転生したら悪役令嬢……の取り巻きだったけど、自由気ままに生きてます

こびとのまち

文字の大きさ
上 下
5 / 28

お姉様は手段を選ばない

しおりを挟む
「あら。貴女はたしかシランさん、ですよね?」
「……そうです、よ?」

 アネモネの件から一夜が明けた。
 昨日のショックを若干引きずり、ぼんやりとしたまま放課後の廊下を歩いていたボクは、突然後ろから呼び止められる。

「あなたは……生徒会長の、マーガレット様?」
「うふふ。存じていただいていて光栄です」
「会長は有名だから、当然です」

 マンジュリカ女学院の生徒会長マーガレット = ネルヴァールは、学院のお嬢様たちにとって憧れの存在である。中でも下級生からの人気が高く、気品高い姿に一目惚れした多くの下級生が、密かにお姉様と呼んでいた。
 この学院で生活している人間ならば、この人を知らないなんてまずあり得ない。

「ここでお会いしたのも何かの縁ですし、生徒会室で少しお茶でもしていきませんか?」
「なんで、ボクを知っている……んですか?」
「あら、わたくしは生徒会長ですよ? 学院の女生徒のことは全て把握していて当然です。それに、個人的にも貴女とは一度お話ししてみたいと思っておりましたので」

 え? と聞き返すボクに対し、マーガレット会長は微笑を浮かべたまま言葉を続ける。

「シランさん。貴女はいろんな意味で、1年生の中でも一際目立っているのですよ?」

 まあたしかに、いろいろとやらかしているからなぁ。どうやら知らない間に、ボクは悪目立ちしていたらしい。これからはもう少し慎重に行動しよう。
 そんなことを考えているうちに、ボクは生徒会長に導かれて生徒会室までやってきていた。

 さすがはお嬢様たちが通う学院の生徒会室。ソファの座り心地も素晴らしい。
 全身からすっかり無駄な力が抜け、ボクは早くもこの場でリラックスし始めていた。
 ほのかに漂ってくる甘いお香の匂いも、ボクの脱力を助長する。

「シランさん、お飲み物は何がお好きかしら」
「会長と、同じでいい、です。ありがとう、ございます」

 会長が用意してくれた紅茶を口に流し込みながら、ボクは『フラワーエデン』のことを考えていた。正確には『フラワーエデン』に登場する、マーガレット = ネルヴァールについて、だけど。
 そう。マーガレット生徒会長は、昨日のアネモネ同様に攻略対象ヒロインのひとりなのだ。

「シランさん、お誕生日はいつなのかしら」
「はい。それは……」

 横に腰を下ろした会長は、次々と質問を投げかけてくる。それに対してリラックス状態で回答しながら、ボクは引き続き思考する。

 彼女の存在は、ゲーム内でも少し特殊だった。
 主人公のリリーが積極的な性格のため、基本的にどのルートでもヒロインが受け身になり、主人公がグイグイと攻略していく。
 けれど、マーガレットルートでは珍しく主人公が受け身になって展開するのだ。
 そんなマーガレットも、終盤になると主人公だけに弱い部分を見せるようになっていくのだが、それがまた素晴らしい。

「シランさん、何か趣味はあるのかしら」
「はい。それは……」

 そんなこと知って会長は楽しいのだろうか。そのくらい、いくらでも答えるけど。
 しかし頭がふわふわしてきたなぁ。さすがに会長の前で眠っては失礼だし、気をつけないと。

 『フラワーエデン』の話に戻そう。
 先ほどは少し熱弁しかけてしまったが、ボクはマーガレットのファンだったので、仕方がないことだと理解してほしい。
 同級生の攻略対象が多い『フラワーエデン』だが、百合ゲーにおいて「お姉様」は外せない存在じゃないだろうか。
 乙女の花園で繰り広げられる「お姉様」と「後輩」という特別な関係。マジ尊い。

「シランさん、もっと近寄っていただけるかしら」
「はい……」

 まだ会長とのやり取りは続いているらしい。どうにも頭が回っていない。

 おっと、再び話を戻そう。
 そんなこんなでマーガレットのファンだったボクだが、この世界に転生してから会長に近づくことはなかった。
 だって、「お姉様」と「後輩」の間にただの取り巻きキャラが入り込むとか邪道じゃないか。
 それに、ボクはその関係を鑑賞したいのであって、自分が当事者になりたいわけではないし。
 そんな風に考えて会長との接触を避けていたが、会長側から声を掛けられてしまっては仕方がない。

「シランさん、わたくしに身を委ねて。そのまま、頭撫でても良いかしら」
「はい……」

 ダメだ、会長が何か言っているけど、全然頭が回らない。

「シランさん、これからはお姉様と呼んでいただけるかしら」
「はい……お姉様」

 お姉様、なんでそんなに笑顔なんだろう。どうしてもぼんやりしてしまう。

「シランさん、これからはわたくしだけを……」

 さらに続けてお姉様が口を開いた瞬間、聞き慣れた声がそれを遮るように響き渡る。

「ちょーっと待ったぁ!!」
「そこまでですよっ!!!」

 あれ? どうしてアイリスとリリーがここにいるんだろう。それに、その後ろにいるのはキャメリアだよね?

「落ち着きなさい、お二人とも。マーガレット会長、シランさんに何をされていたのですか?」
「皆さん、息を荒げてどうされましたか? 我々は楽しくお茶をしていただけですよ。ねぇ?」
「そう、ですね……

 よく分からないけど、とりあえず頷いておく。
 ボクの言葉を聞いたアイリスたちがショックを受けている様子だが、本当に何事だろうか?
 お姉様はお姉様で、何やら満足げな表情を浮かべているし。

「も、もう帰りますわよ、シランさん」
「そそそそうだぞ、もう下校時間は過ぎてるんだからなっ」
「わたしのシランちゃんが、わたしのシランちゃんが、わたしのシランちゃんが、わたしのシランちゃんが、わたしの(以下略)」

 もうそんな時間なのか。少し長居しすぎてしまったようだ。
 さすがにこれ以上は迷惑をかけてしまうので、お姉様に頭を下げて別れの挨拶をする。

「あら残念。うふふ、またお話ししましょうね」

 たしかに、たまにはなら良いかなと思ったが、寮に戻った後、リリーにしつこく注意された。
 一体どうしたんだろうか?



 ーーーーーーーーーーー



『フラワーエデン』は正真正銘の全年齢向け百合ゲーなのですが、イレギュラーな存在シランのせいで、キャラクターたちが揃いも揃って暴走モードです。
もはや、作者を無視して突っ走っていきやがります。ひえぇ……

お気に入り登録やコメントなんかをいただけると大変喜びます。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方たちはお呼びではありませんわ。攻略いたしません!

宇水涼麻
ファンタジー
アンナリセルはあわてんぼうで死にそうになった。その時、前世を思い出した。 前世でプレーしたゲームに酷似した世界であると感じたアンナリセルは自分自身と推しキャラを守るため、攻略対象者と距離を置くことを願う。 そんな彼女の願いは叶うのか? 毎日朝方更新予定です。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?

だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。 七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。 え?何これ?私?! どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!? しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの? しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高! ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!? 悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?

処理中です...