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お誘いは上目遣いで
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非常に困った。どう考えたって、舞踏会でダンスなんて踊れる気がしない。ボクは所詮、一介の百合ゲーマーに過ぎないんだよ?
そんなことばかり考えていたところで、状況が好転するわけもなく……気がつけば、舞踏会当日まで残り二日に迫っていた。あぁ、憂鬱で堪らない。
久しぶりに、元の世界に帰りたいなんて気持ちすら蘇ってきた。
だけど、いつまでも憂鬱になってばかりもいられない。今は、目の前の状況こそが現実なのだ。
何とかして、舞踏会で恥を晒すような事態だけは避けられないものだろうか。ボクは、なけなしの頭脳を振り絞って逃げ道を模索する。
舞踏会の日は、会場の隅で大人しく身を潜ませておくなんて手段はどうか。気配を消してやり過ごせば、しれっと踊らずに済ませられるかもしれない。
いや、それはきっとダメだ。意外と世話焼きなキャメリアのことだ、ぼっちな状況のボクを目撃したら、放置しておくわけがないだろう。あの人は、そういう優しい人だ。しかしながら、今回ばかりはその優しさがボクを追い詰める。ぐぬぬ……
やはり、舞踏会に出席してしまった時点で詰みなんだろう。会場内に、ボクの逃げ場はない。
ならば、出席しない方向で逃げ道を考えよう。
補習を言い訳にすることはできないか。
いや、これもダメだ。舞踏会は学院主催の催し物。この日ばかりは、学業よりも舞踏会を優先させられるだろう。
なら、体調不良を訴えて、仮病で休めばワンチャン……いやいやいや、これは寧ろ悪手な気がする。
皆に心配をかけてしまうし、ルームメイトのリリーまで巻き込む可能性がある。
舞踏会という大きなイベントから、百合ゲー主人公を遠ざけるなんてことは許されない。ボクの看病をするために、ヒロイン攻略の機会を逃すなんて馬鹿げている。
となると、周りにばれないよう、こっそりサボってしまうのが最善手か。
後でキャメリアに説教されそうな気がするけど、日常的に授業をサボっているボクなら、そこまで心配をかけることもないだろう。
よし、舞踏会なんて厄介事はサボるに限る。そう決めた瞬間、ふと脳裏にアイリスの顔が浮かんだ。
そういえば、せっかくマグノリアさんからアドバイスをもらって、アイリスに迫ってみようとしていたのに、あの日リリーに邪魔されたっきり何ひとつアクションを起こせていなかった。
なんとなく、この状況に慣れてしまっていたけれど……やっぱり一度正面から向き合って、ちゃんと話しておいた方がいいんじゃないかな。うん。
これは良い機会だ。舞踏会から逃れるついでに、アイリスと二人で久しぶりのサボタージュを決めよう。舞踏会で恥をかかず、アイリスとの関係も修復することができる。これが一石二鳥ってやつだね。ボクってば賢い。
舞踏会までに残された日数は僅かだし、さっさとアイリスを誘ってしまおう。即決即断、即行動。ボクはアイリスを呼び出した。
◇
さすがに呼び出しすら拒絶されたらどうしようかなと、一抹の不安はあった。が、思い切って声をかけてみて良かった。アイリスはふたつ返事で了承して、ボクについてきてくれた。
人気のある場所で堂々とサボタージュの誘いをするわけにもいかないので、しばらく学院内を歩き回る。周りに生徒の姿が見当たらなくなったタイミングで、意を決してアイリスに話しかけた。
「あのさ……舞踏会の日、一緒にサボらない?」
この類の誘いをするのは、本当に久しぶりだ。
もっとも、以前であれば大抵アイリスの方から誘ってきてたんだけど。
当のアイリスは、不意を突かれたような、驚いた表情を浮かべている。えっと……まさか断ったりなんて、しないよね?
「えっ……悪い。今、なんて言った?」
「だから、舞踏会、一緒にサボろうよって、誘ってるんだけど」
いやいや、この至近距離だし、絶対に聞こえてたよね。何わざとらしく聞き直してるのさ。この期に及んで、まだ距離を取ろうとしているのだろうか。
そうはさせない。このまま押し切ってしまおう。そんな決意を込めて、一歩前に歩み寄った。
「ねえ、ボクの誘い、アイリスなら乗ってくれる……よね?」
これで断られたら、流石にもう立ち直れない。
そういえば、アイリスは身長が高いから、近くに寄るとどうしてもボクが下から覗き込む状態になるんだよね。どうでもいいことだけど。
「うぇあ!? ……ああ、もちろんだっ」
「良かった。当日、楽しみにしとく。にしし」
本当に良かった。ホッとした気持ちと嬉しさで、無意識に笑いが漏れた。
「あっ、これは二人だけの内緒、だからね」
アイリスが皆にばらさないよう、念のため釘を刺しておく。そんなことしないとは分かっているけど、一応ね。
ところで、さっきからアイリスの顔が真っ赤になっているんだけど……一体どうしたんだろう。何やら声にならない声も漏れているし、心配だ。もう一度、覗き込んでみよう。
「ねえ、大丈夫……?」
「んぇ!? じぇんじぇんだいじょぶだぞ。そそそそれじゃ、またなっ」
いや、これっぽっちも大丈夫そうには見えないんだけど。舌が回ってないよ?
益々心配になったが、慌てた様子でアイリスが去ってしまったので、どうしようもない。当日、ちゃんと共犯者になってくれるよね?
◇
はい、やってきました。わたし、リリー = ミシュレが練習の成果を発揮するときが。そう、ついに舞踏会当日を迎えたのです……!
会場は、華やかなドレスを纏った令嬢たちで賑わっている。さあ、愛しのシランちゃんを見つけなければ。何処にいるのかな。
他のヒロインがシランちゃんの手を取る前に、わたしが声をかけないとね。
「今宵、わたくしと共に舞ってくださいまし」
「はい、お姉様。喜んでっ」
近くで、誰かがペアを申し入れている声が聞こえた。一瞬、シランちゃんと会長のような気がして、声のする方へ顔を向けたが……大丈夫、顔も知らない女生徒たちだった。
とはいえ、うかうかはしていられない。再び周りを見渡す。
……おかしい。わたしのシランちゃんレーダーが、ぴくりとも反応しない。そんな馬鹿な。
「お願いだからっ。少しだけシランちゃんに会いに行かせて、コスモス」
「学院主催の催しなのに、生徒会長であるマーガレットが持ち場を離れちゃまずいだろ。我慢しろ」
「……やだやだやだぁあっ」
会場の奥で、何やら駄々をこねている様子の会長を見つけた。隣にいるのは誰だろう。あの会長を抑え込むなんて、只者ではない。
周りには、そんな二人を見てうっとりしている令嬢たちの姿がちらほら。うんうん、理解した。そのまま二人でくっついちゃえばいいと思うよ。わたしも応援してあげるから。
「今、近くの誰かにとても不本意な誤解を受けた気がするわ!?」
「何か分からないけど、とにかく落ち着け」
会長がまた何か叫んでいるようだけど、そんなことはどうでもいい。シランちゃんは何処……?
別の方向に視線を移すと、今度はアネモネちゃんの姿を見つけた。彼女も視線を彷徨わせている。恐らくは、わたしと同様にシランちゃんを探しているのだろう。
ストーキングを得意とするアネモネちゃんですら、シランちゃんを見つけられていないということは……嫌な予感が脳裏に過る。
とっさに後ろを向くと、少し離れたスペースに立っているキャメリア様と目が合った。さすがは公爵令嬢。何人ものお偉いさんから挨拶を受けている。
しかし、今は遠慮している場合じゃない。空気を読まずに駆け寄ると、不安の正体を確かめるために話しかける。
「いきなりごめんなさい、キャメリア様。えっと、シランちゃんの行方を知りませんか?」
「そういえば、先ほどから姿を見ておりませんわね。何処へ行ったのかしら」
「じゃあ、その……アイリスは何処、ですか?」
「アイリスさんなら、何か忘れものがあるそうで、一旦寮へ戻りましたわ」
…………あぁぁあああ、やられたっ!!
わたしは、あのむっつりに一本取られたことを確信した。こんなことなら、朝からシランちゃんに首輪でもつけておくべきだったかも。ぐぬぬ。
ーーーーーーーーーーー
シラン「気のせい、かな? 急に悪寒が……」
お気に入り登録やコメント、評価なんかをいただけると大変喜びます。
そんなことばかり考えていたところで、状況が好転するわけもなく……気がつけば、舞踏会当日まで残り二日に迫っていた。あぁ、憂鬱で堪らない。
久しぶりに、元の世界に帰りたいなんて気持ちすら蘇ってきた。
だけど、いつまでも憂鬱になってばかりもいられない。今は、目の前の状況こそが現実なのだ。
何とかして、舞踏会で恥を晒すような事態だけは避けられないものだろうか。ボクは、なけなしの頭脳を振り絞って逃げ道を模索する。
舞踏会の日は、会場の隅で大人しく身を潜ませておくなんて手段はどうか。気配を消してやり過ごせば、しれっと踊らずに済ませられるかもしれない。
いや、それはきっとダメだ。意外と世話焼きなキャメリアのことだ、ぼっちな状況のボクを目撃したら、放置しておくわけがないだろう。あの人は、そういう優しい人だ。しかしながら、今回ばかりはその優しさがボクを追い詰める。ぐぬぬ……
やはり、舞踏会に出席してしまった時点で詰みなんだろう。会場内に、ボクの逃げ場はない。
ならば、出席しない方向で逃げ道を考えよう。
補習を言い訳にすることはできないか。
いや、これもダメだ。舞踏会は学院主催の催し物。この日ばかりは、学業よりも舞踏会を優先させられるだろう。
なら、体調不良を訴えて、仮病で休めばワンチャン……いやいやいや、これは寧ろ悪手な気がする。
皆に心配をかけてしまうし、ルームメイトのリリーまで巻き込む可能性がある。
舞踏会という大きなイベントから、百合ゲー主人公を遠ざけるなんてことは許されない。ボクの看病をするために、ヒロイン攻略の機会を逃すなんて馬鹿げている。
となると、周りにばれないよう、こっそりサボってしまうのが最善手か。
後でキャメリアに説教されそうな気がするけど、日常的に授業をサボっているボクなら、そこまで心配をかけることもないだろう。
よし、舞踏会なんて厄介事はサボるに限る。そう決めた瞬間、ふと脳裏にアイリスの顔が浮かんだ。
そういえば、せっかくマグノリアさんからアドバイスをもらって、アイリスに迫ってみようとしていたのに、あの日リリーに邪魔されたっきり何ひとつアクションを起こせていなかった。
なんとなく、この状況に慣れてしまっていたけれど……やっぱり一度正面から向き合って、ちゃんと話しておいた方がいいんじゃないかな。うん。
これは良い機会だ。舞踏会から逃れるついでに、アイリスと二人で久しぶりのサボタージュを決めよう。舞踏会で恥をかかず、アイリスとの関係も修復することができる。これが一石二鳥ってやつだね。ボクってば賢い。
舞踏会までに残された日数は僅かだし、さっさとアイリスを誘ってしまおう。即決即断、即行動。ボクはアイリスを呼び出した。
◇
さすがに呼び出しすら拒絶されたらどうしようかなと、一抹の不安はあった。が、思い切って声をかけてみて良かった。アイリスはふたつ返事で了承して、ボクについてきてくれた。
人気のある場所で堂々とサボタージュの誘いをするわけにもいかないので、しばらく学院内を歩き回る。周りに生徒の姿が見当たらなくなったタイミングで、意を決してアイリスに話しかけた。
「あのさ……舞踏会の日、一緒にサボらない?」
この類の誘いをするのは、本当に久しぶりだ。
もっとも、以前であれば大抵アイリスの方から誘ってきてたんだけど。
当のアイリスは、不意を突かれたような、驚いた表情を浮かべている。えっと……まさか断ったりなんて、しないよね?
「えっ……悪い。今、なんて言った?」
「だから、舞踏会、一緒にサボろうよって、誘ってるんだけど」
いやいや、この至近距離だし、絶対に聞こえてたよね。何わざとらしく聞き直してるのさ。この期に及んで、まだ距離を取ろうとしているのだろうか。
そうはさせない。このまま押し切ってしまおう。そんな決意を込めて、一歩前に歩み寄った。
「ねえ、ボクの誘い、アイリスなら乗ってくれる……よね?」
これで断られたら、流石にもう立ち直れない。
そういえば、アイリスは身長が高いから、近くに寄るとどうしてもボクが下から覗き込む状態になるんだよね。どうでもいいことだけど。
「うぇあ!? ……ああ、もちろんだっ」
「良かった。当日、楽しみにしとく。にしし」
本当に良かった。ホッとした気持ちと嬉しさで、無意識に笑いが漏れた。
「あっ、これは二人だけの内緒、だからね」
アイリスが皆にばらさないよう、念のため釘を刺しておく。そんなことしないとは分かっているけど、一応ね。
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はい、やってきました。わたし、リリー = ミシュレが練習の成果を発揮するときが。そう、ついに舞踏会当日を迎えたのです……!
会場は、華やかなドレスを纏った令嬢たちで賑わっている。さあ、愛しのシランちゃんを見つけなければ。何処にいるのかな。
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「今宵、わたくしと共に舞ってくださいまし」
「はい、お姉様。喜んでっ」
近くで、誰かがペアを申し入れている声が聞こえた。一瞬、シランちゃんと会長のような気がして、声のする方へ顔を向けたが……大丈夫、顔も知らない女生徒たちだった。
とはいえ、うかうかはしていられない。再び周りを見渡す。
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「……やだやだやだぁあっ」
会場の奥で、何やら駄々をこねている様子の会長を見つけた。隣にいるのは誰だろう。あの会長を抑え込むなんて、只者ではない。
周りには、そんな二人を見てうっとりしている令嬢たちの姿がちらほら。うんうん、理解した。そのまま二人でくっついちゃえばいいと思うよ。わたしも応援してあげるから。
「今、近くの誰かにとても不本意な誤解を受けた気がするわ!?」
「何か分からないけど、とにかく落ち着け」
会長がまた何か叫んでいるようだけど、そんなことはどうでもいい。シランちゃんは何処……?
別の方向に視線を移すと、今度はアネモネちゃんの姿を見つけた。彼女も視線を彷徨わせている。恐らくは、わたしと同様にシランちゃんを探しているのだろう。
ストーキングを得意とするアネモネちゃんですら、シランちゃんを見つけられていないということは……嫌な予感が脳裏に過る。
とっさに後ろを向くと、少し離れたスペースに立っているキャメリア様と目が合った。さすがは公爵令嬢。何人ものお偉いさんから挨拶を受けている。
しかし、今は遠慮している場合じゃない。空気を読まずに駆け寄ると、不安の正体を確かめるために話しかける。
「いきなりごめんなさい、キャメリア様。えっと、シランちゃんの行方を知りませんか?」
「そういえば、先ほどから姿を見ておりませんわね。何処へ行ったのかしら」
「じゃあ、その……アイリスは何処、ですか?」
「アイリスさんなら、何か忘れものがあるそうで、一旦寮へ戻りましたわ」
…………あぁぁあああ、やられたっ!!
わたしは、あのむっつりに一本取られたことを確信した。こんなことなら、朝からシランちゃんに首輪でもつけておくべきだったかも。ぐぬぬ。
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