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勇者召喚編
8 閑却のパレード
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「ファイヤートルネード!」
火炎の竜巻とともに、餓鬼の魔物ゴブリンたちが焼き払われていく。
勇者リクの修行は、ほぼ完了しており、ハニィが教えることは、もう何もなくなっていた。
(リクはいいけど……問題はヒビキだな……)
ぷるぷる、とスティックを持つ手が震えている聖女ヒビキ。
ふつうの女子高生だった彼女には、異世界で魔物が殺戮されている状況など、とても耐えられるものではなかった。
ヒビキは、心の優しい女の子なのだ。
それなのに勇者召喚に巻き込まれ、たまたま回復魔法の才能があったため、王子ジャックにより修行させられている。
(お兄様……魔物の動向を探ると言ってから帰ってこないな……)
不安に思うハニィ。
だが、リクの戦闘能力を見ていると希望の光りがさす。
それは彼なら必ず魔物を一掃するだろうという予感だ。
リクは強くなった。
剣術はあんまりだが、炎魔法に特化してその才能を開花させたのだ。
もともとゲーム脳だったリク。
魔法でモンスターを倒すことなど、なんの罪悪感もなく、むしろ快感とさえ思っていた。
ときおり見せるリクが放出する青い炎が、ハニィの身体を震わせた。
(すごい……あんな炎の色、見たことない……)
驚愕するハニィ。
彼女の後ろに、スッと現れたのは王子ジャックだった。
衛兵と魔術師を引き連れて、やっと城に戻ってきたようだ。
「お兄様!?」
「やあハニィ、修行の方はどうだ?」
「うん、勇者は完璧。でも聖女はダメ。とても戦場に連れて行ける精神ではないよ」
「ふーん、精神ね……魔法能力の方はどうだ?」
「そりゃ、魔法は使えるようになったけど……きっと魔物を見たら怖くて逃げてしまうよ?」
「まぁ、切羽詰まれば頑張るだろう……よし、予定通り聖女も連れていこう」
ちょっと、お兄様! とハニィが止めるが、ジャックは聞き耳を持たない。
つかつかとリクのもとへ行くと、バッと両手を広げた。
「さあ、勇者リク! そろそろ出発しよう」
「!?」
「何をびっくりしている? 魔物を一掃するのだ」
「……あ、ああ、今日いくのか?」
「そうだ、今日いく、今すぐに……」
ジャックは、ニヤリと笑う。
その話が聞こえていた聖女は、ガクブルに身体を震わせていた。
「聖女ヒビキ、おまえもいくのだぞ!」
「ひっ!?」
「何を怯えている。戦場でリクが怪我をしたら回復してやるのだぞ、わかったな?」
「……は、はい」
しぶしぶだが、ヒビキはうなずくしかない。
ジャックは、くるっと踵を返した。
「では出発の前にパレードをしよう! 衛兵たち用意しろ!」
はっ! と一斉に掛け声を出す衛兵たち。
彼らはジャックの権力で動く人形だ。
その命令が悪だろうが関係はない。諌めれば罰せられる。そんな悪循環がハイランド王国を腐らせているのだ。
「お兄様……」
ハニィもジャックを止められない。
狂った王子は去り際に、
「ハニィ、おまえは僕のスペアだ……絶対に戦場には来るなよ……」
と告げた。
その言葉の意味を深く考える。おそらくそれは、絶世の美女であるハニィが、男として育てられた理由なのだろう。
「リク……ヒビキ……」
衛兵に連行されるリクとヒビキ。
ハニィは悲壮な勇者たちの後ろ姿を、ただ黙って見ていることしかできなかった。
◉
色鮮やかな紙吹雪が舞う城下町。
ハイランド王国は勇者一行のパレードが催されていた。
先頭にリクとヒビキ。衛兵たちに護衛されるジャックは後方で歩いている。
派手な衣装をきた貴族たちは、
「勇者さまー!」
「がんばってー!」
と声援を送っていた。
リクとヒビキは笑顔で手を振っていたが、そろそろ疲れて、もう何も考えず歩いていた。
(私がもっと強かったら……リクもヒビキも殺戮兵器として戦場に狩り出されることもかった……あの子たち、まだ十代なのに……)
ハニィは城のバルコニーから、思いつめた顔でパレードを眺めていた。
悔しくて、悲しくてたまらない。
彼女は二十歳になったばかり。その生涯をかけて剣の修行をしたが、女性の身体が邪魔をする。男の剣には到底、敵わなかった。
魔法も、そんなに才能がなかった。
ただ武具だけは国宝級を装備し、なかでもバリアバンクルは防御とカウンターは無敵。なのだが、こちらから攻撃できないので魔族を一掃するためには実力不足。
ハニィは歯を食いしばり、勇者一行が魔族を一掃してくれることを祈るしかなかったのである。
「ハニィたま? どちたの?」
小さな男の子が声をかけてきた。
バランタイン王子だ。年齢は五歳。ダニエル王と第二王妃から生まれた長男で、ハニィのことを慕っている。
「ほら、見てごらん、勇者様が魔族を倒してくれるよ」
「かっくいいー!」
バランタインは瞳を輝かせる。
すると、近づいてきたのは豪華なドレスを身につけた女性。ボウモア第二王妃だ。
「ハニィさん、戦場にいかなくてもよろしくて?」
「私は自粛中なので……」
「あら残念、ハニィさんはジャックさんのお人形ですものね、おーほほほ」
ぐっとハニィは拳を握った。
(ボウモアをぶん殴りたい……)
だができない。
彼女はダニエル王から溺愛を受けている。ボウモアの顔が腫れていたら、必ず原因を探ってくるだろう。ハニィが殴ったことがバレたら、自粛期間がさらに伸びるのがオチだ。
これもボウモアの計画のうちなのだ。
彼女は今は亡き第一王妃から生まれた、ハニィとジャックの失脚を望んでいる。
いや、失脚どころではない。
呪いのように死を望んでいた。
「おーほほほ、バランタイン、いきますわよ」
「はーい、お母様」
ボウモアの厚化粧を睨むハニィ。
(お父様……なんであんなバケモノと結婚を……)
当のダニエル王は隠居の身だが、城の奥で家臣たちとともに贅沢三昧な生活をしているのだ。
まさに酒池肉林。
美味い料理と美女集団を踊らせ、毎日毎日、酒に溺れている。
だが、そんなことはまだマシかもしれない。
(お父様が死んだとしても、次はジャックが王様か……この国はもうダメかも……)
ジャックが完璧に王国の実権を握ったら、と想像するだけでも恐ろしい。
ハニィは、ぞくぞくと身を震わせた。
そして、執事に声をかける。
「ジョニ!」
「はい、ここに」
「ロープを用意しろ」
「あの~いったい何に使うのですか?」
「決まってるだろ、城を脱出する!」
ジョニの顔は、サーと青くなるのだった。
◉
勇者一行のパレードは、川にかかる橋を渡ろうとしていた。
ここから先は貴族エリアから貧民エリアとなる。
ジャックは露骨に嫌な顔をした。
「まぁ、通ってやるか……ん?」
勇者一行が歩くが、誰も歓迎してくれない。
道にいたのは、「にゃーん」と鳴く一匹の猫だけ。
するとそこにデュワーズが現れた。
急いで猫に手を伸ばし、
「危ないよーニャッピー! こっちおいで~チュッチュッチュ~」
と投げキッスをして猫を捕まえ、どこかへ行ってしまう。
まったく勇者たちに興味を示さなかったので、ジャックは怒り狂った。
「なんだあの娘は! っていうか貧民どもはどうした? なぜ誰も勇者一行パレードを祝福せんのだ!? おい、衛兵! 貧民どもにはパレードを知らせてあるのだろ?」
衛兵のひとりが口を開いた。
かなり言いづらそうだ。
「……あの、知らせを出しましたが、何やら他にイベントがあるらしく」
「は? 何なんだ、そのイベントとは?」
「さあ、そこまでは知りません……」
クソが、とジャックは馬に乗った。
先頭を歩くリクに話しかけにいく。
「おい、勇者リク」
「はい」
「貧民どもに炎の魔力を見せてやれ」
「え? でも誰もいませんけど」
「どこかにいるはずだ……衛兵ぇー! クソ貧民どもを探せ!」
はっ! と掛け声を出した衛兵たち。
ちりじりになって駆けていく。
しばらくするとひとりの衛兵が、「広場に集まってます!」と息を切らして報告した。
リクとジャックは広場へと向かう。
ヒビキはこの間に逃げようかな、と思っていたが、突然、「聖女ヒビキ」と後ろから声をかけられたので、ビクッとしてしまう。
振り返ると羽兜の剣士ハニィがいた。
「私もついていく」
「ハニィ様……」
「いいかい、いざとなったら逃げられるようにしておくから安心しろ」
「あ、ありがとうございます……」
ヒビキは、涙目で頬を赤らめていた。
ハニィのことをイケメン剣士だと思っているのだ。
するとそのとき、ボワッ! と広場から煙があがった。
ハニィとヒビキは広場へと向かう。
たどり着くと、そこには青空へと炎魔法を放つリクの姿。それにびっくりする民衆たちがいたのだ。
「見たか貧民ども! これが勇者の力だ! これから魔物を一掃してくるから光栄に思え!」
両手を広げるジャックが大声をあげた。
しかし誰も感心がないようだ。
関心があるのは道具屋のイベント、
『木材で何でも作っちゃいます!』
という催しだ。
そして民衆の注目を集めていたのは、妙な杖を持つおじさん。
ハニィはそのおじさんを見て、ドキッと胸が跳ねた。
「あれって……おじさん!?」
別人のおじさんに、目を疑った。
(やだ、かっこいい……ぽっちゃりしてないし杖を持つ姿なんて大魔法使いみたい……好き♡)
おじさんの正体はヤマザキだった。
目の前の少年に声をかけている。
「君の欲しいものは?」
「ぼくはコップがほしい!」
わかった、と答えるヤマザキ。
そして、何の変哲もない木材に杖をかざす。
すると不思議なことに木材が、ぐにゃりと粘土のように動きだし、コップの形になっていくではないか!
(な、なにあれ!?)
度肝を抜かれたハニィ。
ヒビキも唖然としていた。
「ありがとう、おじさん!」
「いいよ、次の方どうぞー!」
ヤマザキは魔導具・木材粘土の杖を使ってみんなに食器や家具をプレゼント、いや正確に言うと販売していた。
「まいどあり! さー、どんな家具でも食器でも木材で作るよー!」
「すごい売り上げじゃわい……がはは」
会計係のデュワーズ。
ミツロウを塗る係のタリスカー。
ヤマザキは杖を振って、変幻自在に木材を加工していく。
そう、貧民エリアは道具屋のイベントに夢中だったのである。
ジャックは猛烈に怒っていた。
「……おーい! 勇者をみろ! 炎だぞ! ええい、クソー! まったくこっちを見ない……」
炎魔法を放出していたリクは、まるで道化になった気がして力が抜けてしまう。
「ジャックさん、もういきましょう」
「何なんだ、あの道具屋は……あのおっさんは……」
どうやらジャックはヤマザキのことを覚えていないらしい。
無理もない。ヤマザキは痩せて別人になっているのだから。
ハニィとヒビキは、顔を合わせ笑ってしまう。
当のヤマザキは、ふっとこちらを向くと、「ちょっと休憩」といってこちらに近づいてきた。
ハニィとヒビキは、女子っぽく慌てている。
「やだ、こっち来ちゃった……」
「おじさん、イケオジになってる……」
ヤマザキは、ニコッと笑って話しかけてきた。
「ハニィくん、これどうもありがとう! とても助かったよ」
ヤマザキは装備している腕輪バリアバンクルを見せる。
どうやら返すつもりらしく、装備から外そうとしていた。
ハニィは両手を振って否定した。
「いやいやいや、ヤマザキさん、いいんです。ずっとつけていてください」
「いいのか?」
「はい、あげますそれ」
「うーん、でもタリスカーから聞いたよ、これ国宝だって……」
「んんん、でもいいんです。国宝だろうと特級魔導具だろうと、ヤマザキさんが持っていてください」
そんなに言うなら、いいか、とヤマザキは折れた。
そして聖女の方に向かって、「君はいっしょに召喚された……」と首をかしげた。
ヒビキは、ぺこりと頭をさげる。
「ヒビキです。あのときは挨拶もしないですいませんでした」
「いやいや、突然のことだったし、まぁ、改めて仲良くなろうよ」
はい、とヒビキが顔を赤くした。
ちょうどその時、執事ジョニが声をかけてくる。
「ハニィ様、そろそろ聖女様を戻さないとジャック様に警戒されます」
そうだね、とハニィは答えた。
ヒビキは単独で勇者たちの元へ戻っていく。
ハニィはヤマザキともっと話したかったが、グッと堪え、
「また道具屋にいきます」
とだけ伝え駆け出していく。
ヤマザキは、「ああ」と笑顔で答える。
するとそこへ、デュワーズが猛烈に走ってきた。
「ねぇ!! 今、ハニィ様いなかった?」
「いた」
「なんでぼくに言わないっ!!」
「あ、推しだったっけ……」
「そうだよ~うあ~ん!!」
ガックリ、と泣き崩れるデュワーズであった。
火炎の竜巻とともに、餓鬼の魔物ゴブリンたちが焼き払われていく。
勇者リクの修行は、ほぼ完了しており、ハニィが教えることは、もう何もなくなっていた。
(リクはいいけど……問題はヒビキだな……)
ぷるぷる、とスティックを持つ手が震えている聖女ヒビキ。
ふつうの女子高生だった彼女には、異世界で魔物が殺戮されている状況など、とても耐えられるものではなかった。
ヒビキは、心の優しい女の子なのだ。
それなのに勇者召喚に巻き込まれ、たまたま回復魔法の才能があったため、王子ジャックにより修行させられている。
(お兄様……魔物の動向を探ると言ってから帰ってこないな……)
不安に思うハニィ。
だが、リクの戦闘能力を見ていると希望の光りがさす。
それは彼なら必ず魔物を一掃するだろうという予感だ。
リクは強くなった。
剣術はあんまりだが、炎魔法に特化してその才能を開花させたのだ。
もともとゲーム脳だったリク。
魔法でモンスターを倒すことなど、なんの罪悪感もなく、むしろ快感とさえ思っていた。
ときおり見せるリクが放出する青い炎が、ハニィの身体を震わせた。
(すごい……あんな炎の色、見たことない……)
驚愕するハニィ。
彼女の後ろに、スッと現れたのは王子ジャックだった。
衛兵と魔術師を引き連れて、やっと城に戻ってきたようだ。
「お兄様!?」
「やあハニィ、修行の方はどうだ?」
「うん、勇者は完璧。でも聖女はダメ。とても戦場に連れて行ける精神ではないよ」
「ふーん、精神ね……魔法能力の方はどうだ?」
「そりゃ、魔法は使えるようになったけど……きっと魔物を見たら怖くて逃げてしまうよ?」
「まぁ、切羽詰まれば頑張るだろう……よし、予定通り聖女も連れていこう」
ちょっと、お兄様! とハニィが止めるが、ジャックは聞き耳を持たない。
つかつかとリクのもとへ行くと、バッと両手を広げた。
「さあ、勇者リク! そろそろ出発しよう」
「!?」
「何をびっくりしている? 魔物を一掃するのだ」
「……あ、ああ、今日いくのか?」
「そうだ、今日いく、今すぐに……」
ジャックは、ニヤリと笑う。
その話が聞こえていた聖女は、ガクブルに身体を震わせていた。
「聖女ヒビキ、おまえもいくのだぞ!」
「ひっ!?」
「何を怯えている。戦場でリクが怪我をしたら回復してやるのだぞ、わかったな?」
「……は、はい」
しぶしぶだが、ヒビキはうなずくしかない。
ジャックは、くるっと踵を返した。
「では出発の前にパレードをしよう! 衛兵たち用意しろ!」
はっ! と一斉に掛け声を出す衛兵たち。
彼らはジャックの権力で動く人形だ。
その命令が悪だろうが関係はない。諌めれば罰せられる。そんな悪循環がハイランド王国を腐らせているのだ。
「お兄様……」
ハニィもジャックを止められない。
狂った王子は去り際に、
「ハニィ、おまえは僕のスペアだ……絶対に戦場には来るなよ……」
と告げた。
その言葉の意味を深く考える。おそらくそれは、絶世の美女であるハニィが、男として育てられた理由なのだろう。
「リク……ヒビキ……」
衛兵に連行されるリクとヒビキ。
ハニィは悲壮な勇者たちの後ろ姿を、ただ黙って見ていることしかできなかった。
◉
色鮮やかな紙吹雪が舞う城下町。
ハイランド王国は勇者一行のパレードが催されていた。
先頭にリクとヒビキ。衛兵たちに護衛されるジャックは後方で歩いている。
派手な衣装をきた貴族たちは、
「勇者さまー!」
「がんばってー!」
と声援を送っていた。
リクとヒビキは笑顔で手を振っていたが、そろそろ疲れて、もう何も考えず歩いていた。
(私がもっと強かったら……リクもヒビキも殺戮兵器として戦場に狩り出されることもかった……あの子たち、まだ十代なのに……)
ハニィは城のバルコニーから、思いつめた顔でパレードを眺めていた。
悔しくて、悲しくてたまらない。
彼女は二十歳になったばかり。その生涯をかけて剣の修行をしたが、女性の身体が邪魔をする。男の剣には到底、敵わなかった。
魔法も、そんなに才能がなかった。
ただ武具だけは国宝級を装備し、なかでもバリアバンクルは防御とカウンターは無敵。なのだが、こちらから攻撃できないので魔族を一掃するためには実力不足。
ハニィは歯を食いしばり、勇者一行が魔族を一掃してくれることを祈るしかなかったのである。
「ハニィたま? どちたの?」
小さな男の子が声をかけてきた。
バランタイン王子だ。年齢は五歳。ダニエル王と第二王妃から生まれた長男で、ハニィのことを慕っている。
「ほら、見てごらん、勇者様が魔族を倒してくれるよ」
「かっくいいー!」
バランタインは瞳を輝かせる。
すると、近づいてきたのは豪華なドレスを身につけた女性。ボウモア第二王妃だ。
「ハニィさん、戦場にいかなくてもよろしくて?」
「私は自粛中なので……」
「あら残念、ハニィさんはジャックさんのお人形ですものね、おーほほほ」
ぐっとハニィは拳を握った。
(ボウモアをぶん殴りたい……)
だができない。
彼女はダニエル王から溺愛を受けている。ボウモアの顔が腫れていたら、必ず原因を探ってくるだろう。ハニィが殴ったことがバレたら、自粛期間がさらに伸びるのがオチだ。
これもボウモアの計画のうちなのだ。
彼女は今は亡き第一王妃から生まれた、ハニィとジャックの失脚を望んでいる。
いや、失脚どころではない。
呪いのように死を望んでいた。
「おーほほほ、バランタイン、いきますわよ」
「はーい、お母様」
ボウモアの厚化粧を睨むハニィ。
(お父様……なんであんなバケモノと結婚を……)
当のダニエル王は隠居の身だが、城の奥で家臣たちとともに贅沢三昧な生活をしているのだ。
まさに酒池肉林。
美味い料理と美女集団を踊らせ、毎日毎日、酒に溺れている。
だが、そんなことはまだマシかもしれない。
(お父様が死んだとしても、次はジャックが王様か……この国はもうダメかも……)
ジャックが完璧に王国の実権を握ったら、と想像するだけでも恐ろしい。
ハニィは、ぞくぞくと身を震わせた。
そして、執事に声をかける。
「ジョニ!」
「はい、ここに」
「ロープを用意しろ」
「あの~いったい何に使うのですか?」
「決まってるだろ、城を脱出する!」
ジョニの顔は、サーと青くなるのだった。
◉
勇者一行のパレードは、川にかかる橋を渡ろうとしていた。
ここから先は貴族エリアから貧民エリアとなる。
ジャックは露骨に嫌な顔をした。
「まぁ、通ってやるか……ん?」
勇者一行が歩くが、誰も歓迎してくれない。
道にいたのは、「にゃーん」と鳴く一匹の猫だけ。
するとそこにデュワーズが現れた。
急いで猫に手を伸ばし、
「危ないよーニャッピー! こっちおいで~チュッチュッチュ~」
と投げキッスをして猫を捕まえ、どこかへ行ってしまう。
まったく勇者たちに興味を示さなかったので、ジャックは怒り狂った。
「なんだあの娘は! っていうか貧民どもはどうした? なぜ誰も勇者一行パレードを祝福せんのだ!? おい、衛兵! 貧民どもにはパレードを知らせてあるのだろ?」
衛兵のひとりが口を開いた。
かなり言いづらそうだ。
「……あの、知らせを出しましたが、何やら他にイベントがあるらしく」
「は? 何なんだ、そのイベントとは?」
「さあ、そこまでは知りません……」
クソが、とジャックは馬に乗った。
先頭を歩くリクに話しかけにいく。
「おい、勇者リク」
「はい」
「貧民どもに炎の魔力を見せてやれ」
「え? でも誰もいませんけど」
「どこかにいるはずだ……衛兵ぇー! クソ貧民どもを探せ!」
はっ! と掛け声を出した衛兵たち。
ちりじりになって駆けていく。
しばらくするとひとりの衛兵が、「広場に集まってます!」と息を切らして報告した。
リクとジャックは広場へと向かう。
ヒビキはこの間に逃げようかな、と思っていたが、突然、「聖女ヒビキ」と後ろから声をかけられたので、ビクッとしてしまう。
振り返ると羽兜の剣士ハニィがいた。
「私もついていく」
「ハニィ様……」
「いいかい、いざとなったら逃げられるようにしておくから安心しろ」
「あ、ありがとうございます……」
ヒビキは、涙目で頬を赤らめていた。
ハニィのことをイケメン剣士だと思っているのだ。
するとそのとき、ボワッ! と広場から煙があがった。
ハニィとヒビキは広場へと向かう。
たどり着くと、そこには青空へと炎魔法を放つリクの姿。それにびっくりする民衆たちがいたのだ。
「見たか貧民ども! これが勇者の力だ! これから魔物を一掃してくるから光栄に思え!」
両手を広げるジャックが大声をあげた。
しかし誰も感心がないようだ。
関心があるのは道具屋のイベント、
『木材で何でも作っちゃいます!』
という催しだ。
そして民衆の注目を集めていたのは、妙な杖を持つおじさん。
ハニィはそのおじさんを見て、ドキッと胸が跳ねた。
「あれって……おじさん!?」
別人のおじさんに、目を疑った。
(やだ、かっこいい……ぽっちゃりしてないし杖を持つ姿なんて大魔法使いみたい……好き♡)
おじさんの正体はヤマザキだった。
目の前の少年に声をかけている。
「君の欲しいものは?」
「ぼくはコップがほしい!」
わかった、と答えるヤマザキ。
そして、何の変哲もない木材に杖をかざす。
すると不思議なことに木材が、ぐにゃりと粘土のように動きだし、コップの形になっていくではないか!
(な、なにあれ!?)
度肝を抜かれたハニィ。
ヒビキも唖然としていた。
「ありがとう、おじさん!」
「いいよ、次の方どうぞー!」
ヤマザキは魔導具・木材粘土の杖を使ってみんなに食器や家具をプレゼント、いや正確に言うと販売していた。
「まいどあり! さー、どんな家具でも食器でも木材で作るよー!」
「すごい売り上げじゃわい……がはは」
会計係のデュワーズ。
ミツロウを塗る係のタリスカー。
ヤマザキは杖を振って、変幻自在に木材を加工していく。
そう、貧民エリアは道具屋のイベントに夢中だったのである。
ジャックは猛烈に怒っていた。
「……おーい! 勇者をみろ! 炎だぞ! ええい、クソー! まったくこっちを見ない……」
炎魔法を放出していたリクは、まるで道化になった気がして力が抜けてしまう。
「ジャックさん、もういきましょう」
「何なんだ、あの道具屋は……あのおっさんは……」
どうやらジャックはヤマザキのことを覚えていないらしい。
無理もない。ヤマザキは痩せて別人になっているのだから。
ハニィとヒビキは、顔を合わせ笑ってしまう。
当のヤマザキは、ふっとこちらを向くと、「ちょっと休憩」といってこちらに近づいてきた。
ハニィとヒビキは、女子っぽく慌てている。
「やだ、こっち来ちゃった……」
「おじさん、イケオジになってる……」
ヤマザキは、ニコッと笑って話しかけてきた。
「ハニィくん、これどうもありがとう! とても助かったよ」
ヤマザキは装備している腕輪バリアバンクルを見せる。
どうやら返すつもりらしく、装備から外そうとしていた。
ハニィは両手を振って否定した。
「いやいやいや、ヤマザキさん、いいんです。ずっとつけていてください」
「いいのか?」
「はい、あげますそれ」
「うーん、でもタリスカーから聞いたよ、これ国宝だって……」
「んんん、でもいいんです。国宝だろうと特級魔導具だろうと、ヤマザキさんが持っていてください」
そんなに言うなら、いいか、とヤマザキは折れた。
そして聖女の方に向かって、「君はいっしょに召喚された……」と首をかしげた。
ヒビキは、ぺこりと頭をさげる。
「ヒビキです。あのときは挨拶もしないですいませんでした」
「いやいや、突然のことだったし、まぁ、改めて仲良くなろうよ」
はい、とヒビキが顔を赤くした。
ちょうどその時、執事ジョニが声をかけてくる。
「ハニィ様、そろそろ聖女様を戻さないとジャック様に警戒されます」
そうだね、とハニィは答えた。
ヒビキは単独で勇者たちの元へ戻っていく。
ハニィはヤマザキともっと話したかったが、グッと堪え、
「また道具屋にいきます」
とだけ伝え駆け出していく。
ヤマザキは、「ああ」と笑顔で答える。
するとそこへ、デュワーズが猛烈に走ってきた。
「ねぇ!! 今、ハニィ様いなかった?」
「いた」
「なんでぼくに言わないっ!!」
「あ、推しだったっけ……」
「そうだよ~うあ~ん!!」
ガックリ、と泣き崩れるデュワーズであった。
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