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母と娘とそれからボクと-前編-
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ちょうど2話分程度の長さになったので、前後編に分割しますね。
ーーーーーーーーーーー
「お嬢様、わたしを萌え殺すおつもりですか?」
遂にやってきた、キャメリアの実家であるフアネーレ公爵家への訪問当日。
キャメリアとの集合場所である学院前の噴水広場に、駄メイドの叫び声が響き渡った。まだ朝早い時間だというのに元気だね、ほんと。
というか、ボクのメイド姿なんて、この前メイド服を貸してくれたときに十分見ているよね?
あのとき、メイド服の着方を手取り足取り教えてもらったおかげで、今朝はそれほど手間取ることなく着替えることができた。
思い返してみれば、教わりながらやたらとボディタッチされていたような気はするけど。
「シランさん、この方は一体どなたなのかしら? あっ……もしかして、警備の人を呼んだ方がよろしくて?」
尚も怪しく悶え続けるマグノリアさんに、キャメリアの不審そうな視線が刺さる。
その気持ちは分かる。とってもよく分かるんだけど、一応これでもボクの大切なメイドなんだ。普段はこんな奇人じゃないので、本気で警備の人を呼ぼうとするのはやめてあげて。
「……大丈夫。その人、うちのメイド、だから」
「えっ、本当に? 冗談とか、からかっているのではなくて?」
いやー、これがびっくり、本当なんだ。うちのメイドが朝からごめん。
にわかには信じ難いという顔を浮かべていたキャメリアだけど、苦笑しているボクの表情を見て、それが冗談などではないと理解してくれたようだ。
さすがに空気を読んだのか、直前まで地面を転がり回りそうな勢いだったマグノリアさんも、普段通りのクールな表情に戻る。
「いつもお嬢様がお世話になっております。ルニャール家のメイド、マグノリアと申します。この度は同行をお許しいただいたこと、感謝いたします」
「え、ええ……感謝するのは、寧ろわたくしの方ですわ。そもそも、貴女の大切な主人を私事に巻き込んでいるわけですし」
切り替えが凄まじいですわね、という呟きが、風に乗って耳に届く。
事前にメイドの同行を伝えたときは快く認めてくれたキャメリアだけど、さすがにさっきの醜態を目にした後だと、本当に連れて行って大丈夫なんだろうかという戸惑いが見える。
その戸惑い、ごもっとも。心の中で、もう一度だけ謝罪しておく。キャメリア、ごめんね。
「それにしても、お嬢様を誑かしてメイド姿にさせるだなんて。キャメリア様はなかなか素敵な趣味をお持ちなのですね」
「にゃにをっ……何を仰っているのかしら?」
「いえいえ、言葉通り素敵な趣味だと思っただけでございますよ、同志」
……同志?
さて、くだらないやり取りに割いているような時間はない。諸々の擦り合わせを済ませたあと、フアネーレ公爵家からの迎えが待機している場所へと向かう。
ここから、ボクとマグノリアさんはキャメリアの臨時メイドとして振る舞わなくてはならない。
まあ、たった一日キャメリアに付き添うだけだし、それほど気負う必要はないだろう。ちょっとした小旅行みたいなものだ。
まさかこのあと、あんな展開が待ち構えているだなんて……この時のボクは、全くもってこれっぽっちも想像していなかった。
◇
ボクの目の前に広がっているのは、どこまでも続く広大な芝生。それは、さながら緑の絨毯だ。
その中央には、綺麗に整備された一本道が通っている。道の左右は、鮮やかな無数の花によって彩られ、まるで絵画の世界へと紛れ込んだかのような錯覚すら覚える。
「すごい……」
「そうですね。楽園のような場所に佇み、草花に囲まれるお嬢様……この光景を、わたしは永遠に忘れないでしょう」
フアネーレ公爵家の敷地内があまりにも芸術的で、ボクとマグノリアさんは眼前の光景にすっかり心を奪われていた。
もちろん、うちの敷地だって元の世界で住んでいた家の庭と比べれば、それはもう天と地ほどの差がある華やかさだ。けれど、これは全く次元が違う。
さすがは公爵家。格の違いというものを、ボクはようやく実感が伴う形で理解した。そして、普段はそれを感じさせないキャメリアの奥ゆかしさも。
「さて、参りますわよ、シランさ……いえ、メイドの御二方」
そうだ。ボクはこれからメイドとして、キャメリアの母、即ち公爵夫人であるスカーレット様と会わなくてはならない。
せっかく付き添ってここまで来たのだから、取り巻きとして、メイドとして……いや、友人としてキャメリアの心の支えになれるよう、彼女の側で見守ってあげねば。
「「はい、キャメリア様」」
◇
ボクの背筋は、普段の脱力っぷりからは考えられないほどに伸びていた。より正確に言えば、緊張感で身体が固まっているだけ、とも言えるけど。
……いや、だって前方からのプレッシャーが半端ないんだもん。
「お帰りなさい。待っていましたよ、キャメリア」
「はい。只今戻りましたわ、お母様」
久しぶりの母娘の対面、のはずなのに……なんなのだろう、この緊張感。お腹が痛くなってきた。
直後、スカーレット様が視線の向きを変え、娘の後ろに控えるボクらメイドを一瞥する。冷や汗が首筋を撫で、ボクは思わずぶるりと震えた。
「キャメリア、後ろに連れている方々は一体?」
「学院でわたくしが目をかけているメイドたちですわ。今日は、道中の世話をさせるために連れてきましたの」
「へぇ、そう」
スカーレット様は、すぐに興味を失った様子で、一息つくようにティーカップを口元へ運ぶ。
とりあえず、ただのメイドとして認識してもらうことには成功したようだ。
ここは公爵家屋敷の一室。母と娘が向き合う形で座っている。場の空気は、相変わらず重い。重すぎる。
「さて……何故わたくしが貴女を呼び出したのか、分かっていますか?」
「いいえ、わたくしには皆目検討がつきませんわ」
キャメリアの言葉に恐らく嘘はない。だが、その言葉を聞いて、スカーレット様の視線は鋭さを増した。
「わたくしは、娘である貴女のことを信じていますわ。ですから、この母に誓って正直に答えなさい」
「……一体、何事でしょうか?」
緊張感が、際限なく高まる。屋敷に着くまでのふざけた空気は何処へ行ってしまったのか。今となっては、愛おしさすら感じてしまう。
スカーレット様の口が、おもむろに開く。
「では、単刀直入に言いましょう。キャメリア。貴女が、学院内で生徒を襲っているとの噂を耳にしました」
なるほど、なるほど。キャメリアが学院の生徒を襲って……んんんんん?
ーーーーーーーーーーー
というわけで、後編に続きます……!
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「お嬢様、わたしを萌え殺すおつもりですか?」
遂にやってきた、キャメリアの実家であるフアネーレ公爵家への訪問当日。
キャメリアとの集合場所である学院前の噴水広場に、駄メイドの叫び声が響き渡った。まだ朝早い時間だというのに元気だね、ほんと。
というか、ボクのメイド姿なんて、この前メイド服を貸してくれたときに十分見ているよね?
あのとき、メイド服の着方を手取り足取り教えてもらったおかげで、今朝はそれほど手間取ることなく着替えることができた。
思い返してみれば、教わりながらやたらとボディタッチされていたような気はするけど。
「シランさん、この方は一体どなたなのかしら? あっ……もしかして、警備の人を呼んだ方がよろしくて?」
尚も怪しく悶え続けるマグノリアさんに、キャメリアの不審そうな視線が刺さる。
その気持ちは分かる。とってもよく分かるんだけど、一応これでもボクの大切なメイドなんだ。普段はこんな奇人じゃないので、本気で警備の人を呼ぼうとするのはやめてあげて。
「……大丈夫。その人、うちのメイド、だから」
「えっ、本当に? 冗談とか、からかっているのではなくて?」
いやー、これがびっくり、本当なんだ。うちのメイドが朝からごめん。
にわかには信じ難いという顔を浮かべていたキャメリアだけど、苦笑しているボクの表情を見て、それが冗談などではないと理解してくれたようだ。
さすがに空気を読んだのか、直前まで地面を転がり回りそうな勢いだったマグノリアさんも、普段通りのクールな表情に戻る。
「いつもお嬢様がお世話になっております。ルニャール家のメイド、マグノリアと申します。この度は同行をお許しいただいたこと、感謝いたします」
「え、ええ……感謝するのは、寧ろわたくしの方ですわ。そもそも、貴女の大切な主人を私事に巻き込んでいるわけですし」
切り替えが凄まじいですわね、という呟きが、風に乗って耳に届く。
事前にメイドの同行を伝えたときは快く認めてくれたキャメリアだけど、さすがにさっきの醜態を目にした後だと、本当に連れて行って大丈夫なんだろうかという戸惑いが見える。
その戸惑い、ごもっとも。心の中で、もう一度だけ謝罪しておく。キャメリア、ごめんね。
「それにしても、お嬢様を誑かしてメイド姿にさせるだなんて。キャメリア様はなかなか素敵な趣味をお持ちなのですね」
「にゃにをっ……何を仰っているのかしら?」
「いえいえ、言葉通り素敵な趣味だと思っただけでございますよ、同志」
……同志?
さて、くだらないやり取りに割いているような時間はない。諸々の擦り合わせを済ませたあと、フアネーレ公爵家からの迎えが待機している場所へと向かう。
ここから、ボクとマグノリアさんはキャメリアの臨時メイドとして振る舞わなくてはならない。
まあ、たった一日キャメリアに付き添うだけだし、それほど気負う必要はないだろう。ちょっとした小旅行みたいなものだ。
まさかこのあと、あんな展開が待ち構えているだなんて……この時のボクは、全くもってこれっぽっちも想像していなかった。
◇
ボクの目の前に広がっているのは、どこまでも続く広大な芝生。それは、さながら緑の絨毯だ。
その中央には、綺麗に整備された一本道が通っている。道の左右は、鮮やかな無数の花によって彩られ、まるで絵画の世界へと紛れ込んだかのような錯覚すら覚える。
「すごい……」
「そうですね。楽園のような場所に佇み、草花に囲まれるお嬢様……この光景を、わたしは永遠に忘れないでしょう」
フアネーレ公爵家の敷地内があまりにも芸術的で、ボクとマグノリアさんは眼前の光景にすっかり心を奪われていた。
もちろん、うちの敷地だって元の世界で住んでいた家の庭と比べれば、それはもう天と地ほどの差がある華やかさだ。けれど、これは全く次元が違う。
さすがは公爵家。格の違いというものを、ボクはようやく実感が伴う形で理解した。そして、普段はそれを感じさせないキャメリアの奥ゆかしさも。
「さて、参りますわよ、シランさ……いえ、メイドの御二方」
そうだ。ボクはこれからメイドとして、キャメリアの母、即ち公爵夫人であるスカーレット様と会わなくてはならない。
せっかく付き添ってここまで来たのだから、取り巻きとして、メイドとして……いや、友人としてキャメリアの心の支えになれるよう、彼女の側で見守ってあげねば。
「「はい、キャメリア様」」
◇
ボクの背筋は、普段の脱力っぷりからは考えられないほどに伸びていた。より正確に言えば、緊張感で身体が固まっているだけ、とも言えるけど。
……いや、だって前方からのプレッシャーが半端ないんだもん。
「お帰りなさい。待っていましたよ、キャメリア」
「はい。只今戻りましたわ、お母様」
久しぶりの母娘の対面、のはずなのに……なんなのだろう、この緊張感。お腹が痛くなってきた。
直後、スカーレット様が視線の向きを変え、娘の後ろに控えるボクらメイドを一瞥する。冷や汗が首筋を撫で、ボクは思わずぶるりと震えた。
「キャメリア、後ろに連れている方々は一体?」
「学院でわたくしが目をかけているメイドたちですわ。今日は、道中の世話をさせるために連れてきましたの」
「へぇ、そう」
スカーレット様は、すぐに興味を失った様子で、一息つくようにティーカップを口元へ運ぶ。
とりあえず、ただのメイドとして認識してもらうことには成功したようだ。
ここは公爵家屋敷の一室。母と娘が向き合う形で座っている。場の空気は、相変わらず重い。重すぎる。
「さて……何故わたくしが貴女を呼び出したのか、分かっていますか?」
「いいえ、わたくしには皆目検討がつきませんわ」
キャメリアの言葉に恐らく嘘はない。だが、その言葉を聞いて、スカーレット様の視線は鋭さを増した。
「わたくしは、娘である貴女のことを信じていますわ。ですから、この母に誓って正直に答えなさい」
「……一体、何事でしょうか?」
緊張感が、際限なく高まる。屋敷に着くまでのふざけた空気は何処へ行ってしまったのか。今となっては、愛おしさすら感じてしまう。
スカーレット様の口が、おもむろに開く。
「では、単刀直入に言いましょう。キャメリア。貴女が、学院内で生徒を襲っているとの噂を耳にしました」
なるほど、なるほど。キャメリアが学院の生徒を襲って……んんんんん?
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