転生したら悪役令嬢……の取り巻きだったけど、自由気ままに生きてます

こびとのまち

文字の大きさ
上 下
7 / 28

愛はそして氾濫する

しおりを挟む
アイリスのターン、再び。
途中、シランの一人称視点に切り替わります。

ーーーーーーーーーーー

 完全にやらかしてしまった。あたしは激しく後悔を募らせるが、もう手遅れかもしれない。
 今朝からシランが露骨にあたしを避けている。それをひしひしと感じ取れてしまう。というか、目も合わせてくれない。
 あんなに気さくに、全幅の信頼を寄せて接してくれていた親友は、明らかにあたしに怯えている。

 あたしが全面的に悪かった。土下座だって何度でもする。だからキャメリアの背中に密着して隠れるのだけはやめてほしい。
 シランが一番に頼り、誰よりも距離感が近い相手は、あたしだったはずなんだ。

「頼むよ、あたしと目くらいは合わせてくれよぉ。こんなの辛すぎるって……」
「ひっ…………」
「あのシランさんがここまで怯え続けるなんて、あのとき本当に何をしてましたの? まさか、やはり一線を……」
「ぐすんっ…………」
「違う違うっ! それはまだ超えてねぇって!」

 どうか理解してほしい。あたしだって、まさかあんなことになるとは思ってなかったんだ。




 
 時間は少し遡る。

 正直、最近のあたしは前にも増して焦っていた。なにせ、シランの周りがどんどんと物騒になっていくのだ。
 もともとリリーについては、警戒すべき危険な獣だと理解していたつもりだ。だけど、そのリリーさえ何とかすれば、シランのことは守り切れるはずだと思っていた。

 結果として、あたしの考えはあまりにも甘かったらしい。
 最近やたらとシランに付きまとっているアネモネという女は、何を考えているのか分からなくて不気味だ。それからもうひとり。何かとシランを生徒会室に連れ込もうとする会長も、リリーとは別の方向で危険な臭いがぷんぷんする。

 あたしの焦りが最高潮に達したのは、先日のアフタヌーンティーだ。 
 無理やり混ざってくるだなんて、あいつら遠慮というものを知らないのだろうか。挙句、あたしの目の前でシランに餌付けしようとか、いい度胸してやがる。ふざけんな。
 なのにシランときたら、よりにもよって会長の膝の上で餌に食いつき、すっかり絆されているではないか。
 あたしの脳内で警報が鳴り響き、早く手を打ってどうにかしなければ、という思いが渦巻いていた。

 シランを寮室に誘ったのは、それから一週間後だった。

 その日のあたしは、シランと二人だけの時間を確保して、最近不足していたシランとの交友を深めようと考えていた。
 そのために、前日は学院を抜け出して街へ出かけ、限定数食しか販売されないと話題のエッグタルトを買っておいた。甘いものに目がないシランを誘うには最適なアイテムだ。
 普段は中性的な雰囲気を纏わせているシランだが、甘いものを口に入れているときには、年相応の女の子らしい姿を見せる。眺めているこっちまで幸せになる可愛さなんだぞ。
 だから、あいつらみたいに下心があったり、負けじと餌付けしようなどと考えていたわけではない。ないつもりだった……

「なあ、午後は授業さぼってあたしの寮室に来ないか? ここだけの話、あのエッグタルトが手に入ったんだ」
「……! いいね、最高」



 目を輝かせたシランから同意を勝ち取り、予定していた通りに寮室へ招き入れた。
 まだ授業中のため、寮は静まり返っている。だからだろうか、あたしの心臓の音が煩く耳に響く。

 ふとシランの方へ目線を持っていくと、彼女はあたしがいつも寝ているベッドに腰を下ろしていた。ますます心臓が騒ぎ出す。
 エッグタルトの登場を待ち遠しそうにしながら、ぶらぶらと脚を揺らしている。まじ可愛い。天使かよ。スイーツなんかより、このままシランを舐め回……いやいや、それはダメだ。リリーじゃあるまいし。あ、でも、撫で回すくらいなら……

 あたしはゆっくりとシランの正面に立つ。

「どう、したの?」

 その表情は破壊力ぱねぇ……
 他人の布団の上で不思議そうに首をかしげるシラン。警戒心なんて1ミリも抱いていない様子で、それを見たあたしの中で何かが爆発しようとしている。
 気がついたときには、シランをベッドに押し倒していた。

「え? え……?」
「大丈夫、大丈夫だシラン」
「な、何が大丈夫……?」
 
 さすがのシランも、戸惑いの表情を浮かべ始めた。だけど、もう遅い。そのとき、既にあたしの理性は宇宙の彼方まで飛び去っていたのだから。
 本能に身を任せてシランをゆっくりと撫で始め……やがて、あたしの指はありとあらゆる部分を撫で回すべく、奔走していた。




 
「なあ、午後は授業さぼってあたしの寮室に来ないか? ここだけの話、あのエッグタルトが手に入ったんだ」

 どうやらアイリスが、街で話題のあのスイーツを手に入れたらしい。
 無断外出禁止のこの学院で、どうやってそれを入手したのか。そんな野暮なことは、もちろん訊かない。ボクたちは悪友なのだ。当然、アイリスのサボタージュにも付き合おうじゃないか。

「……! いいね、最高」



 招き入れられたアイリスの寮室、正確にはアイリスとキャメリアの寮室は、けっこう綺麗に整理されてた。
 よく考えたら女の子の部屋に足を踏み入れている状況なわけで、意識的には数カ月前まで男だった身として、ここはドキドキすべきなんだろうけど……ぶっちゃけアイリスのことはすっかり悪友と認識しているので、性別とか関係ない。そもそも、リリーとも同室で生活しているんだし、今更すぎるね。

 そんなことよりエッグタルトだ。神の領域に達したとまで噂されるそれは、果たしてどんな味なんだろうか。などと考えながら期待に心を躍らせていたら、突然アイリスに押し倒された。んん?

「え? え……?」
「大丈夫、大丈夫だシラン」
「な、何が大丈夫……?」

 予想外の事態すぎて、アイリスの悪ふざけに上手く反応することができない。リリー相手だったら叫んでいたかもしれないが、アイリスがこの手の悪ふざけをするとは驚きだ。

 ……あれ? もしかしてこれ、悪ふざけなんかじゃない? アイリスの目を見たボクは、ようやく何かがおかしいことに気づいた。
 その目は明らかに正気じゃない。こんなアイリス、ボクは知らない。

「や、やめっ……」

 アイリスは、無遠慮にボクの身体を撫で回し始めた。くすぐったさに思わず声を漏らすと、アイリスの手つきはますます激しさを増していく。
 リリーのスキンシップは変態的すぎていつも引いてしまうけど、今のアイリスは別のベクトルでヤバい。これ、ガチだ。
 
 うにゃ?!
 って、そこは撫でちゃダメだろう!?
 
 恥ずかしさやら、知らない感覚やら、あらゆるものが一気に込み上げてきて……
 ボクの意識はフェードアウトした。




 
「きゅうぅ……」

 そんな音が聞こえ、ふと正気へ戻ったとき、あたしの下には目を回して気絶しているシランがいた。
 これ、もしかしなくてもやってしまったんじゃ……高揚していた頭の中が、一転して氷点下まで冷え込んでいく。
 そのとき、寮室の扉が開く音がした。

「えっと……これはどういう状況なのかしら? アイリスさん」
 
 この世の終わりを目にしたような表情を浮かべ、そこにキャメリアが立っていた。
 


ーーーーーーーーーーー

 

悪役令嬢「お巡りさん、こっちです」

お気に入り登録やコメント、評価なんかをいただけると大変喜びます。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方たちはお呼びではありませんわ。攻略いたしません!

宇水涼麻
ファンタジー
アンナリセルはあわてんぼうで死にそうになった。その時、前世を思い出した。 前世でプレーしたゲームに酷似した世界であると感じたアンナリセルは自分自身と推しキャラを守るため、攻略対象者と距離を置くことを願う。 そんな彼女の願いは叶うのか? 毎日朝方更新予定です。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

王女、豹妃を狩る

遠野エン
ファンタジー
ベルハイム王国の王子マルセスは身分の差を超えて農家の娘ガルナと結婚を決意。王家からは驚きと反対の声が上がるが、マルセスはガルナの自由闊達な魅力に惹かれ押し切る。彼女は結婚式で大胆不敵な豹柄のドレスをまとい、周囲をあ然とさせる。 ガルナは王子の妻としての地位を得ると、侍女や家臣たちを手の平で転がすかのように振る舞い始める。王宮に新しい風を吹かせると豪語し、次第に無茶な要求をし出すようになる。 マルセスの妹・フュリア王女はガルナの存在に潜む危険を察知し、独自に調査を開始する。ガルナは常に豹柄の服を身にまとい人々の視線を引きつけ、畏怖の念を込めて“豹妃”というあだ名で囁かれるのだった。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?

だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。 七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。 え?何これ?私?! どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!? しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの? しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高! ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!? 悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?

気が付けば悪役令嬢

karon
ファンタジー
交通事故で死んでしまった私、赤ん坊からやり直し、小学校に入学した日に乙女ゲームの悪役令嬢になっていることを自覚する。 あきらかに勘違いのヒロインとヒロインの親友役のモブと二人ヒロインの暴走を抑えようとするが、高校の卒業式の日、とんでもないどんでん返しが。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...