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世界は図らずとも加速する
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いやもう、本当に信じられない。一体何を考えているんだ、あのむっつりスケベ野郎。いや、一応は女だから女郎か。そんなことはどうでもいい!
ボクはアイリスに対して名状し難い憤りを覚えていた。ボクたち、そういう関係じゃなかったはずだろう。一緒に通学路でスカートの中を覗いていたときだって、アイリスはそういうことに興味なさげだったじゃないか。
そもそも、無理やり襲い掛かるとか、そういうのはさすがに……良くないと思うんだ。
アイリスは、この世界に転生してから初めて出会った、自分を曝け出せる友人だった。
同じ取り巻きキャラとして、悪友という関係性が構築されていたことは、もちろん大きい。でも、それ以上にボクは、アイリスの男勝りでさっぱりしている性格を気に入っていたんだ。だからこそ、転生前のボクが男友達と接していたように、ありのままで関わることができていた。
本当は分かっている。きっとボクはアイリスの取った行動そのものに対して憤っている以上に、この関係が壊れてしまいそうなことに怯えているんだ。
でも、このまま距離が離れてしまうというのも……嫌だな。
それから半日、ボクはどうしても気持ちの整理がつかず、キャメリアに頼りきりで過ごしていた。
それにしても、キャメリアってめちゃくちゃ面倒見が良くてお人好しだ。ボクなんか普段から迷惑しかかけていないはずなのに、昨日も今日も、嫌な顔ひとつせずにボクを助けてくれているんだから。内心では面倒に思っているのかもしれないけど、これだけ良くしてもらっているんだから、感謝するほかない。
よく考えたら、こんな魅力的な人物を悪役令嬢キャラに抜擢した制作者サイド、見る目ないなぁ。
で、只今ランチタイムなんだけど、朝から変わらず空気が重たいまま。ボクは心の中でキャメリアに謝罪する。ほら、せっかくのランチなのに味も感じ取れていないような渋い顔しているよ、キャメリア……
「くくっ……やっぱり何かあったんでしょ、昨日。いい加減わたしにも白状しなさいよ、アイリス」
そんな重っ苦しい空気なんて一切読まずにアイリスを弄っているのが、『フラワーエデン』の主人公リリー。もうキャメリアと主人公の座を交代した方がいいんじゃないかな。ほら、あのアイリスが泣きそうになっているじゃないか。反論できない相手を弄ぶとか、悪役令嬢の素質十分な行動だと思う。
リリーは、先日のアフタヌーンティー以降、ますます遠慮がなくなってきた。その一例が、このランチタイムだ。リリーにも一応きちんとした交友関係があるらしく、これまでランチタイムに顔を合わせることはほぼなかった。それなのに、あの日以降はやたらと強引に混ざってくる。もう少し自分の交友関係を大切にすべきなのでは。
いや、ボク自身の交友関係に亀裂が生じている真っ最中なのに、リリーの交友関係を心配している場合じゃないか。
「ねえねえシランちゃん、こんなむっつりさんは放っておいて、これからはわたしと一緒にランチしない?」
「あたしはむっつりじゃ……ねえしっ」
「……」
うーん、アイリスがむっつりということには同意するけど、オープンスケベなリリーに言われてもなぁ……
「リリーさん、その発言はさすがに看過できませんわよ?」
「あー、そうね、たしかに言いすぎたかも。こんな弱気なアイリスは初めて見たから、つい」
「まあ、もとはと言えばアイリスさんの自業自得なのですけれど。そういう冗談は、ほどほどになさってくださいね」
「はーい」
キャメリアの注意に頭を下げるリリー。こういう素直なところは美点だと思う。
それはそうと、キャメリアはアイリスへの発言を気にしたのかと思ったけど、その後の辛辣な言葉を聞く限り、ボクへの勧誘を注意しただけっぽい? アイリスがますます小さくなってしまい、さすがに同情せざるを得ないんだけど。
「ところで、わたしのことまで避けているような気がするのは……気のせいよね?」
「うっ……」
そう、何となくリリーのことも避けてしまっている点は、申し訳なく思う。日頃の行いが悪いからといえばそれまでなんだけど、今回は流れ弾を食らっているような状況だからね。
そんな僅かな罪悪感は、続くリリーの発言で消し飛ぶ。
「あ、でも……そんな風に怯えた表情を見せるシランちゃんも、小動物みたいで可愛いかも」
うん、何も聞かなかったことにしよう……
ランチタイムも終盤、何だかんだでこの状況を楽しんでいるリリーと違い、アイリスの表情は絶望度が増し続けていた。
それを目にして、ボクの中でも葛藤が生まれ始める。悪友として、アイリスにこんな顔をさせたままで良いのだろうか、と。
転生者としての余裕ってやつを、今こそ見せるべきなんじゃ……よし、決めた。
「アイリス……」
突然のボクの呼びかけに対し、アイリスは慌てて顔を上げる。その瞳は不安で揺れていた。
キャメリアとリリーも、状況の顛末を見届けようとボクの方に顔を向けている。
ボクは改めて深呼吸し、ゆっくりとアイリスに語り掛ける。
「昨日みたいなこと、もうやっちゃダメ」
「シランっ……」
「反省しているなら、もう許してあげる」
「……っ! ああ、本当に悪かった」
途端にアイリスの表情に光が差す。じっと見守っていたキャメリアたちも、やれやれといった表情で笑っている。
だけどボクが怖い思いをしたのは事実だし、少しだけ仕返ししておこうと思う。
ボクは続けて言葉を紡ぐ。
「……今度からは、ちゃんと合意を取って、ね?」
「そうだよな……んえ!?」
よし。想定通りに狼狽え始めたアイリスを見て、ボクの中にあったモヤモヤが晴れていく。むっつりさんにはこういう言葉が効果的だと思ったんだよね。
それはそうと、さっきまでにやにやした顔でアイリスを弄っていたリリーの様子がおかしいような……
「ななな何を言っているのシランちゃん!? いいえ、わかったわ。このむっつり女に襲われた動揺がまだ残っているのね。そうなのよね!?」
「いや、そんなことはない、けど……」
「そもそも、そんなフラグは今まで立ってなかったはずよ!?」
フラグ? 急にゲームみたいなことを言い始めたよ、この百合ゲー主人公。
というか、さっきから顔近いってば……
「リリー。何言っているのか分からないし、少し離れて……」
「なっ…………」
リリーが絶句しているけど、ボクはフォローしない。だって、リリーが本当に向き合うべきなのは、ボクじゃないから。その情熱は、攻略対象のヒロインたちに向けてあげてね。
一方のキャメリアは、ようやく落ち着いたらしいアイリスに小声で話しかけている。きっと「仲直りできて良かったですわね」なんて声をかけてあげているんだろう。
「……アイリスさん、今から少しお時間いただいてもよろしいかしら」
「え? お、おう……」
ありゃ? 二人でどこへ行くんだろう。ランチの片付けは?
まあいいか。せっかく関係を戻せたんだし。うんうん。
ーーーーーーーーーーー
百合ゲー主人公「こうなったら、もはや自重なんてしてる場合じゃないわよね」
隣の女生徒「自重の意味、ご存知かしら?」
アイリス騒動にようやく区切りをつけられましたが……どうしてでしょう、状況が悪化したような気がしてなりません。
お気に入り登録やコメント、評価なんかをいただけると大変喜びます。
ボクはアイリスに対して名状し難い憤りを覚えていた。ボクたち、そういう関係じゃなかったはずだろう。一緒に通学路でスカートの中を覗いていたときだって、アイリスはそういうことに興味なさげだったじゃないか。
そもそも、無理やり襲い掛かるとか、そういうのはさすがに……良くないと思うんだ。
アイリスは、この世界に転生してから初めて出会った、自分を曝け出せる友人だった。
同じ取り巻きキャラとして、悪友という関係性が構築されていたことは、もちろん大きい。でも、それ以上にボクは、アイリスの男勝りでさっぱりしている性格を気に入っていたんだ。だからこそ、転生前のボクが男友達と接していたように、ありのままで関わることができていた。
本当は分かっている。きっとボクはアイリスの取った行動そのものに対して憤っている以上に、この関係が壊れてしまいそうなことに怯えているんだ。
でも、このまま距離が離れてしまうというのも……嫌だな。
それから半日、ボクはどうしても気持ちの整理がつかず、キャメリアに頼りきりで過ごしていた。
それにしても、キャメリアってめちゃくちゃ面倒見が良くてお人好しだ。ボクなんか普段から迷惑しかかけていないはずなのに、昨日も今日も、嫌な顔ひとつせずにボクを助けてくれているんだから。内心では面倒に思っているのかもしれないけど、これだけ良くしてもらっているんだから、感謝するほかない。
よく考えたら、こんな魅力的な人物を悪役令嬢キャラに抜擢した制作者サイド、見る目ないなぁ。
で、只今ランチタイムなんだけど、朝から変わらず空気が重たいまま。ボクは心の中でキャメリアに謝罪する。ほら、せっかくのランチなのに味も感じ取れていないような渋い顔しているよ、キャメリア……
「くくっ……やっぱり何かあったんでしょ、昨日。いい加減わたしにも白状しなさいよ、アイリス」
そんな重っ苦しい空気なんて一切読まずにアイリスを弄っているのが、『フラワーエデン』の主人公リリー。もうキャメリアと主人公の座を交代した方がいいんじゃないかな。ほら、あのアイリスが泣きそうになっているじゃないか。反論できない相手を弄ぶとか、悪役令嬢の素質十分な行動だと思う。
リリーは、先日のアフタヌーンティー以降、ますます遠慮がなくなってきた。その一例が、このランチタイムだ。リリーにも一応きちんとした交友関係があるらしく、これまでランチタイムに顔を合わせることはほぼなかった。それなのに、あの日以降はやたらと強引に混ざってくる。もう少し自分の交友関係を大切にすべきなのでは。
いや、ボク自身の交友関係に亀裂が生じている真っ最中なのに、リリーの交友関係を心配している場合じゃないか。
「ねえねえシランちゃん、こんなむっつりさんは放っておいて、これからはわたしと一緒にランチしない?」
「あたしはむっつりじゃ……ねえしっ」
「……」
うーん、アイリスがむっつりということには同意するけど、オープンスケベなリリーに言われてもなぁ……
「リリーさん、その発言はさすがに看過できませんわよ?」
「あー、そうね、たしかに言いすぎたかも。こんな弱気なアイリスは初めて見たから、つい」
「まあ、もとはと言えばアイリスさんの自業自得なのですけれど。そういう冗談は、ほどほどになさってくださいね」
「はーい」
キャメリアの注意に頭を下げるリリー。こういう素直なところは美点だと思う。
それはそうと、キャメリアはアイリスへの発言を気にしたのかと思ったけど、その後の辛辣な言葉を聞く限り、ボクへの勧誘を注意しただけっぽい? アイリスがますます小さくなってしまい、さすがに同情せざるを得ないんだけど。
「ところで、わたしのことまで避けているような気がするのは……気のせいよね?」
「うっ……」
そう、何となくリリーのことも避けてしまっている点は、申し訳なく思う。日頃の行いが悪いからといえばそれまでなんだけど、今回は流れ弾を食らっているような状況だからね。
そんな僅かな罪悪感は、続くリリーの発言で消し飛ぶ。
「あ、でも……そんな風に怯えた表情を見せるシランちゃんも、小動物みたいで可愛いかも」
うん、何も聞かなかったことにしよう……
ランチタイムも終盤、何だかんだでこの状況を楽しんでいるリリーと違い、アイリスの表情は絶望度が増し続けていた。
それを目にして、ボクの中でも葛藤が生まれ始める。悪友として、アイリスにこんな顔をさせたままで良いのだろうか、と。
転生者としての余裕ってやつを、今こそ見せるべきなんじゃ……よし、決めた。
「アイリス……」
突然のボクの呼びかけに対し、アイリスは慌てて顔を上げる。その瞳は不安で揺れていた。
キャメリアとリリーも、状況の顛末を見届けようとボクの方に顔を向けている。
ボクは改めて深呼吸し、ゆっくりとアイリスに語り掛ける。
「昨日みたいなこと、もうやっちゃダメ」
「シランっ……」
「反省しているなら、もう許してあげる」
「……っ! ああ、本当に悪かった」
途端にアイリスの表情に光が差す。じっと見守っていたキャメリアたちも、やれやれといった表情で笑っている。
だけどボクが怖い思いをしたのは事実だし、少しだけ仕返ししておこうと思う。
ボクは続けて言葉を紡ぐ。
「……今度からは、ちゃんと合意を取って、ね?」
「そうだよな……んえ!?」
よし。想定通りに狼狽え始めたアイリスを見て、ボクの中にあったモヤモヤが晴れていく。むっつりさんにはこういう言葉が効果的だと思ったんだよね。
それはそうと、さっきまでにやにやした顔でアイリスを弄っていたリリーの様子がおかしいような……
「ななな何を言っているのシランちゃん!? いいえ、わかったわ。このむっつり女に襲われた動揺がまだ残っているのね。そうなのよね!?」
「いや、そんなことはない、けど……」
「そもそも、そんなフラグは今まで立ってなかったはずよ!?」
フラグ? 急にゲームみたいなことを言い始めたよ、この百合ゲー主人公。
というか、さっきから顔近いってば……
「リリー。何言っているのか分からないし、少し離れて……」
「なっ…………」
リリーが絶句しているけど、ボクはフォローしない。だって、リリーが本当に向き合うべきなのは、ボクじゃないから。その情熱は、攻略対象のヒロインたちに向けてあげてね。
一方のキャメリアは、ようやく落ち着いたらしいアイリスに小声で話しかけている。きっと「仲直りできて良かったですわね」なんて声をかけてあげているんだろう。
「……アイリスさん、今から少しお時間いただいてもよろしいかしら」
「え? お、おう……」
ありゃ? 二人でどこへ行くんだろう。ランチの片付けは?
まあいいか。せっかく関係を戻せたんだし。うんうん。
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隣の女生徒「自重の意味、ご存知かしら?」
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