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母と娘とそれからボクと-後編-
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「では、単刀直入に言いましょう。キャメリア。貴女が学院内で生徒を襲っている、との噂を耳にしました」
なるほど、なるほど。キャメリアが学院の生徒を襲って……んんんんん?
想像の遥か斜め上を行く発言に、ボクとキャメリアの目が大きく開く。ボクの脳内は混乱を極め、ぐるぐると視界が回る感覚に襲われる。
何? キャメリアって、実はそういう人物だったの? ぶっちゃけ悪役令嬢らしさなんて1ミリも感じないと思ってたけど、裏ではそんな恐ろしい行為に及んでいたとでもいうのか?
……いやいや、それはさすがに信じ難い。
「なんでも、特定の生徒に対して執拗に嫌がらせをしているのだとか」
「お母様、身に覚えがありませんわ」
執拗に嫌がらせ……ふむ。たしかに、それなら悪役令嬢らしいっちゃらしいか。というか、『フラワーエデン』では実際にやたら嫌がらせをしていたからね。
とはいえ、この世界でリリーに対してそんな素振りを見せているところなんて、ボクは目にしたことがない。
「例えば、その生徒を自室に連れ込み、無理やり身体中を虐め倒したそうですわ」
「お母様……えっ?」
おっと、どこかで聞いたことがある話のような。なんだっけ?
「他にも、寮の廊下で公衆の面前にも関わらず、せせ、せ……接吻を強要したり」
「……」
あー、うん。完全に理解した。
聞き覚え……というか、身に覚えがあって当然だ。つまるところ、その生徒ってボクのことだよね。ほぼほぼ間違いなく。
「執拗に付きまとって、ストーキング紛いの嫌がらせをしたとも聞いています」
「……」
スカーレット様。それ、全部ボクの知り合いの仕業なんですよ……
大方、それぞれの場面に遭遇した生徒の噂が混ざり合ううちに歪曲してしまい、それがそのままスカーレット様の耳にまで届いてしまったのだろう。
アイリスの件だって、学院内でそれなりに騒いでいたのだから、ボクたちのやりとりを見ていた誰かが邪推したって、特段おかしな話ではない。
その噂がスカーレット様の耳にまで届いたというのは、ちょっと驚きだけど。フアネーレ公爵家の情報網は凄いのか凄くないのか、はっきり言ってよく分からない。
とりあえず、事実とは異なる以上、キャメリアに対する疑惑は解けるだろう。
実際の出来事を把握しているキャメリアが全て詳細に話せば、あっさり納得してもらえるはずだ。
「ねぇ、何か反論はないのかしら、キャメリア」
「……」
なのに、キャメリアは下を向いたままで、一向に口を開こうとしない。
いや、なんでなのさ。そこはズバッと反論しなきゃ、キャメリアの立場的にもマズいよね。
「わたくしは、貴女の口から直接真実を聞きたかったのです。しかし、そのような態度を取るようであれば、この噂を事実として受け止めざるを得ませんよ?」
「……」
キャメリアが沈黙を続ける中、状況は確実に悪い方向へと流れていく。
そのとき、キャメリアがボクの方をちらりと見て、困ったように笑った。そして、まるで罪を受け入れる覚悟でも決めたかのような表情になり、母親の次の言葉を待っている。
……ああ、そういうことなのか、キャメリア。
彼女の表情を目にして、ボクはようやくキャメリアという少女を理解した。あなたは悪役令嬢なんて役割を背負うには優しすぎる。
彼女は、母である公爵夫人に事実を伝えてしまうことで、自分の友人たちが処罰を受けるかもしれないことを恐れているのだ。そして、それによってボクが傷ついてしまうことも。
って、いやいや、だからってありもしない罪を受け入れちゃダメでしょ。それはあまりにも悪手だ。
そもそも考えすぎだって。たぶん、いやきっと間違いなく、そんな面倒なことにはならないはずだ。フラグも立っていないのに、自ら破滅の道を選ぶなんて、不器用にも程がある。
そんな馬鹿なこと、させるわけにはいかない。ボクはこの、悪役とはほど遠い令嬢の……取り巻きなのだ。
「……スカーレット様、聞いてください。その特定の生徒とは、ボクのこと、なんです」
「お嬢様!?」
ボクは、メイドの皮を脱ぎ捨てて前に踏み出し、勢いそのままに口を開いた。驚いたマグノリアさんが声を上げるが、今はそっちに構う余裕がない。
ハッとした表情のキャメリアも、ボクを止めようと慌てて立ち上がるが、それを遮るようにしてスカーレット様が言葉を返す。
「もしその話が本当なのであれば、わたくしは被害者である貴女に謝罪しなければなりません。詳しく話していただけますか?」
「はい、もちろん。だけど、謝罪は必要ない、です。というか、逆。キャメリアには、いつも助けられて、いるから」
ボクは、噂の真相を全て……はさすがに恥ずかしいので一部ぼかしつつ、なるべく詳細に説明していった。もちろん、何度もキャメリアに救われている、ということも。
アイリスやリリー、それにアネモネも、恐らく誰も悪意で行動はしていない。ちょっとした悪ふざけの延長線上なんだろう。まあ、正直やりすぎな感は否めないけれど。何故あそこまで暴走してしまうのか、ボクには理由が分からない。
「きっと、説明するのも恥ずかしいでしょうに……娘の為に全てを話してくださって、ありがとうございます」
最後までボクの説明に耳を傾けていたスカーレット様が、キャメリアによく似た優しい表情で微笑みかけてくる。
驚くほどすんなりと受け入れてもらえたのは、拙いながらも精一杯に説明した結果だろうか。そうであれば、勇気を振り絞った甲斐がある。
……いや、それだけが理由ではないようだ。
「わたくしの見立て通り、貴女はただのメイドではありませんでしたね」
「やっぱり、気づいてた……んですね」
ボクとスカーレット様のやり取りに、キャメリアとマグノリアさんが驚きの表情を浮かべる。
「お母……様?」
「メイド服には収まりきらないほど、お嬢様は可愛らしいですからね。バレてしまっても当然といえば当然ですね」
ええっと、マグノリアさん、そういうことじゃないんだよ。
よく考えてみてほしい。もし本当にキャメリアが嫌がらせをしていたのだとすれば、それは由緒あるフアネーレ公爵家の名前に傷がつきかねない事態である。
そんな危ない話が漏れてしまう恐れのある場に、初対面のメイドを同席させるはずがない。
公爵夫人の目は欺けない、ということだ。
それに、これはボクの憶測にはなってしまうけど、恐らくスカーレット様は最初から娘を疑ってなどいなかったのだろう。
それどころか、ボクが娘と何らか親しい関係であることを見抜き、いざという場合にはボクから説明させるつもりだったのかもしれない。
「わたくしは、自分の娘のことをよく理解しているつもりなのですのよ」
「お母様……」
「公爵家の令嬢である貴女は、ときに悪意に晒されることもある立場なのです。ですから、娘を貶める可能性がある噂から守ってあげることが、貴女を生んだ母の務めだと思っています。ただ、対処する前には、きちんと事実確認をしておかなければなりませんからね」
それならそうと、正直もう少し上手い確認の仕方があったんじゃないかとは思うけど……この際、まあいいか。
優しくて、頼もしい。そんなところがとてもよく似ている母娘だが、どうやら不器用なところも瓜二つのようだ。
「ねぇ、可愛らしくて友人想いのメイドさん。貴女の名前を伺っても良いかしら」
「……シラン、といいます」
ボクの名前を聞いて、夫人が微笑んだ。
「そう、貴女がシランさん、なのね」
「……?」
「素敵な友人に巡り会えたわね、キャメリア。シランさん、今後ともぜひ、うちの娘をよろしくお願いいたします」
ボクは静かに頷く。
そのままキャメリアの方を見ると、何故か顔を真っ赤にして、両手で頰を覆っていた。
せっかく友情のアイコンタクトでも送ろうかと思ったのに、何してるんだろう?
◇
その後、しばらくスカーレット様と雑談を楽しみ……気がつけば、学院へ戻らなければならない時間になっていた。楽しい時間というのは、あっという間だよね。
すっかり気に入られて親しくなったスカーレット様に別れを告げ、ボクたちは屋敷の外へと出る。
ふいに気配を感じ視線を横へと向けると、ボクの耳元にキャメリアが顔を寄せていた。
「今日のこと、本当に感謝しておりますわ。もしよろしければ、これからもわたくしの側にいてくださいまし」
耳元での囁きにこそばゆさを感じ、思わずキャメリアの方へ顔を向けたその瞬間、ボクの唇に別の唇が触れる感覚が襲う。
……く、くちびる?
「これは……ちょっとした感謝の気持ちですわ」
唇の相手、キャメリアはいたずらに成功しような表情を浮かべた後、すぐに顔を逸らして足早に前を歩き出した。
これは感謝の気持ち、つまりお礼ってことかぁ。な、なるほどね。
横からマグノリアさんの叫び声が聞こえる気もするけど、気のせいだろう。うん。
ーーーーーーーーーーー
はい。ここに着地させるための16話17話、そして18話でした(やりきった顔)
お気に入り登録やコメント、評価なんかをいただけると大変喜びます。
なるほど、なるほど。キャメリアが学院の生徒を襲って……んんんんん?
想像の遥か斜め上を行く発言に、ボクとキャメリアの目が大きく開く。ボクの脳内は混乱を極め、ぐるぐると視界が回る感覚に襲われる。
何? キャメリアって、実はそういう人物だったの? ぶっちゃけ悪役令嬢らしさなんて1ミリも感じないと思ってたけど、裏ではそんな恐ろしい行為に及んでいたとでもいうのか?
……いやいや、それはさすがに信じ難い。
「なんでも、特定の生徒に対して執拗に嫌がらせをしているのだとか」
「お母様、身に覚えがありませんわ」
執拗に嫌がらせ……ふむ。たしかに、それなら悪役令嬢らしいっちゃらしいか。というか、『フラワーエデン』では実際にやたら嫌がらせをしていたからね。
とはいえ、この世界でリリーに対してそんな素振りを見せているところなんて、ボクは目にしたことがない。
「例えば、その生徒を自室に連れ込み、無理やり身体中を虐め倒したそうですわ」
「お母様……えっ?」
おっと、どこかで聞いたことがある話のような。なんだっけ?
「他にも、寮の廊下で公衆の面前にも関わらず、せせ、せ……接吻を強要したり」
「……」
あー、うん。完全に理解した。
聞き覚え……というか、身に覚えがあって当然だ。つまるところ、その生徒ってボクのことだよね。ほぼほぼ間違いなく。
「執拗に付きまとって、ストーキング紛いの嫌がらせをしたとも聞いています」
「……」
スカーレット様。それ、全部ボクの知り合いの仕業なんですよ……
大方、それぞれの場面に遭遇した生徒の噂が混ざり合ううちに歪曲してしまい、それがそのままスカーレット様の耳にまで届いてしまったのだろう。
アイリスの件だって、学院内でそれなりに騒いでいたのだから、ボクたちのやりとりを見ていた誰かが邪推したって、特段おかしな話ではない。
その噂がスカーレット様の耳にまで届いたというのは、ちょっと驚きだけど。フアネーレ公爵家の情報網は凄いのか凄くないのか、はっきり言ってよく分からない。
とりあえず、事実とは異なる以上、キャメリアに対する疑惑は解けるだろう。
実際の出来事を把握しているキャメリアが全て詳細に話せば、あっさり納得してもらえるはずだ。
「ねぇ、何か反論はないのかしら、キャメリア」
「……」
なのに、キャメリアは下を向いたままで、一向に口を開こうとしない。
いや、なんでなのさ。そこはズバッと反論しなきゃ、キャメリアの立場的にもマズいよね。
「わたくしは、貴女の口から直接真実を聞きたかったのです。しかし、そのような態度を取るようであれば、この噂を事実として受け止めざるを得ませんよ?」
「……」
キャメリアが沈黙を続ける中、状況は確実に悪い方向へと流れていく。
そのとき、キャメリアがボクの方をちらりと見て、困ったように笑った。そして、まるで罪を受け入れる覚悟でも決めたかのような表情になり、母親の次の言葉を待っている。
……ああ、そういうことなのか、キャメリア。
彼女の表情を目にして、ボクはようやくキャメリアという少女を理解した。あなたは悪役令嬢なんて役割を背負うには優しすぎる。
彼女は、母である公爵夫人に事実を伝えてしまうことで、自分の友人たちが処罰を受けるかもしれないことを恐れているのだ。そして、それによってボクが傷ついてしまうことも。
って、いやいや、だからってありもしない罪を受け入れちゃダメでしょ。それはあまりにも悪手だ。
そもそも考えすぎだって。たぶん、いやきっと間違いなく、そんな面倒なことにはならないはずだ。フラグも立っていないのに、自ら破滅の道を選ぶなんて、不器用にも程がある。
そんな馬鹿なこと、させるわけにはいかない。ボクはこの、悪役とはほど遠い令嬢の……取り巻きなのだ。
「……スカーレット様、聞いてください。その特定の生徒とは、ボクのこと、なんです」
「お嬢様!?」
ボクは、メイドの皮を脱ぎ捨てて前に踏み出し、勢いそのままに口を開いた。驚いたマグノリアさんが声を上げるが、今はそっちに構う余裕がない。
ハッとした表情のキャメリアも、ボクを止めようと慌てて立ち上がるが、それを遮るようにしてスカーレット様が言葉を返す。
「もしその話が本当なのであれば、わたくしは被害者である貴女に謝罪しなければなりません。詳しく話していただけますか?」
「はい、もちろん。だけど、謝罪は必要ない、です。というか、逆。キャメリアには、いつも助けられて、いるから」
ボクは、噂の真相を全て……はさすがに恥ずかしいので一部ぼかしつつ、なるべく詳細に説明していった。もちろん、何度もキャメリアに救われている、ということも。
アイリスやリリー、それにアネモネも、恐らく誰も悪意で行動はしていない。ちょっとした悪ふざけの延長線上なんだろう。まあ、正直やりすぎな感は否めないけれど。何故あそこまで暴走してしまうのか、ボクには理由が分からない。
「きっと、説明するのも恥ずかしいでしょうに……娘の為に全てを話してくださって、ありがとうございます」
最後までボクの説明に耳を傾けていたスカーレット様が、キャメリアによく似た優しい表情で微笑みかけてくる。
驚くほどすんなりと受け入れてもらえたのは、拙いながらも精一杯に説明した結果だろうか。そうであれば、勇気を振り絞った甲斐がある。
……いや、それだけが理由ではないようだ。
「わたくしの見立て通り、貴女はただのメイドではありませんでしたね」
「やっぱり、気づいてた……んですね」
ボクとスカーレット様のやり取りに、キャメリアとマグノリアさんが驚きの表情を浮かべる。
「お母……様?」
「メイド服には収まりきらないほど、お嬢様は可愛らしいですからね。バレてしまっても当然といえば当然ですね」
ええっと、マグノリアさん、そういうことじゃないんだよ。
よく考えてみてほしい。もし本当にキャメリアが嫌がらせをしていたのだとすれば、それは由緒あるフアネーレ公爵家の名前に傷がつきかねない事態である。
そんな危ない話が漏れてしまう恐れのある場に、初対面のメイドを同席させるはずがない。
公爵夫人の目は欺けない、ということだ。
それに、これはボクの憶測にはなってしまうけど、恐らくスカーレット様は最初から娘を疑ってなどいなかったのだろう。
それどころか、ボクが娘と何らか親しい関係であることを見抜き、いざという場合にはボクから説明させるつもりだったのかもしれない。
「わたくしは、自分の娘のことをよく理解しているつもりなのですのよ」
「お母様……」
「公爵家の令嬢である貴女は、ときに悪意に晒されることもある立場なのです。ですから、娘を貶める可能性がある噂から守ってあげることが、貴女を生んだ母の務めだと思っています。ただ、対処する前には、きちんと事実確認をしておかなければなりませんからね」
それならそうと、正直もう少し上手い確認の仕方があったんじゃないかとは思うけど……この際、まあいいか。
優しくて、頼もしい。そんなところがとてもよく似ている母娘だが、どうやら不器用なところも瓜二つのようだ。
「ねぇ、可愛らしくて友人想いのメイドさん。貴女の名前を伺っても良いかしら」
「……シラン、といいます」
ボクの名前を聞いて、夫人が微笑んだ。
「そう、貴女がシランさん、なのね」
「……?」
「素敵な友人に巡り会えたわね、キャメリア。シランさん、今後ともぜひ、うちの娘をよろしくお願いいたします」
ボクは静かに頷く。
そのままキャメリアの方を見ると、何故か顔を真っ赤にして、両手で頰を覆っていた。
せっかく友情のアイコンタクトでも送ろうかと思ったのに、何してるんだろう?
◇
その後、しばらくスカーレット様と雑談を楽しみ……気がつけば、学院へ戻らなければならない時間になっていた。楽しい時間というのは、あっという間だよね。
すっかり気に入られて親しくなったスカーレット様に別れを告げ、ボクたちは屋敷の外へと出る。
ふいに気配を感じ視線を横へと向けると、ボクの耳元にキャメリアが顔を寄せていた。
「今日のこと、本当に感謝しておりますわ。もしよろしければ、これからもわたくしの側にいてくださいまし」
耳元での囁きにこそばゆさを感じ、思わずキャメリアの方へ顔を向けたその瞬間、ボクの唇に別の唇が触れる感覚が襲う。
……く、くちびる?
「これは……ちょっとした感謝の気持ちですわ」
唇の相手、キャメリアはいたずらに成功しような表情を浮かべた後、すぐに顔を逸らして足早に前を歩き出した。
これは感謝の気持ち、つまりお礼ってことかぁ。な、なるほどね。
横からマグノリアさんの叫び声が聞こえる気もするけど、気のせいだろう。うん。
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