまうんだ……」
「ふーん」
ふぉふぉふぉ、と笑うタリスカーが横に立った。
「ヤマザキさん、魔導具製作の基本は、何じゃったかの?」
「基本は……融合だ!」
「そうじゃ!」
「ありがとうタリスカーさん、そうだった、魔物の素材を融合しなくちゃ……熱に強い魔物がいいな」
魔物に詳しいのはデュワーズだ。
見た目は可愛い少女だが、弓を使わせたら超一流の狩人になる。
「それならキャンベル砂漠に行ってみる? 熱い地面を歩く魔物がいるよ」
いく! とヤマザキは答えた。
二人は冒険の準備をして道具屋から出ていく。
残されたタリスカーは、悲しそうに短くカットされた髭を触っていたのだった。
「うう……誰も気づいてくれんかった……」
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